第209話 使者がきた?
こちらの世界の住民にもあっさりとボードゲームは受け入れられそうだ。
アーケードゲームも魔道具の類だと言い張れば、すんなり受け入れてもらえるかもしれない。
そんな収穫を得てまた数日が経った。その間、竜郎と愛衣は2人で本格的に地球に帰ってからのテストに備え勉強にも勤しんだ。
その日も同じようにときにいちゃつきながら、ときに養殖業の方も見ながらのんびりテスト勉強していると、ミネルヴァから念話が入った。
『主様。今お時間、よろしいでしょうか?』
『ああ、もちろん大丈夫なんだが……どうしたんだ? ミネルヴァ』
『実は正面の海上より複数の人間の竜が接近してきています。それも上級竜の中でも格の高い気配が1つ混じってです。
ある程度目的意識を持っているような行動が見受けられますし、ここを目指しているとみて間違いなさそうでした。
主様は誰かが訪ねてくるなど聞いていますか?』
『いや、特にないな。その竜はミネルヴァが観測した限りでは、俺たちの脅威になりうる存在だったか?』
『いえ、主としての格は高そうなのが一種いるだけで、子供たちでなければその竜ですら我々の敵ではないかと』
『ならこっちにとっては緊急性はなさそうだな。竜関連ならイシュタルが教えてくれそうなもんだし……ちょっとこっちで聞いてみるよ』
『分かりました。ひとまず放置しつつ、監視を続けておきます』
『ああ、そうしてくれると嬉しい。ありがとう、ミネルヴァ』
ミネルヴァに礼を言ってから、すぐにイシュタルへと念話を切り替えた。
さっそく用件を切り出してみると、向こうも寝耳に水だとばかりに不思議そうな声音が届く。
『そんな報告は来ていないが……竜が関わっているというのなら我が国の者である可能性は高いはず。ふーむ』
『イシュタルちゃんも知らないってことは、もしかしてたまたま迷い込んできた迷子さんたちとか?』
『ミネルヴァの報告を聞いた感じでは、そんな感じでもなさそうなんだが、実際にそれはありえるのか?』
『竜だから迷うことはない──なんてことはないから、絶対にないとは言わないが……その可能性は低いだろうな。となると…………──あ、そうか、アレかもしれない』
『『あれ?』』
『ああ、少し前にアウフェバルグの話をしただろう。その関係かもしれない』
『えーとアルムフェイルさん大好きっ子の人だよね。そのアウフェバーグさんって』
『バーグではなくバルグだからな。しかし認識はそれであっている』
『でもその人、神格者って聞いてたけど、そんな反応はないってミネルヴァちゃん言ってたよ? だから違うんじゃない?』
『いや、私も行くならちゃんと礼を忘れずに接しろ。我が国にとっても重要な人物であり、私の友たちだとも言い含めてある。
だから訪問の日程決めのために使者を派遣したのではないか?』
『あー、たしかに竜王たちにも比肩する家格の星九家の人間が、皇帝陛下の友人に出す使者をそこいらの竜に任せるわけないだろうし、ある程度格の高い存在を送ってくるのも分かるかもな』
上級の中でも格が高い竜とミネルヴァが言っていたので、種としてはおそらく蒼太よりも上位の種とみて間違いないだろう。
蒼太とて格の低い竜ではないが、それでも上級竜の中でも格が高いと言えるほどの種でもないのだから。
もっとも神格を得たことで、そのような上級竜内のアドバンテージなど既に覆してしまっているわけではあるが。
『ようは何日なら都合が付けられますかーって、聞きに来る人をよこしてきたってことなんだね』
『性格的にもいたって真面目であるし、私が礼を忘れるなと言っていなかったとしても、それくらいは普通にするだろうしな』
地球なら電話で取れそうなアポイントメントも、そんなものがない世界では使者を出すのは当然のこと。
それも身分がかなり高い人物でもあるので、そういう格式も順守するのだろう。
『分かってしまえば大したことじゃなさそうだな。じゃあ、こっちも穏便にこっちに来ている竜たちを迎え入れる準備をしておくよ』
『アウフェバルグのやつがよこしてきた竜たちなら、かなり信頼できる者たちだし、タツロウたちを見下すような馬鹿もいないはずだ。そのあたりは安心してくれ。
だが引っかかるのは、使者を送るにしても、あれならそのことを事前に伝えてきそうな気もするのだが……』
『じゃあ、違うのかな?』
『なんか真面目そうな人そうだし、逆に使者を出す程度のことでイシュタルを煩わせることもないって考えたんじゃないか?』
