第211話 詫びの品
エルチャーが帝国に連行された日から二日後。その間何事もなく過ごしていると、お昼ごろにイシュタルがミーティアをお供に連れて竜郎たちのもとへやってきた。
来ること自体はもはや珍しいことでもなく、砂浜に机を持ち出しテスト勉強にいそしんでいた竜郎と愛衣もさして気にはしなかっただろう。
けれど今日はミーティアが物々しい何重にもロックされた箱を持っていることに視線がいき、近くで砂遊びしていた楓と菖蒲までなんだろうと歩み寄ってくるイシュタルたちへ顔を向けた。
それが普通の箱ならばこの子たちは気にしなかっただろうが、そこからなにやら不思議な気配を感じたからである。
「こんにちは、イシュタルちゃん、ミーティアちゃん。今日はどうしたの?」
「こんにちは、アイ、タツロウ。それにカエデとアヤメも。
今日は先日の詫びとフォンフラー王国への訪問について話に来たんだ」
イシュタルに続いて、ミーティアとも挨拶を交わしてから、竜郎は2人の椅子も出して即席で話し合いの場を設けた。
せっかく用意してくれたのだからとイシュタルに言われたミーティアが座るの待ってから、話し合いがはじまった。
「まず先日の詫びをと思って、とりあえずこれを持ってきてみた。ミーティア」
「はい」
先ほどから竜郎たちも気になっていた箱が机に置かれ、パチンパチンとロックを解除していく。
箱の周りを一周する勢いでつけられていた複数のロックが解除されたところで、ミーティアが静かにその蓋を開けた。
「ん~~? スライムのおもちゃ?」
箱の中に入っていたのはプルンとゼリー……というには液体に近い質感で、赤、緑、青、黄色、さまざまな色がまだらに混ざった奇妙な物体が収まっていた。
「スライム……に見えなくもないが、かなりの力が込められてるな──って」
「「うっうー」」
「こら、何かわからないんだから触ろうとするんじゃない」
「だめだよー」
「「うー」」
楓と菖蒲が身を乗り出して箱の中身に、瞳を輝かせて遊ぼうとするので、竜郎は楓を、愛衣は菖蒲を抱っこして自分の膝の上でホールドする。幼い2人は不満そうな顔で唇を尖らせた。
けれどそうしなくてもミーティアやイシュタルが止めようとしていたところをみると、やはり厳重にしまっていたことを考えても気軽に触っていいものでもなかったのだろう。
「まあ竜であるのなら、これに惹かれるのも分かるが、そう気やすく触っていいものでもないからそのままカエデとアヤメは捕まえておいてくれ」
「それはいいんだが……いったいこれはなんなんだ?」
「我々の間では"竜魂滴"と呼ばれている代物で、母上ですらまだ2回しか見たことがない我が帝国でも秘宝級の素材だ」
「ほうほう、それはまた興味深そうだな」
「今度は、たつろーの目がキラキラしだしたよ……」
アルムフェイルの次に古くから存在しているエーゲリアですら、2回しか見たことがない代物とくれば秘宝級というのも頷ける。
先ほど竜魂滴なる物体に触ろうとしていた楓と菖蒲とそっくりな目をしながら、竜郎は興味深げに観察しはじめた。
「これは屍竜の肉体の一部の骨中からとれるゼリー状の液体なんだが、ただの屍竜にはないものだ」
「屍竜っていうとゾンビ化した竜ってことだよね? それでいてただの屍竜じゃないってなるとどんななんだろ。ドロドロに融けてるとか?」
「いや、融けては……いや融けてはいるのかもしれないが」
「え? じゃあ愛衣の言った通りゾンビ竜ならぬヘドロ竜ってことか?」
「うーむ……そうではなくてだな。これは──」
イシュタル曰く。竜魂滴が生成される屍竜は、大量の竜の遺体が積み重なり長年放置され、それぞれがゆっくりと時間をかけて混ざり合って融合し、一つの屍竜と化して這い上がった存在だという。
そもそも大量死などしにくいほどに強く、死後も腐りにくい肉体をもった竜。そんな存在が長い年月放置されるという状況自体が珍しいうえに、確実に大量の竜を放置しておけば死体同士が融合するというわけでもない。大概が個々でゾンビ化するだけで終わるからだ。
それゆえに存在自体が奇跡とまで言われるほどに珍しい、特殊な屍竜とのこと。
「存在例としては、ばあ様の時代に一度自然的に発生した件を除けば、母上の時代には直接世界力溜まりから発生したのが2回のみ。
実質自然界で発生したのは、最も混沌と化していたばあ様の時代の一例のみとなる」
「ちなみに今回お持ちしたのは、その昔エーゲリア様が自ら討ち取った屍竜から採取されたものです。
