第204話 槍の想い
蒼太がもらい受けたアルムフェイルの槍は、特殊な固有能力を持っていた。
そんな事実が発覚したとき、一番それに食いついたのは近くで聞いてたニーナだった。
「ねーねー、お姉ちゃん! ニーナのブリューナクもなにかそういうのあったりするの!?」
ニーナの言うブリューナクとは、ニーリナが使っていたという爪付きグローブを彼女用にリアが改良した武具のこと。
同じ制作者で同じ九星であるニーリナが使った武器ならば、蒼太の暴れ槍と同様に隠された能力があるのではないかと思ったようだ。
「えーと……」
しかし期待の籠ったニーナのキラキラした瞳を向けられたエーゲリアといえば、その可愛さに抱きしめたくなる衝動を覚えたものの、期待通りの答えでないことに眉間にしわを寄せる。
その表情でニーナもなんとなく察しが付いてしまう。
「もしかして、ニーナのはできないの?」
「ごめんね、ニーナちゃん。あの現象が起きたのは、あの槍だけなのよ」
9人の側近眷属たちに与えし、神器とまで呼ばれたイフィゲニアが作り上げた9つの武器。
それぞれ莫大な力を持つ九星たちが全力で用いてもびくともせず、比類なき性能の元に彼女らを戦場で支え続けた相棒とも呼んでいい代物。
けれどアルムフェイルのように完成後、ある意味魔物と呼んでもいいほどに変質したのは蒼太に託された暴れ槍と呼ばれたその1本のみだった。
そのせいで若かりしアルムフェイルですら、最初は使いづらいと思わせてしまったものだが、のちにそれを完全に扱えるようになってからは、末の側近眷属としてどうしても周囲よりも劣ってしまっていた彼の活躍の場を広げてくれた。
「原因はおそらく、アルムフェイルが末の側近眷属だったからでしょうね」
「末っ子が可愛かったってこと?」
愛衣がそれは残りの8人が可哀想じゃないかなぁとエーゲリアに向かって首を傾げれば、彼女は完全には否定しないまでも、可愛さ余って力を込めたわけではないと否定した。
「まあ、それもないではないでしょうけど、武器を与える順番はやっぱり上からだから」
「あー、なんとなく読めてきました」
「んん? どゆこと? たつろー」
「つまり、イフィゲニアさんが最初に作ったのはニーナに渡されたブリューナク、そして二つ目に作ったのは二番目の九星の人。その次は三番目──って順番だった」
そこで一度話を区切った竜郎の言葉に、エーゲリアもセリュウスもこくこくと頷いている。
「その過程でイフィゲニアさん自身の制作能力の経験が積み重ねられて行って、最後にはその集大成が出来上がったってことなんじゃないかと思う」
「あー、そりゃ何個も作ってれば上手くなっていくもんね。それがエーゲリアさんのお母さんで、イシュタルちゃんのおばあちゃんならなおさらかぁ」
つまり長女から順に末の子に向かって作っていく中で、イフィゲニア自身も武器製作の能力が成長したということ。
もちろん他の8人とは少しばかり年月が開いてから生み出された一番幼い子、というのがアルムフェイルへのイフィゲニアの印象だったので、心配して気合を余計に込めたというのも否定はできないのだろうが。
「料理などしたことがない新米ママでも、1番目の子が生まれたときから努力をすれば、9人目の子のお弁当を作る頃には相当な料理上手になっていてもおかしくない──みたいなことだと思えばいいんすかねぇ」
「あっ、アテナちゃん。それ分かりやすいかも」
アルムフェイルも末の子だからと割を食うことは何度もあったが、それでもそういった恩恵を得られる機会もあったということだろう。
「不公平だから作り直そうかともニーリナたちにお母さまが言ったらしいけど、それぞれが自分のために作ってくれた最初の武器がいいと手ばなさなかった──っていう裏話もあるのだけれどね」
「なんとなくですけれど、その気持ちはわかる気がしますの」
奈々も初期に手に入れたカエルの付いた杖を気に入り、他の杖を一から作ったほうが早いにも限らず、リアにその杖の改良を求め、今の自分の力でも壊れないほどの性能を持つ杖として愛用している。
ニーリナたちが愛着のある武器を手放せない気持ちも、彼女なら理解できたのだろう。
小さな頭を何度も深く縦に揺らし、同意の気持ちを示した。
「というわけでだ、ソータくん。この槍は普通の槍とはかなり違う。
物のように扱っていては、先ほどのようにただ力を放出させるだけで制御もへったくれもなくなってしまう」
話の区切りがついたところで、セリュウスが改めて蒼太に槍の扱い方の助言を再開しはじめる。
