第199話 変わり者の血筋?
魔竜調教施設──エルカロイ。
この施設の始まりは、初代イフィゲニア帝国皇帝──セテプエンイフィゲニアの全盛時代にまで遡る。
当時の聖雷のドルシオン種の竜王が、稀有な能力を持った魔竜を発見したときに、それを国防に役立てられないかと考えたのがきっかけだった。
魔竜とは知性が人間よりも劣る魔物としての竜。けれど能力は竜として相応しく、強い個体も多い。
さらにその中であまり見られない能力を持っていたりすると、ただここで敵として始末してしまうのは惜しいとドルシオンの竜王は思ったのだ。
そこで一番に思いつくのはテイム契約。これならば契約を結ぶことができれば、こちらに牙を向けられる心配もなく安心して共存できる。
しかしテイムするとなると、そのための人材が必要になる。具体的にはテイムに特化した人材を。
こちらも竜ではあるが、あちらも竜。そこいらの魔物をテイムするのとはわけが違う。
そのため求められる人材は、かなり優秀なテイマーとしての資質を持つものに限られてしまう。
そうなると一匹や二匹ならばどうとでもなるが、数が増えてくるといくら種族的に優れているとしても人材に限界もある。
魔竜は戦力として本当に役に立つ。できればたくさんの魔竜を抱え込みたいけれど、テイマーを何人も用意するのは難しい。
またテイマーではない人材とも、弱点を補うようなパートナーとして一緒に戦えるようになればなおいい。
『うちらの世界で言うところの警察犬とか、そういう訓練された動物さんたちのことだと思えばいいのかな? たつろー』
『かもしれないな。確かにテイムほど安定した運用は難しいかもしれないが、大雑把に言うことを聞かせることができるようになるだけでも、魔竜を用いる利点は大きそうだ』
そんな理念の元、当時のドルシオン王国の竜王は一念発起し、国策としてテイム契約に頼らず魔竜を教育し、イフィゲニア帝国や竜王国のために共存していける竜の育成方法を非常に長い年月をかけて研究し続け、後に十分実用にたる成果を収めた。
そのドルシオン王国の功績は、イフィゲニアやニーリナを含む九星たちからも称賛を受け、その施設に対して『エルカロイ』という名までイフィゲニアが与え、今でも帝国史に偉業として記録されているほどである。
「さすが私のご先祖様だと、私も鼻が高いですねぇ」
「其方は何度聞いてもそう言うなぁ」
過去の自国の偉業に鼻高々に胸を張るリゲンハイト。
先祖を敬うのはいいが、その頭に必ず『私の』を付ける彼にマルティントは大きくため息を漏らした。
と、そういう経緯もあって魔竜調教施設──エルカロイは、今も国家事業として脈々と受け継がれ、竜王一族とも深く結びついているところになっているのだとか。
なので引退した竜王など王族関係者が責任者として、代々置かれていたりもする。
「確か今の責任者はマルティントさんの御父上にあたる方でしたよね?」
「ああ、現在の責任者はドルシオン王国の前竜王にして我が父、そしてリゲンハイトの祖父であるリグンアロフだ。
もともと研究者気質だったこともあって、私が政を十分に回せるようになったと判断するや否や、すぐに王位を譲ってあそこに引きこもって魔竜の生態調査に嬉々として勤しんでいる。
まったく私の身内はどうしてこう癖の強いものばかりなんだ……」
リグンアロフの引きこもり具合は筋金入りで、彼が完全に政治の表舞台から引退した後に生まれたイシュタルは、その顔をまともに見たことがないというのは竜郎たちもなんとなく聞き及んでいたが、マルティントの顔を見るに相当なようだ。
そしてそんな研究狂いの父親とナルシストの息子を持つマルティントは、もちろん世間的に見て優秀ではあるが、突き抜けて優秀というわけでもなく、その精神性は普通。
変わり者たちに挟まれて苦労もあったのだろう。王妃であるクローフェが「まあまあ」と彼の肩をポンポンと叩いて慰めた。
『奥さんは普通みたいっすね』
『────、────────。(変わり者の父親に振り回されていたのなら、余計にそういう人を選びたくなるのでしょう』
月読の念話に、竜郎たち一同も同意だと小さく頷いた。
その頃には妻に癒されたのか、マルティントも幾分元気を取り戻してこちらに視線を向けてきた。
「さて、おおよその説明をしたところで、どうする?
