第203話 蒼太の悩み事
フォルス王国出発当日。いつものように連れていくメンバーと見送りのニーナが、朝早くからエーゲリアを待ち砂浜に佇んでいた。
やがて海の方の空間が歪み、そこからエーゲリアと──。
「久しいな。タツロウくん。それに他の皆も」
「久しぶりです、セリュウスさん」
「ヒヒーーン!」「久しぶりですの!」
なんと普段はエーゲリア島からほとんど動かずエーゲリアの補佐をしている、おそらくエーゲリアを除けばイシュタルも抑え未だ世界最強の個である黒竜人セリュウスがやってきた。
彼と模擬戦をして少しばかり稽古を付けてもらったこともあるジャンヌや奈々は、嬉しそうにしている。
今回はセリュウスの慰労も含めての人選ということで、竜郎たちが帰った後もフォルス王国自慢の大自然の中で少しの間一休みしてくる予定らしい。
それから軽く挨拶を皆と交わした後、さっそく行くのかなと竜郎たちが空を飛ぶ準備をはじめたところでセリュウスから待ったがかかった。
「その前にソータくんと話がしたいんだが、いいだろうか」
「ええ、いいですけど何か──……というか、アルムフェイルさん関連のことですか」
「まあ、そうなるな。お節介かもしれないがね」
少なくとも悪い話ではないだろうと、竜郎は蒼太へ念話を送って来てもらうことにする。
少し待っていると、蒼太が空から大きな顔をのぞかせやってきた。
「セリュウス ドノ。ハナシガ シタイ トノコト ダッタガ?」
「渡された槍の進捗はどうだろうか?」
「スコシダケ ススンダトハ オモウノダガ……、ナニカガ チガウ キモシテイル」
「私でよければ相談に乗れると思うがどうだろう?
だてに長生きはしていないし、アルムフェイル様がその槍を使っているところを見たこともあるから、何かしらできると思うのだが」
「ソレハ──タスカルガ……、イイノダロウカ」
たしかにセリュウスならばなにかしらアドバイスしてもらえるだろうか、自分に出された試練にたいし、他人からアドバイスを受けても大丈夫なのかと不安になったようだ。
そしてそんな不安をセリュウスは、すぐに見抜いてしまう。
「心配しなくてもいい。少し手伝うくらい構わないとアルムフェイル様より言質はいただいているし、言葉や動作で少し説明したくらいで使えるようになるような代物でもない。だから気にせず相談してみてくれ。
私自身、アルムフェイル様が望まれるのであれば、君が存在を継ぐというのも悪くないと思っているからな」
「……ソレナラ オネガイシタイ」
蒼太はずるではないかという気持ちと共に、自力で何とかして見たかったという気持ちもあったようだ。
だが時間があとどれだけ残されているのかもわからないので、小さなプライドは投げ捨てた。
「それでは今どうなのか、先ほど言った進んだと思った方法で是非見せてくれ」
「リョウカイ シタ」
竜郎も進展があったとは初耳だったので、興味深げに空を見上げ蒼太の様子を見守っていると、彼は《蒼海玉》というスキルを発動した。
すると蒼太の左手──槍を握っているのとは逆の手に、大きさ5メートルほどの蒼い水晶玉のようなものが出現した。
「あの玉って確か、何の消費もなしに海水を無制限に出せるやつだったよね? たつろー」
「ああ、そうだったはずだ。しかも蒼太は水を龍力に変換するスキルも持っているから、あれさえあればエネルギー消費の大きいスキルも無尽蔵に使えるようになる」
「けどあれを今だして、どうするつもりですの? 今は消費しているようには見えませんの」
注目が集まる中、蒼太はその玉から海水を湧き出させ、その水を手のひらから吸い取って龍力へ変換し、自身の中へ蓄えていく。
「グゥッ……」
「あれじゃあ、過回復になって逆に良くなさそうっす」
「けど意味のないことをここではしないだろう。黙って見守っていよう」
本来許容できる範囲を超えてさらに龍力を蓄えていくせいで、蒼太は苦しそうに歯を食いしばる。
けれどそれでもやめることなく、スーハーと息を吸うタイミングで少しずつため込んでいく。
