第215話 フォンフラー王国へ
なんともはちゃめちゃな邂逅になったわけだが、竜郎たちのなかで一番微妙な顔をしているのはミネルヴァだった。
彼女は殴られても嬉しそうに砂浜に埋まっているオプスアティに、何とも言えない視線を送る。
「この方があのとき感じた違和感の正体ですか……」
「あー、ミネルヴァちゃんは一回、アティさんが観ようとしてきたのを察知してたんだよね。
もしかしてさっきの分身みたいなやつが来たってことなのかな?」
「いえ、違いますね。気配のようなものが以前のほうが異質でした。
さきほどの分身ならそれなりの解魔法使いでの探査魔法でも、侵入を察知するくらいならできるはずですから」
「へーそうなんだ」「さすがだね」
愛衣と、いつのまにやら近くに寄ってきていた分身体のミニアティの言葉がはもる。
来ていたことくらいは2人は気配で察していたので、特別に驚くことはなかったが、なるほど確かに近付いてくるのが分かる時点で違うんだなと、愛衣も身をもって納得の色を見せた。
「じゃあ、どんなスキルでやってたの? アティさん。あっ、でも教えられないかな」
「別にいいと思うよ? どうせ君たちには使ってはいけないことになっちゃったからねぇ。どうですか? エーゲリア様」
「ええ、別にいいわよ」
「なら──実際にお見せしましょう」
ミニアティがそういうと、砂浜に埋もれながら先ほどの愛衣のパンチについて考察していた本体がむくりと起き上がった。
そして蝶々のような翅を大きく広げると、ぐぐぐっと元の3割ほど拡大されていく。
大きくなった翅を大きく広げた状態で、オプスアティはワニのような顔についた目をスッと閉じる。
するとそれに連動するように翅一面に小型動物ほどの目が発生し、ぎょろりと周囲を見渡しはじめた。
「集合体恐怖症の人がここにいたら卒倒しそうな光景だな」
それほどに密集した目から黒い液体が涙のように零れ落ち、砂浜に落ちると爆ぜて胞子のように細かな粒子が周囲に散る。
霧に包まれたかのように黒い胞子がオプスアティの周りに飛び始めたところで、彼女はおもむろに近場に有った海の魔物の残骸であろう甲殻の破片をミニアティに持ってこさせ、そのまま霧の中に放り込んだ。
するとその霧は甲殻に吸い込まれるようにひとつ残らず吸収されていき、周囲はもとの状態に戻っていった。
ただぽとりと落ちた真っ黒に変わった甲殻の破片だけは、異質な空気をまとっていたが。
「これがどこまでも遠くまで情報を得ることができる能力さ」
「……にしては、気配が濃すぎる気がしますね。いえ、存在自体は以前察知したものと同等のようには感じますが」
「そりゃあ、これは分かりやすいように一つだけに集中して寄生させただけだからね」
「寄生……ですか?」
「うん、そうさ──」
そのままオプスアティは、ミニアティごしにこのスキルについて説明してくれた。
本来はさきほどの黒い霧を周辺に散布して、粒子の1つだけをそれぞれなにか──土や石、建築物や動物、虫などあらゆるものに張り付き寄生させる。
寄生した先で粒子は増殖し、また周囲に黒い粒子を散布し寄生先を増やし続け、オプスアティが望むように勢力圏を広げていく。
今見せてもらったときはまとまっていたから肉眼でも見えていたが、粒子の1つ1つは非常に小さく肉眼で見ることは不可能なレベル。
さらに探査や気配察知などに対抗する隠形系の力も宿しているらしく、小さいこともあってその一つだけを察知するのは解魔法のレベルが20あったとしても感知できない。
そんな小さな粒子は風に乗り、波にさらわれ、動物や虫たちに寄生し運ばれて、世界中に広がって、オプスアティの望む場所にまでたどり着く。
たどり着いたらその場所に粒子を根付かせ、シミが広がるように壁や天井、椅子やテーブルなどにゆっくりと浸食していく。
この浸食作業も普通の探査などでは察知できないレベルの隠形がかかっているが、この段階が一番気が付かれやすく、ここまでくるとさすがに竜郎たちの誰かにばれそうだなとオプスアティは思っていた。
逆にここさえクリアし、完全に根付いてしまえばリアの《万象解識眼》クラスの超特殊スキルで狙ってその場所を調べてこない限りばれないという自信を持っていた。
なのでそこをどうするかと悩みながら、とりあえず粒子を数個、竜郎たちの勢力圏内に入れておくかと行動に移したところ──。
「私がそれを見つけてしまった──と」
「そうなんだよねぇ。でもまさか一番最初の段階で気づかれるとは思わなかったから、本当に驚いたもんさ。