セテプエンイフィゲニア様がお採りになられた素材は使用済みで、この世に現在2つしか存在していないものでもあります」
もう一つはエーゲリアが珍しいからと保有しているので、現在はエーゲリア島内で保管されている。
今回持ってきたのは、帝国の宝物庫で管理されていたものらしい。
竜郎はこれをいったい何に使えるのか、魔物創造や竜族創造系でどうにかして使えないかなどあれこれ思考している中で、ふとそんなに珍しいものなら複製してイシュタルに返してもいいのではないかという思いが浮かび上がってきた。
しかしそのままイシュタルに提案してみたところ──。
「ありがたい話だが、それは無理だ」
「……それは無理? ってことは、複製できないってことか?」
「おそらくな。なぜならそれは《アイテムボックス》に入らない。タツロウの複製は《無限アイテムフィールド》を介さなければできないだろう?」
「ああ、そうだが…………ほんとに入らないな。どうなってんだ?」
試しに収納しようと試みるが、竜魂滴は箱の中に収まったまま──と思いきや、微妙にイシュタルの方へと移動したように竜郎の目に移った。
思わず愛衣の方へ視線を向けると、彼女もまた見たと言わんばかりに首を縦に振っていた。
「ねぇ、イシュタルちゃん。これ……もしかして生きてるの?」
「どういう状態を生きているのかと定義するかにもよるが、私たちはこれを生物だとは思っていない。
いうなれば複数の竜の魂の断片が混ざり合って、死体の中に残った残滓が形として残った物。霊体ですらなく、意思などない。
けれどこれは竜という存在に引かれ、竜もまたこれに引かれる。私も無意識的にこれに触れてみたいと思う程度にな」
「イシュタルちゃんもなんだ。それで、これに触れるとどうにかなるの?」
「力の弱い竜──下級竜などがこれに直接触れれば体の中に入り込まれ発狂し、力の強い竜──上級などが直接触れれば爆ぜて消えてしまう」
「ということはさっき楓たちがこれに触ろうとしたのも、これに引かれたからってことか」
「ああ、まだ幼い故に自制も効きにくかったのだろう。まあ、触ったところでその2人がどうにかなることはなかっただろうが──」
「──この珍しい素材は消えてなくなっていたと。あぶなっ」
「うー?」
幼くとも竜王種。この2人をどうにかすることなど不可能。となると訪れる未来は竜魂滴の消滅。
竜郎がとっさに止めた自分に安堵しながら膝に乗せた楓の頭に顎を乗せる、なあに?と未だにチラチラ竜魂滴を見ていた彼女が首を傾げた。
「しかしそうなってくると余計に貴重なものだと思うんだが、本当に俺たちが貰っちゃってもいいのか?
やったことといえば盗人を捕まえたくらいで、大して実害は出ていなかったんだが」
「ただ迷い込んで盗みを働いたのとはわけが違うからな。
こちらにとっては重罪人を、こちらの裁量で裁けるように、利用できるように生かしたまま引き渡して貰えた恩は大きい。迷惑をかけないように動いていたつもりが、迷惑をかけてしまった詫びもある。
それと、今回の件を広めないでほしいという下心もな」
「なるほど……」
今のところイフィゲニア帝国では最上格クラスの存在たちとしか、やり取りはない。
けれど今後竜郎たちの動きによっては、その販路は大陸に広まっていく可能性もある。
そのときに双紅家の汚名を広げないでほしいということのようだ。
竜郎としてもわざわざ広めるようなことをするつもりもないし、イシュタルもそうは思っていないだろうが、そういうところも考える必要もあったのだろう。
またそもそも半端なものでは竜郎たちにとって価値ある物にはならないという頭の痛くなる理由があったおかげで、今回はエーゲリアに妙案はないかと泣きつく羽目になったのはイシュタルの沽券にかかわるのでここでは秘密である。
「だが実は、もう一つこれを選んだ理由がある」
「確かにイシュタルのところは歴史も深いし、もっといろいろありそうだしな」
「ま、まあな! コホン、ときにタツロウ。そちらにはテスカトリポカというゴーレムの竜がいたな?」
「ああ、テスカのことだな。それがどうかしたか?」
「先ほどばあ様がその昔、この素材を使用したことがあると言ったのを覚えているだろうか」
「そんなことも言ってたねぇ。それでそれで?」
「その使用した目的が、ゴーレム竜の人間化だったらしいのだ。
たしかタツロウたちは、そちらのテスカが人間に至りそうだといろいろ言っていただろう?