その姿を見た竜郎は、素潜りの深さを競うフリーダイビング前にできるだけ空気を蓄えようと、無理やり息を吸い込んでいる姿をふと思い浮かべた。
蒼太の体は蒼く光り輝きだし、鱗がミシミシと軋みはじめ、その内部の肉が膨らんでいく。
そしてこれ以上は体が破裂してしまうだろうという数歩手前で海水を止め、龍力の吸収を停止した。
しかし龍力は蓄えたまま、苦しそうに苦悶の表情を浮かべながらも目をつぶり集中力を高めていく。
ピリ付く空気によく分かってないこの場にいる幼竜たち──楓と菖蒲、イルバとアルバ、フォルテとアルスでさえも、体を固まらせて空を見上げる。
「フゥッ──!!」
思い切り息を吐くように蒼太は、ため込んだ龍力を右手に握った槍に流し込んでいく。
そんなことをすれば槍からの反発で手ひどいダメージを負ってしまうのではと、何度も握った手を吹き飛ばされている姿を見てきた竜郎たちは思わず止めようかという思いが脳裏に浮かんでくる。
「ハァアアアアアアッ──!!」
「おおっ!? なんか大丈夫そう!?」
愛衣が驚きの声を挙げた視線の先には、握った手を細かく振動させてはいるものの、反発で手を吹き飛ばされることなく持ちこたえている蒼太の姿があった。
だが秒単位の時が過ぎるたびにその震えは激しくなり、見ている方の目がやらてしまうほどまばゆい光を槍と蒼太の握った右手から放たれる。
「ガァアアアアアアア!!」
そしてそのまま蒼太は槍を斜め向うの海の上に広がる誰もいない青い空へ向かって、思い切りその穂先を突き出した。
その瞬間──キィィィイイーーーーンという甲高い、けれどそれほど大きくない音が周囲にこだまする。
「なんですの!?」
さらに槍の先端から水のような質感をした半透明の薄青いなにかが飛び出して、その穂先を中心に樹枝状に分岐した「電紋」に似た形を形成しながら扇状に広がり、最後に一瞬だけピカっと紫色の光が電流のように流れ消えてしまった。
「雷水だと!? あれでできるものなのか!?」
「随分と乱暴だけど、相性がいいっていうのは本当かもしれないわねぇ」
唯一あの現象を知っているらしいセリュウスやエーゲリアからしても意外な結果だったのか、目を見開いてその光景に釘付けになっていた。
けれどこれは槍を『振れた』というより『突いた』という形とはいえ、もはや合格でもいいのでは竜郎たちが思うほどに堂にいった突きである。
これではダメかと竜郎が驚いているエーゲリアやセリュウスに向かって、口を開こうとした──そのとき。
「グガァッ──」
、蒼太の悲鳴と共に槍を持っていた手、どころか肩のあたりまで盛大に右腕が弾け飛び、その肉片と血飛沫が空に広がった。
しかし蒼太はそれが予想できていたのか、すぐに悲鳴をこらえながら《蒼海玉》を消し、空いた左手で巨大な槍を落ちる前に空中でキャッチした。
その数秒後、弾け飛んだ蒼太の右腕も再生し、綺麗な姿に戻っていた。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
だが蒼太自身は満身創痍といった様子で、息を切らしながら槍をいったん自分の《アイテムボックス》へとしまった。
これには合否の判定を聞こうとしていた竜郎も、口を閉じてしまう。
どうみてもこれでは失敗だろうと思わざるを得ないほど、突いた後の状態が酷いと感じてしまったからである。
静まり返る空気の中で、息切れが収まりながらも疲れた様子の蒼太がセリュウスに向かって声を出す。
「コウヤッテナラ、ナントカ コノヤリヲ ツキダスコトガ デキルヨウニ ナッタ。
ダガ ソレトドウジニ、コレデハ ダメダト……オレノ ホンノウ ガ、ウッタエカケテモ クルンダ。ケド──」
ここからどうしたら、どうすればいいのか。皆目見当がつかないし、もしかしたらその本能が勘違いで、本当はこれで合っているのではという考えすら湧き上がってしまい、思考の袋小路に迷い込んでしまっていたらしい。
一気にそう独白した蒼太は、少しでもヒントを得ようと顎に手を当てたセリュウスに耳を集中させる。
「そう……だな。ハッキリ言ってしまえば、そのやり方は間違いだと言えよう」
