第213話 不安と意外
劣化──というよりは、リア的には違うものになってしまったようだが、それでも素材としては未知であり稀少であることには間違いなさそうだ。
「魂はなくその抜け殻のようなもののようですし、便宜上──竜殻石とでも名付けましょうか。
イシュタルさん、レーラさん。同じ名前の物質などは存在していますか?」
「ミーティアは…………知らないようだし、私も知らない」
「私も竜殻石なんてものは聞いたことがないし、私たちの中だけでもそう呼べばわかりやすいわね」
イシュタルが視線を向けミーティアにも知っているか確認するが、竜殻石という名称の物が他にあるかどうか誰も知らない。
ならばもうそれでいいだろうと、その石を竜殻石と竜郎たちの間で呼ぶことにした。
そしてこの竜殻石。モデルとなった竜魂滴とは違い、竜郎の《無限アイテムフィールド》にもちゃんと収納できるので、ぱぱぱっと複製してリアに沢山。レーラにも研究用に3つ渡した。
「お礼の品と渡した側の人間が言うことではないと分かっているのだが、その竜殻石をこちらにも融通してもらうことはできないだろうか。
おそらく母上がとても興味を持ちそうな代物なんだが」
「エーゲリアさんにはうちのニーナがお世話になってるし、まだ複製ポイントもたくさんあるから気にせず持っていってくれ──て、これは竜も触って大丈夫なのか?」
「もはやただの抜け殻ですから、竜の体を乗っ取って狂うことも、乗っ取りに失敗して自己崩壊することもないはずですよ、兄さん」
「そうか。ならほら、イシュタル。持っていってくれ」
「助かる。それとニーナのことは母上が好きにやっていることだ。おそらくそちらから、次にこちらに来たときになにか礼を出してくれるだろう」
「そんなの別にいいんだけどなぁ。……まあ、そのほうが座りがいいというのなら受け取ることにするよ」
「ああ、そうしてくれ」
エーゲリアから竜殻石の代わりにもらえる礼とは何だろうかと、竜郎はもとよりリアまでもソワソワしだす兄妹。本当の兄弟でないのに、こういうところは似ていると愛衣も含め周りも微笑ましそうに口元に笑みを浮かべる。
そんなことをしている間に、イシュタルのほうもそろそろ帰らなくてはならないようだ。
「イシュタル様。そろそろ……」
「分かっている。では私はそろそろ、お暇させてもらう。──あっと、そうだ。もう1つ言っておくことがあった。……話したくないことだったせいか、ついつい頭の片隅に置いてしまっていた」
「お? なになにイシュタルちゃん」
「オプスアティ──という竜が今回付き添いとして、フォンフラー王国へとついていくことになっているんだが、かなりの引きこもりなんだ。
それこそ滅多に他人と……いや、他人でない母上ですら本人と会うことも年に数えられる程度というくらいに」
「えーと……、ひょっとして人と話すのが苦手とか? 人見知りさんかな?」
「そうであったら可愛いものなんだがな……。オプスアティは人見知りなどではなく、ハッキリと言ってしまえば協調性がまるでないんだ。
さらに大抵のものには興味を持ったりしないが、一度興味があるモノを見つけると徹底的にまとわりつき調べようとする。レーラも可愛いとすら思えるくらいに」
「私ですらとはなによ。けど私もエーゲリアとは長い付き合いだけれど、オプスアティは名前くらいしか知らないわ。会えるなら会ってみたいものね」
「えーと……なんだか嫌な予感がするんだが……」
レーラが何やら言っているが、竜郎の耳には入ってこない。なぜならここまでの話を聞いて、嫌な予感が湧き上がってきたからだ。
竜郎たちの何倍も生きてきたドラゴンが、今更興味を持つもの。しかもレーラのように好奇心旺盛なドラゴンが。
そんな存在が興味を持つモノとなると相当珍しいモノとなってくるだろうが、最近この世界において未知の塊といっていい団体が現れた……程度には竜郎も自分たちの稀少性について理解していた。
「そのまさかだ。あれはタツロウたちに興味を持ってしまったらしい。勝手に力を使って、直接調べようとするくらいにな」
「ではもうその力とやらで、こちらについて調べてしまったんですの?
