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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十章 エデペン山編
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第191話 ギヨームの過去

 見た感じでは、自分が死んだことを理解しても、肩にホコリが付いていたことに気がついた程度のリアクションでしかなかった。

 だがしかし自分の状態を理解したことで彼の思考は、霞がかり謎の高揚感に包まれるような狂った状態から、かなり正常な状態に変化していた。


 そして周りを無感情な目で見渡し、ドデドバたちだったものの血まみれになった挽肉を見て乾いた笑いを漏らした。



「ははっ──、けっきょく私はダメだったのか。全部全部全部……無駄に終わったようだな……。

 それで君は? 私を──この狂ったアンデッドを討伐しに来たのかな?」

「もともとここに入ってきた目的はそうじゃなかったんだが、その必要性は感じているな」

「……目的はそうじゃない? では一体何の目的でこんなところに?」



 この場の主が思っていた以上に話せる状態になっていることもあり、竜郎はこれはチャンスなのではと正直に理由を話してみることにした。



「実はこのあたりだけしか繁殖できない、とてもおいしい果物のような空飛ぶ魔物がいるんだが、ギヨームは知っているか?」

「……おいしい魔物………………果物………………空を飛ぶ? もしかしてアレか?」

「覚えがあるのか!?」

「ある……はずだ。だが…………思い出せない。

 おそらくアンデッド化と狂いのせいで、記憶がバラバラになっている状態なんだと思う。けれど私とアレはなにかがあったはずだ……」

「ゆっくり……ってほど時間はなさそうだが、思い出してくれないか?」



 これはもしかしたら最大の謎が解けるかもしれないと、竜郎は強引に強力なアンデッドでさえ通じるほどに強力な催眠魔法を行使して情報を求めていく。

 狂っていては効かないだろうが、理性がある今なら効果はあるはずだ。

 するとギヨームは虚空を見つめながら、竜郎の言った通りに記憶の整理をし始めてくれた。



「あ、ああ。やってみる……。まず私は──」



 昔というにもあまりに昔。あるところに、1人の高位エルフの男が生まれた。

 両親は片やニーアエルフ、片やディープエルフという共に高位エルフだ。

 ただその両親は子を育てる気はあまりなく、ほとんど放任状態でろくに愛情を受けることなく育つことになる。






『えぇ、そっからなの!?』

『まさか生まれから語り出すとは思わなかったのだ』

『時間がかかりそうだけど、これ最後まで聞けるかなぁ』



 ニーナとランスロットは生い立ちから語り出したことに驚き、愛衣はこのまま目的の情報までたどり着くまでに理性が持つのか心配そうにしながらギヨームの話に耳を傾けていく。





 けれどそれでも、その男もまた高位のエルフ種。

 種族がら、最低限の世話さえしてもらえれば勝手に育ち強くなっていく。

 そして1人でも十分に出歩けるようになったころには、まだ未完成で使い勝手の悪かったシステムの中でも器用に魔法を使いこなせる、非常に優秀な生魔法系統を得意とする魔法使いとして成長していった。


 親の庇護を一切必要としなくなった彼は、とくに未練もなく故郷を旅立った。

 旅だったばかりの頃の彼は、他人との接し方も分からなければ、接する必要性も感じない、非常に感情の起伏が少ない男だった。


 けれど道中、目の前で魔物に襲われ死にかけていたただのエルフを気まぐれで助けて癒したとき、それはそれは喜ばれ感謝された。


 ──あなたのおかげで私は助かった。

 ──あなたがいなければ、私はこの世にもういなかった。

 ──あなたに出会えた幸運に感謝を。


 そんな言葉を彼は受け取ることになる。

 そのとき彼は、はじめて世界に存在を認められたような感覚が胸の中いっぱいに広がっていく感覚を覚えた。

 それは思っていた以上に彼を満たし嬉しくて、また味わいたいと思った。


 それからの彼は親元から離れたばかりのころとは打って変わり、精力的に人々を助けて回った。

 その度に彼は感謝され、皆に必要とされ、大勢の人を幸せにしていった。


 そんな旅路の途中で彼は、もっとみんなを幸せにできないかと考えていた。

 そして彼が最終的にたどり着いたのは、とある宗教だった。

 その宗教に属することにより、もっと大勢の人を幸せに導き、もっと大勢の人に必要とされる人間になれると思って──。


 その宗派は自分の祖とも呼べるクリアエルフを信仰するもの。

 クリアエルフは彼以上に強く人々を助け世界を守り、感謝されていた存在。

 彼にとってもまたあこがれの存在になっていたこともあり、クリアエルフを敬い信仰することに躊躇ためらいはなかった。


 彼は能力や信仰心も高く、普段の度が過ぎるほどのお人好しな行動もあって、民衆からの支持も厚く、あっという間にその宗派の中でも頭角を現し、当時にしてはかなり大きな教会を任されるほどの司祭になっていた。