本来ならばあそこでの技術や知識は我が国の産業でもあり、秘匿すべきもの。
外部の人間をおいそれと内部に入れるわけにはいかないのだが、タツロウくんたちなら特別に連れて行くことも構わないと考えているし、件のファンタなる魔竜を預かることもやぶさかではないのだが」
『特別』をことさら強調していっているあたり、恩に着てくれるよね? と言いたいのだろう。
さすがに懇切丁寧に技術と知識を教えてはくれないようだが、施設に外部の人間を入れることすら滅多にない。
さらにファン太に根付いている傲慢さを薄れさせるという、外部からの依頼まで受けてくれることなどもっとないのだから、それでもこの国にとってはかなりの特別待遇なのは間違いないはずだ。
竜郎は『分かっていますよ』という意味を込めて、にこりと微笑むのだった。
忙しい時はおいておいて、可能ならばドルシオン王国側の呼びかけによって、ドロシーやアーシェたちとの歓談の場を何度か設けて便宜を図るという約束を取り付けた後、さっそく竜郎たちはエルカロイに招かれることになった。
場所は王城からほど近く、そう時間もかからないということでマルティントが自ら案内を買って出てくれたのだが、それに対してリゲンハイトから異議が飛んだ。
「父上もお忙しい身。ここは私にお任せください」
「む? 今日のために予定は空けてあるのだから、別に構わないのだが?」
「それなら別に私でも構わないでしょう?」
「うーむ……」
王と王子が一緒に行ってもいいのだが、今回は非公式の会談だ。なのに2人揃って行動すると目立ってしょうがない。
となるとマルティントとしてはリゲンハイトにまだ十分に慣れていない竜郎を任せるのが不安だったために、さらっとメンバーから外していたのだが、彼の表情を見るに無理そうだ。
純粋な武力ならまだ負けるつもりは毛頭ないが、話術も達者なリゲンハイトに口で勝てる自信はなく……マルティントはまた深い溜息を吐きながら、彼にその立場を譲ることにした。
「では参りましょう、ロルグルム様。お義父様がた」
「おう」「ええ、頼みます」
お忍びで向かえるルートを進み、本当にすぐエルカロイに辿り着いた。
魔竜を扱うこと。さらに特殊な知識や技術を用いることもあって、内からも外からも、簡単には出られないほどに厳重な、この国では珍しくドルシオン鉱石ではないより硬い建材を用いた外壁や柵が幾重にも敷かれた巨大な施設。
そこへリゲンハイトの権限でもって、ロルグルムと竜郎たちは裏口にあたるそれでも巨大な扉を通って中に入っていく。
「ギャーーーーーース!」「ギュルルルルゥ!」「ウガーーー!」
「うわっ、なんの鳴き声?」
「ここにいる魔竜のものっぽいな」
外には音が漏れないようにしてある仕掛けがあったようで、入った瞬間に方々から様々な竜の鳴き声が耳に飛び込んでくる。
何事かと思わず声を漏らした愛衣に答えながら、竜郎は耳を無意識のままに押さえて周囲を観察する。
中は病院のように白で統一されており、清潔感のある広い廊下が伸びている。
外側は王城と同じくドルシオン鉱石でできていたが、内側は外壁と同じように別のより頑丈な白い建材が使われている。
そして頑丈そうな大きな扉が廊下を挟んだ左右の壁に等間隔に並んでおり、その向こうは見えずとも中にいるであろう魔竜たちの鳴き声が響いていた。
「外周部分の魔竜たちは、まだ教育が行き届いていないものが多いのです。高貴なる私や皆様の力に反応して……というのもあってか、今日は一段と歓迎の声が大きいようですが、あまりお気になさらず」
隠していても強そうな力の気配を感じて、舐められないよう魔竜たちは精一杯の威嚇をしているようだ。
ガンガンと扉の向こう側を叩く、殴る、頭突き、突進などなど鳴き声以外にも荒々しい気配に満たされていく。
『まるで猛獣館に来たみたいですの』
『ヒヒーン、ヒンヒヒーーン(あははー、それ言えてるかもー)』
『てか、魔竜も猛獣みたいなもんだしねぇ』
しかしそんな中でも竜郎たちはもちろんのこと、幼い幼竜たちも意に介さず、うるさいなぁ程度の感想を胸に奥へと進んでいくリゲンハイトの背中を追う。
ロルグルムもここは初めてなのか、彼より先に進むことなく大人しくついてきている。
うねうねと複雑な道順を歩き、いくつかの厳重な3重扉も通り、施設の中央部に向かっていく。
それにつれて周囲の騒がしい音も次第に静かになっていき、最奥部にほど近い場所までくれば、時折扉の向こうにいるであろう魔竜が理性的に鳴く声が聞こえる程度にまでなっていた。
ピタリとリゲンハイトが足を止める。まだ奥へと続く道はあるが、今日の目的地はここのようだ。
第1研究室と書かれた札が付いた扉を、リゲンハイトは遠慮なくガンガンと叩いてノックした。