もしかしたらその手伝いになるかもしれないと思ったのだ。
もちろん、そういう活用方法があると言うだけで、他のことに使ってもいいし、死蔵してコレクションにしてもかまわないんだがな。
母上曰く、絶対に人間化できるというわけでもないらしいのだが」
エーゲリアがこれを提案した理由はそこにある。
彼女から見てこのまま放っておいてもテスカが人間化する可能性は十分にあるだろうが、どうしても最後の一歩を踏み越えるには最低でも数百年単位での期間が必要だと踏んでいた。
無機物でもあるテスカにとってその時間は大した時間でもないだろうが、竜郎たちにとってはかなりの時間となる。
ならばその一歩を踏み出しやすくするアイテムを渡してもいいのではないかと考えたのだ。
(まあ、母上は実際にそれを使っているところを直に見てみたいから──というのもありそうだったがな)
十中八九竜郎たちがテスカに竜魂滴を使うとなれば見学を申し出てくるだろう。レーラとならんで目を輝かせる母の姿が、イシュタルには容易に想像できた。
「そんなことができるのか……。使うかどうかは本人の意思を尊重するつもりだが、もし使うとしたらどうすればいいんだ?」
「母上が言うには、ただ渡せばいいらしい。そのときに竜魂滴とテスカが双方引かれあえば人間に至る可能性が高く、引かれなければ無理と思ってもらえればいい」
本来この素材は竜は竜でもゴーレム竜には反応しないし、ゴーレム竜側も引かれない。
しかし人間のゴーレム竜には、他の竜と同様に引かれ合うらしい。
なので引かれ合った場合は、その素質がありとみていいようだ。
「取り込み方はまだ世に一例しかないからこれだと断言はできないが、その竜魂滴で人間に至ったゴーレム竜は、それを核に取り込んだと聞いている」
「ちなみに副作用とかは? 人間になったけど狂暴だったとかはないか?」
「人間に至る前同様に、穏やかな性質のゴーレム竜になったらしいな。
その本人は結局戦死したようだが、子孫は残っている。もちろん、人間の竜のな」
「なら大丈夫そうかもな。いったん、テスカを呼んで確認してみることにするよ」
「そうしてくれ」
どちらにしても竜郎にとっては興味が注がれる素材だったので、あらためて念話で皆と相談し受け取ることに決めた。
ついでに水の美味しい魔物──メディクを手に入れたプティシオル大陸にある、湖にいる水精──ネロアのいる湖にいるであろうテスカも呼んでもらうことになった。
テスカを待っている間、ひとまずその話は置いておき、話題は邪炎のフォンフラー種が王を務めるフォンフラー王国への訪問の件へと移っていく。
「今回の事件のせいで、しばらく私の周りも今まで以上に慌ただしくなってしまう。
だからできるだけ早く、竜王国への訪問を済ませておきたいんだが都合はどうだろうか?」
「こっちは特に予定も入れていないからいつでも大丈夫だけど……そんなに忙しくなりそうなの?」
「ああ、今はいろいろ情報を集め、今回の事件の全貌を把握している最中なんだが、それが終われば本格的に双紅家周りが混沌と化していくだろう。
そのときの対応に私もミーティアたちも掛かりきりになる可能性が高いんだ」
「なるほどなぁ」
まだ詳しいことは調査中とのことなので、竜郎たちはどうせなら全部分かったら報告してくれとイシュタルに頼んでおいた。
「分かった。今回の被害者でもあるわけだからな。できるだけ詳細に伝えよう。
それで……今回、会ってもらいたい竜のことなんだが、これがその絵になる」
「どれどれ~おお、可愛いねぇ」
「たしかに可愛いが……この子、下手したらうちの子より小さいんじゃないか?」
「向うも最近生まれた幼竜だからな。それにタツロウたちのところは生まれ方自体が特殊で発育がいいだけだ。
こっちの子の方が年上なのは間違いない。竜にとっては同い年と言っていい程度でしかないが」
渡された絵巻に描かれた竜は、麒麟ににた黒い幼竜。ただしこれまでのように、格好よくだとか、綺麗にだとか見せるような描かれ方ではなく、幼さゆえのかわいらしさを強調したものとなっていた。
「それと……今回のフォンフラーの女王なのだが、一つ事前に言っておくことがある」
「その顔を見るに、あまり嬉しいことではなさそうだが……なんだ?」
「実はばあ様や母上、私以外の存在が竜王種を産んだことに対して、彼女は怒り……とまではいわないが、納得できない消化しきれない感情が未だにあるらしい。
だからこれまでの竜王たちと違って、必要以上に攻撃的にはならないだろうが、もろ手を挙げて歓迎という雰囲気にはならないだろう」
「いや、こういったら冷たく聞こえるかもしれないが、納得できないのなら会う必要もないようにも思えるんだが……」
「それでも向こうから会いたいと言っているし、娘の伴侶としてこのうえない相手がいるというのも理解している。
個人的な感情だけが追い付いていないだけで、女王としては飲み込むべきことだとは思っているんだ。
だから会ってみて、話してみてほしい。どうだろうか」
「うーん、ちびっこちゃんたちに害がないなら、行ってみるだけ行ってみるのもいいんじゃない?」
「そうだなぁ。さすがにエルチャーみたいな馬鹿ではないだろうし」
「それは間違いない。ただ真竜という存在を神格視しすぎているだけなのだ。
間違っても幼竜たちに危害を加えることも、卑怯なことをするような者ではないと私が保証する」
「なら、これまで同様行ってみることにするよ」
「たつろーは、フォンフラー鉱石も欲しいみだいだしね」
「どうせなら全種欲しいじゃないか──と、テスカが来たみたいだな」
最後は冗談めかして場の空気が和らいできたところで、テスカが帰ってきたという念話が竜郎へと入ってくるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。




