第208話 新たな方向性
肉もどきことポルポムの苗木を数本分けてもらったお礼に、竜郎はこれまで手に入れてきた美味しい魔物などによる料理を他の竜王たちより先駆けて提供した。
イングランスは舌鼓を打ちながら、他の竜王たちに自慢してやろうと笑っていた。
帰り際また幼竜たちと遊びたいという要求にも付き合った後、セリュウスを残し竜郎たちはカルディナ城へと転移で帰還した。
帰った当日はすでに夜になっていたので、翌日愛衣の父──正和に苗木を託し何をしようかと竜郎と愛衣が楓と菖蒲をあやしてリビングで遊んでいると、ウリエルがこちらにやってくるのが見えた。
「さきほどダンジョン町予定地に設置したポストを確認しにいったのですが、暇なときに王城に来てほしいというハウル王からの手紙が入れられていました」
「ハウル王から?」
ダンジョンの町建設予定地には、竜郎たちを呼び出すほどでもない要件を伝えるためのポストを設けていた。
誰か手すきの仲間たちが通りすがりに確認して、ちょくちょくハウル王たちからの手紙や簡単な報告書を受け取っていた。
今日はウリエルがふらっと町に行った際に、その手紙を受け取ってきたのだ。
さっそく彼女から封蝋が割られた高そうな装飾がされた手紙を受け取り、改めて自分で内容を確かめてみる。
「ハウルさんなんだって?」
「また新しい『美味しい魔物』にまつわる情報を集めて資料にまとめたから、いつでも暇なときに貰いに来てくれってさ」
それほど長くない文だったのですぐに読み終わり、隣から首を伸ばしている愛衣に手紙を渡す。
そこには竜郎が言ったように情報をある程度集め終わったことが記されており、さらにこの前は既知の情報ばかりだったことが悔しかったのか、さらに本腰を上げて、今度こそ知らなさそうな情報をと収集できたという旨も記されていた。
「おー、なんか期待できそうかも」
スキルで魔物を検索してることもあり、ある程度以上の美味しい魔物の情報は収集できていると思っているが、それでもいろいろな角度からの情報はありがたい。
もしかしたら隠れた美味しい魔物がいるかもしれないのだから。
「ちょうど暇だし今日行ってみるか」
「だねー。イシュタルちゃんは最後の竜王さんの情報を今日は持ってこないぽいし。2人とも、お出かけしよっか」
「「うー!」」
楓と菖蒲もお出かけだと竜郎に外行き用の服を、《無限アイテムフィールド》から出すようせがんでくる。
最近おしゃれに興味が出てきたのか、お出かけのときになると自分たちで服を選びたがるようになったのだ。
愛衣が「女の子だねぇ」と笑っている中、竜郎は言われるがままに小さなレディたちの仰せのままにと彼女たちの服をテーブルの上に並べていく。
ああでもない、こうでもないと「あーあー」「うーうー」うなる楓と菖蒲たちをしり目に、竜郎は情報収集のお礼に何か持っていこうと考えてみる。
「料理は鉄板だとして、あとはこっちの世界の人ように用意したボードゲームの反応とかも見たいから、そっちも持って行ってみるか」
「あー説明書とか表記文字を書きなおしたバージョンの奴ね」
「ああ、それそれ。リアが試しにやったやつがあるらしいから、それを一個もっていってみようと思う」
そんな話をしながら、フリルが裾についた赤いワンピースを楓が、同じデザインで青いワンピースを菖蒲が選び着替えるのを手伝った後、今度はリアがいる場所へと歩いていく。
既に念話で連絡済みなので、どこにいるかも分かっている。といっても、最近はもっぱら自分の工房に引きこもっているので、探すだけなら連絡する必要もなさそうではあったのだが──。
「リアちゃん、来たよー」
「はい。それじゃあ、こちらを持って行ってください」
──連絡をしていたことにより、リアが既に1つ用意してくれていた。
それは日本でも大会が開かれているような有名なボードゲームで、ちらりとその箱を確認した限りでは、こちらの世界の言語に翻訳されたものとなっていた。
箱の中の説明書も軽く読んでみるが、そちらも問題はなさそうだ。
