第200話 リグンアロフの暴走
カエルの孫もカエル。そんな言葉がとっさに思い浮かぶ位に、リグンアロフとリゲンハイトの精神性はそっくりだった。
しかし孫からすれば変わり者は祖父だけのようで、まったく自覚がないようだ。
さてそんな祖父であるが、「仕方がないですね」と改めてロルグルムや竜郎たちが来た経緯、ドロシーやアーシェたちについて説明しようとするのを完全無視し、その好奇心に満ちた瞳をスライドさせ楓や菖蒲、イルバやアルバに目を止めると突然ぶるぶると痙攣しはじめる。
『なんかやばくないですの? もうくたばっちまいそうですの』
『奈々、地球で学校に通うになってから段々、口が悪くなってきてないか……?』
『そんなわけありませんの』
『……そうか?』
『あはは、最初のころよりは言葉遣いが現代風にはなってきてるかもね』
奈々が腑に落ちない顔をしているのを横目に竜郎がリグンアロフを観察していると、ベタッ──と今度は床に這いつくばるように顔を地につけその目を物理的に楓とイルバに肉薄させた。
「フーン、フーン!」と鼻息は荒く、生暖かい風が4人の体を舐めるように通り抜け、楓や菖蒲の前髪が大きく揺れる。
「「うぅー……」」「「「「ク、クォ……」」
何このおじいちゃん、気持ち悪い……とばかりに、4人は視線は外さず警戒しながら後ずさり竜郎の後ろに隠れてしまう。
竜郎も気持ち悪いのは同意なのでかばうように彼女たちの前に自らも立ちその頭を撫でて落ち着かせる。
それで安心したのか、4人は隠れたままながらも警戒を解いて落ち着きを取り戻した。
けれど逆にリグンアロフはと言えば、視線が切れたことで姿勢はやや前傾姿勢ながらも戻ったが、その興奮は未だ止まることを知らないようだ。
事情を知っているであろう孫の肩に両前足をガシッと乗せてホールドすると、ガクガクと揺らしだす。
「な、なんじゃ!? この子たちは!? そんなはずはないのに、わしら竜王とその系譜と同じ気配がするぞっ!?????」
「です──からっ、そのっことについて──今お話ししてっいた──のではないっですかっ!」
「むほー!!」
説明を求めているのにその耳は全く話を聞いていない。そんな老竜にリゲンハイトは「ダメだこいつ……」とばかりに疲れたような表情を浮かべた。
だがそんな孫の反応などお構いなしに、ペイッと彼を解放すると、もう一度見ようとまた地べたを舐めるように伏せ楓たちに視線を向けようとする──が、前にさえぎるように立っている少年で視線がぴたりと止まった。
「……………………は? 君はいったい……?」
ぱっと見の見た目は人竜系統、リグンアロフの既知の内。その気配も抑えていたのと、神格者である彼からすれば当たり前の気配だったため、ドロシーや楓、イルバに気を取られていた彼は人竜種の若い竜程度にしか認識していなかった。
けれどしっかりとその存在を確認してみれば、明らかに年若いのに、明らかに自分や彼の知っている歴代の竜王たちより強いと分かる。
さらに彼の長年の研究人生から感じ取れる気配から、その若き竜はどこか変わって……異質にすら感じた。
竜王種の気配を持つ見たこともない竜という驚きすら勝る、異様な存在に見えて仕方がなく、彼の思考は冷や水をかけられたかのように、一気に冷静さを取り戻す。
「だから、そのことについて説明すると言っているのです。今度は聞いてくださいますか、おじい様」
「あ、ああ…………。頼む、リゲンハイト……」
冷静に周囲を見渡せば、竜郎とそっくりな気配を持つ不思議な神格竜が勢ぞろい。
今までに感じたことないほどに一気に押し寄せる未知との遭遇に、彼は一言も情報を聞き漏らすまいと孫の言葉にしっかりと耳を傾けるのだった。
リゲンハイトの悦にいった大仰な説明が終わると、リグンアロフは後ろ足でお座りの体勢をとり、空いた前足をバチンと合わせて天井を仰ぎ見た。
「おぉ…………なんと、そのような面白おかしい不思議現象が、私の与り知らぬところで起きておったとは──────この世界に感謝を!!」
『おいおい、今度はなんか泣きはじめたぞ……』
『えぇー……』
『ヒヒーーン……(このおじいさん恐ーい……)』
さらに大きな目からボタボタと音を立てながら床に流れ落ちる涙に、竜郎たちはドン引きして入ってきた扉の方へと大きく後退して距離を取った。
