第195話 町長への報告
その翌日。竜郎たちはここエデペン山を保有するリマーイ国内にあるマイスア町の町長──馬獣人のハモイ・ルロンに面会すべく、以前話をした役場を目指して戻ってきた。
すると役場の前にはギヨームの遺跡に近寄らせないようにと伝言を頼んだ、エルウィン・ディカード率いる冒険者パーティが立っていた。
のんびり歩いて来る竜郎たちを発見すると、慌ててこちらに走ってきた。
どうやら竜郎たちが来るのを待っていてくれていたらしい。
「おおっ、帰ってきたか。なにかあるとは思っていなかったが、それでも安心した」
「はい、おかげさまで全員何事もなくぴんぴんしてますよ。な?」
竜郎たちというよりも、視線が幼女にしか見えない楓と菖蒲たちのことを心配していたようだったので、彼女たちの頭を彼はそっと撫でた。
「「うー」」
「ははっ、のようだな」
「ええ。ああ、それと、伝言ありがとうございました。おかげで憂いなく対処することができました」
「少しでも役に立てたのならよかった。それで、あの者たちがどうなったのか聞いていいか?
話せないというのなら大人しく引くが、あれが何だったのか後学のために知っておきたいんだ」
ただのチンピラが一晩明けたら彼らの目の前で化け物じみた能力を使うようになったなど、まずありえない現象だっただけに、そちらについての情報を知っておきたかったようだ。
また同じような輩に出くわしたときに、どう対処するのか正解知りたいというのも無理からぬ話だろう。
「その件についてちょうど町長のハモイさんに話しに来たので、聞きたいのなら一緒にお話ししますよ。どうですか?」
「それは是非もない。同行させてもらおう」
などと竜郎たちが役場の前で話している間に、ハモイ側にも戻ってきたことが伝わっていたらしく、彼女の秘書でもある男性エルフ──リェフが会話が切れたところを見計らって声をかけてきた。
リェフにエルウィンたちの同行の是非を確認し、いいということなので大勢でぞろぞろと会議室のようなコの字に長机が並ぶ大きな部屋へと通された。
客間では手狭だと判断して急遽こちらにしたのだろう。リェフは好きな場所に座るように告げ、竜郎たち全員分の飲み物を出すよう下の者に指示してから、別の部屋で待っているハモイを連れに一度退出していった。
のんびりとお茶をすすりながら2~3分も待っていると、やや早歩きな足音が耳に響いてくる。
ノックがなり、竜郎たちが返事をするとリェフがハモイを連れて戻ってきた。
「リェフに聞いてはいましたが、そのご様子ですと大事はすでに過ぎ去ったと考えてよろしいようですわね」
「はい。少々ごたつきましたが、もう危険はないと断言していいと思います」
緊急性はもうないと知り、ハモイは安堵の息をこぼすと、軽く竜郎たちとエルウィンたちに挨拶をしてから、竜郎たちが固まって座っている対面側へとゆっくり腰を下ろした。
「では、できる範囲でご説明願いますでしょうか。タツロウ様」
「分かりました。ではまず最初に被害報告から。
エルウィンさんたちと交戦した男たちは全員殺されてしまいましたが、他の一般市民や冒険者への被害は見受けられませんでした」
市民への被害が一番気がかりだったハモイは、殺されたということが気になりながらも、ひとまず良かったと小さく声を漏らした。
エルウィンたちも、早期に危険を発見し対処できたのだろうと安堵する。
「次に具体的な報告ですが、端的に言ってしまうと今回の事件は、エルウィンさんたちが交戦した場所の下にあった地下遺跡に住み着いていたアンデッドたちにより引き起こされたものでした」
「アンデッドたち……? それではあの男の異常な力は、そのアンデッドがやったということでいいのだろうか?」
「あそこにいたのは少し厄介なアンデッドでして、対象の人間に入り込んで寄生し、人間を魔物に近い存在に作り変えてしまうという能力を持っていたんです」
「なんておぞましい……」
竜郎はギヨームの名誉を守るために、犠牲になった男たちには悪いが、昨日考えた嘘の情報をハモイたちに話していった。
大筋としては──寄生型特殊アンデッドの群れに、男は宿主とされてしまったために、一時的に妙な力に目覚めてしまった。
それで強くなったと勘違いした男は、自分の子分たちにも寄生させるためにあそこにいった。
