第210話 此度の処遇
星九家──"双紅"のエアルベルの名を継ぎし一族。
ということは、エルチャーと呼ばれていたこの竜はニーリナやアルムフェイルたちと肩を並べた『エアルベル』という九星の末裔だということになる。
「ふんっ、ようやく身の程を知ったようだな。分かったのなら早く解放しろっ。下郎どもが!」
竜郎たちが黙り込んだことでいい気になったエルチャーがなにやら言っているが、当の本人たちはそれを無視して念話で会話中だ。
『あんなこと言ってるけど、実際どー思う?』
『正直俺からすると胡散臭いんだが……』
今のところ本人がそう言っているだけで、何の証拠もない。イシュタルから聞いていた星九家は、他の竜の模範となるよう常に心掛けているような一族だった。
そんな由緒正しく生真面目そうな家の者が、このような馬鹿だというのは聞いていた話と大分違う。
竜郎が言った胡散臭いという言葉に、他のもの一同も賛成の意を告げた。
『レーラさん的にはどう思う? 俺たちより竜大陸事情に詳しいよな?』
『うーん……そうねぇ。エアルベルという竜とはそこまで親しくなかったけれど、話したこともあったわ。それと今の当主ではないけれど、昔の双紅家の当主にもね。
そんな私から言わせてもらえれば、まず間違いなくこの竜は直系ではないはず』
『ハッキリ言いきれるほど、何か違いがあるということですの?』
『ええ、ナナちゃん。この竜には夜空に連なる紅い双子星になぞらえてつけられた、双紅の由来となる特徴がないんですもの。
ただその特徴がないだけで、面影はあるようだけれど』
『じゃあ、アレが一族という可能性は十分ありそうですね』
ミネルヴァのその言葉に、竜郎は似ているからこそ一族を騙っているという可能性もあるのではないかと言おうとするが、リアが確認を取ったことでその可能性も消え失せた。
『今私の目で観ましたが、エアルベルという元イフィゲニアさんの側近眷属の血筋であることは間違いなさそうです。
というか、イシュタルさんに念話で聞いたほうが早いのでは? 兄さん』
『それもそうか──』
「おいっ! 何をしている! 早く解放し──ガッ」
「お黙りなさい。あなたが何ものであろうが、私たちには関係ありません」
「な、なにをっ……グゥアッ──」
念のため近くで見張っていたウリエルが、いい加減耳障りになったのか殴って黙らせる。
それでも喋ろうとするので、また殴って強制的に黙らせた。
ここまでくると星九家の威光がここでは通じないと気が付き、ウリエルにおびえながら今度こそ大人しくなった。
その光景を横目にしながら、竜郎は気にせずイシュタルへと念話を送る。実際に彼がどこの誰であろうと、もっと上から許可が出ているのだから恐くもなんともないのだから。
『イシュタル。問題が起きた』
『……は? 問題だと!? アウフェバルグが送った者が何かしたのかっ?』
『いや、アウフェバルグさんって人は全く無関係で、今回はエアルベルっていう人の系譜の、双紅家の人がいきなりうちのララネストを盗もうとしたから実力行使で止めたんだ』
『────────────────っは?』
『いやだから双紅家の竜がうちで盗みをだな──』
『いっ、いやいやいやいやいやいやいやいや──ままままま、待ってほしい。待ってくれ! 双紅家だと!? なんでその名が出てくる!?
タツロウたちを疑うわけではないのだが、間違いないのかっ!?』
星九家はイフィゲニア帝国でも皇族関係者たちに次ぐ、大貴族と言っていい家格のものたちだ。
そんなところの一族が窃盗などと聞かされれば、イシュタルも寝耳に水だったのだろう。
念話越しにでも焦りが伝わってきた。
『レーラさんも面影あるって言ってるし、リアが観た限りでもそうらしい。
なにより本人がどや顔で「双紅家の一族だー」とか言ってたしな』
『その者の名は!?』
『腰ぎんちゃくみたいな竜たちには、エルチャーと呼ばれてたな』
『……エルチャー? 誰だそれは』
『いや、知らんけども。双紅の一族でもイシュタルが知らない人とかいるのか?』
『直系筋は全員名前を憶えているが、傍系筋までは流石に網羅できてはいないからな。
──っと、そんな場合ではなかった! 少しだけ時間をくれ、すぐに調べりゅ──調べる!』
『あ、ああ』
念話で噛むなんて器用なことをするくらい動揺してるんだなぁとぼんやり考えながら、竜郎はとりあえずエルチャーたちは黙らせたまま待機することに。
言っていた通り数分ほどで、再びイシュタルから念話が入った。
『……結論から言って、エルチャーという竜が双紅家の遠縁に確かにいることが分かった。
本家筋から遠いために本来ならそこまで格の高い竜が生まれる家ではなかったようだが、隔世遺伝とでもいうのか、かなりエアルベルに近い特徴を持った分家クラスの竜として生まれた特殊な存在らしい』
