第205話 フォルス種の性質
蒼太はこれまでとは違った向き合い方を考えるべく、セリュウスに深く礼を言って誰も周りにいない森深くのほうまで急いで飛んでいった。
槍の感情が少しでも分かった気がした今、できるだけ早くその感覚を忘れないうちに修行を再開したかったのだろう。
そんな蒼太の背中を見ながら、上手くいくことを竜郎たちは願うばかりである。
「それじゃあ、こっちも行きましょうか」
「ああ、向うも首を長くして待っているだろうからな」
竜郎の言葉にセリュウスは頷き返すと、ふわりと宙に浮かび上がり今回の目的地フォルス王国の方角に一度視線を向けてから、エーゲリアの方へと体ごと向き直った。
「では行ってまいります、エーゲリア様」
「ええ、今回はゆっくりしていらっしゃい」
「はい、お言葉に甘えさせていただきます」
2人が挨拶している間に、竜郎はフォルス種の幼竜──フォルテとその亜種──アルスを魔法で抱き寄せ、カルディナと融合したことで生えている翼をはためかせ飛びあがる。
残りのメンバーたちはジャンヌが背負う空駕篭に乗り込んでいき、準備が整った。
セリュウスは最後にもう一度深くエーゲリアに頭を下げてから、はじめゆっくりと、徐々に速度を挙げながらフォルス王国に向けて空高く飛んでいく。
竜郎やジャンヌもそれに遅れまいと、後に続いた。
その道中、やはりこれまでと同じように各関所で正式な手続きをこなしながら進んでいったのが、これまでと違うことがあった。
『なんか今までのエーゲリアさんの眷属さんたちより、セリュウスさんのときのほうが、関所の兵隊さんたちピリピリしてる?』
『ピリピリというか、これまで以上に、それこそ呼吸1つするのにも気を使っている感じがするな』
『さすが側近眷属の筆頭って、いったところっすかねぇ』
これまでの衛兵竜たちとて、今までのエーゲリアの側近眷属たちに対して、もちろん緊張感をもって極めて礼儀正しく接していた。
それこそ一つのミスも、彼ら彼女らの前では許されないと言わんばかりにだ。
けれどことセリュウスに対しては、それに輪をかけて見ている竜郎たちですら息苦しくなるほどに緊張感をみなぎらせている。
所作の1つ1つ、指先1本にいたるまで神経を張り巡らせ、何もせずかしこまって見ているだけの衛兵たちですら瞬きもせず微動だにしない。
『それもありますが、接し方のせいもあるかもしれませんの』
そしてそんな対応をされているセリュウスであるが、彼もまた竜郎たちへ接するときとは違い、先帝陛下の筆頭眷属としての威厳に満ち溢れた態度で接していた。
前回のロルグルムはもちろん、これまで道中引率してくれた側近眷属は自然体でいたので、奈々が言うようにその違いも十分にあるのだろう。
関所を抜けてそのことについて世間話のように竜郎がセリュウスに聞いてみれば、2番目の側近眷属であるアンタレスが3番目の側近眷属が生まれてなお幼いために、自分がしっかりせねばと若かりし頃から外部の者たちに対しては、周囲が望む完璧な自分を見せるよう心掛けていたら、自然とこんな風になってしまった──とのこと。
「それでなくとも、他の眷属たちは自由なものも多いからな。引き締めるべき存在もちゃんといなければならないだろう」
竜郎たちにはそれはかなり疲れそうな生き方のようにも感じたが、それを言うのは大きなお世話だろうし、今回のようにエーゲリアもちゃんと気を使っているであろうから気にすることもないはずだ。
『ただこの調子だと、フォルス王国の王様に会ったときは、いつも以上に緊張感あふれる挨拶の場になりそうだな』
『うーん、まあ、しょうがないと思って今回はお堅くいこっかねぇ』
けれど今日の話し合いにも影響が出そうだと、この時から竜郎たちは身構えることになってしまった。
セリュウスや竜郎たちにとっての普通の速さで飛んできたために、それほど時間もかからずフォルス王国に入っていった。