『あーそれもありえるか。まあ、とにかく相手が誰であろうと不当な扱いを受けたのなら、そちらの裁量で反撃して構わない。そのときに私の名を出してもらっても構わないしな。
できれば生け捕りにしてくれると、関係も洗い出せるから助かるが』
『好き好んでイシュタルの国民を殺したりしないから、そのあたりは安心してくれ』
『ああ、それくらい分かっているし、信頼しているさ。ただアレの使者かもしれないのなら、竜王種の子たちや特にニーナは目の届かないところにいさせてほしい』
『うーん、ニーナは今、蒼太が無理しすぎないようにって一緒に遠くにいるからそのまましばらく帰ってこないように言えばいいだけだし、他の幼竜たちもどこかに遊びに行かせれば問題はなさそうだが……』
「「うー?」」
念話の内容は聞こえていないが、自分たちに竜郎と愛衣の視線が集まったことで首を傾げる楓と菖蒲。
この2人は最近かなり大丈夫になってはいるが、まだ竜郎から完全に離れた場所にいられない。となるといつものように近くにいることになる。
けれどその調整のためにイシュタルたちも頑張っているようだが、まだニーナのことも竜王種たちのことも星九家の耳には入れていない。
使者がもしやたらと勘のいいものだったり、星九家の傍系の竜だった場合、幼竜たちの正体やニーナのことに気が付く可能性すらある。
『楓と菖蒲ならまあ、大丈夫だろう。既知の竜王種たちとは似た気配もあるが、違う種なのは分かる。
まさか新種の竜王種が生まれたなど思うこともないだろうし、それで気づかれたとしてもこちらでどうにかするのでタツロウたちは気にしないでくれ』
『それでいいなら、了解。さすがに神格者のアウフェバルグさんは無理でも、ただの上級竜くらいなら俺の呪魔法で誤魔化せるだろうし、今回は一応偽装もしておくよ』
『ああ、助かる。ありがとう』
変な輩なら反撃していいと皇帝陛下の許可も取れたところで、イシュタルとの念話を切って、ひとまず来客者への対応を念話ができる者たち全員に伝えて全体に周知させておく。
そうやって待っていると、いよいよ目のいいものなら視認できるほど近くまでやってくる。
『数は総勢6人。そのうち上級竜が1体。中級竜が5体の構成です』
『うーん、見た感じその上級竜さんもアルムフェイルさんと似た龍じゃない竜だし、星九家の傍系ってことはなさそうだねぇ』
愛衣のスキル《遠見》に映る上級竜と目される竜は、紅い鱗に覆われた一般的なドラゴンより細身で少し首を長くしたような見た目をしていた。
アルムフェイル所縁の緑深家の傍系ならば、蛇のように長い体を持つ龍系になるはずなので、そちらの家とはかかわり合いはなさそうだ。
『それでも竜としての格的には上っぽいし、それなりにいい家の竜なのかもしれないな。とりあえず向うの出方を見てからこっちの対応も決めていこう。
それまであちらから手を出してこない限りは、こちらから手を出さないように』
全員から了承の言葉を念話で聞き取り、竜郎は自分自身が舐められないようにカルディナを呼んで融合して竜へと至っておく。
幼竜たちはフレイヤに任せて遠くに遊びに行ってもらっている。ニーナも連絡してしばらく帰ってこないよう言づけておく。
楓たちも呪と闇の混合魔法で認識阻害して、竜郎たちの近くに置いた。これで概ね準備完了である。
『ではまず私が対応いたしましょう。竜が相手なら、同じ竜が望ましいでしょうし』
『アーサーなら安心だな。任せるよ』
『はっ!』
いちおう当主扱いの竜郎が使者の出迎えというのもおかしいという意見により、まずはアーサーが願い出る。竜郎の任せるの言葉に、嬉しそうな返事が返ってきた。
そのことに苦笑しながら、竜郎は後方で座して待つことにしたのだった。
やがてその竜たちは海より飛来した。
空高い場所には竜形態のミネルヴァが装備品である銃杖『グングニル』を構えはせずとも、手に持った状態で静かに待っている。
アーサーは来るであろう海側の砂浜に立ち、その後ろにはランスロットとガウェインが立っている。
他の神格持ちの面々も、それぞれ念には念を入れて方々に警戒に当たってもらっていた。
しかし待ち構えていたアーサーを向こうも視認していたはずなのに、使者(仮)たちは奇妙な行動を取りはじめる。
こちらを無視して砂浜付近を我が物顔で飛び回り、何かを探すようなそぶりを見せたのだ。
『燃やしますか?』
『斬りますか?』
『撃ちますか?』
順にウリエル、アーサー、ミネルヴァから、竜郎へそんな念話が送られてきた。
ミネルヴァは冷静だが、前者の2人は竜郎が止めなければ今にも無礼だと殺しに行きそうな声音をしている。