隠し事はないですけれど、あまりいい気分ではありませんの」
「その点については止められなかった私も、すまないと思っている。次に来るとき本人にも謝罪をさせよう。
だが既に一度行動にうつったようだが、オプスアティですらここの網を抜けることは難しかったらしく、未遂で終わったから安心してほしい。
それにまた勝手に調べるような真似はしないように母上が言っておいたから、もう大丈夫だ」
今更イシュタルたちに探られて痛い腹はないのだが、それとこれとは別である。
とはいえ未遂で終わり、向こうも悪いと思ってくれているならそれでいい──と、そこまでのことは理解できた。
だが他にも気になることがある。
「なるほど……それについてはもう大丈夫なんだな。けどさっきそのオプスアティさんは、協調性がないとか言っていたが……今回の案内役を任せて大丈夫なのか?」
「おそらく……大丈夫なはずだ……たぶん……」
「ふ、不安しかないんだが……」
「だが本人がどうせ行くのなら、ついでに同行しようと言い出したのだ」
「まあ、私たちのことを知りたいなら絶好のチャンスだろうしねぇ」
オプスアティが外に出ないのは、外に出なくてもいくらでも情報を見聞きする術があるからだ。なので外出の必要性を感じない──というのが本人の言葉である。
なにせ彼女の情報網は文字通り世界中に張り巡らされ、特に各国の王族などの重要人物周辺に至っては独り言すら逃さないほどに念入りに。どんな小国や団体であろうと全て。
それはもちろんここカサピスティとて例外ではなく、国家機密ですらオプスアティの前には意味をなさない。
カルラルブの王が竜に至るためにエーゲリアを殺そうとした──などという、内内の者しか知らないような情報も、彼女が観て聞いていたからこそエーゲリアたちの耳にも入ってしまったくらいなのだから。
しかしイシュタルが即位してからは、そういう諜報活動も彼女が望まない限りすることはなくなった。
オプスアティの力は、広義的にはエーゲリアの力。幼くとも帝位を望み就いたのなら、諜報が必要ならば自力でやった方がいいとエーゲリアが判断したからだ。
そもそももう世界中調べつくしたオプスアティも、この平和な時代、もはや大した情報はもうこの世界にはないだろうと飽きてしまったので、それを機にちょうどいいと情報収集はやめてしまった。いつでも再開できるよう、重要だった場所には目と耳は各所に残したままではあるが。
そうしてオプスアティは現在エーゲリア島の地下深くで禁書や、竜魂滴などの《アイテムボックス》に入らないような素材などの管理をしつつ、それ以外はほとんど寝て過ごしていた。
けれど最近になって竜郎たちという新しい未知が現れていたことを知り、どうしても調べたい、けれどエーゲリアに言われ遠隔ではもう調べられない。ならば外に出るしかないではないか。
そんな思考からちゃんと案内もするし、フォンフラーの女王たちもきちんととりなすという、普段なら絶対にやらないようなことまで買って出てきた──というのが、今回オプスアティが来ることに決まった要因だった。
「だから多少面倒くさい絡み方をされるかもしれないが、そのときは適当にあしらっても構わない」
「でも次に行く女王さんって、ぶっちゃけあんまこっちのこと好きじゃないんでしょ? 協調性がない人で大丈夫かなぁ。いざとなったら、上手くとりなしてくれる?」
「上手くかどうかはさておき、空気の読まなさ加減については折り紙付きだ。
どんなに互いの空気が悪くなろうとも、オプスアティなら平然とぶち壊してくれるだろう!」
「やな信頼ですの……」
ニッと笑うイシュタルに、奈々が呆れたように項垂れる。竜郎たちも同感である。