こちらもフォルス鉱石によって造られた濃い緑色の建物で埋め尽くされている。
そうして国の中枢である城が見えてきたのが、近付くにつれて竜郎たちは違和感を覚えた。
「ヒヒーーン?」
「いや、なんというか……」
「えーと……、でっかくない?」
もちろんこれまでもドラゴンサイズの城だった。イシュタルの皇城もそうだし、他の王城もカサピスティなどの一般的なサイズをした王様の城に比べればとても大きかった。
けれどこちらは、そのことを念頭に置いていてなお遠目に見たとき縮尺がおかしく感じるほどに巨大。
竜郎たちが普段部屋を行き来するような常用の扉が、国境に置かれている壁とおなじくらいあるのではないだろうか。
城の中庭に降り立ってみれば、それこそ竜郎のほうが小人になってしまったのではないかと錯覚しそうだ。
そしてそこで待機している竜郎たちが今回連れてきたフォルテやアルスとよく似た風貌の竜を見ればなおさらに。
「お待ちしておりました。セリュウス様、タツロウ様方。今回、王の間まで案内させていただく、ファリーズと申します。以後お見知りおきを」
「ああ、頼む」「は──い、よろしくお願いします」
地球にいた生物に例える時、このフォルス種という生物に対してはブラキオサウルスなどの竜脚類を例に出していた。
その生物は恐竜至上もっとも大きかったとされるだけあって、地球の竜脚類に属する恐竜たちも巨大だったが、こちらもそれに合わせたかのように竜王種最大サイズなのであろう。
王族血縁者だと思われるファリーズと名乗った男性竜は、頭の先から尻尾の先まで入れれば50メートル以上あるのではないだろうか。
今回連れてきている楓や菖蒲、イルバやアルバなどの幼竜たちは蒼太の大きさになれているので「でっかいなぁ」くらいの印象しか抱いていないようだが、竜郎や愛衣などは予想以上の大きさに、将来フォルテやアルスはこんなサイズにまで成長するのかと口をポカンとあけてしまっていた。
『──────、────────……(生まれたときの大きさからして、一番大きいだろうと思っていましたが……)』
『──────(ここまでとは驚きですね)』
天照と月読の念話に、竜郎は「縮小化系のスキルを覚えてくれないと今のカルディナ城の敷地じゃ狭く感じるだろうなぁ」と、ひっそり拡張計画も視野に入れはじめたところで、セリュウスがこちらの様子に苦笑しながらファリーズのあとに続きはじめた。
なので竜郎たちも慌てて、その後ろをついていった。
王の謁見の間の扉も、当たり前のことだが竜と分かっていても驚くほど大きい。
『縮小化のスキルとか使わないんですかね。竜王種ならそれくらい苦労せずに覚えられそうっすけど』
『そりゃあ、覚えているはずですの。そうでなければ他の城に行くとき困ってしまうはずですの』
『だろうな。けど自分の暮らすところでスキルを使うってのも窮屈な話だし、ここくらいは元のままでいられるように設計したんだろうさ』
『あー、そりゃそうだねぇ』
ギギギ──、どころかゴガゴゴゴ──という、およそ扉があく音とは思えない音を響かせながら、非常に重そうな謁見の間の扉が開いていき、中にいる3人の竜の姿が見えてきた。
「では私は、ここで失礼させていただきます。セリュウス様、タツロウ様方はそのままお進みください」
「ごくろうだった、ファリーズ」「ありがとうございました」
セリュウスと竜郎に深々と大きな頭を下げると、ファリーズは去っていく。
その背を横目に竜郎たちは言われたように、進んでいく。
『ファリーズさんよりでっかいねぇ』
『だとするとフォルテたちは将来、こっちのサイズを見越して想定しておいた方がよさそうだな』
目の前にいるフォルテとまったく同種が完全に成長しきった姿であろう、この国の王──イノグランスはファリーズよりさらに一回り大きく、60メートルは超えていそうな全長をしていた。
