第201話 小さき竜
竜郎が提案してきた方法。リゲンハイトとリグンアロフは、何か凄い特殊技能があるのかとワクワクして耳を傾けたのだが、思っていた以上に力技だったためにリグンアロフは本当にそんなことができるのかと疑問顔だ。
その孫に至っては、竜郎がカルディナだけでなくジャンヌたち全員を内包した姿を見ていたりなど祖父よりも知っていることが多いので、それもできるかもしれないと納得していたが。
「では早速やってみましょう、お義父様」
「本当にそんな方法で大丈夫なのだろうか……?」
孫が乗り気ならと、リグンアロフも半信半疑ながらも竜郎を見守ることに決めた。
なので竜郎はさっそく行動に移すべく、扉を開けて中に入ろうとしたがリゲンハイトに止められた。
「まずは私が先に入りますので、お義父様は合図をしたら入ってきてください。あの者は見知らぬ他者をみると恐がります。
けれど私なら完全に気を許してくれているわけではないですが、他よりは大分ましになりますから」
「分かりました」
自身を助けてくれたリゲンハイトが信頼する相手、と認識してもらえないと、近づいただけでかなり怯えてしまうらしい。
「元気にしているかい?」
元気でないことは分かっているが、誰が入ってきたのかはっきりと伝えるために、リゲンハイトは堂々と扉を開け、大きな声で語りかけながら心身共に傷ついた小さな竜の元へと近づいていく。
「────」
それに対して小さき竜は一瞬びくりと体を震わせてから、若干警戒した視線は向けるものの、音として聞き取るのも難しいほど小さな鳴き声を上げて彼が近づくのを受け入れた。
「今日は君に紹介したい偉大な方を連れてきた。会ってくれるかい?」
「──?」
「そうか会ってくれるか」
「…………」
いやそんなこと言ってないけど……とばかりに、少し疲れた表情をする小さき竜を無視して、後ろを振り返り竜郎の方へウインクを飛ばした。
『あれが合図なんだろうか……?』
『そうなんじゃない?』
竜郎は首を傾げながら、小さき竜を驚かせないよう、厳密にはカルディナが中にいる状態だが1人で静かにリゲンハイトの隣まで歩いていく。
「こんにちは」
「……」
膝を曲げゆっくり座ってなるべく視線の高さを合わせるが、小さき竜は体を小さく震わせ、まったくこちらを受け入れてくれる様子は見当たらない。
だがこれでも初対面の人間相手のリアクションとしては、大分ましな状態だとリゲンハイトが小さな声で教えてくれる。
これでましなのかと、いったいどんな目に合わせられていたのか憐憫の念が浮かんでくるが、憐れむために来たわけではないと気持ちを切り替え作戦を開始する。
「今日は君にお土産を持ってきたんだけど、受け取ってくれるかな?」
「…………」
できるだけ優しい声音で竜郎が問いかけるが、びくびく震えるだけで反応は変わらない。
これ以上はどれだけ声をかけてもすぐには改善されないだろうと、竜郎はそのままことを進めていく。
何も持っていないことを示すように、竜郎は膝を曲げた状態のまま両手の平を見せると、今度はそれを天井に向け《無限アイテムフィールド》からとあるものを取り出しそこにのせた。
「──!?」
魔法ではないので神力も魔力も感じ取れないため、《無限アイテムフィールド》の発動に反応できなかったが、それでも突然そんなことをされたので驚き転がって離れようとした小さき竜。
けれどそれを押しとどめるほどに、本能に訴えかけてくるものが竜郎の手の平に乗っていたため、暴れることなくその物体に視線が釘付けになっていた。
「ほら~どうだ? いい匂いだろ~?」
「──!? ──!?」
竜郎はその手に乗った、さらに言うのならお皿の上に乗ったそれは、表面をカリカリに焼き目が付くくらいほどよく焼かれたチキーモの大きなステーキ肉。
だがこれはそれだけではない。
その肉の表面にテラテラと光るタレも特別製。メディクの水、ラペリベレの果実、酒竜の酒を用い、厳選された他の食材や調味料、カルラルブで手に入れた各種スパイスなども絶妙に配合して作り上げたフローラの自信作にして新作料理。
歯の形からして肉食性なのは間違いない小さき竜は、竜郎がパタパタと手で扇いで送ってくる匂いに、衰弱して食欲もほぼなかったというのに、お腹がギュルル~と音を鳴らす。
そして共鳴するように、竜郎の隣にいる大きな竜も同時に鼻の穴を大きく膨らませ、お腹の音を鳴らしていた。
「なんですかソレは!? 私も食べてませんよ!?」
「食べてませんよって、そりゃあ、出してないんですから、食べてないでしょうよ」
「レシピをっ、レシピを教えてください!」
「これはうちの子が頑張って作り上げたレシピですからね。そう簡単には教えられませんよ。
ですが今後、これらの食材もこの国に卸していくんで、自分たちでもいろいろ研究していって、そこでこの料理を作った子が望むような新しい料理を生み出せたのなら、レシピの交換という手はありますけどね」
「本当ですか!? しましょう、して見せましょう! 私自らも全力で取り掛かりますよ!」
「楽しみにしています」
どの分野においても天才の名を恣にしているリゲンハイトが、その才能を料理にまで伸ばしてくれれば、竜郎たちももっといろんな料理が楽しめるかもしれない。そんな竜郎の軽い気持ちによる打算も織り込み済みで、リゲンハイトは一も二もなく頷いた。
この発言がきっかけとなり、後にリゲンハイトはフローラを料理人としてのライバルとして認め、さらにその数十年後には世界五大料理人の1人として名を連ねるほどに、その才能を発揮していくことになる。
