第190話 男たちの結末
高位エルフ。それはこの世界において神に縁のあるものや竜種を除けば、天魔種や妖精種という、あらゆる面で種族的に恵まれた種すらもしのぐほどに恵まれた最強格の種族と言っていい。
寿命は複数ある高位エルフ種によって微妙な差異は出てくるが、平均して1万年という長き時を生き続けることができる。
種の始まりは神格を失ってもなお5万年ほど生きられるクリアエルフ同士の子であることを考えれば、その力も寿命の長さも頷けることだろう。
しかしこの高位のエルフは1万年生きることはできるが、実際にその寿命を全うできた例はほぼ存在しないと言っていい。
なぜなら彼ら彼女らは人生の途中で自分で死を選ぶか、他者に殺されるか、そのどちらかの道を選ぶ岐路に立たされるからである。
その要因となっているのが、高位エルフならば誰でも抱える狂いの発症。
そもそも高位エルフとは、神の子とも呼ばれるクリアエルフにもっとも近しい存在と言われているし、それは間違いない事実でもある。
それゆえの長き寿命でもあるわけなのだが、悪く言ってしまえばそれは劣化種ということでもある。
そんな劣化種がクリアエルフの真似事をして長き時を生きようとしてしまうと、老いとともに精神や脳に負荷がかかり続け、その個人を個人たらしめる『心』が壊れてしまう。
竜郎たちと知り合いであるハウルやリオンなどの、高位エルフ種の中でも最も心の崩壊が遅いとされているニンフエルフでさえもその宿命からは逃れられない。
それはどんなに高潔な人物であっても、どれだけ優しい人物であっても、どれだけ思慮深い人物であっても、最終的に高位エルフは獣のような狂暴性を宿し周囲に破壊をもたらすようになる。
だからこそ理性あるうちにと、その兆候が見られた瞬間に死を選び、誰の迷惑にもならぬよう自分で決着をつける。
もしくは自死する勇気がない、または他人に迷惑をかけようとも生き続けたいという精神の持ち主は壊れゆくままに生き続け、最終的に誰かに討たれて死を迎える。
これが高位エルフが、天寿を全うできない理由である。
そして今回、竜郎たちの前に現れたギヨームという男。
『あの様子やこの場を見るに、自分で死ぬという選択をすることができなかった、けれど迷惑をかけたくなかったからここに引きこもって死んだ……、ということなのであろうか?』
『それならあの簡単なパズルの鍵も頷けるかもしれないな』
竜郎の言葉に、全員があの楓や菖蒲ですら解けてしまうスライドパズルの意味を悟る。
いくら簡単なものでも、狂った状態であれをいくつも解くのは難しい。解こうとすら思わない可能性も高い。
思えば入り口も内側からもちゃんと鍵を用意しなければ開かないよう設定してあったのも、狂った自分が勝手に外に出られないようにしたかったためなのかもしれない。
『だがただここで死ぬために閉じこもり、死んでいったにしては、なんとなく綺麗すぎるアンデッド化なんだよなぁ』
『綺麗すぎる? それってどういうことなの? たつろー』
『これについては俺の主観でしかないんだが──』
アンデッド化すれば大抵はその精神性は失われ、生前の状態などほぼ残らないと言っていい。
けれどギヨームに関しては生前の狂いもそっくりそのまま持ち越して、まるで寝て起きたらアンデッドになってましたと言わんばかりの状態だ。
さらに体の状態。ただここで狂ったままに朽ち果てたにしては綺麗すぎる。
明らかにちゃんと形が残るように処理されて死んだとしか思えない。
だからこそ自分でアンデッド化するように施して、死んだのではないかと思ったのだから。
『けど本人は自分が死んだことすら気が付いていない。あれは狂ってしまった影響なんだろうか』
『案外まだ寝ぼけてるだけかもよー、たつにぃ』
『頭を殴れば衝撃で思い出すかもー。ボクがやってこようか?』
『そんな壊れた昔の家電製品じゃあるまいに……』
しかし衝撃を与えるというのは、いい案かもしれないと竜郎は思いなおす。
アーレンフリートの一件から狂ったエルフについて調べたこともあったが、治療法はないと断言してもいいレベルで逃れられないものではあっても、その人物が大きな精神的衝撃を覚えた瞬間に、一時的に正気に戻った例はあったという事例を思い出したからだ。
ならば何らかの方法でギヨームに精神的ショックを与えてみるのもいいかもしれないと、竜郎が思案していると──。
『あ、周りの男の人たちも目を覚ましたみたいだよ、パパ』
『ほんとだな』