「おじい様。リゲンハイトです」
「…………………………」
しかし返事はこず、代わりに周辺の部屋にいる魔竜たちが反応して何体かが鳴き声を上げるだけ。
「ありゃりゃりゃ、今日はお留守かな?」
「いいえ、お義母さま。今日伺うことは連絡してあったのですから、いるはずですし、そうでなくともおじいさまが出かけていることなどありえません」
「おか……まあ、いいや。でもそれじゃあ、なんで返事がないの?」
「大方、何かに夢中になってこっちの声なんて聞こえてねーんだろうよ。あいつは昔っからそうだからな。
おい、リゲンハイム。俺が許可する、とっとと開けちまいな」
じっとしているのが嫌なのか、ロルグルムがそう彼に命じた。王族よりも上の立場に言われては、リゲンハイトにも否はない。というよりも、彼もそのつもりだったようだ。
心得たとばかりに大きく頷くと、外側からリゲンハイトがここまで来るのにも使用していた鍵でロックを外し大きく扉をあけ放つ。
「おじい様。自慢の孫がやってきましたよ!」
「………………」
竜郎たちはともかく、よく自分より目上のロルグルムもいる中で堂々と自慢の孫と豪語できるなと、若干慣れつつありながらも呆れている中、リゲンハイトはズカズカと我が物顔で祖父の研究室へと入っていく。
その後ろに続くようにして中を覗いてみれば、多少大型の竜も難なく活動できるほどの広さを持つ白い部屋で、その左右の壁にはまた扉が複数ある。
中は雑然としていて、床には竜郎よりも大きな紙の束が散らばっている。
『────、────(この部屋の主は掃除が好きではないようですね)』
『先王なら側仕えとかいそうなもんだけど、そういう人もいなさそうだな』
天照の言葉に相槌を打ちながら部屋を見渡しても奥の大きな机に向かって、こちらが入ってきたことにも気が付かず、一心不乱に書き物をしている神格者特有の気配を放つ老竜がただ1人だけ。
「おじい様。私が来ているというのに、無視とは凄いですね!」
「おわっ、なんじゃ!?」
老竜──リグンアロフが爪で器用に持っている筆を、これまた器用にリゲンハイトがさっと抜き取った。
突如消えた筆の行方を捜し顔をあげれば、そこに孫がいることに驚きの声をリグンアロフが上げる。
『私というよりも、ロルグルムさんがいるのに無視するほうが凄いと思うけど……』
『気にするだけ無駄っすよ、かーさん』
『そだね……』
愛衣とアテナが念話で話している間に、リゲンハイトがロルグルムや竜郎たちが来ていることを報告していた。
「なにっ!? こんな引きこもった場所にロルグルム様が!?」
「おう、久しぶりだなリグンアロフ。随分老けたもんだ」
「お、お久しぶりにございます……ロルグルム様。………………ほんとにいらっしゃいますな」
ロルグルムは大自然に囲まれている場所を好み、あまり建物の中には入りたがらない。
さらに洞窟など周囲を壁に囲まれた場所の奥深くにいると、ソワソワしてしまうので、普段は絶対にこんな建物の内部まではこないのだ。
そんな彼がここまで来ていることに、リグンアロフは目を真ん丸にして驚くが、ふと何かに気が付いたように満面の笑みを浮かべた。
「ああっ! もしや私にあなた様の体を研究させてくれるのですね! ささっ、こちらにどうぞ!」
「ちげーよ! ったく、体は老いても、心はほんと変わんねーな。
というか、リゲンハイト。こいつに俺たちが来ることを知らせてなかったのか?」
「そんなことはありません。重要なことですから、しっかりと父上自らがご報告したと言っておりました。
──あっ! もしや聞いたふりをしていただけで、その時も別のことを考えていらっしゃいましたね!」
「はて? どうじゃったか。マルティントの奴が最近来ていたような気もするが……ふむ。おや、そちらはどなたかな?」
まあ、そんなことはこの際いいかとあっさり思い出すのをやめると、その好奇心旺盛な瞳を光らせながら、リグンアロフは竜郎たちに視線を向けてきた。
「おやおやっ! ちっこい同族のお嬢さんがいるじゃないか!? おいリゲンハイト。お前、いつの間に子を作ったのだ? この老いぼれにも教えてくれればいいものを」
「そのお嬢さん方についてもご報告されているはずですよ! 本当に何も聞いていなかったのですね!
本当に皆さま、申し訳ありません。お義父さまがたも、この完璧な私の祖父が、このように変わり者で驚かれたでしょう」
「あはは……そうですね……」
「その我が道を行くところがそっくりだ」「まぎれもなくあんたの爺さんだ」──そんな言葉をごくりと飲み込み、竜郎たちは愛想笑いを浮かべるのであった。
前後する可能性はありますが、木曜更新予定です。