そのためエルチャーは、分家への養子縁組の話すら来ていたようだ。
しかしそこでは悪い噂もなく、本人も品行方正で知られていたという。
『あれが品行方正? ……別人か?』
『分からない、分からないが……双紅の名を出した以上、その者は生かしてこちらに渡してほしい』
『そっちで無罪放免……ってことはないよな?』
『当たり前だ。というより死罪確定だ』
『盗みで死刑か。まあ、ただの盗み扱いではないんだろうけど』
他国に無断で入り込み盗みを働く。さらに竜郎たち自身も竜大陸において重要視されているので、そこでも罪は加算されそうだ。
『当然そういうことも入ってくるのだろうが、双紅の名を使っていいのはその直系筋のみ。
盗みなどせずとも、直系でもないものが双紅家を名乗った時点で重罪なのだ。
しかもそやつは双紅の名をだして、他国で盗みを働こうとしエアルベルの名を穢した。私だけでなく、双紅家本家が絶対に黙ってはいないだろう。
もしタツロウたちから逃げ出せたとしても、やつらが空の彼方、地の果て、どこに逃げようと追いかけて確実に殺しに行く。それだけ星九家にとって神聖な名前なのだ。
しかし、よりにもよって双紅かぁ……』
イシュタルの深い深いため息が念話越しに、竜郎たちの脳内に響き渡る。
『双紅のおうちだとダメなの? イシュタルちゃん。他がダメじゃないって意味じゃなくてだけど』
『そういえばアイたちは、そこまで星九家について知っているわけではなかったか。
そもそも九星には序列などないが、それでもまとめ役としてニーリナが存在していた』
それはニーリナが最も強かったからという理由もあるが、一番『姉』であったからでもある。
そして星九家も各家の代表同士で話し合うとき、まとめ役を必要とした。
ここで白天家のもの、つまりニーリナの子孫がいたのならそのものたちがまとめ役に抜擢されていただろう。
けれど白天家は存在しない。ならどこがまとめるのかとなったとき、ニーリナの次に生まれた竜の子孫である家がまとめるのが自然ではないかとなって、慣例的に筆頭名代としてそこが星九家の代表という扱いになった。
もちろん他家をまとめるだけの力量がない。もしくは、なんらかの事情によって辞退などした場合は、他から選出されるということも過去にあった。
しかし今世においては、慣例に倣った状態になっている。
『そして九星の生まれの順は上からニーリナ、エアルベル、トリノラ、ウェルスラース、リュルレア、グエシス、オラリカ、クランジェ……そしてアルムフェイル。つまり双紅家というのは──』
『エアルベルさんの子孫なわけだから、上から二番目の側近眷属で、今のまとめ役さんってことだね』
『そういうことだ。いくら遠縁とはいえ星九家筆頭名代──双紅家所縁の者がそのようなことをしたとなれば、双紅家は星九家全体から非難される立場となろう。
そして今の双紅家の当主の性格からすれば、間違いなくその責任を取るために私に首を差し出そうとするだろう』
『当主が首をって──筆頭名代を降りるだとか、次の世代に譲るとかじゃダメなのか?』
『あやつは他者にも厳しいが、誰よりも自身に厳しい。自分がしっかりと一族の手綱を握っていられず、このような形でエアルベルの名を穢させたとなれば、そのくらいはしておかしくない』
『おいおい……、それじゃあこいつのしたことって』
竜郎たちが思っていた以上に、エルチャーはとんでもないことをやらかしたようだ。
『ああ、そうなのだ。けれど私は双紅家現当主の首を受け取りたくはない。
それほどに星九家の各当主たちとうまくやってくれているし、歴代当主の中でもかなり優秀と称せる人物だ。
自らも帝国のためにも尽力してくれているし、私が帝位を継ぐときも真っ先に味方になってくれた恩もある……失いたくない忠臣でもあるのだ』
『つまり失わせないために、こいつの命を使いたいと』
『うーん? この人の命を使うと当主さんが助かるの?』
『俺的にはそれでどうにかなるものかは分からないけどな。イシュタルたちは、双紅家一族が起こした問題を双紅家が決着をつけたという形にしたいと言っているんだ。
けどここで俺たちが始末したら、その体裁をとることさえ難しくなる。だから命を保ったまま、イシュタル側に渡してくれと言っているんだと思う』
『なーるほど? そんで実際それでどうにかなるの? イシュタルちゃん』
『どうにかするさ。だがタツロウたちがどうしても自分たちの手でというのなら、止めもしない。それで問題が起こらないよう手も回す。そちらの好きなようにしてくれ』
そうは言うが友人でもあるイシュタルにここまで言われた後に、自分たちで始末しますなどとは言いづらいというもの。
『まあ、魔竜でもない竜を自分で殺すのは気が引けるし、そっちでちゃんと裁いてくれるならこのまま渡すよ。皆もそれでいいか?』