しかし追いかけてきた竜郎たちに抗うために、無理にアンデッド側が男たちを強化しようと大量に寄生したせいで、男たちは一時の強力な力と引き換えに全員容量オーバーで体が耐えきれずに死んでしまった。
その後、竜郎たちは塵一つなくアンデッドたちを消し去り、事態を収束させた──というものである。
少しばかり荒唐無稽すぎるかとも思ったが、竜郎たちの発言ということであっさりと信じてくれた。
「そんなアンデッドがこの世に存在するとはな……恐ろしい限りだね。しかしそうなると、あの男が逃げる時に言っていたシンプとかいうのは何だったんだろうか?」
「ああ、それはアンデッドの生前が神職だったみたいで、霊体の恰好が神父のような衣装を着ていたんですよ。だからでしょうね」
「神職を務めていた人間がアンデッドなんて、笑えないねぇ……」
エルウィンの質問にこれまた竜郎が適当な話をでっちあげると、彼の隣に座っていたトラ獣人の女性がなんとも言えない苦い表情で皆が言いたかったことを口にした。
「で、ですが、その脅威は完全に過ぎ去ったのですよね? タツロウ様」
「もちろんです。念入りに浄化しましたし、付近の地上も含め隅々まで調査して一体残らず滅んだことは確認済みです」
「さすがですわっ! ほんとうにありがとうございました!! この町の代表として、深く感謝を」
「頭を上げてください。乗りかかった船ですから、お気になさらず。それに、思わぬことも知れましたしね」
「はい? 思わぬことですか? もっ、もしや幻の果物の消息について、そのアンデッドの遺跡でなにか分かったのですかっ?」
「消息についてといいますか、それ自体はもう見つけてきましたよ」
そう言いながらルティが別れ際にお土産として渡してくれた、ラペリベレの心臓という名の幻の果実を、机の上にポンと置いた。
竜郎たち以外の面々の目が、まさに点となる。
「あー……、まさか、本当に?」
誰も嘘を言っているなどとは思っていないが、これまでに多くの人間が血眼になって探していた、本当に幻だったのではとすら言われていた果物を、たった数日であっさりと見つけてしまった現実を受け入れられなかったようだ。
エルウィンが若干頬を引きつらせながら、竜郎に問いかけてきた。
「もちろん、本当ですよ、エルウィンさん」
「よく見つけてきましたね……。いくらタツロウ様がたでも、もう少しかかると思っていましたわ」
「だてに世界最高のランクじゃないってことかねぇ」
自分たちとは縁遠いランクだっただけに、ただ漠然と凄い団体という認識しかできていなかったエルウィンたちやハモイたちも、ここにきてそれがどういう存在たちなのか、その一端をここで掴んだようだ。
今まで以上に、竜郎たちを見る目が輝いているように感じた。
そんな視線に居心地の悪さを感じながら、竜郎はギヨームとの約束を果たすべく話を続けることにする、
「とまあ、見つけることには見つけることができたのですが、その栽培方法を僕らは探っていたんです。なにやら特殊な栽培方法らしかったので。
けれどその遺跡に入ったことで、この果実をどうすれば人の手で増やせるのかが分かったんです」
「なんとっ、ということは、タツロウ様がたはもう栽培方法すら確立してしまったいうことなのですわね」
「はい。なんとこの果実は、その遺跡に昔住んでいたギヨームなるエルフが、研究の末に作り上げたものだったんです。
その証拠となる研究資料を偶然手に入れられたので、手間が省けましたよ。
ちなみに件のアンデッドたちは、その彼の死後に、彼が崇めていたクリアエルフ信仰の祭壇に引き寄せられてしまったようです」
いろいろと驚きどころが満載だが、神職だった人間の霊が祭壇に引き寄せられたというのはそれなりに納得してくれたようで、中で暮らしていたギヨームとアンデッドをイコールで繋ぐような思考からは完全に外れてくれ、すんなりとエルウィンたちも信じてくれた。
「それでですね。その後の経過も見守りたいですし、あの遺跡は手を加えれば幻の果実──ラペリベレの栽培に適した場にすることができることも判明しました。
ということで我々に遺跡とその入り口周辺の土地を購入させていただきたいのですが、どうでしょうか? ハモイさん」
「そう……ですわね」
ハモイはここで冷静にどうするべきか思考を巡らせはじめた。
ラペリベレを育てられる環境が整えられる遺跡というのは、町としても国としても欲しくはある。