 本来ならばもっと上の司教や大司教に──などという話もあったのだが、それでは彼自身が人とかかわることができにくくなってしまうのもあって断ってのことでもある。


 彼は司祭となり、人々から神父様と呼ばれて敬われる存在となった。

 時が経つほどに彼はその教会がある町にとって、なくてはならないと人々に言われるほどに時に人々を魔法で癒し、助け、寄り添って幸せになれるように導いた。


 それは実に千単位もの長い間、ずっと。

 だから彼は死ぬその時まで、人々を幸せに導き、感謝される存在であり続けると神に誓っていたし、そうなるものだと確信していた。

 その想いを成し遂げるために片腕すら失っても、彼の気持ちは微塵も揺らがなかったからだ。


 ──けれど、ある日を境に少しずつ、その誓いと確信にヒビが入っていくことになる。



「あれはたしか、両親が生まれたばかりの子を抱いて、私の前に連れてきたときのことだった。

 私に祝福してもらい、名前も付けてほしいと願い出てきたんだ。

 当時の私からしたらそれはよくあることだったし、いつものように祝福の祝詞を唱えてから、名前を考えようと赤子の顔を見たときのことだった。私は無性に……」

「……無性に?」



 言い淀むギヨームに、ろくな言葉は出てこないだろうなとは悟りつつも、竜郎は時間もないので先を促す。



「無性に…………その子供の首を絞め、幸せに満ちた両親に見せつけるように目の前でへし折りたいという考えが浮かんでしまった。

 そうしたときに、幸せに満ちた彼らはどんな顔をしてくれるだろうかと──。

 幸せなものたちの、幸せを穢し壊す。それが私の狂いの原点となっていった」



 はじめその考えが浮かんだとき、ギヨームは本気で吐き気を催した。

 実際にすぐに理性で狂った考えをねじ伏せてから、親子を無傷で返した後、彼はその残りの一日吐き続けたほどに気持ち悪い考えだと心から思った。


 最初は良かった。一瞬思い浮かんだ気持ちの悪い考えは、頻繁に浮かんでくるわけでもなければ、理性で簡単に抑えることができたから。

 だが時が経つほどにそれは頻度を増していき、その衝動を抑えるのが大変になっていく。


 彼は親から狂いについて聞いていなかったし、周りに高位エルフを知るものはいなかった。

 時代も古かったこともあって、情報も少なかったというのもある。

 そのせいで彼は高位エルフなら誰もが抱えることになる、狂いについて知らなかったのだ。


 だがさすがにその頃には自分はおかしくなってしまったのだと、必死に自分のスキルを駆使して治そうとした。

 幸いにして彼のスキルは生物の体に干渉をすることを得意とする生魔法系統のものだった。


 今の時代のシステムのように《生魔法》というざっくりとしたくくりではなく、傷を癒すスキルはそこまで優秀なものはなかったために、自身の腕を癒すことはできなかったが、その代わりに生命のつくりに干渉する能力には長けていた。


 改造というほどではないが、それでも一時的に体を変化させられる今でいう闇魔法と生魔法の混合魔法のような系統のスキルだ。

 それでなんとか体をごまかしながら、彼は明確な治癒方法を探すために、そして無辜の民に被害を及ぼさないように、ひっそりと教会から去り自分の体についての研究をはじめた。


