第197話 ドルシオン王国へ
幼竜たちの教育について話を聞いてから、また数日の時が経つ。
その間、竜郎たちは養殖や酒造などに加えて、パトロンとなった芸術家たちから作品を何作か買い取ったり、地球に帰ってからのテストに向けての勉強などもこなして、向こうでの準備も進めていく中、いつものようにイシュタルからドルシオン王国の王子が描かれた絵巻を受け取った。
さっそく反応を見ようと、竜郎は今回件の王国で主役となるドルシオン種の姉──ドロシーと、その亜種である妹──アーシェの元へと愛衣と菖蒲、楓を連れて向かうことに。
何人かに見かけてないか声をかけながら、フラフラと探していると2体はカルディナ城から少し離れた平原で、フレイヤ相手に戦い……という名のじゃれ合いをしていた。
「おりょ、フレイヤちゃんが相手をしてくれてるなんて珍しいねぇ」
「最近はちょこちょこ、ちびっ子たちの相手をしてくれてるって話はウリエルから聞いてるから、珍しいってことはもうないかもしれないけどな。
ただまあ、ガウェインとか大人相手の模擬戦はめんどくさがって逃げてるみたいだが」
「フレイヤちゃんは、子供が好きなのかな?」
「「あーう?」」
「かもしれないな。しかしこれを見ていると、ルシアンじゃなくても最低限の常識は必要じゃないかと思ってくるな」
「とゆーと?」
「大人はああしてじゃれついても大丈夫だと思われても困るってことだよ」
「あー、なるほどねぇ」
そういって向ける視線の先では、小さなタテガミが生えた白い鱗を持つライオンのような姿をしているドルシオン種のドロシーとその亜種アーシェは、フレイヤの周りを息を合わせて駆け回り、雷撃や爪での攻撃を容赦なく浴びせていく。
その一撃一撃に込められた威力は、一般人であれば掠っただけで骨すら残さず消え去るほどのものなのだが、それを前にあくび交じりに片手だけを動かし、一歩も動くことなくフレイヤは全てをさばききっていた。
「「ガウガウッ!」」
「はいはい、頑張るといいですわ~」
カルディナ城周辺に出没する魔物は、もはやドロシーたちの敵ではなく、ちょっと本気を出せばすぐにいなくなってしまうものばかり。
そんな中で全力でじゃれついても平然としているフレイヤを含めた竜郎たちの仲間は、彼女たちにとってはとてもよい遊び相手のようだ。
適当にあしらわれていても面白いのか、ドロシーとアーシェはご機嫌でフレイヤに挑み続ける。
なかなかにエンジョイしているので、竜郎たちはしばらくその光景を見守ることにした。
ほどなく暴れて満足したのか飽きたのか、ドロシーたちはフレイヤの足元でごろんと転がった。
フレイヤもそれを見て「やれやれ」といった表情で上にのしかからないようにとドロシーたちを持ち上げ、今度は自分がそこに寝転がると両脇に二体を転がした。
そしてそのまま仲良くお昼ねムードに入ってしまいそうだったので、竜郎たちは慌てて駆け寄った。
「おーい、今ちょっといいかー」
「なんですの~? 主様~」
「「ガウ~?」」
眠たげな声でフレイヤとドロシーたちが半身を起こして、こちらに注目してくる。
竜郎はそこで絵巻を広げながら、3人に……というよりはドロシーとアーシェに向かって王子の尊顔を見せてみた。
「「ガーウガウー」」
おーなんか私たちに似てるー、つよそーといった感情がドロシーたちから伝わってくる中、フレイヤはその絵を見て眉根をひそめた。
「なんですの? この方は」
「ドルシオン王国の王子様だよ、フレイヤちゃん。なんか気になるとこでもあるの?」
「なんといいますか、絵からでも私が苦手そうなオーラが伝わってくるようですわ」
「苦手そうなオーラ?」
竜郎はピンとこず、広げた絵巻に描かれた王子の姿をよく見てみる。
そこには最近会った竜王であるレノフムスと同じくらいの若々しさを感じされる姿ながら、凛と胸を張り自信に裏打ちされた爽やかな笑顔を浮かべた好青年のように感じるものが描かれていた。
その笑顔からも厭味ったらしい印象はなく、竜郎はどちらかというと好印象を覚えるもので、フレイヤの言葉に首を傾げた。
しかし愛衣にはなんとなく、彼女の言いたいことが分かったようだ。苦笑しながらフレイヤに向かって口を開いた。
「ん~でも確かに、なんか分かるかも。フレイヤちゃんは苦手そうかもね。
なんかいかにも爽やか元気で、グイグイ引っ張っていくようなタイプに見えるし」
「ですわ。なんだか近くにいると疲れてしまいそうですの。とはいえ、私が結婚する相手ではないですし、どうでもいいと言えばどうでもいいですが」
基本的に引きこもりがちなフレイヤからすれば、同じく領地からそうそう出てこない竜王とその縁者に関わることはない。
よかったよかったとばかりに興味を失い、起こした上半身をまた地面におろして目を閉じた。
それをみたドロシーたちも、絵を見ることに飽きたのか、同じように彼女の横に並んでお昼寝をはじめてしまうのであった。
翌日。相手の都合もいいということでさっそくドルシオン王国へと行くことに。
竜郎はカルディナと分霊神器で繋がり、背中から翼を生やして竜化して、その周りにはジャンヌ、奈々、アテナや竜郎がもつ杖に天照、身に着けているコートに入っている月読と万全な状態。
それに加えて愛衣、楓、菖蒲、縛呪のイルイス種である新竜王種系統のイルバとアルバ。そして主役のドロシーとアーシェ、見送りのニーナたち。
ちなみにファン太はいきなり連れて行っても迷惑だろうということで、ひとまずお留守番。
