第217話 VSフィスタニカ
最初に動きを見せたのはフィスタニカ。
ドンドンドンッ──ドンドンドンッ──とそこそこ離れていた竜郎のいる場所まで、漆黒の邪なる爆炎が届くほどの大爆発をその場で連続して起こす。
さらにやっかいなことに爆炎に紛れるように3メートルはあろう螺旋にねじれた邪炎の槍が回転しながら、ホーミングミサイルのように竜郎の四方八方から飛び出してくる。
「うっわ、めっちゃ派手だねー」
「初手から飛ばしすぎなような気がするが……あの存在を前にして出し惜しみはできないか」
「ふむふむ」
離れたところで見学している愛衣とベユナーガが感想を口にする。
幼竜たちは離れていても感じる大きな力の余波に、目を丸くしながら竜郎とフィスタニカのいる方角にくぎ付けだ。
オプスアティは撮影用にあちこちにばらまいていたミニアティたちが、余波で蒸発していくが気にもせず、追加の撮影班を無尽蔵に追加しながら戦いの光景を自身の目でもしっかり観察している。
そんな中、中心地にいる竜郎は──。
「ふっ──」
上級竜ですら巻き込まれたら骨すら残さず消し炭になる爆炎に、それよりさらに威力が上乗せされた貫通力抜群な邪炎槍。
しかし竜郎単体となると直撃は危険となるが、今の状態であれば棒立ちしたまま受けたところで問題はない攻撃。
この時点で彼我の実力差は歴然ながら、今回は勝敗を目的にした戦いではない。
となると無様に直撃するのは、今回の戦いの趣旨に反することだろう。
そこで邪の反属性、互いに打ち消しあう聖属性を選択。シャボン玉のような薄い膜を自分の周りに展開し爆炎から身を守る。
ただしこれは爆炎を相殺できるギリギリのところで調整した防御魔法であり、邪炎槍を防げるものではない。
なので飛んでくる邪炎槍に対しては、それよりも小さな聖炎槍を寸分たがわず撃ちだし一つ一つをピンポイントで迎撃していく。
邪炎槍がどの方角から来ようと正確無比に相殺し続け、いっさいの攻撃を触れさせることなく対処していった。
「さすがですね──」
「どうも──」
フィスタニカの声はするが、なぜかその声は竜郎を中心に四方八方からハウリングするように響き渡り声音でいる場所を判断することはできない。
けれど探査魔法で竜郎は精確な位置を特定しているので慌てず言葉を返す。
そしてこのまま迎撃するだけは芸がないと、竜郎がそろそろ攻勢に出ようかと考えたところで、また向こうが先に動きを変えた。
「──これは」
邪炎槍にまじってバスケットボールサイズの黒玉がポンポン飛んでくる。
竜郎が認識すると同時にそれは勝手にはじけ飛び、周囲に濃厚な闇を振りまいた。
(閃光弾ならぬ閃闇弾ってところか?)
光を一切通さぬ闇が竜郎の周囲に広がり、肉眼で確認できる範囲は精々半径1メートルほど先しかなくなった。竜郎ごと飲み込まれなかったのは、爆炎対策用の防御膜のおかげだろう。それでも浸食しようと漆黒が迫ってくるので、強度を上乗せしておく。
今の状況を遠目に確認できるのなら、竜郎は球体に捕らわれているようにも見えるだろう。
さらに探査のために広げていた解魔法の魔力が、闇に呑まれて消滅していき魔法で見通すことも許してはくれないようである。精霊眼も周囲が濃厚なエネルギーの塊である闇で覆われているため、慣れるまでの間それを避けて観ることもできない。
おかげで目視による超反射で、未だに続く邪炎槍の猛攻をしのぐ羽目になってしまう。
ならばと竜郎は、ありあまる力にまかせ消せない強度で探査魔法を振りまこうとした。
しかし左斜め後ろから、邪炎槍ですら比べ物にならない攻撃が突如迫ってくる。
「──おわっ!?」
それはフィスタニカ本人による突撃。閃闇弾によって視覚と探査を一時的に潰し、彼女の居場所を見失ったところで、角にありったけの邪炎のエネルギーをまとってのもの。
まさかの本人ご登場に驚きの声を挙げながら、竜郎は半ば反射でジャンヌを吸収したことで得た肩まである聖なるガントレットを突き出し裏拳で受け止めた。
「はああああああああああああああっ!!」
当たり前ながらフィスタニカには手加減する気は一切見られず、全身全霊でガントレットを突き破ろうと雄たけびを上げるも、竜郎がもう片方の手で殴り掛かるような動きを見せたこと、傷一つつかないことで今回の一撃には見切りをつけた。
ボンッ──とフィスタニカが至近距離で爆ぜ、竜郎の目の前から忽然と消え去った。
(反応が一瞬で消えた? 本人じゃなかった……? いや、確かにあれは実際にフィスタニカさんの体だった。
まさか自爆したわけじゃないだろうし、何かしらの転移系スキルも持っている──と!)