蒼太は聞き漏らさぬよう、既に回復して落ち着いた状態でじっと彼を見つめた。
「だがこの槍を使いこなせるようになれば、これは槍にも剣にも盾にもなる万能の装備と化す」
「……ヤリガ ケン ニモ タテ 二モ? ソレハ、イッタイ ドウイウ……」
セリュウスの言っている意味が分からず、蒼太が疑問を口にする。
槍についてよく知らない竜郎たちも、どういうことだろうかとセリュウスの解答を静かに見守る中、セリュウスが口を開いた。
「この『雷水』と呼ばれる、まあ言ってしまえば液状化した雷のような物質は、持ち主の意のままに形を変えることができるんだ」
そういってセリュウスが雷水をまとった槍の穂先を、誰もいない空へと向けて手を伸ばすと、雷水の部分が螺旋を描くように伸びていき、穂先の形状がドリルのような形になってクルクルと回転しはじめた。
「おー確かに形は変わったっすねー。ってことは、その要領で剣とか盾みたいな形にも変えられるってことってすか?」
「ああ、そうだ。とはいえ、私にはこれが限界なんだがね」
「セリュウスさんでも、無理なんですか?」
真竜を除けば最強完璧超竜だと思っていたセリュウスにすらできないという事実に、竜郎も思わず口を挟んでしまう。
「どうやらタツロウくんは、私に対して過分な評価をしてくれているようだが、私にもできることとできないことはある。
とくにこれはセテプエンイフィゲニア様が、おつくりになられたもの。私の手の及ぶ範囲外の代物と思ってくれていい。
私では槍という形状から離れた形に変化させられるほど、この槍に気に入られていないんだ」
「ナラ オレデハ、モット ムズカシイ トイウコトカ……」
竜郎と同じく、一目で上位者だと分かったセリュウスを超常の者と認識していただけに、元は上級竜の範囲内でしかなかった竜種の蒼太は、自分がなそうとしていること、それがただまともに槍を振るだけというだけでも、どれほど難しいことなのかと絶望したくなってしまう。
けれど当の本人は、そんな蒼太に苦笑を浮かべた。
「こればかりは相性の問題だ。持ってみてよく分かったが、私とこの槍はそこまで仲良くやっていけるほど、互いの性格が一致することはないだろう。
ともすればアンタレスのほうが上手く使えるのではないかと思うほどにな。
とはいえ、それほど大きな違いが出るほどではないだろうが」
「アンタレスのほうが……?」
細かいことなど気にしない。とりあえず力を放出し殲滅することを得意……というよりも、手加減ができないアンタレスが槍を使っているところが想像できず、竜郎は難しい顔でうなる。
しかしセリュウスが言うには、自分には合わないとはっきり分かるほど、彼とこの槍の相性は悪いようだ。
「でも蒼太と違い、ちゃんと使えていますの。それもはじめて持ったばかりなのに。
それで相性が蒼太より悪いと言われても説得力はありませんの」
「はははっ、これも年の功がなせる業と思ってもらえればいい。さすがに1000年も生きていない子供と私を比べるものではない。
それにだ。ある意味では今回は特別だったからこそ、ここまで素直にいうことを聞いてくれているというだけなんだ」
「トクベツ……?」
意味ありげな視線を突然セリュウスに向けられて、蒼太は何が言いたいのだろうと不思議そうな声を出した。
「ソータくん。君は君が思っている以上に、そして私やエーゲリア様が思っていた以上に、この槍に認められつつあるということだよ。
まず言わせてもらうと、普通は頭から押さえつけるようなやり方で、雷水は絶対に発生しない」
「えっ、でもさっきピカーッってなってたよね?」
愛衣が蒼太がやって見せた最後の光景のことを思い浮かべる。それは竜郎たちも一緒で、あれは間違いなく『雷水』と呼称されるものによって引き出された現象だったはずである。
「そうなんだ。そんな状態であるというのに、この槍はソータ君に自分という存在を使いこなした先にあるものを見せてやろうとしたんだ。
こんな力を持っている俺を、はやく使いこなしてみな──とでも言うかのようにね」
「ソウナノカ?」
これまでのことを思い浮かべると、どう考えても嫌われていると思っていただけに、蒼太は驚きに目を丸くする。
「ああ、だからこそ今回もその力の一端を理解させるために、私の制御下に入ってくれた。けれど制御下に一時的に入っただけで、本当に自分の使い手として認めてはもらえないから、槍以外の形にはできないんだ」