いろいろと話を聞いて、受け入れてもらえそう、また預けても大丈夫そうであれば、転移で連れていく予定である。
全員でいつものようにエーゲリアと今回連れて行ってくれるという竜を、海を見ながらのんびりと待っていると、やがて転移魔法の兆しが海面に現れた。
「こんにちは。今日もよろしくね」
「こんにちは。こちらこそ、よろしくお願いします。それで、そちらにいるのが、今回案内してくれる?」
「おう! 俺の名前はロルグルム! よろしくな!」
はきはきと威勢よく名乗ってきたその竜は、竜郎たちが初めて見る竜だった。
特徴としてはまず小さい。全長30センチほどしかない。
けれどそれよりもっと特徴的なのは、その体。
ロルグルムには目も耳も口もなく、骨も皮も肉もない。では何があるのかと言えば紫色の『雷』である。
まるで紫電をかき集め、竜の形をした透明な入れ物に収めたかのような体をしているのだ。
「雷精の竜といったところっすかね?」
「そうさ! だから基本的になりはちっさくしてっけど、こんなふうに──」
風船で膨らませたかのようにロルグルムの体が膨らんで大きくなっていき、あっという間に30センチから10メートルほどの雷精竜に変化する。
「──でかくなることもできるってわけだ!」
彼は戦闘能力もさるころながら、普段は文字通り雷の如き速さで駆け抜け、エーゲリアの言葉を名代として直接あちこちに届けたりしているメッセンジャーのような役割をしているとのこと。
軽く竜郎たち全員とあいさつを交わし終わると、エーゲリアに別れの言葉を告げ、さっそく出発することになった。
「付いてこれなきゃ、置いてくぜぇえええええっ!」
「あっ、ちょっ──じゃあ、これで! ニーナもまたな。いくぞ、みんな」
「いってらっしゃーい」「いってらっしゃい」
せっかちな性格なのか、竜郎たちのことを待たずにドルシオン王国に向かってバチバチと雷を散らしながら飛んでいく。
慌てて竜郎たちもニーナとエーゲリアに別れを告げて、その後を追っていった。
速度が速度だけに何度か関所に寄ったものの、あっという間に竜郎たちはドルシオン王国の領内へと入っていく。
やはりここもドルシオン種が長く繁栄したことを示すように、白いドルシオン鉱石による建物が立ち並ぶ。
そんな街並みが流れていくのを見つめていると、すぐにキラキラと輝く高純度のドルシオン鉱石で作られた城が見えてくる。
「よっしゃ着いたぜ! んじゃあ、案内してくれ!」
「はっ、はい。えっと──タツロウ様がたも、こちらでございますっ」
竜郎たちが着地し一息つこうとする前に、ロルグルムは待っていたドロシーたちに似た風体の、おそらくここの王族の系譜の者であろう竜に命じて先へシューっと行ってしまう。
案内人としてここにきている彼よりも先に行ってしまうロルグルムに目を白黒させながら、彼は竜郎たちも置いていくわけにはいかないとあって、慌ててこちらを手招きして案内しようとする。
「分かりました。案内を、よろしくお願いします」
「はい! こちらです!」
案内しろと言っておきながら先に行くなよと竜郎たちは思いながらも、慌ててロルグルムのあとを追う竜の後ろを小走りで付いていく羽目になった。
彼が竜郎たちを王たちの前に連れてきたころには、とっくにロルグルムは挨拶を終えて待っていた。
「おう! やっときたか!」
「やっときたか、じゃないですよ。なんで案内の人より先に行くんですか」
「わけーんだから、こまけーこと気にしなさんなっての」
「はははっ、相変わらずですな、ロルグルム様は」
竜郎が苦言を呈しても何のそのと開き直るロルグルムに、ドルシオン王国国王──マルティントが笑いかける。
そして改めましてと枕詞を付けてから、竜郎たちに向き直った。
「私の名前はマルティントだ。よろしく頼む。ようこそ、ドルシオン王国へ。
それとロルグルム様はこれが常態なので、気にしないほうがいいぞ。タツロウくん」
「竜郎・波佐見です。分かりました。気にしないことにします」
マルティントはまさに王と呼ばれる相応しい風格を持ち、巨大なライオンのような風体をした竜だった。
そして周囲の空気は微量ながら聖なる気で満ちており、邪竜である奈々は少し嫌そうな顔をしている。
とはいえ彼女は目の前の竜王にも負けない力も持っているので、人間で言えば少し埃っぽいところに来たくらいの感覚でしかないのだが。
「「ガウー……」」
そしてドロシーとアーシェ。彼女たちは自分たちの未来像であるマルティントに、ぼけーと、人の言葉にするのなら「すごー……」とただただ見上げていた。
「それでこっちが──」
竜郎が気にするのを止めると朗らかに笑みを浮かべながら、左隣の少し奥にいる雷龍を紹介してくれる。
「妻のクローフェです」
大きさは7メートルほどだが、神格竜として相応しい力を持っているのはしっかりと伝わってくる龍が、ニコリと笑って挨拶してくれた。
そしてそのまま右隣にいた、マルティントとそっくりな、若いドルシオン種の王子へと紹介は移っていき──。
「そしてこっちにいるのが──」
「リゲンハイトです。どうぞよろしく、お義父さま」
リゲンハイトと名乗った竜は、ニカッと白くとがった立派な牙を見せ、竜郎に向かってウインクしてきたのであった。
『あー、確かにフレイヤは苦手そうかもしれない……』
『ふふっ、でしょー』
次話の投稿日は未定です。遅くても一週間ほどで投稿できると思います。