お次は邪炎をまとった巨大な蹴りが前後左右から次々に繰り出されていく。それらをガントレットではじき返しながら、その方角へと追撃の聖なる魔弾を撃ち込んでいくが当たった反応はない。
どうやら足だけを部分転移で飛ばしているだけのようだ。
そうこうしている間にも閃闇弾が追加され、周囲の闇はより強力な闇となって探査と視界を阻害してくる。
そこで竜郎は聖なる風を巻き起こし、一気に閃闇弾による闇を消し去った。
闇が一瞬で取り払われたことで、フィスタニカの姿が竜郎の斜め右前にいるのが目視で確認できた。
(お返しだ!)
「なんのっ」
見えた瞬間にそっくりそのまま、先ほどの邪炎槍を模倣した魔法をフィスタニカに撃ち込んでいく。
けれど陽炎のようにフィスタニカの姿が揺らいでいき、邪炎の巨像だけを残し彼女は竜郎の真後ろに回り込んであっさりとかわしつつ、先ほどの本人による突撃をもう一度はなってきた。
それに対して竜郎は、今度はガントレットで受けずに毒針の生えた黒紫色の竜尾でフィスタニカの角を巻き取り受け止めると同時に捕獲に成功──と思いきやまた爆発し一瞬で姿を消してしまう。
それに連動するかのように、頭上から探査を使わなくとも分かるほどのエネルギー反応が。
竜郎が思わず上を見上げてみれば、10メートルはあろう巨大な邪炎槍が高速回転しながらロケットのように落ちてくるのが見えた。
「ん!?」
さらに足元の感触がおかしいことに竜郎は気が付いた。まるでぬかるんだ地面に足をからめとられるように、沈んでいっているのだ。
また沈む感覚に遅れて、何かが体中に巻き付いて竜郎をその場から逃がさぬようとらえてくる。
視線だけでちらりと確認してみれば、いつの間にか足元の地面は黒く染まり、大きなドラゴンらしき黒い手が何本も這い出して、底なし沼のようになった地の底へと連れ去ろうしてきていた。
また容赦なく横合いからも、隙間なく何千もの小さな邪炎槍が追加で襲い掛かってくる。
これで上下左右全て塞がれた状態に──。
「はっ!」
けれど竜郎は自分を中心に聖炎属性を追加した爆発魔法を発動することで、その全てを一瞬で無に帰した。
クレーターを残し、何もなくなった光景にいつの間にか竜郎の目の前にいたフィスタニカですら目が点になっていた。
「………………滅茶苦茶ですね」
「そう言うわりには、笑っていますよね?」
「ええ、久しぶりにここまで全力で暴れられて楽しいですから」
もうこれは竜郎という存在を認める云々ではなく、彼女のストレス発散か何かなんじゃなかろうか──とも考えてしまうが、貰うものは貰っているので気にするだけ無駄である。竜郎は現状について整理しはじめた。
(強力な捕縛系魔法に大火力の魔法。本人は短距離転移で好き勝手に動き回り、部分転移で好き勝手に攻撃も可能。
さっきのあの状態に持ち込まれたら、俺単体だと負けてたかもしれないな……。
そもそも余裕のない状態なら、もっと慎重に戦っていたからそんな状況に陥るつもりはないが。
しかし成人した竜王種っていうのはすごいのは分かっていたが、実際に戦ってみるとより実感できるな。
初期スキルなんかで微妙に変わってくるんだろうけど、あの子たちも将来これくらいできるようになるのか、頼もしいな)
何よりここまでやってもなお、まだエネルギー的にも余裕がありそうなのがさすがである。
「さて──続きといきましょうか」
気を取り直してとばかりに口角を上げてご機嫌なフィスタニカが陽炎のような巨像をいくつもゆらゆらと発生させながら、闇を振りまき竜郎の周囲を走りはじめる。
その間にも多種多様な攻撃を仕掛けてくる。
竜郎はそれらを全く見た目が同じ攻撃を魔法で模倣して迎撃しながら、そろそろ締めにかかるかと本気で彼女を捕捉しながら追加で聖なる弾丸も撃っていく。
今度は本気で探査を巡らせているので、彼女が短距離転移しようと転移先に攻撃を放つことすらできてしまう。
徐々にフィスタニカは傷を負っていき、じわじわと追い詰められていく。当初の目的を示すように、力の差を見せつけていく。
そうこうしているとだんだんと竜郎の方には余裕ができて、余った思考の余白で別のことを考えはじめた。
(そういえばさっきから当たり前のように聖属性と邪属性を使っているが、今の俺ってジャンヌと奈々の要素がそのまま入ってきてるから、聖と邪が混ざり合ったフレイヤみたいな状態なのでは?)