それくらい使者(仮)たちは、無遠慮な行動をとっているようである。
『とりあえずまだ実害はないからステイで頼む。あっちの目的が謎過ぎる。何かするにしても、もう少し泳がせてみよう』
『でも行動を見る限り、イシュタルが言っていたような"使者"ではなさそうね』
『私もレーラさんの意見に一票かなぁ。とてもじゃないけど、礼を尽くしているとは思えないもん』
『ヒヒーーン(私もーー)』
使者(仮)たちへの竜郎たちの評価は、初手からマイナスに大きく傾いている。
これはさすがに違うだろうなと竜郎も思いつつも、じゃああの輩は何者だ? という話である。
先にイシュタルに報告しておくのも有りかと思いはじめた矢先、使者(仮)たちが動きを見せた。
「エルチャー様! 見つけました!」
「うむ。でかした」
それは竜郎の《強化改造牧場》外で育てるために設置していた、ララネストの養殖用の生簀。
ここまで来る存在が竜郎たちや信頼できる知り合い以外いなかったこともあり、とくに隠すこともなく近場の海に設置されていたもの。
エルチャーと呼ばれた紅の竜は口元をニヤッと歪ませると、周囲にいた中級竜たちにその中にいるララネストたちを取りに行かせはじめた。
(おいおいおい──)
ミネルヴァから情報を受け取っていた竜郎が呆れて大口を開けている間に、ちかくにいた者が中級竜たちの前に立ちはだかってその動きを止めた。
「はっはっは! それはさすがに看過できないぞ、盗人たちよ!」
その者とは大天使王──エンター。まるで特撮ヒーローのように口上を上げて、生簀を背後に胸を張る。
「なんだお前は! エルチャー様の邪魔だ、とっとと消え去れ! たかが天族の分際で無礼であろう!」
「そうだ! それに加えて我らを盗人扱い、その罪今すぐに償ってもらうぞ!」
中級竜たちがそれぞれ竜の息吹を一斉にエンターに放ちはじめる。火、氷、風、砂など数種類。
けれどそれは、この者たちが絶対にやってはいけない行動でもあった。
『──あいつらは俺たちの敵だ。イシュタルの顔を立てて、命だけは残しておいてくれ』
『はっはっは! 了解したぞ、マスター!』
竜郎がその通達を念話で出した瞬間、エンターはブレスを拳を突き出し吹き飛ばし、一番近くにいた中級竜の頭を掴んで棍棒のように空中で振り回して、他二体を海面に叩き落とした。
さらにそのまま棍棒代わりに振っていた竜を、他一体に向けて放り投げた。
だがそれが当たる前に上空から放たれた竜弾が、放り投げた一体もろとも中級竜たちに振りそそぎ、文字通り海に沈めて黙らせた。
『あとはお任せいたします』
『ええ』『ああ』
ミネルヴァが言った"あと"とは、エルチャーと呼ばれていた紅の竜のこと。
なにが起きているのか把握する前に、エルチャーは左右から挟撃を食らう。
右はウリエル、左はアーサーの拳である。
「ァッ────」
エルチャーはまともに痛みの声を上げることすら許されず、2人によって砂浜に引きずり落とされる。
「ウリエルもアーサーも、やってんなぁ」
「そういうガウェインは行かなくてもよいのか?」
「ああ? ランスロットだって分かってんだろ。あの程度じゃ惹かれねーよ。せめてうちのチビたちくらい強くなきゃただの弱い者いじめになっちまう」
「それはそう──だな」
砂浜の上でアーサーに翼をもがれ、体中の鱗も死なない程度に炎で溶かされ、あちこちの骨も折れているであろう上級竜にランスロットは馬鹿なやつもいたものだとため息をついた。
それから中級竜と一緒にエルチャーが砂浜の上で簀巻きにされたころ、竜郎が彼の前に姿を現した。
「それで? お前はどこの誰だ? あそこの生簀にいる魔物を盗みに来た盗賊か?」
「……………………」
竜郎の呼びかけに答える様子はなく、ただの屍のようにだんまりである。
「……私としたことが、少しやりすぎてしまったようですわね」
「ですね、ウリエル姉上──っと、これでいいかと」
けれどそれは黙秘ではなく、単にウリエルとアーサーがやりすぎてしまったせいで、生きてはいるが会話すらままならくなっていただけ。
アーサーが最低限に治療したことで、ようやく盗賊?の親玉であろうエルチャーが、この場を仕切りはじめた竜郎に向かって睨みながら、こんな驚くべきことを言い放つのであった。
「ぶっ、無礼者が! 私を誰と心得る! 彼の星九家──"双紅"のエアルベルの名を継ぎし一族であるぞ!」
──と。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。