竜郎は今も絶望して騒ぐドデドバに、高笑いしながら称賛しているギヨームにも、完全に自分の存在を忘れられているだろうと判断し、あの男たちに助けを求められても困るとばかりに認識阻害を再度発動させた。
なぜならもう、竜郎が解魔法で調べた結果、あの男たちは助けられるような状態ではないのだ。
目を覚ました男たちは、四肢が拘束されたままなので首だけを動かし、高笑いをあげながら拍手しているギヨームにぎょっとした後、その視線の先にいる化け物に声を上げる。
「な、ななななんだよ、その気持ちの悪い魔物は!?」
「神父様! これはいったい何なんですか!?」
「オ、オバエタチィイイイ────」
「しゃ、しゃべったぞ!?」
「気味が悪い! 誰でもいいから早く殺してくれ!」
「……殺してくれだの、気持ちが悪いだの、失礼だよ、君たち。
この子は君たちと仲間でもあるドデドバくんだ。姿が変わったくらいで気が付かないなんて、かわいそうだよ」
急に高笑いを止め、いつもの優し気な神父然としたギヨームにホッとしたのもつかの間、その言葉に驚愕の表情を浮かべながら自分たちをここまで連れてきたボス──ドデドバの姿を探す。
けれどどこにもおらず、化け物と呼んだ気持ちの悪い生物がいまいる場所がドデドバが寝かされていた場所だと気が付き、全身に悪寒が走った。
男たちの1人が、思わずその化け物に声をかける。
「ほ、ほんとうにドデドバ……さん、な、なんですか……?」
「ソ、ソウダァ、ハルボォオオ。ハヤク、オレヲ、タスケテグレェエエエ──」
「お、俺の名前を知ってる。ってことはほんとに──」
ドデドバのことなど男たちはこの瞬間、どうでもよくなった。
それよりもなによりも、あの気持ち悪いものになる要因となったことを、自分もされたのだということに焦りはじめる。
「い、いやだ! はやくこれをほどいてくれ!」
「そうだ、俺はもう帰る! 頼みます、神父様、俺たちを帰してください!!」
「頼む! 神父さま!」
「…………もう、施術はしなくてもいいというのかい?」
「そうだ! もういい! 十分ですよ! へへっ、だからもう帰してください」
怒った様子もなく、本当にそれでいいのかという純粋な疑問を浮かべるだけのギヨームに、男たちはこのままお願いすれば何とかなると判断したようだ。
目に見えてほっとしながら、媚びるような視線をギヨームに送る。
「それで君たちが幸せなのなら別にいいさ。けれどそのまま施術をしなければ、君たちは10日ほどで死んでしまうよ?」
しかし、その後に返されたギヨームの言葉に男たちは絶句した。
「な、なんでだよ!」
「これは君たちの体を作り替えるためにやっていることなんだ。それだけ体にも負担がかかるから、死んでしまわないように3回に分けて施術をする予定だった。
けれど1回でやめてしまうと、中途半端に宿った魔物の因子に君たちの本来の肉体が食われて死んでしまうんだ。
上位の種族なら、そんなこともないんだけどね」
「そ、そんな……、じゃあ、俺たちはドデドバみたいに、気色の悪い悪い化け物になるしかないってことかよっ」
「い、いやだ!」
「こんなのってないっ! なんてことをしてくれたんだ、このクソ神父っ!」
自棄になった男たちは、自分たちでは逆立ちしても勝てないギヨームに対して暴言を連発する。
けれどそんなうるさい彼らに対して、ギヨームは幻想の顔に涙を浮かべた。
「なんてことだ。まさか私のせいで、君たちは幸せではなくなってしまったのかい?」
「あたりめーだ! これのどこが幸せなんだ!」
「少し考えれば分かるだろーが! こんな不幸なことがあるかっ、ボケがよぉ!」
しかし男たちがギヨームの発した『幸せ』という言葉に反応し、『不幸』という言葉を出したそのとき、一見穏やかそうにしていたギヨームの気配が変わり無感情な瞳を向けられたことで、それに呑まれるように静かになる。
そんな静かになった空間のおかげで、ギヨームの呟くような声もよく皆の耳に届いた。
「ふこう……フコウ……不幸? この私が誰かを不幸にした? そんなはずはない。そんなのありえない。
ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!!!!!!!!!!」
最後は金切り声を上げるように叫び出し、彼から盛大な威圧が放たれ男たちの体は硬直して動けなくなる。
「そう、ありえないのに、不幸にしたというものたちが目の前にいるだと?