こうしてますますオプスアティという竜がどんな竜なのか掴みかねたところで、イシュタルたちは去っていく。
「本格的に竜魂滴を使うことになったら呼んでくれ。母上と一緒に見学に来る」
「はいよ。ちゃんと連絡するから心配するなって」
テスカの人へ至る瞬間を見逃さないように念を入れながら……。
転移の魔道具を使って消えたイシュタルたちから視線を外し、まだぽけーと空を見上げていたテスカに声をかける。
「大丈夫か?」
「────」
竜郎に呼びかけられたことで意識が戻るが、それでもどこかフワフワした様子で眠るようにその場で丸くなり動かなくなった。
「こうやって大きな衝撃を受けいれようとしているのでしょうね。体に問題はないですから、安心してください」
「リアちゃんがいうなら、安心だね」
テスカ自身だけでなく、リアが観て保証してくれるのなら間違いはないだろう。
「とすると、イシュタルちゃんも帰っちゃったしこれからどーする?」
「私はさっそく研究のために工房に引きこもります」
「わたくしは無理しすぎないようお目付け役をするですの」
「私もひとまずさっき手に入れた竜殻石を自分なりに研究してみるつもり」
そんなことを言いながら、竜郎と愛衣、楓と菖蒲だけを残し、全員が各々の場所へと散っていった。
「俺たちは俺たちで、とりあえずこの絵をフレイムとアンドレに見せに行くとするか」
「どんな反応するのかな?」
「あんまり興味は持ちそうにない気がするな」
楓と菖蒲をそれぞれ抱っこして、カルディナ城近辺を歩き回って探していると、フォンフラー種とその亜種──フレイムとアンドレの姿を発見した。
その場所は、カルディナ城を中心に、ちょうどペガサスなどの聖なる気を持つ存在とは真逆の位置。黒い邪ペガサスなどの邪なる魔物たちがいる区画。
しかしフレイムとアンドレに限っては、他の幼竜たちのように自分と近い存在である兄弟にべったりということはまるでなく、お互いに離れた場所で各々静かに過ごしていた。
「この子たちは本当に1人が好きなんだねぇ」
互いに嫌っているということはないのだが、この幼竜たちは特別に他者と触れ合うことはしない。それこそ竜郎や他の種の兄弟にも。
この場にどちらもそろっているのは、邪竜の要素を持つフレイムとアンドレにとって、この場所が心地よいからというだけに他ならず、そうであっても近くには寄り合わず、互いに不干渉で自分のパーソナルスペースを守っていた。
「のんびりしているところ悪いが、ちょっと2人に見てほしいものがあるんだ。来てくれないか?」
「「ガァ?」」
想像上の生き物に分類される方の麒麟に似たフォルムの漆黒の鱗を持つ幼竜──フレイムとアンドレは、反抗的なわけでもないので素直に「なに?」といった様子でこちらへのしのし歩み寄ってくる。
「「あうっ! フー、アー」」
「Who Are?」
「英語じゃなくて、フレイムとアンドレのことだろうな」
「「ガァゥ」」
他の幼竜たちとも仲が悪いわけでもないので、挨拶をされれば軽く挨拶を返すくらいのことはしてくれる。
楓と菖蒲は久しぶりにフレイムとアンドレと出会って嬉しいのか、遊ぶ?と竜郎と愛衣の腕の中で手を振った。
「「…………」」
「「うぅー」」
しかし無言でぷいっと顔をそらされ、楓と菖蒲は拗ねたようにむくれて竜郎や愛衣の胸元にしがみついて頭をうずめた。
そんな2人をよしよしとあやしながら、今回来た経緯について眷属のパスを通じて2人に説明し、さっそくイシュタルからもらった絵巻に描かれた幼きフォンフラー種の竜の姿を見せてみた。
「「…………………………」」
「おや? 興味ありげ?」
