第202話 面倒事の香り
また会えるかどうかはさておき、「またな」と別れのあいさつを交わして元の部屋へと戻ってきた。
相変わらず竜郎から少し距離をとり、観察を続ける老竜の姿が目に入ってくるが、竜郎は害はないからまあいいかと無視することにする。
「最後は元気になったみたいでよかったっすねー」
「ですの、ですの。さすがおとーさまですの」
「ありがと、奈々。でも俺からしたら治しただけで、あの子を本当に救ったのはリゲンハイトさんのおかげだと思うぞ」
「治すってのも十分あの子からしたら助けられた思うけど、それも言えてるかもね。
よくこの広い国の中で、あんな小さい子を助けることができたと思うもん。
そーいえば、リゲンハイトさんって、他にもいろんな人を助けてるんだよね? それこそ本とか舞台にされるくらいにさ」
「ええ、そうですね、お義母さま。ゆく先々で手当たり次第に救ってきましたので」
「手あたり次第って……。普通そんなにトラブルにぶち当たるもんなんですか?
そうそう治安が悪いってわけじゃないんですよね?」
竜大陸は基本的にどの国においても治安はいい。なのでそうそう表立って悪だくみをするものは少ない。
だというのにリゲンハイトはふらっと立ち寄った場所で、トラブルを見つけ次々と人助けをしているという。
そんなどこぞの漫画の主人公たちのように、ゆく先々で事件に遭遇するなどどんな確率だろうかと竜郎は疑問に思ったのだ。
「きっと私に救えと天が導いてくださっているのですよ」
だが返ってきた答えは、神様の思し召しだと言わんばかりのふんわりしたもの。けれどそう言う本人の顔はどこかおどけているようで、本気で思っているようにも感じられなかった。
これは何か秘密があるのかもしれないと竜郎が思ったところで、「なにを言っているんだか」とため息交じりに竜郎の観察記録を付けていたリグンアロフが口を開いた。
「そやつは確度の高い推測の元に、行き先を決めているからだよ。タツロウくん」
「……確度の高い推測? と言いますと」
「我が孫の目と耳となる臣下は現在、文字通りこの国の隅から隅にまで散らばっておる。
そやつらに何でもいいから、面白い情報、くだらない情報、なんの変哲もない噂話に至るまで自分の元に報告させておってだな。
それら全てに目を通し、雑多なありとあらゆる膨大な情報を組み合わせ王都にいたままに怪しい事件の臭いをかぎ取ってからふらりと出かけるのだ」
リグンアロフいわく、リゲンハイトという王子は各地域、王都から離れた田舎町に至るまでの雑多な情報を集め、それらを解析して怪しいところを見つけているのだという。
しかもその過程で覚えたスキルはあるものの、別に調査に特化した特殊なスキルがあるわけでもなく、自前の頭だけで。
「はじめにそれを知ったときは、どんな化け物かと本気で孫の頭を解剖したくなったもんだよ」
「おじい様、ここは私が導かれているといったほうがカッコいいところでしたのに、種をばらさないでいただきたい。
実際に私の物語では、そういうことになっているのですから」
「いや、それでも……というか、そっちの方が凄いと思うんだが」
ただ歩いていたらトラブルにぶつかったという偶然に愛されている──というのは、確かに物語の主人公としては面白い要素にはなるだろう。
けれど竜郎からしたら、凄すぎるとしかいいようがない。
「私や息子では答えが最初から分かっていなければ、そんなところから答えに辿り着くなんて不可能といったものもいくつもある。
いつだったか、それこそリゲンハイトがまだ神格も得ていない小僧だったときに、どこにでもある菓子屋の味が少し悪くなったという情報から、重大な悪事に辿り着いたこともあった。
なぜそことその情報が繋がったのか説明もしてもらったが、親族一同誰も理解できなかったよ」
「まあ、私ですからね。子供のころはなぜ理解できないのだろうかと疑問でしたが、天才とはそういうものなのだと今では思っています。さすが私……」
自分の姿を思い浮かべうっとりしているであろうリゲンハイトに、これさえなければ完璧なのにと思いはするものの、逆にそれだととっつきづらくもあったかもしれないとも竜郎たちは思ってしまう。
「けれどそれだけ凄い量の情報を、毎回1人で処理するのは大変ではありませんの?