竜郎たちの言い方では絶対にここでしかいけないというようには感じなかったため、先の約定には当てはまらないと言うことだってできるのだ。
しかし今はアンデッドがいなくなったとはいえ、まだ経過観測は必要だろう。それを最上級の存在たちがやってくれるというのなら、万が一にも見逃すということも起きないだろう。
さらに自分たちでラペリベレを手に入れる方法も分からず、研究資料を見せろと国経由で要求できなくもないだろうが、竜郎たちへの印象は地に落ちる可能性が高い。
それは本国としても望ましくないはずだ。
それならば快く譲り、この町を起点として竜郎たちと簡単に接触できる場所を確保し、なおかつラペリベレを優先的に流してもらえるよう交渉したほうがいいのではないか。
そんな考えに至ったハモイは、竜郎たちにその地を譲ることを約束してくれた。
「ああ、それとですね。これは先ほども言ったように、ギヨームという人物が作り上げた功績でもあります。
僕たちを広告塔にするのはかまいませんが、どうか彼のこともしっかりと後世に伝わるように配慮してもらうことはできますか?」
「それが事実というのなら、是非もありませんわ。お任せを」
ギヨームのこともきっちりと話を通し、力強い言葉をもらうことができた。
そうとなれば話はとんとん拍子に進んでいき、正式にその地が竜郎たちのものだという権利を、格安で売ってくれるのというのは断り、相場通りの値で買い取り無事この地でのラペリベレ繁殖場を手に入れることができた。
そうして話が落ち着き、竜郎がそういえば出しっぱなしだったとラペリベレをしまおうと手を伸ばしたとき、方々から「あっ」という名残惜しそうな声が耳に届いた。
思わず視線を上げると、さっと目をそらすエルウィンたちやハモイたちが見て取れた。
「えーと、試食してみます? まだ僕らの分は確保できてるんで、よろしかったら」
やはりどうしようもなく気になっていたのか、「是非に」という答えがすぐに返ってきたので、竜郎はそれぞれの分に切り分けて出していく。
切っているときに散った果汁から匂いたつ甘い香りに我慢は頂点に来ていたようで、竜郎のどうぞの一声でいっせいに口の中へと一口放り込んでいった。
「「「「「──っ」」」」」」
食した全員が目を見開いて、背筋をのけぞらせた。竜郎たちと違って全員美味しい魔物シリーズを食するのは初めての経験だ。
誰もがその美味しさに抗えず、多少下品に見られることもいとわず一口を何度も反芻しつつ、二口め、三口目とゆっくり味わって食べていく。
食べ終わってからも、竜郎たちのことすら忘れて、その余韻と、終わってしまった悲しさにしばらくの間、浸って現実に意識が返ってくることはなかった。
「もうしわけありませんでした。私としたことが、我を忘れてしまいましたわ」
「いやいや町長、これは無理もないぞ! 俺は甘いもんは好まなかったが、これはそんな人の好みすら凌駕して美味いと感じてしまう果実。恐ろしさすら感じるぞ!」
ディカードのパーティにいたドワーフの男性が、鼻息荒く力説しはじめる。
それは全員が共感できたようで、竜郎たちが見守る中、あれがどれだけ美味しかったのか語り合う会を繰り広げはじめてしまった。
もう帰っていいかな? と竜郎たちが思いはじめたところで、ふいにハモイが美味しいもの繋がりで、竜郎がくれた酒の話題が飛び出した。
それにまたドワーフの男が食いついて、竜郎に土下座する勢いでその美味しい酒を俺にもと頼み込まれてしまう。
どうせ試飲用に持ち歩いていたものだったので、竜郎はドワーフの男も含め、エルウィンたち全員に小さな酒瓶を渡していった。
渡された瞬間にドワーフの男は礼を言いながら栓を抜き、酒を飲みはじめる。
その流れるような動作に呆れかえりながらも、エルウィンたちも興味があったのか舐めるようにちびちびと酒を口にした。
「こんなに美味い酒、どこで手に入れられるんだっ!?」
やはり一番の酒飲みでもあったドワーフの男が、酒竜の酒に魅了され竜郎たちに血走った目を向けてきた。
別に隠す必要もないので、竜郎は自分たちのところで作っていること。カサピスティにある自分たちの領土内に作られる美食のダンジョン町について、語って聞かせた。
いずれ町が開放されれば、そこで酒やラペリベレ、そしてそれに匹敵する魔物を使った料理が手に入れられる様になると。
「そ、そんな夢のような町がイルファン大陸にできるってのかっ!? こうしちゃいられねーぞ、エルウィン! そっちに行く準備をはじめっぞ!」