 だがいっこうに彼の願いは届かない。明確な治癒方法に辿り着くことはできない。

 そこで彼はアプローチを変えてみることにした。



「クリアエルフ様がたの中でも当時もっとも有名だった──セテプエンベルケルプ様。

 彼の解き明かす力は世界一だと聞いていた。

 だからもしかしたら、セテプエンベルケルプ様ならば、私のこの症状を抑える手口を見つけてくださるのではないかと考えたんだ」



 そして彼は、数年という月日をかけて執念でベルケルプを探し当てた。

 もっともそれはベルケルプ側も、彼に興味を持ったから見つかるように動いてくれた──というのが真相ではあるが、それを彼は知らない。



『ここでベルケルプさんの登場か……』

『まだクリアエルフだったころの──ね……』



 さっそく彼はベルケルプに自分のこれまでの研究資料と体を診せ、治癒方法について尋ねてみた。

 しかしそれらを加味したうえでベルケルプが出した答えは──。



「その病は高位エルフなら誰もが発症するもので、絶対に治せない。

 絶対に解呪できない体の奥底に刻み込まれた呪いのようなものだ。

 ギヨームくん。君の体を診て、研究資料も読ませてもらったが、そのおかげでよりこの答えが明確になってしまった」

「そんなっ。それでは私はどうすれば──」

「……こう言うのも酷な話だが、君が誰も傷つけたくないというのなら……死ぬしかない。

 なんなら私が痛みすらなく、安楽死させてあげることもできるがどうする?」

「死……死ぬしかない? 私に自分で死を選べと……? 本当にそれしかないのですか?」

「ない」



 当時のベルケルプはきっぱりとそう口にしたのだという。余計な希望1つ抱かぬように。



「な、なんで私がそんなことをしなければならないのですか?

 私はこれまで人々のためにこの身を捧げ、生きてきた。

 他に死ねばいい人間なんていくらでもいるのにっ、なぜっ! どれだけ私は人をすくってきたと思っているんだっ!!」

「……それは立派なことだと思う。けれど君はすでに普通の人間の種族からしたら、かなり生きたほうだろう。寿命だと思えば──」

「い、いやだ! 大勢の者たちを幸せにしてやったんだ! それなのになぜ私が不幸な死に方をしなければならない! 幸福な死を迎えられて然るべきだろう!!」

「幸せにしてやった、か。君は誰かのためではなく、自分のために人助けをしていたのかもしれないね」

「は? それはどういう……」

「まあ、いい。どちらにせよ、この件については私もお手上げだ。

 これから君がどのような選択をしようと構わない。そのまま生き続けたいというのなら、好きにするといい。

 といっても、無辜の民に手を上げ暴れるようなら始末するだろうけれどね」

「──っ」



 クリアエルフから放たれる本気の圧に、ギヨームは体がすくむ。

 だがすぐにそれは止んで、彼はもう一つの提案をしてきた。



「けれど君が誰も傷つけたくない。その上で死にたくもないというのなら、手を貸してあげることくらいはできる」

「そんなことがっ!?」

「ああ、それは──」



 その提案は、地下に強固な檻を作り、狂った自分を閉じ込めるというもの。

 そしてそこに好きなだけ研究材料を持ち込んで、死を迎えるそのときまで狂いの治癒について研究を続けてみるといいというもの。


 それをなすために必要な魔道具をベルケルプはギヨームに与えてくれた。

 また彼の失った手の代わりになる、魔道具の義手もオマケにくれた。


 そうしてギヨームはベルケルプの元から去っていった。



「いったか。しかし彼のこの研究資料……、これをもとにすれば──いや、そんなおぞましいことはできない。これも誰にも見せず封印しておこう」



 また余談だが、ベルケルプが竜郎たちと邂逅したときに用いていた人の脳を使った魔道具。

 これはここでギヨームが提出した研究資料があったからこそ、完全な完成像を彼の脳裏に刻み付けてしまった。

 これがなくとも辿り着いていただろうが、あの時に用いられていた理論の中には、確かにその研究成果が含まれていた。

 だからこそベルケルプは、竜郎たちと初めて会い騙そうとしたときに、とっさに彼の名前を犯人として出したのだろう──。

私てきには少しきりが悪い気がしますが、執筆時間的にも文字数的にもここで一時切らせていただきました。

次話では、あと少しだけギヨームの過去に触れていきます。

次話の投稿日は未定です。遅くても一週間以内には投稿できると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ふと思いついたのですが、もしかしてギヨームって竜郎が《侵食の理》を用いて眷属にして調整したら狂いを克服できたりしないでしょうか?  高位エルフが狂わないために必要なのは、肉体に刻み込まれた…
[一言]  義手とシェルターの代価は、遠い未来で冤罪を着せられる事でしたか  時間移動すると因果関係が少々ややこしいですなw  高位エルフは基礎設計がクリアエルフなのに神の寵愛を欠いてるせいで微細な…
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