他にそのやり方を理解してくれる人もいないということは、手伝うこともできないのでしょう?」
「確かに大変だと思うこともありますが、ここは私が将来治めることになる国です。
私ほどの傑物が治めるというのに、その国に住まう住民が幸せでないなどありえませんからね」
「とんでもない考え方っすねー」
これが他の人間ならいざ知らず、リゲンハイトがいうのならそれもいつか叶ってしまいそうだと竜郎たちは感じたと同時に、これは確かに比べられても困るよなぁと、以前に会った別の竜王──レノフムスのことを思い出すのであった。
それからここになら大丈夫だろうと判断し、竜郎はさっそく転移でファン太を連れてきた。
依然竜郎への興味は冷めやらぬリグンアロフであったが、ファン太も竜郎がバカみたいに力を注ぎ最高の素材を用意して創造した存在。
これは相当に珍しいと、返すまで研究も害のない範囲でならしていいと言うと彼も喜んで引き受けてくれると約束してくれた。
ファン太もリグンアロフやリゲンハイトに勝てないとすぐに理解したので、竜郎の目が光っていなくともそうそう問題になるようなこともしないだろう。
そうして今回のドルシオン王国への訪問は、ひとまず終わった。
その数日後。予定通り今度は森厳のフォルス種が治めるフォルス王国の姫が描かれた絵巻を持ってイシュタルがやってきた。
「フォルス王国ってたしか、ソルエラ王国と並んで竜大陸の食糧庫って言われてるもう1つの方だよな?」
「ああ、そうだ。土壌に影響を与えるソルエラと、植物自体に影響を与えるフォルス。
双方協力しあっているし、どちらも豊かな大地と豊富な植物を抱え込んでいるが、やはり違いはあるんだがな」
その違いで有名な例としては、茶葉だとイシュタルは語る。
同じように育つし、育った後の見た目も変らない。けれど明確にお茶や紅茶に加工して飲んだ時、その味は違うと素人でも分かるほど変わっているらしい。
「ちなみに、どっちのほうが美味しいの?」
「個人によってはソルエラ産のほうが美味しいというものもいるが、一般的に高級茶とされているのはフォルス産だ。
私もそちらの方が好ましいと思っているしな」
もちろんソルエラ産とて不味いわけではないのだが、フォルス産と比べると……という人が多いのだそう。
そして竜大陸の外では、フォルス産の茶葉は幻の茶葉とされ、エーゲリア島から少量流れる程度でありながら、美食界隈ではかなり有名で「お茶にそこまで金が払えるのか……」と一般人からすれば呆れるほどに値が張るものとなっている。
「へぇ~知らなかった。フォルス王国に行ったら是非、飲んでみたいね」
「…………あのな、アイ。食べさせてもらってばかりで悪いと、ここにもお土産で何度か持ってきたことがあるし、アイやタツロウもお茶や紅茶として飲んでいるはずなんだが……」
「「え゛……」」
「タツロウ……、お前も気づいていなかったのか……」
「あ……、アーアレネー。シッテタ、シッテタヨー」
「はぁ……、気づいてなかったんだな……。フローラは分かりやすいほどに目を丸くして、『なにこれ!?』といい反応をしてくれたんだがなぁ」
そういわれてみれば、やたらと香り高いお茶や紅茶が出てきたこともあったかも──と、所詮は小市民であった竜郎と愛衣はジト目を向けてくるイシュタルへ愛想笑いを浮かべて誤魔化した。
「ああ、それともう一つ、タツロウたちにとっては面倒事の類になるかもしれない話があってだな」
「面倒事? 嫌な響きだな、いったい何なんだ?」
「実はアルムフェイルの槍をソータに渡したことが、アウフェバルグに知られた」
「「…………誰?」」「「あう?」」
いきなりの聞いたこともない名前に、この場にいる4人はコテリと首を傾げた。
「そうか、あの場では名前すら出していなかったか。それは失礼した。
アウフェバルグという男は、アルムフェイル直系の子孫の神格龍のことだ」
「「あー」」「「うー?」」
楓と菖蒲は話が理解できず未だに首を傾げているが、竜郎と愛衣はアルムフェイルの座を継ぐ継がないの話をしていたときに、そんな存在のことを話していたなと思い出した。
「確かアルムフェイルさん大好きっ子の人だよね」
「子……という年齢ではないのだが、意味合い的にはまあそうなるな」
「確か知られたら自分にも試練を──なんて言い出すぞって言ってた人でもあったよな? それは確かに面倒事の類になりそうな話だな」
「そうなんだ。だが座のことはまだ伏せているし、おおよその話はアルムフェイルが責任を持って無理やり納得させたから、そこまで大きな問題にはなっていないんだが……」