しかしこのときの竜郎は、料理界でまでそんな大人物になるとは露ほどにも思っていなかったという。
もっともイシュタルやエーゲリア、その側近眷属たちからも大層喜ばれたので、リゲンハイトにとっても全く悪いことではないどころか、「あのときのあの言葉があったからこそ!」と感謝すらされることになるのだが。
「ゥ……──」
──と、そんなことを話している間に、小さき竜は舌を伸ばして皿の上の肉料理を舐めようとしてきた。
竜郎はいい傾向だと、ゆっくりその子の舌が当たる場所までお皿を近づけた。
「──!?」
「あぁ、美味しそうだ……」
舌の先が当たりペロリと舐めた瞬間、口の中いっぱいに広かるチキーモの肉の油と混ざった素晴らしいタレの味に、小さき竜の本能が体がもっと食べたいと訴えかけてくる。
竜郎の横にいる王子様はヨダレをたらし、竜郎が皿を床に置きながら「汚なっ」と避ける。
身をよじるようにして床に置かれた皿の上の肉に顔を近づけ、衰弱で未だ震える口先の尖った歯でそぎ取るようにして肉片を口の中にいれ、舌で転がすように口内でその味を堪能する。
「ゥ──!」
さすがは竜というべきか、美味しい魔物料理というべきか。先ほどまで力なく霞んでいた瞳に嘘のように光が宿る。
体にまで力強さは戻らないが、口を少しずつ大きく動かし、その肉を食べることだけに集中しはじめた。
(そろそろいいかな)
もはや肉しか見えていないと言わんばかりの小さき竜の後ろに、すすすっと回り込む竜郎。
そして魔力や神力はまだ動かさず、頭の中で魔法の発動を思い描いていき、完成図を思い描いた瞬間、その力を爆発的に開放する。
これまでリゲンハイトが感心するほど極めて敏感に魔法の発動や兆候に反応していたというのに、肉に夢中だった小さき竜は気が付くのに遅れ、されど呪いと言ってもいいほどに美味しすぎて肉から離れられないまま、竜郎から放たれる強力な魔法に飲み込まれてしまう。
しかしそれも一瞬で、竜郎はすぐに正面に戻っていく。
「キャウ?」
もう魔法の兆候もないので、小さき竜はいったい何をしたんだと肉にかぶりついたまま警戒し、竜郎を見上げ立ち上がる。
しかしそこで自分が普通に立ち上がれていることに気が付き、あれ?と首を傾げ自分の体を確認してみれば、失ったはずの四肢も尻尾も元通りに生え変わっていた。
「キュィッ!?」
「おおっ! 素晴らしい!」
「あの一瞬で、古くに欠損した部位や小さな傷まで完全に治すじゃと!? 紙とペンはどこじゃったかっ!」
「できねーとは思っていなかったが、でたらめだな。
うちのリリィが本気でやっても、もう少し時間がかかんぞ」
「なんで!?」と大きく声を上げる小さき竜、歓喜の声を上げるリゲンハイト、竜郎の観察資料を作ろうとするリグンアロフ、感心と呆れが混じった声をあげるロルグルムと、竜郎の力に慣れ親しんでいない面々はそれぞれの反応をみせる。
しかしできないとは微塵も思っていなかった愛衣たちは、驚きの声を上げられるほどに回復した幼竜を温かい目で見守っていた。
「美味しいか?」
「…………ュ」
驚いても決して肉は口から離さない小さき竜に、竜郎が笑いながら優しく声をかけると、少し距離を取りながらも小さく頷き返した。
まさかそこまで明確に返事が返ってくるとは思わず、今度は竜郎の方が驚かされる。
「この子、かなり頭がいいんじゃないですか?」
「ええ、竜としての格は下級竜でも下の方ではありますが、この魔竜はちゃんとした場所で生活していれば、既に人間に至っていてもおかしくなかったほどに聡明なのです」
それゆえに虐待していた竜は反応が面白いと甚振っていたのだが、リゲンハイトはあえてそこまでは口にしなかった。
「そんなにですか、すごいな。じゃあ、いずれここで大きくなればこの子は人間に至れると?」
「体も元通りになりましたし、食欲も戻ったようですから、よほどのことがない限り、ほぼ間違いなくいずれ人間の竜として成長してくれるでしょう」
まだ魔法を使おうとすると拒否反応を起こすので、解析魔法で詳しく調べることはできなかったが、見た限りでは元気そうだ。
あとはリグンアロフたちにまかせようと、竜郎が別れ際にその小さき竜の頭を撫でようと手を伸ばす。
「──ッ!?」
「あっと、……ごめんな」
誰が治してくれたのかちゃんと理解していただけに、少しだけ竜郎への態度が軟化していたので行けると思ったのだが、まだ頭を撫でさせてくれないようだ。
後ろに引かれてしまったので、竜郎は伸ばした手を所在なさげにプランとさせると、苦笑しながら謝って背中を向けた。
「………………ュィ」
「ん?」
しかし竜郎があと数歩で部屋から出そうになったところで、小さく鳴き声を上げた。
竜郎が気になって振り返ると、小さき竜はさささっと駆け寄ってきて、彼のズボンの裾に頭をサッとこすりつけると、また部屋の奥へと戻っていった。
「お礼を言いたかったのかな?」
「そうだったら嬉しいな。じゃあ、またな」
竜郎が手を振ると、本当に小さいながらも、その小さき竜は頷き返してくれたのであった。
『そういえば、あれがダメだった場合、どうするおつもりでしたの? おとーさま』
『世界創造で俺の自己世界に巻き込んで、強制治癒させるつもりだった。
あれは魔法とは違うから、いけたはずだ』
『どっちにしても力技だったんすねぇ。さすがあたしの父さんっす』
『それは褒められているのだろうか……?』
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。