これはどういうことだろう。まさか本当に? なあ? キミ」
「えっ、ぁ、は、い」
突如目の前に顔を寄せてきたギヨームに、男たちの1人がなんとか声を漏らして返事をする。
「君は今、不幸なのかい? 正直に言ってくれ」
「ふ、不幸です──」
ギヨームが無意識に発している魔法のせいで嘘をつくことができず、正直に心のままの感想を述べたその男は、頭を鷲掴みにされてグシャっと潰される。
「そんなっ、わけがっ、ないっ。このっ、私がっ、誰かをっ、不幸にっ、するなんてっ、あってはっ、ならないっ」
そして残った部分も徹底的に拳を叩きつけて潰していき、男の1人はミンチとなって完全に死んでしまった。
改造されたとはいえ、ここまでされてしまえばさすがに死ぬ。
「そうだ! あってはならない! だったらどうすればいい? そうっ、なかったことにすればいい! ははははっ、私は天才かもしれない──な!!」
「や、やめっ──」
「いやだっ──」
次々とミンチされて死んでいく仲間たちを前に逃げ出したいのに、拘束された状態で逃げ出すこともままならない。
次は自分だと泣き叫びながら、ドデドバを除く男たち全員がもれなく死んでいった。
「はははっ! やった! これでこの世界で私が不幸にした人間は誰もいないぞ! あはははははっ!!」
「ア、アアア……ナンデェエエ、コンナ、ゴトニィイイ──」
まるでゴミでも潰すかのように殺されていった仲間たちをみて、ドデドバに後悔の念が押し寄せる。
そんなドデドバの『幸せ』とは程遠い声に、スッキリした顔で笑っていたギヨームの視線が突き刺さる。
彼はずいぶんと変わってしまった体を、ブルリと震わせた。
「なんでそんな声を出すのかな? ドデドバくん。君はそうなることを望んでいた。だから今、とても幸せなんだよね?」
「ッ──、ッ──、ッ────! ………………………………ハハッ」
この場だけでも誤魔化すためにと嘘をつこうとするも、嘘だけは口を縫い付けられたかのように発することはできない。
今ならば嘘がつけないという状況がおかしなことに気が付けた。
そこでちゃんと自分は、こんな姿にはなったが強くなったのだなと乾いた笑いがこみ上げてくる。
「どうなんだい? ドデドバくん。今、君は、幸せかい? ちゃんと聞かせておくれ」
「…………ハイ、シンプサマァアア、オレバ、トテモォシアワセェェエエ デスゥウウ──」
思い描いていたものとはずいぶんと違ったけれど、"最後に"イビツなれど夢がかなったことに対して抱いた微かな幸せについて、心のままに想いを吐露した。
「はははっ、そうかい! なら私も嬉し──」
「ダカラ、モット シアワセニナルタメニィ オレヲ コロジデ クダァァサイ」
「殺してくれ? せっかく強くなったのに、幸せになったのに、もう死んでしまいたいのかい?」
「ハイ」
「それでもっとドデドバくんは、幸せになれるのかい?」
「ハイ」
普通ならば死にたいという言葉が幸せにつながるという状況がおかしなことに気が付くはずなのだが、ギヨームはそのことに疑問を抱かない。
そしてニッコリと笑うと、「そうか、なら死ぬといい」と笑顔のままに呪いの籠った爪でドデドバを切り裂き、あっさりと殺してしまった。
『終わったか……』
『だね……』
見ていて気持ちがいいものではなかったが、正直あの男たちはあそこで死んでしまったほうが幸せだった。
どうあがいてもドデドバのような異形になり、最終的に人間という自我すらもなくす魔物になり果てるか、はたまた内側から自分たちが食われるという壮絶な苦しみの中で死ぬのか、それしか選択肢がないことを竜郎は解魔法で知ってしまったが故に、手を出すこともしなかったのだ。
冷たいかもしれないが、自分たちが手を下したくはなかったという気持ちも抱えながら。
そしてそんな殺戮現場を見つめながら、竜郎は彼に対しての精神的ショックを思いついていたので、そのまま実行することにした。
再び認識阻害を解いて、竜郎はギヨームに歩み寄る。愛衣たちもその後ろに続いて、何が起こってもいいように身構える。
「ああ、待たせてしまってすまなかったね」
「いや、別にいいさ。それよりもギヨーム。お前に言っておきたいことがあるんだ」
「おや、なんだろうか」
そして竜郎は彼に現実を突きつけるべく、口を開いた。
「お前はもう、死んでいる」
「は? また冗談続きかい?」
「いいや、今の自分をよく見るといい。その変わり果てた自分の姿を直視しろ」
「な、にを──っ!?」
まともに言っても信じないので、今度はギヨームがやっていたように竜郎が魔法を使って強制的に真実へと目を向けさせながら、《無限アイテムフィールド》に入っていた鏡をギヨームにかざした。
竜郎の魔法によって自分にすらかけていた幻術が崩れ去り、その鏡には皮が張り付いた不気味な骸骨が映し出された。
「ああ、そうか……。私は死んだのか──」
そして彼は、自分の死を知ったのであった。
『あれ? 思ったよりショックを受けてないっぽい?』
『いや、愛衣。解魔法で調べた限りでは、かなり正気を取り戻したようだぞ。
といっても、一時的にすぎないだろうがな』
次話の投稿日は未定です。遅くても一週間以内には投稿できると思います。
もう少し投稿頻度を上げたいのですが……申し訳ないです……。