「「だが?」」」
「そのソータとやらに、俺を会わせてほしい! どんな奴か、直接見なければ本当の意味で槍を他所の龍に渡すなど納得しかねます! ──と、血眼になって私やアルムフェイルに嘆願してきてだな。すげなく断ることもできず、話だけは通すと言ってしまったのだ。
もちろん、タツロウたちが会いたくない、会わせたくないというのなら、断られたと伝えるだけになるが……どうだろうか?」
「イシュタルちゃんてきには、どうしてほしいの?」
「できれば会ってみてほしいとは思う。このままでは一生、あいつはしこりを抱えて生きていくことになりかねないからな。だが強制はしないと誓う」
「うーん……なら、私は会ってみてもいいと思うけど、たつろーはどう思う?」
「俺個人としても、多少応対が面倒でも会ってみてもいいと思う。けれどそれも蒼太次第ではあるが……、たぶんそっちもいいと言うんだろうな」
竜王に匹敵する家柄の星九家である緑深家に、自分がどう思われるのかを理解していて、その心根もまっすぐな蒼太であったのなら、まず間違いなく会うというだろう。
そして納得させて見せるとも。それはイシュタルも同意見のようだ。
「であろうな。なら後で蒼太に話を通して、念話で教えてくれ」
「分かった」「りょーかーい」「「あーう」」
竜郎と愛衣は快く了承し、楓と菖蒲はよく分からないままに元気よく返事を返した。
イシュタルが昼食を食べて帰ると竜郎は菖蒲を、愛衣が楓を抱っこして、さっそくここで生まれたフォルス種──フォルテとその亜種──アルスの元へ絵巻を持っていくことにした。
探してみたところ、ブラキオサウルスなどの竜脚類に似たフォルムをした二体はカルディナ城のカルディナでいうところの背中に当たる屋上にいた。
長い首を快晴の空へ向かって伸ばし、樹の枝と葉っぱでできたような翼を大きく広げ、樹のように枝と葉を生やした植物にしか見えない長い尻尾を床につけ、後ろの二本足だけで立って目を気持ちよさそうに閉じながら。
「「う~?」」
寝てる?と言いたいのか、楓と菖蒲が小さな人差し指をそちらへ向けて竜郎や愛衣を見上げてくる。
「「フィリリリリィ~」」
「起きてるみたいだな」
「光合成でもしてたのかな?」
しかしこちらに気が付くと、鈴虫のような高い鈴の音で鳴いて四つ足状態にドスンともどり竜郎たちの元へとゆっくりのんびり歩み寄ってきた。
「もうなんとなく分かっていると思うが──」
フォルテとアルスも他の竜王種系の幼竜たちからなんとなく伝わっていたのか、眷属のパスを通じて話すまでもなく次は自分たちかと理解したようだ。
絵巻を広げて見せてみれば、そこには蒼海のラマーレ王国で出会った小さな王子よりは成長しているようだったが、十分に幼さが残る女の子の竜が描かれていた。
「「リリリ~~」」
「へぇ~」と特に驚いた様子もなく、1~2分ほどその絵を眺めると、すぐに飽きてしまったのか竜郎へといつもの催促をしてきた。
「はいはい、分かった分かった」
「「フィリリィー♪」」
味的には断然メディクの水のほうが美味しいと思うのだが、やはり竜郎が生みの親だからなのか、彼が魔法で生み出した水をよくせがまれるのだ。
せがまれるままに竜郎が両手の平を空に向けてその上に浮かべるように魔法で丸い水の塊を発生させると、そこへ頭を突っ込むようにしてフォルテとアルスは美味しそうに水をごくごくと飲んでいく。
すると黄緑色の全身がテカテカと水気を帯び、翼や木のような尻尾の葉もより鮮やかな色へと変化していく。
そうして大量の水を飲んで満足すると、ありがとうと竜郎の頬に頬を擦り合わせ、ご機嫌な様子でのっしのっしと最初にいた場所で同じように気持ちよさげに空へと首を伸ばしていった。
「のんびり屋さんだねぇ」
「素早く動いているのは、他の幼竜たちと遊んでいるときくらいだしな」
絵巻の反応はいまいち。まだ幼く異性に興味がない時期であり、そこまで大人な姿が描かれているわけでもないので新鮮味にも欠けたというのが敗因だろう。
そう感じながら、せっかくなので竜郎たちもここでのんびり日向ぼっこをしながらしばらく過ごした。
その夜。カルディナ城に相変わらずボロボロになって帰ってきた蒼太に、イシュタルから聞いた話をしてみれば──。
「モチロン、アウ。ソウシナケレバ ナラナイ ト オレハ オモウカラ」
「そうか、ならそうイシュタルに伝えておくな」
「…………」
蒼太は即決で了承し、無言で静かに大きな頭を竜郎に下げたのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。