孫のリゲンハイトでさえ、このような祖父は初めて見たのか少し体を引いている。しかし自分の祖父が人前でみっともなく泣いているのは看過できなかったのか、彼は冷静さを取り戻させるべく声をかけた。
「お、おじい様。嬉しいのは分かりますが、涙で床の研究資料が濡れてしまっていますよ? 大切なものではないのですか?」
「んなもん、もうどうでもよい!」
「えぇっ!?」「おぉっ!?」
合わせていた前足を地におろすと同時に、床に散乱していた紙の資料を横にベッと追いやった。
研究狂いの彼が自分が書き上げた資料。地面に放置していることは多々あるものの、それは彼なりにどこにどう置いてあるのかはちゃんと把握してのことであり、粗雑に扱っているつもりはない。だというのに、今回はその資料を邪魔だとばかりに粗雑に扱った。
そんなところなど見たことがないリゲンハイトとロルグルムは、2人そろって目を丸くした。
そんな2人に対して、リグンアロフは熱のこもった言葉を投げかけた。
「今までの研究も確かに楽しかった、そして本気だった……。
けれど心のどこかで本当にこの研究題材は、私の残り少ない人生を使ってやるほどのことなのだろうか……とも思っておったのだ」
「はぁ、おじい様は研究できれば題材はどんな竜でもいいと思っていたのですが、違ったのですね」
「いや、本質的にはどんな題材でも楽しいんじゃがな!」
「どっちですか……」
「そういう心のシミみたいなものが、私にもあったということだ。けれど今、そのシミは私の涙と共に綺麗に流れ落ちた!」
『なんかそこはかとなく嫌な予感がしてきたんだが』
『まあ、この流れからすると答えはそう多くないっすからねぇ』
「そうっ──!」
もうファン太のことは自分たちで何とかしようと心に決めて、さっさと退散してしまおうかと竜郎が思った矢先、リグンアロフが右前足を上げてビシッと竜郎を爪で指さした。
「──君だぁあああ!! タツロウくん! 私の残りの人生全てをかけて、君を研究すると決めたぞ!」
「あー……勝手に決めないで貰えます?」
「さぁ、私と未知を切り開こうではないか!」
「えーと、僕の声聞こえてます?」
まるで話が通じない老竜に、竜郎は「これどうすんの?」という視線を孫とロルグルムに向けて助けを求めた。
それに対してロルグルムの方は「そんなこと言われてもなぁ」というように肩をすくめたが、リゲンハイトは「お任せあれ!」と竜郎に頼られたことが嬉しいのか、キラーン☆と歯を見せてウインクしてみせた。
そしてそのままリグンアロフに頭突きをかます勢いで顔を近づけ、怒鳴りつけるように言葉を発した。
「おじい様! この方はおじい様の研究に付き合っているほど暇ではないのですよ! いい加減にしてください!」
「私の研究以上に大事なことがあるとでもいうのか!」
「ありますよ! 大体ですね──」
そこからの舌戦は、もはや一方的だった。
同じ研究仲間たちとも舌戦を繰り広げることもあるため、むしろ言葉の戦いも得意分野と言えるリグンアロフ。
だがそれ以上にリゲンハイトはペラペラと口も頭も回り、あらゆる方面から正論を叩きつけ、相手の言論の上げ足を取り絡めとって自分の有意な場に容赦なく叩き落とす。
そしてその言葉の剣は、容赦なくリグンアロフの言論の急所を切り裂き抉って勝利を収めてしまった。
「ぐぬぬっ……、相変わらず恐ろしく口が達者なやつだな。仕方がない、今回はひとまず諦めよう」
「お褒め頂き光栄ですよ、おじい様。あと今回だけでなく、これからも諦めてください」
『──、────(見事なまでに、完璧な言葉の選び方でしたね)』
『────、────(こうして実際に目の当たりにすると、優秀なのが分かりますね)』
魔力頭脳が宿る月読や天照でさえも驚くほどの思考力の高さに、臆面もなく息子が優秀だと言ったマルティントが決して親馬鹿でないことがよく理解でき唖然とする愛衣たち。
『今、俺の中でリゲンハイトの好感度爆上がり中だ!』
そんな中で竜郎だけは1人、面倒事が退けられたことに喜んだ。
その後、冷静さを取り戻した……といっても半分いじけているリグンアロフに今回の目的であるファン太について相談することに。