けどそのせいで余計に興味が湧いてしまったんだけどね」
ミネルヴァにしてみたら偶然に近く、たまたま見つけられたようなもので、それが何だったのかもわからないままに異物だと判断し狙撃しようとした程度のことだった。
あのときあの場所であの方角の一部分を、何の気なしに見ていなければ気が付けなかっただろう。
「ちなみにアティのスキルで一度根付かせることができれば、どんなに離れた場所にいても──といっても同じ世界ならでしょうけれど、そこから五感を自由に共有することができるのよ」
「五感……ですか。それなら確かに見ることも聞くこともお手の物でしょうね」
黒い甲殻の破片を観ていたリアが、エーゲリアの補足に頷いたところで、あらかたの話も済んだ。
未だに分身を出して調べようとするオプスアティをエーゲリアが黙らせて、彼女の背中を蹴るようにして慌ただしく竜郎たちはフォンフラー王国へと旅立った。
道中何度か暴走しそうになるオプスアティを何度かなだめすかしながら、関所を越えていき、目的の場所へと入っていく。
フォンフラー王国の街並みは、灰黒色のフォンフラ鉱石で作られているため全体的に暗い色で統一されていた。地面も心なしか黒い気すらする。
しかし王都にまでやってくると、鉱石の純度は上がって漆黒の中にほのかに赤いきらめきを宿していて、空から見下ろしているのに夜空を見上げているような不思議な感覚を覚えた。
そんな感想を持ちながら空から城内の敷地に到着。
フレイムやアンドレと同じ系統だなと分かる程度に近しい見た目をした竜が、今回の案内役のようだ。
当然彼もオプスアティとは会ったことはなかったが、エーゲリアの側近眷属であるかどうか位は察することができる。
初めましての仰々しい挨拶をオプスアティにしはじめた。
彼女の性格をこの少しの間で知った竜郎たちは、アティが実は偉い人物だったと改めて思い出させられる。
そんな失礼なことを考えていると、竜郎たちにも改めて挨拶を交わしてくれた。
『この人は別にたつろーが竜王種を生み出したことも気にしてなさそうだね』
『視線や態度もかなり友好的だったしな』
『やはり納得しきれていないのは、女王だけのようですの』
『ヒヒーン(そうだねー)』
案内されている途中、念話で聞いていたより受け入れ側の反応がいいことについて話し合っていた。
別段含みがあるようでもなく、フレイムやアンドレの姿を見て「すばらしい」とまで口にしていた。
しかしそういってよく見ようと少し近付いたところで、気やすく見ないでほしいとばかりに2人にはそっぽを向かれ悲しそうな顔をしていた。
『この子たちは他のちびたちとは違って、相変わらずクールっすねぇ』
『────、──────(他の幼竜たちは、年相応に無邪気ですからね)』
その時のことを思い出し笑いするアテナの念話に、天照も苦笑交じりに同意した。
そうこうしていると謁見の間の扉までやってきた。
向こうの準備を案内役をしてくれた竜が確認してから、扉を開けて中へと促される。
そこで彼とは別れ、竜郎たちは謁見の間の中へと進んでいった。
一番目立つ中央には、麒麟に似たフォルムの大きな竜が、威圧感たっぷりにお座りしている。彼女がこの国の女王──フィスタニカ。
その斜め右後ろには王配である朱色の鱗に覆われた炎竜──ベユナーガ。
左斜め後ろには、竜郎たちが連れてきたフレイムやアンドレより少し小さな、けれど瓜二つの幼竜──ユピタニアだ。
目の前までやってくると、ゆっくりと綺麗な動作でオプスアティに対して3人が頭を下げる。
そして女王フィスタニカが、来てもらったことについてなどお決まりの礼を述べていった。
案の定オプスアティは長いなぁとつまらなさそうな態度をおくびも隠さず、けれどエーゲリアから向こうの立場もあるからと強くいい聞かされていたために何とか大人しく聞き切ると、もう用はないと竜郎たちとバトンタッチして、自身は後ろから静かにねっとりと観察をしはじめた。
やりづらいなぁと思いながらも、竜郎たちも挨拶をしていき、それ自体は問題なく終わった。
向こうの態度が悪いなどということもなく、ベユナーガやユピタニアなどはむしろ好意的な視線を向けてくれている。
けれどフィスタニカだけは、終始難しそうに眉間にシワを少しだけ寄せていた。
そのせいで竜郎たちも話しかけにくく、会話が止まりその場が静寂に包まれたが、やがてフィスタニカがその重い口を開いた。
「疑っていたわけではありませんでしたが、本当にセテプエンイフィゲニア様とかかわりのない、私やユピタニアと同じ種がこの世に存在するのですね」