「ちょっと、何勝手に決めてるのよ!」
「いや、だが美食を抜きにしてもそのダンジョンの町は冒険者の我々にとっても魅力的ではないか?」
「それもそうだよねぇ。どうなの? エルウィン」
「イルファン大陸か……。もっとでっかくなってから家に帰りたかったが、これもいい機会かもしれない。よしっ、いくぞ!」
「おー!」などとエルウィンたちは盛り上がりはじめる。まだ町の完成も開放も未定なんだけど……という、竜郎たちの思いとは裏腹に……。
それから竜郎たちは遺跡の内部をさっそく改造すべく、去っていく。エルウィンたちも、活動拠点を移すべく去っていく。
役場の会議室にはハモイとその秘書リェフだけが残った。
そんな先ほどの喧騒が嘘だったかのように静まり返った部屋の中で、突然ハモイが後ろに控えていたリェフに振り向き立ち上がる。
なんだろうと彼が身構える中、彼女はいい笑顔で彼の手をそっと握った。
「ねぇ、リェフ。私は次の任期で、町長の任を降りようと思うの。次はあなたに任せるわ!」
それは長くこの町を一緒に支えてきたリェフですら見たことがないくらい、とてもいい笑顔であり、あたかも私はやり切ったからっと言わんばかりである。
しかしそれが心からのものではないと、長い付き合いの彼はすぐに見抜いてしまう。
「では町長はその後どうするおつもりで?」
「そうね、ずっとこの町にいたし、別の大陸に行ってみようと思っているの」
「まさかとは思いますが、早いうちから準備をして、あわよくばタツロウ様がたの町に、もしくはその近隣に住もう……などとは考えていらっしゃいませんよね?
「……………………たまたま、偶然、奇跡的に、そうなることもあるかもしれないわね」
「たまたま、偶然、奇跡的に? ですか?」
「「……………………」」
祖国と竜郎たちとの縁を結び、約束を交わしたハモイ。
普通ならば最低でも、もう一周ほど町長としての任を全うしたほうが、ことの流れもスムーズにいくはずである。
しかし、それではイルファン大陸にあるカサピスティ国で近々巻き起こるであろうビックウェーブに乗り遅れること必至。
他者よりも先んじて、まだそれほど広がっていないその情報を手に入れたからこそ、今から動きだせば特等席でその波を乗りこなすことだってできるかもしれない。
となれば自分以外に任せられる人物を見つけるしかない。それは誰か──。
自分が立案した竜郎たちに広告塔になってもらって──などなど、この町の数十年先まで見越した計画全てが頭に入っているリェフに押し付けるのが一番手っ取り早いではないか! そのように考えてしまったようである。
もちろん彼女が一番信頼している彼だからこそ、後顧の憂いなくこの地を去れるというのもあるからこその発想なのだが……リェフからしたら「ずるい!」の一言に尽きる。
私だってその波に乗りたい気持ちは同じだと、はっきり口には出さないが、その目は雄弁にハモイに語り掛けていた。
ハモイも「じゃあ、どうすんだ」とばかりに、互いに視線の攻防を繰り広げるが、一向に着地点は見出すことはできなかった。
「「なら……」」
ここで妥協点が生まれた。いちいち言葉を交わさずとも、2人は互いに何を考えているのか手に取るように理解できた。
「私の任期が終わるまでに何としても──!」
「──次の後継者を育て上げて見せましょう!」
ここで2人は熱い握手を交わした。共に美食の町への道を築こうではないかと。
そうしてこの数年後。この町には人気の高かったハモイすら凌駕する、とても優秀な新しい町長が生まれることになるのだが……、その発端が"食い意地"であったことは、その2人以外誰も知る由もない──。
これにて第十章 『エデペン山編』は終了です。
いろいろと私の都合で更新頻度が落ちてしまった中、ここまでお読み頂き本当にありがとうございました。
未だにてんてこ舞いな毎日を過ごしているのですが、いわゆる「エタる」ということだけは絶対にしたくないので、これからも時間を見つけては、私の頭の中の話を出し尽くすまでは、ゆっくりとでも書き続けていきたいと思っています。
そして第十一章、第196話なのですが、いろいろと調整を考えた結果、7月9日(木)から再開できたらなと思っています。
二週間ほど空いてしまいますが、今後とものんびりとお付き合いいただければ幸いです。