念話が通じるメンバーたち全員も、別にエルチャーを絶対に殺したいわけでもない。イシュタルがそれで助かるならと、了承してくれた。
『……恩に着る。後で必ず、この詫びと礼はさせてもらう。本当にすまなかった……』
『あんまり気にしなくてもいいからね、イシュタルちゃん』
『頻繁にこういう客が来るのは困るけどな』
『ああ、そのエルチャーが本当に一族に所縁のあるエルチャーなのか、何故そのような馬鹿なことをしようと思ったのか審らかにして、同じことが起きないよう対処もするから安心してほしい』
その後も何度か謝り倒された後、イシュタルとの念話が途切れた。
「てなわけで、迎えを寄こすから暫くそこに転がしといてくれればいいってさ。あとは任せていいか? ウリエル」
「ええ、もちろんでございます」
「ありがとう。それじゃあ、またテスト勉強に戻るとするか」
「だねぇ。息抜きにしては微妙だったけど」
竜郎と愛衣は楓と菖蒲と手を繋ぎながら、エルチャーのことは忘れカルディナ城へと去っていく。
ウリエルだけがエルチャーの元に残り、他の者たちも興味を失い解散していく。
「お、おいっ、どこへ行く。私をどうするつもりだ」
なにやら後ろから声が聞こえるが、その全てを無視して。
「イフィゲニア帝国から迎えが来る手はずになったから、あなたはそれまでそこで大人しくしていなさい」
「帝国が迎えを寄こすだと? はっ、貴様らはいったい何様のつもりなのだ。
ただの魔物の養殖員のくせに、帝国の人間を動かせるとでも思っているのか」
「養殖員? はて? どこでそのような情報を……まあ、そのあたりもあちらが詳しく調べてくださるでしょう」
「何をわけのわからないこと──グァッ」
「静かにしていなさい。あなたの声は耳障りです」
「────」
またも殴られ、さらにウリエルに威圧されて強制的に黙らされる。
(どういうことだ。なぜただの天族の女ごときが、このような威圧を放てるっ)
ウリエルどころか、他の人間たちも常軌を逸していた。聞いていた話と違うではないかと、このときになってようやく頭が正常に回りはじめる。
(これだけのものたちとなると、まさかほんとうに帝国の上層部と繋がりがある……?
ま、まあそうだったとしても、このような者たちの繋がりなどたかが知れている。
双紅家の威光をちらつかせれば、その迎えに来るというやつも黙らせられるであろう)
正常に頭が回ってもその程度な時点でお察しである。ウリエルも急に冷静さを取り戻したエルチャーの思考をなんとなく察しつつ、この後来る人物の顔を見たらどのような顔をするのかと、ひそかに楽しみを抱え待つことにした。
やがて迎えがやってきた。
「ウリエルさん。ご迷惑をかけて申し訳ありませんでした」
「いえ、ミーティアさん。お気になさらないでください。
次がないように気を付けてくれればいいと、我が主人も申しておりましたし」
「はい。そのあたりは万全にしていきたいと思っています。それで……こちらがそうなのですね」
「ええ。なんでも星九家エアルベルの名を継ぎし一族の方だそうですよ」
「へぇ……、私はコレの顔など知りませんでしたけどね」
「あらそうなんですか? でもあなた、はっきり言いましたよね?」
「ひぇぅっ──そ、ぉの……」
やってきたのはイシュタルの側近眷属筆頭、紅鱗の女性竜人──ミーティア。
引退したエーゲリアたちを番外とするのなら、彼女は帝国ナンバー2の位を持っていると言っていい存在。
それは星九家当主よりも当然上であり、さらにその遠縁でしかないエルチャーからすれば雲の上の存在だ。本当なら言葉すら交わせないほどに離れている。
(ミーティア様だとっ!? 本当に本人──いや、見たことがあるしこの気配からして間違いないっ。
なぜこのような者たちが、それほど上位者と──いや、それどころではないっ!!
この方を黙らせておくことなど、どうやっても不可能だ!!)
ウリエルに臆し静かにしていた中級竜たちも、ミーティアの登場に恐々としていた。
自分たちはこの先どうなってしまうのだろうかと、すがる視線をエルチャーに送るが、彼もそれどころではなく錯乱しているのだから、どうしようもない。
そんな彼らに憐憫の念など一寸たりとも持ち合わせることなく、ミーティアが鋭い視線で睨め回す。
「お前たちには聞きたいことがある。大人しくついてきてもらおう」
「わた、私は…………どうなるのですか?」
「私は関係ありませんっ!」
「私も──」
「お前たちっ、私を裏切る──」
「──黙れ。キサマらに待っているのは地獄だけだ。
帝国に、イシュタル様に恥をかかせたことも含め──ただで済むと思うなよ」
竜郎たちには一度も見せたことないミーティアの怒りの形相に、エルチャーたちは自分たちに待っている運命を悟るのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。