「そう……ですね。意図したわけではありませんが、結果的に全ての竜王種。そして生まれることのなかった竜王種たちがこの世に生まれたのは確かです」
「えぇ、それをあなたが成したのですね」
「はい、僕がやったことですね」
そこでまた何かを考えるようにフィスタニカが黙る。
挨拶の時にカルディナだけではなく、ジャンヌたちとの融合状態も見せているため、それが成せないとは言えないほどの力を持っていることは認識済み。
エーゲリアやイシュタルもいっているのだから間違いはないのだろうが、改めて本人の口から聞かされ、信じたくないと思っていた、竜王種を生み出せるのは真竜という特別な存在がいてこそ──という考えを改めざるを得ないのだろうと彼女は腹をくくり、意を決したように力強く目を見開いた。
なにをする気だと竜郎が身構える。
「先ほど見せていただいた真の姿で、私と戦ってほしい」
「──え? いや、それは……」
一瞬何を言ったか分からず言葉が途切れたが、竜郎はすぐに言葉の意味を理解した。
しかし一対一なら勝敗はどちらに傾くかといったところだが、真の姿ということはカルディナたち全員の力も合わさった状態のことを指している。
さすがにそちらでは勝負にもならないのは目に見えていた。
けれどそれを正直に言うことができずに言葉を濁すも、向こうは何が言いたいのかちゃんと察していた。
「先ほどの状態を見て勝てる、いい勝負になるとも思っていません。
しかし私は王の席に着いてはいるが、頭だけで納得できるような竜ではない武辺者です。
戦ってその身で力を感じなければ、納得などできようはずもありません」
「納得など──と言われましてもですね。こちらは──」
どちらかというと頭脳派だと思いきや、実は武闘派だったことに内心驚きつつも、正直こちらが戦う理由などないし、そちらに納得してもらう必要もない。
カルディナたちと一緒なら竜郎が怪我をすることもないだろうが、それでもあの姿で戦うのはやりすぎないように神経を使う必要があるので遠慮したい。
そんな気持ちから、丁寧に断りを入れようと口を開くも、それにかぶせるようにフィスタニカの言葉が入った。
「これはあくまでこちらの──というよりも、私の事情でしかありません。そちらに受ける理由がないことも重々承知しています。だからこそ、私もけじめを付けました」
「けじめ?」
「ええ、もしこの戦いを受けていただけるのであれば、どんな結果になろうともこれを差し上げます」
「これは!?」
フィスタニカの《アイテムボックス》から出てきて、ごろんと床に転がったのは、波打つ刃のようなプラチナ色に輝く大きな竜の角。
折れたというよりは根元から抉ったように完全な状態で存在するその角は、明らかにそこいらの竜とは格が違う圧倒的な力を秘めていた。
しかもそれは骨董品の類ではなく、かなり最近になって取られた角らしく、瑞々しさすら感じられる。
「昨日、私の角を自分でえぐり取りました。自分で言うのもなんですが、このレベルの竜の素材は、そうそう手に入れることはできませんよ。いかがでしょう」
「いかがでしょうって……」
すでに立派な角が生え変わってはいるが、竜とはいえ根元から骨を削ってえぐり取るなど相当な痛みを有するはずだ。折れたときの比ではない。
それが竜郎たちよりも分かっているだけに、これには夫もあんぐりと口を開けていた。
「この国の財も秘宝もイシュタル様の物。私個人の感情で勝手に動かしていいものではありません。だから私個人が自由にしていい、私の一部を差し出すことにしたのです。これはあなたにとって不要なものですか?」
不要なわけがない。完全に成人した、竜郎たち個人個人に匹敵するほどの力を持つ神格竜であり竜王種のこのような状態の角などそうそう手に入れられるものではない。
もう生え変わっているし、既に折ってしまっているのだからもらっても問題はないだろう。
竜郎は一度念話で愛衣たちに確認をして、実際に一緒に戦うことになるカルディナやジャンヌたちとも話し合った結果、覚悟を決めた。
「分かりました。そこまでいうのなら、その勝負受けさせていただきます」
「そう──」「キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
けれどなぜか、一番喜んだのはオプスアティだった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。