「まったくの同種というのが珍しいのかもしれないな」
無反応で終わるかと思いきや、意外にしっかりと絵を眺めてくれている。
感情も普段は波紋すらない静かな水面のようなのに、どちらもワクワクとしたものが微かに竜郎へと伝わってくる。
「案外この子たちのどっちかが、一番最初に結婚しちゃったりしてね」
「ある意味では、幼竜たちの中では精神的に一番大人だからな。それもあるかもしれないが、まあそれはそれで本人が望むのならって感じだな──っと、そんなに気に入ったのか?」
「「ガァーーゥ」」
広げていた竜郎の手からするっと絵巻を咥えて持っていく、フレイムとアンドレ。
絵を見てはしゃいだりする子はいたが、絵を欲しがる子は初めてだ。
竜郎は絵巻の端と端を2人が咥えたまま、先ほどの場所へと互いに帰ろうとして絵がピーンと伸びた状態になっている現状に目を丸くする。
どちらも離れた場所にいたのだから、持っていこうとするのならどちらかが諦めるか譲歩するしかない。
しかし「離せ」「お前が離せ」とばかりに無言で睨み合う2人。
「「ゥ~~~ッ!」」
互いに唸り威嚇しあう。まさか幼女の竜の絵が発端で兄弟喧嘩がはじまりそうになるとは思いもよらず、竜郎と愛衣は口をあんぐりと開けて呆けてしまう。
発端はどうあれ、この2人が気勢を荒くしたところなど見たことがなかったからだ。
譲らない2人は絵巻の端と端を咥えたまま、ついに黒い火の玉を周囲に漂わせはじめてしまう。
さすがにこれは止めたほうがいいかと、呆けていた竜郎もそこでようやく動こうとしたが、それよりも早く動き出す者たちがいた。
「「あう!」」
「「──グガァッ!?」」
「「えっ!?」」
楓と菖蒲は竜郎と愛衣の胸元からサッと飛び降りるや否や、地面を蹴って楓はフレイムの、菖蒲はアンドレの横腹に飛び蹴りをかます。
かまされた本人たちはもちろん、竜郎と愛衣までも驚いている間に、思わず口から離れた絵巻が地面へと落ちていく。
フレイムとアンドレがそれに気が付き「今だ!」とばかりに取ろうとするが、その前に──。
「あうっ」
「「ガァ!?」」
菖蒲が先に手を伸ばし2人よりも速く手に入れると、ささっと丸めて紐で止めなおし、今度は楓の方へと投げ渡す。
「うっうー!」
「「ガーゥ!」」
「むー! あう!」
「あう!」
「ガァー!」
「う!」
「ガァーーゥ!!」
「あうあう!」
ボールのように楓と菖蒲は互いに絵巻をパスしあい、見事な連携でバラバラに動くフレイムとアンドレを完封してしまう。
個々の力では同等クラスでも、連携という分野においてこの子たちの右に出る幼竜はいない。
常人では見えないほどの速さで、容易く翻弄されるフレイムとアンドレに、またもや竜郎と愛衣は目を丸くしてしまう。
「えーとナニコレ? どーゆー状況?」
「楓や菖蒲なりに仲裁してくれてるってこと……か?」
そしてそのままフレイム兄弟に絵巻を触れさせることすらなく、竜郎の元へとやってきて、楓がゴールインとばかりに彼の手へと渡してくれた。
「「めっ!」」
そして締めに人差し指を立てて、お姉さんのように一応兄である2人に突き付ける。
「そうだよー。喧嘩はダーメ」
「だなぁ。互いに妥協して共有できないなら、これはこのまま俺がしまっておくぞ?」
「「ガァ……」」
「お前のせいだぞ」と互いに睨み合うが、またしても楓と菖蒲に「めっ」されて、しぶしぶ喧嘩を納めた。
その後、フレイムとアンドレは地面に絵巻を広げたまま置いて、それぞれ反対方向から見るという形で、仲良く絵を見続けることになるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。