「けれどね、ソータくん。アルムフェイルが使っていたときは、それこそ自由自在、変幻自在。
空を切り裂くほどの大剣に、遠く離れた場所を射抜く矢に、蛇のようにしなり相手を打ち付ける鞭に──なんて具合に、状況に合わせた形に雷水を変化させてアルムフェイルと一緒に大暴れしたものよ」
当時を懐かしむように目を細めながら、エーゲリアがその槍が本領を発揮したときの姿を語った。
「それとソータくん。実際に持ってみてよく分かったのだが、これはアウフェバルグでは使えない。
振るどころか、持つことすら拒絶されるかもしれないと言えるくらいにな。
だからおそらく、この槍をいつか本当の意味で使いこなすものが現れるとするのなら、君だろう」
アウフェバルグといえば、アルムフェイル直系の子孫であり、愛衣に言わせればアルムフェイル大好きっ子な神格龍だ。
蒼太よりも種族としての素の格が高く、アルムフェイルに最も近い存在ともいえるもの。
そんな彼が蒼太よりも気に入られないと断言するセリュウスに、彼は訳が分からないと大きく首をひねった。
「手に持ち直接感じてみれば、この槍が主と認めるのは、誰が今後使うことになろうとアルムフェイル様ただお一人というのがよく伝わってくる。
そんな槍に、アルムフェイル様に憧れ、そのような存在になりたいと思っている存在は、たとえその子孫であろうとおこがましさすら感じてしまうだろう。
この槍にとってアルムフェイル様は唯一無二の存在なのだからね」
「デハ……ナゼオレハ? アルムフェイル ドノ イガイ、ダレモ アルジト ミトメルキハ ナイノダロウ?」
その言葉を口にした途端、セリュウスの手に握られていたドリルのような形状をした雷水の部分をピカっと光らせ元の常態に勝手に戻り、パンッと爆ぜるような音をたて、セリュウスを拒絶するようにその手から離れ砂浜に突き立った。
「俺はお前を主としては認めない。けれど強さや憧れ、身分や虚栄、そんなもののためにアルムフェイル様の座を受け継ごうとするのではなく、青臭い感情だけをただひたすらに求め、命すら懸けて自分の願いを叶えようとする馬鹿者ならば、『相棒』として付き合ってやらないこともない──。
私が代弁させてもらうのなら、こういうことだろうな」
この槍は最初、アルムフェイルが託すというから持つことくらいは許してやろう。そんな気持ちで蒼太の手に収まった。
必死に自分を使おうと傷つく蒼太の姿に、表情があれば嘲笑すら浮かべていただろう。
けれどどんなに馬鹿にしていても、さっさと諦めてアルムフェイルのもとに返せばいいと思っていても、蒼太の心は折れることなく伝わってくるのはニーナのことばかり。
槍のほうが羞恥心を覚えるほどに恥ずかしげもない力強い気持ちに呆れ、次第にそれは呆れを通り越し感心に変わり、自分が蒼太に振るわれているときのことを想像してしまった。
こんな馬鹿と一緒なら、アルムフェイルがいなくなってしまった後の槍生も少しは楽しめるかもしれないなと。
だから『主』ではなく『相棒』。あくまで対等。その心根が変わらないままであるのなら、蒼太越しに世界をもう一度楽しむのも悪くはない。
ついでにその気持ちの終着点も見てみたいという、出歯亀精神を少しばかり添えて──。
さあ、俺を持ってもっと努力して見せろとばかりに、砂浜に突き立った槍は元の大きさへと膨らんでいく。
その光景を目の前で見せられた蒼太は、そこで初めてほんの少しだけ、この槍の想いが伝わってきたような気がした。
これはただの槍ではなく、自分とこの先長い時を歩む『相棒』になるのかもしれないと。
「…………」
蒼太はただ黙って大きな手を伸ばし、ギュッとその槍を握りこむ。
今までただ火傷を負うかのような痛い熱さとしか感じられなかったのに、今はなんとなく心地よさも感じる熱のように思えてくる。
「マダ オレハ、オマエヲ ツカエルホドノ ソンザイデハナイ。
ケレド オマエモ ノゾンデクレルノナラ コレホド ココロヅヨイコトハ ナイ。ゼッタイニ オレハ ソノ イタダキニ ノボリツメテミセルト チカオウ──ッ」
そういった瞬間、カッと今までにないほど握りこんだ手に熱を感じ、思わず落としそうになるが、それはすぐ元の熱に戻った。
これがこの槍なりの、自分への発破のかけ方なのだろうとすんなりと理解できた。
そうしてこの日、初めて蒼太は槍を一個の個として認識するようになるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。