「凄いな……。いい感じにできてる」
「でしょう。ここまでの精度を出すのには苦労しましたが、地球での知識も役立ちました」
「あー、そっちもそうなんだ。学校生活の傍ら、ほんといろんな勉強してたもんね」
実はこの翻訳と印刷は、リアが作った魔道具によって全自動でなされていた。
自動翻訳系の情報をネットであさり、こちらの翻訳系のスキルの成り立ち方も調べて複合し、複製したニーリナの心臓を核に作り上げた新型の魔力頭脳を組み込んでようやくできるようになったようだ。
今竜郎が手にしているものは、その実験として作られた第一号である。
「あとはこの仕組みを利用して、購入したものを放り込めば一から翻訳して複製した現物を量産できるようにしていきたいと思います」
「なんか本格的に、ド〇えもんの未来道具みたいになってきてるねぇ。けどこれ地球でやったら権利的にアウトになりそう」
「無断での複製だから、完全にアウトだろうな。
けど向こうで購入したものを印刷しなおすより、一から作ったほうが早そうなんだよなぁ」
世界ごと違うので開き直ってしまえばいいのだが、製作者にたいして竜郎と愛衣は良心が傷む。
そのあたりは異世界での儲けによっては地球の伝手を使って、何らかの形で製作元に多少なりとも還元できるようにしてもいいかもしれないと竜郎は頭の片隅にメモをしておいた。
手土産用の料理は竜郎の《無限アイテムフィールド》に入っている物でいいだろうと、さっそくそのボードゲームも持ってハウルたちがいるカサピスティ城へとやってきた。
城門を守る衛兵たちとあいさつを交わし城内へ。
伝令に走った衛兵たちによると、ハウル王やその息子にして次期王とされるリオンやその妹ルイーズも会議中とのことで、すぐ呼び出すのも悪いと応接室で待たせてもらうことになったので、そちらへ足を向ける。
メイドさんにお茶を入れてもらい、のんびりと愛衣と楓、菖蒲と一緒に竜郎は待っていると、ハウルと王子と王女のリオン、ルイーズ。さらに宰相のファードルハと、その部下である書類を手にしたジネディーヌに、近衛のレスと騎士団長のヨーギというこの国の中心人物が揃い踏みで応接室に入ってきた。
「待たせてすまない、タツロウ、アイ」
「いえ、いつでも来ていいという言葉に甘えさせて貰っているのは、こちらですから」
ハウルを筆頭にリオンたちとも軽く挨拶を交わした後、本題に移っていく。
「それで今日来たのはやはり、新しい美味しい魔物についての情報……でいいのだろうか?
それともダンジョンの町についてなにか新しいことがあるのだろうか?」
「新しい美味しい魔物についての情報ですね。ダンジョンの町の方はとくに今のところは口を出すことはなさそうですし」
いろいろと支援はしているが、要求ばかりして難しいことは全部を任せているので今のところ竜郎たちには文句はないのだ。
「それでは、こちらをどうぞ。その情報をまとめた書類です」
「ありがとうございます、ジネディーヌさん」
エルフの男性である文官で解魔法使いのジネディーヌから書類を受け取り、そのお返しにと美味しい魔物を使った料理をお土産として渡しておいた。お酒は酔われても困るので、別れ際に渡すつもりである。
喜び熱いうちにとすぐ食べはじめる王族たちに苦笑しながら、竜郎はさっそく愛衣と一緒に書類に目を通していく。
「今回はかなり情報精度が低く、一部地方にだけ伝わる御伽噺ていどのものまでいろいろと集めてみました。
私たちからすればただの御伽噺でも、タツロウさんたちからすれば何かのヒントになるかもと思いまして」
「なるほど……、わざわざありがとうございます」
「いえ、それが仕事でもありますので」
確かにほんとかよとツッコミを入れたくなるような、荒唐無稽な情報までも並んでいた。
愛衣も内心これはあんまり当てにならないかなーと思ってしまうほどに。
けれどその中で竜郎はとある魔物について書かれた項目に目がいった。
(これ自体はただの御伽噺かもしれないが、こっちのアプローチは考えていなかったかもしれない)