「ソ、ソウカ……。ヤハリ ソウナノカ……」
セリュウスの言葉に、がっくりと項垂れる蒼太。
そんな蒼太を見つめながら、どう言葉にすればいいのか考えた末、セリュウスは別の方法を取ることにした。
「ソータくん。その槍を一度、私に貸してみてくれないか?」
「エット……」
蒼太はいいのかと竜郎やエーゲリアへと視線を向けてくるので、その2人も頷いた。
なので蒼太はセリュウスの身の丈には到底合わないほど巨大な槍を、そっとそちらの頭上へと卸していく。
そんな巨大な槍をセリュウスが右手を広げ上に伸ばし受け取ると、触れた瞬間だけピクリと目元を動かすが、あとは平気そうにその槍を手に持つ──というより乗せたまま、自身の竜力を注いでいく。
凄まじい力の奔流と共に、槍はその力に反発しようとしてきた。
しかしそれはさらに強い力でねじ伏せ、無理やり黙らせてしまう。
手に乗った巨大な槍の当たりには、蒼太の時と同じように眩しいほどの光が広がっていく。
「これが先ほど、ソータくんがやっていた状態だと思うのだが、どうだろうか」
蒼太は大きく頷きかえして肯定しながらも、いとも簡単にそれをなしているセリュウスに目を丸くしていた。
「つまり蒼太は、槍にまんべんなく力を注ぎながらも、その反発してくる力を、さらに余剰分に力で無理やり押さえつけてたってことでいいんですかね? エーゲリアさん」
「ええ、その通りよ」
セリュウスに話しかけては邪魔だろうと、竜郎は黙ってみていたエーゲリアに《精霊眼》で観えた結果からの推測を聞いてみれば、それは正解だったようだ。
つまり膨大に力を必要とする槍に流しつつ、そこから受ける反発を受けようと考えた。
けれど通常の手段では瞬発的に必要な龍力が足りないため、蒼太は無理やり龍力を過回復させ無理やりその量を補って抑え込んでいたのだ。
「けれどこれではダメなんだ」
「ドウ、ダメ ナンダロウカ?」
「これではこの槍からすれば、ソータくん。君は敵対者に等しい存在として認識されてしまう」
「テ、テキ? ソンナツモリハ……」
「そんなつもりはないと言うが、例えば君の場合嫌なことを無理やり、突然現れた赤の他人に頭を押さえつけられながら強要されたらどう思う? 嫌じゃないか?」
「……ソレハ、イヤダ」
その光景を思い浮かべ、蒼太はそうされたら暴れてしまうかもしれないと納得する。
「だから本来の使い方は、こっちでなければならない」
そう彼が言った途端、まばゆい光は消えていき、さらに槍はセリュウスの手になじむ大きさまで縮小してしまった。
「ナ、ナニガ……?」
「私も使ったことはないから感覚的なもので、これといった具体的なことは言えないが……、しいて言うのなら槍と和解したとでもいえようか。
そしてこうした状態になって、はじめてこれが使えるはずなんだ」
小さくなった槍の穂先から、先ほど蒼太が槍をついたときに発生した水のような質感をした薄青色のなにかが槍の先からにじみ出るように湧き出しまとわりついて、まるで一回り穂先を大きくしたような形で固定された。
それは根元からピカッ──ピカッ──と、紫色の電流が点滅するように流れていた。
そしてその物体がまとわりついた槍先でセリュウスが砂浜に軽く触れてみれば、振れた周辺が大きくえぐるように消滅し、残った後も高熱を浴びたように真っ赤になって溶解していた。
「これはセテプエンイフィゲニア様や九星の方々が『雷水』と呼んでいたもので、この槍に宿った固有の特殊能力とでも思ってくれればいい」
「そんな能力を付けることもできたんだね、エーゲリアさんのお母さんって」
「そうね、と言いたいところだけれど、本人も偶然できちゃったと笑っていたのよ、アイちゃん」
「ええっ、あれって偶然なんだ!?」
何でもできそうなエーゲリアの母であっても予想できなかった、作ってから分かった偶然の産物という現象に、愛衣はもともと丸くしていた目をさらに大きく見開いたのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。