そのとなりにいる地竜らしき二足歩行するトカゲのような姿をした、褐色の女性竜であり王妃──ディレッタも《真体化》したジャンヌより大きく30メートル近くあるのだが、そちらが小さく見えるほどである。
また王妃ディレッタの反対側にいる、まだ神格を得ておらず、成長途中であるフォルス王国の姫──マーテレミラ。
蒼海のラマーレ王国で出会った王子を小学生とするのなら、彼女はまだ高校生といったところ……なのだが、その時点で母親の大きさを若干上回っているのだから驚きだ。
『絵だけだとサイズは分からなかったからなぁ』
『竜年齢で高校生くらいって聞いてたんだけどねぇ。やっぱりでっかいわ』
そんなことを考えながら、竜郎たちがボケっとしている間にセリュウスとの挨拶がいつの間にか終わっていた。
少し慌てて竜郎たちも自己紹介していき、フォルテたちの紹介も済ませていった。
「おぉ、おぉ、なんと可愛らしい子たちだ。フォルテ、アルス。それにカエデ、アヤメ、イルバ、アルバも、私のことはイノおじさんとでも呼んでおくれ」
「ああっ、ずるいですわ、お父さま! わたくしのことは、ミラお姉ちゃんって呼んでね」
「「フィリリリー?」」「「あう?」」「「クゥォ~?」」
「……あなた、そしてミラも、この子たちはまだ幼いのですから、言葉も話せませんよ」
「ああ、そうだった」「そうでしたの」
そんなやりとりのあと、「あっははっ」となんとも仲睦まじい家族のやり取りを見せられて、竜郎たちはここにくるまでに危惧していたことをふと思い出し、首を傾げた。
『あれ? セリュウスさんがいるからもっとお固い感じになると思ってたけど、なんだか今まで以上にアットホームな感じなんだけど』
『だよな。あまりにも普通過ぎて俺もここまでそのことを忘れてたくらいだ』
かと言って、セリュウスは彼らに対して態度を緩めているわけでもなかった。
念話で何故だろうと密かに話し合っていると、その裏の表情だけでセリュウスは何を思っているのか察したのだろう。
主役ではないからと後ろに下がっていたセリュウスが、少しだけ竜郎たちのほうへやってきた。
「フォルス種というのは、種としての気質から楽観的というのか、穏やかな性質を持っている。
だからかなぜか私がいても、のんびりした雰囲気なままになる。他の竜王たちは、少なからず他の側近眷属たちよりも固くなるのだがな」
「そうなんですか?」
「ああ、そんな理由もあって、エーゲリア様が私をここの担当にしたというのもあるくらいだ」
そもそも竜王種には、大まかに割り振られた役割がある。
狂嵐のヴィント種と蒼海のラマーレ種。こちらは大陸の外にいる敵に対しての防衛戦力にと。
聖雷のドルシオン種と邪炎のフォンフラー種は、内陸の敵からの防衛とイフィゲニア帝国の剣にして盾となるようにと。
そして森厳のフォルス種と沃地のソルエラ種は、戦いで傷ついた大地を癒し、竜たちの生きる糧を生み出すようにと。
イフィゲニアがそんな思いを持ちながら想像したから、フォルス種とソルエラ種は他の4種と比べて闘争本能が低い傾向にあるようになった。
そしてその傾向はとくにフォルス種のほうが大きいらしく、多少の個体差はあれどこの種だけは代を変えてものんびりとした気質を持っている──とセリュウスが教えてくれた。
「そんなに私はのんびりしているだろうか?」
「お父さまはそうでも、わたくしはきっと違いますわ」
「どっちも似たもの親子ですよ」
しかしそのことは、本人たちには自覚はないらしい。
妻に母にそう指摘された王と姫は、似たもの親子という呼び名にふさわしく、そろって仲良く「そんなことはないだろう」といいたげに互いの顔を見合うのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。