竜郎はさっそくその可能性を模索するべく、スキル──《魔物大事典》にて検索をかけてみる。
(うわっ)
すると予想以上に多くの検索が出てきて、ほんの少しだけ驚きに体が動いてしまう。
愛衣だけがそれを察知して、竜郎へ念話を送った。
『どったの? そんなにびっくり情報があったの?』
『実は俺が見ていた資料の中に、樹木の魔物の情報があったんだが……』
『その木の実が美味しいとか?』
『いや、その魔物自体は実がなるわけでも、その幹から美味しい蜜が取れるなんてこともない、美味しくもなんともない存在らしい』
『ん? なんでそんなのの情報がここに載ってるの?』
『それなんだが、この魔物──周りに生えていた木の果物を美味しくすることができたって書いてあったんだ』
『あー、美味しさのバッファー的なやつってこと?』
『そういう魔物が遥か昔にいたっていう御伽噺があったみたいだな』
ようは自分ではなく、他を美味しくする魔物。
今までその存在自体が美味しい魔物を探していたため、竜郎の《魔物大事典》の検索結果に乗ることなくスルーされていた存在だ。
ならばと今回竜郎はそういった補助的な役割をする魔物というイメージでざっくり検索を検索をかけてみた。
すると予想以上に多くの魔物が引っかかった──というわけである。
『すごいじゃん! じゃあ、普通の果物を美味しい魔物級にする魔物なんてのいるかもっ』
『そこまで都合のいい存在がホイホイいるとは思わないが、将来的にはそっちのほうも視野に入れていくのもいいかもしれない』
『まずは目先の美味しい魔物からってことだね』
『ああ、そういうことだな』
ざっと検索結果に目を通した限りでも、植物ではなく寄生することで特定の魔物の肉質を向上させる──なんていう変わり種まで存在していた。
これらをいろいろと吟味していくのも、十分にありだと竜郎は考えた。
『けど検索でとんでもなく美味しくさせる魔物ってやれば、吟味しなくてもある程度絞ってくれるんじゃない?』
『それはそうなんだが、俺は新たに《魔物変質》っていうスキルを手に入れた。
これを上手く使っていけば、いっけん大して美味しくできなさそうな魔物でも、変質のさせ方によっては化ける魔物もいるかもしれないだろう?
だからいろいろと吟味してみようって思ったんだ。もちろん焦ってやるつもりはないが』
『まあ、私らもう寿命とか関係なくなっちゃったし、のんびりやっていけばいいからねぇ』
『そういうことだな。よし、残りの情報にも目を通していこう』
『りょーかーい』
他にも新たな発見があるかもしれないと、竜郎は俄然乗り気で資料に目を通していった。
しかし今のところぱっとした情報もなく、新しい閃きをもたらす情報も得ることはできなかった。
けれど今後また何かの役に立つかもしれないと、竜郎はハウルたちに礼を言ってその資料をまるごと貰うことにした。
「その顔、少しは役に立てたようだな」
「はい。新しい可能性が見えてきたような気がします」
「それは調べたかいがありました。私も、その部下たちも苦労が報われました」
情報の精度は荒唐無稽な御伽噺まで取り揃えていたが、決してその情報は雑なものではなく、きちんと精査してまとめ上げてくれていた。
だからこそ竜郎も新しい可能性についていきついたのだから、感謝するばかりである。
ちなみにその後、ボードゲームを取り出しこんなものを町で売ってみたいと説明書を渡し、こちらの世界の人間にとって変なところはないか確かめてみたところ、意外とすんなり内容を理解してくれた。
試しにやってみたりもしたが、ただゲームと侮っていたハウルたちも最後は夢中になって遊んでくれた。
それを見て竜郎は、これならこちらの世界の住人にも受けるだろうと確信を持った。
あとは段階を踏んで少しずつアーケードゲームの筐体なんかも試しに持ってきてもいいかもしれないと考えたところで、今回のハウルたちとの会合はお開きとなったのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。