フレイヤは聖なる力を持つ天族と邪なる力を持つ魔族双方の原点であり、神々によってその存在に聖と邪が打ち消し合うことなく存在するという特異な種である。
そのために《崩壊の理》などという強力すぎるスキルを持ってしまい、生まれながらにして神々に目を付けられる羽目になってしまっていた。
そして今まさに、竜郎はジャンヌと奈々を取り込んだことで、彼女と同じような状態になっているのではないかとふと思いいたってしまう。
(……えーと、これってこの世界的にいいのか?
まさか俺もこの状態なら《崩壊の理》を覚えられるんじゃ……──いや、そんなまさかな、アハハ………………)
好奇心に押されてしまい、竜郎はフィスタニカの相手をしながらも別口で聖と邪を混ぜ合わせるように意識してみた。
《スキル 崩壊の理 を取得しました。》
《称号『理の理解者』 が 『理の理解者+1』 に変化しました。》
(OH……まじかぁ……。いや自分でやってみたからなんだが……、しかし《浸食の理》を貰ったときに等級神と契約しているし問題ないと言えばないのかも?
まぁ、いちおうこれが終わったら神様相談でもしておくか)
分からないときは聞いたほうが早い。気軽に神と直接話せるからこその対応である。
考えをまとめている間に、フィスタニカの限界も近いようだ。
見た目はもうフラフラになりながらも、瞳はギラギラと力づよくそこだけ見れば下手をすれば開戦当初よりも元気に見えるほど。
とはいえもう終わりである。
「まだまだぁああっ!」
「いえ、終わりですよ」
「──っ」
彼女の攻撃を魔法で真似た攻撃で相殺したうえで、躱しきれないほどの聖なる弾丸を連続で撃ち込むとフィスタニカはついにドダンと大きな音を立てて地面に倒れた。
「ご満足いただけましたか? フィスタニカさん」
「……まだまだ戦いたかったですのに、もったいない」
体はもう動かせなくとも軽口をたたく余裕はあるのか、ぶー垂れた子供のような声音が返ってきた。
「もったいないて」
「…………はぁ、けれど確かに、この身をもってあなたの力を感じることはできました。
ダメージは入らなくとも、ちゃんとした一撃くらいは入れられると思っていたのですが、甘かったようですね。
そちらは、まだまだ余裕がおありでしょう?」
「まあ、そうですね。けど初見の時は正直、何度も驚かされましたよ」
「それは良かったです。とはいえ、その姿での戦闘に慣れていないから──というのもありそうですが」
「それは確かに。この姿だとちょっと暴れただけで大惨事ですし」
「分かります」
それは竜王種も同じことだろう。竜郎にお見舞いしていたフィスタニカの攻撃の1つ1つが環境を容易く壊せるだけの威力を宿していたのだから。
竜郎はそりゃそうかと苦笑しながら生魔法でフィスタニカの体を一気に癒すと、痛みがなくなったことで彼女もすくりと優雅に立ち上がった。
「王としても、フィスタニカ個人としても、ユピタニアの親としても、これからよいお付き合いを願います。タツロウさん」
「はい、こちらこそ」
フィスタニカは全力で暴れ、全力で竜郎の力を感じ取ったことで吹っ切れたのだろう。そこには種族の違う竜郎でも分かるほど、屈託のない笑みが浮かんでいたのであった。
「ところでタツロウさん」
「はい、なんですか? フィスタニカさん」
「また角をへし折れば戦ってくれますか?」
「いやぁ、それはどうでしょう。だって痛いでしょう? あれ」
「ええ、とても……」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。