「ふむ、気位が高い魔竜はそれなりに多い。同じような魔竜は私も見てきたし、これまでの例からしても、ここに預けてもらえれば最低限の他者への礼儀を学ばせられる可能性は高いだろう」
「ほんとですか!」
「ああ、そこでだ。私が預かる代わりに、タツロウくんを研究させて──」
「往生際が悪いですね、おじい様。その交換条件は飲めませんよ。
既にその件については我が父と約束が取りなされているのですから、お義父様が望まれるのであれば、おじい様側に受け入れの可否を決める権利はございませんので」
「なんじゃと!? 勝手に条件を決めるとは、あやつ何様のつもりだ!」
「王様なのでは? おじい様が自ら王位を譲り渡しましたよね」
「ちぃっ! そうだった!」
その調子でクルクルとリゲンハイトに丸め込まれ、リグンアロフは無条件でファン太への教育を施してくれることを了承してくれた。
「ふぅ、これで一件落着か」と竜郎がほっと一息吐きながら、味方につけたときのリゲンハイトの心強さに感心していると、当の彼が何かを思い出したかのようにこの部屋の入ってきたときとは別の、いくつかある内の1つの扉へ視線を向けた。
「そういえば、あの子はどうなりましたか?」
「あの子? あぁ、お前が連れてきたあの魔竜の子供か。まだ精神的に不安定で、ちゃんとした治療すら施せてはいないぞ。
あれは時間をかけてじっくりやらねばならぬだろうて」
「そうですか……」
「えっと、治療がどうのって、何か危ない状態の魔竜の子供があっちにいるの? リゲンハイトさん」
「実はですね、お義母さま──」
数か月前のこと。リゲンハイトはいつものように外を出歩き、民たちの生活を見て周っていたのだが、そのときにひどく傷ついた魔竜の子供を見つけたのだという。
「それがただ傷ついているだけ、というのなら私が治療することも可能でした。けれど──」
話しながらリゲンハイトは先ほど視線を向けていた扉の方へと歩いていき、そっと小さく開けると覗き込むようにして中を見た。
竜郎たちもつられるようにして、こそこそと中を見てみれば──。
「なにあれ……ひどい……」
「あの傷は……自然界での戦いで負った傷じゃないんじゃないか?」
そこにいたのは、全長40センチほどの小さな幼い竜。
体には無数の治りかけの傷が残り、四肢はなく、尻尾も切断されている。肉付きも悪くガリガリで、衰弱しているのか呼吸も浅い。
そしてそんな傷を見た竜郎は、まるで殺さないようにワザと痛めつけるようにして付けられたように感じた。
「さすがお義父様。分かりますか。あの小さな魔竜は、とある竜に飼われ虐待されていたのです。
そこをこの私が発見し救出し、そのとある竜には裁きを下しました」
「……そうか。竜界隈でもそんなことがあるんだな」
「竜であろうと愚か者はいますからね。そのときのことが心的外傷となり、少しでも近くで魔法を使おうとすると暴れて治療すらできないのです」
あの状態で暴れれば、傷を治す前に死んでしまうだろう。
なので最低限の処置だけを施し、もう少し傷が自力で治るまで待っているのだとか。
もっと小さいころから魔法で痛めつけられていたのと、元からの才能もあって、あの魔竜の魔法への感覚は極めて鋭敏で、魔法を使おうとする些細な竜力や魔力の動きですら看破する。
なのでばれないように催眠をかけたり、眠らせたりすることすらできそうにないという。
「それはまた、ひどいっすね」
「でしょう。私が助けたからか、私には少し懐いてくれているような気はするのですが、魔法を使おうとすると私でも無理なのです」
「なるほど……。だがあの傷くらいは何とかしてあげたいな」
「だね。自分で戦って傷ついたのならまだしも、そうじゃないんだし……」
愛衣が悲しそうな顔をするので、竜郎は具体的にどうにかできないか考えて、"たぶん"いけそうな方法と、まず間違いなくいける方法の2つの案がパッと思い浮かんだ。
その2案の中で竜郎は、見られても当たり障りのない"たぶん"いけそうな方法を試せないかリグンアロフやリゲンハイトに提案してみることにするのであった。
「ちょっと考えがあるんですが、やってみてもいいですか?」
「さすが私のお義父さま!」「ほう。それはどんなものだろうか?」
「あのですね──」
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。