第189話 ギヨームとの対話
どうひいき目に観てもマッドなサイエンティストにしか見えない、高位エルフがアンデッド化した存在。
しかもこれが大して成長していない子供ならばともかく、しっかりと力を付けた高位エルフが成熟し死んだ素体を、ほぼそのまま受け継いだうえで、じわじわと丁寧に時間をかけてアンデッド化した個体だ。
そのせいでただでさえ一般的に高水準だった高位エルフという生前の種族に伴う力にプラスして、さらに強化されてしまっていると考えていい。
その脅威のほどは、エルウィンたちがそのままここにドデドバを追って入り込み、彼のアンデッドエルフと交戦となった場合、一方的な虐殺がはじまるレベル。
近隣の町では対処は不可能で、美味しい謎の果物を求めて集まってきた町にいる大勢の冒険者たちが束になってもあしらえる。
国軍を挙げてどころか、国家連合を組んだうえで冒険者ギルトの戦力を合わせ総攻撃をしかけ討伐を──という話が挙がってもいいほど危険だといえよう。
『ニーナは負けないけどね!』
『ニーナが負けるような相手だとしたら、万全を期してウリエル姉上やアーサー兄上たちも呼んでくるところなのだ』
『いや、その前に戦うという選択肢すら放棄してエーゲリアさんに頼むという選択肢すら出てくるぞ……』
純粋な個人の戦闘能力では竜郎たちの中でも最強と言っていいニーナが負ける相手。
それでも総力を挙げて挑めばなんとかなりそうではあるが、さすがに美食の魔物のためにそこまで危険なことはしたくない。
もう今は前までと違い、無茶な戦いをする必要もないのだから。
しかしそれはそれでランスロットやガウェインは、戦いがいがありそうな相手だと喜んで参戦の意思を表明しそうではあるが。
『けどまあ、実際はそんなこともないわけだけど、どうするの?』
『う~ん……』
雑談をしながらもいろいろと考えていた竜郎なのだが、ただ脳筋思考であのアンデッドを倒すべきかどうかの判断がまだつかない。
なんというのか、いちいち動きやしぐさが人間臭いというのか、アンデッドという魔物に分類されてもおかしくないようなものになったというのに、人としての感情がちゃんと残っている。
その証拠に竜郎は意図的に幻術で見せている彼の本来そうであったであろう顔を見れば、ただむやみやたらにあのチンピラたちを使って人体実験をしてやろう、改造して意のままに動かし地上を混沌の渦に叩きこんでやろう──などといった、アンデッドにありがちな負の感情は一切感じない。
骨と皮しかない顔面に幻術で張り付けたチンピラたちへ向ける表情は、まるで最愛の我が子を見守る父親のようにすら見えてしまう。
最初に会ったときの、ただ危険な存在ではないのではないかという印象をうけてしまうほどに。
そこで竜郎は、一方的に力でねじ伏せるのではなく、別の方法で情報を得ることができるのではないかと思いなおした。
『いっそのこと、直接話してみるか』
『あのアンデッドさんとー?』
『ちゃんと話ができるのかなぁ?』
『まあ、ダメで元々だよ、彩人、彩花』
普通アンデッド化したとなれば、その精神はとうに崩れ元人間だったという肩書があるだけの魔物となる場合がほとんどだ。
けれど目の前のアンデッドはチンピラに対して、良いか悪いかはさておき"処置"を施すことができている時点である意味理性的だ。会話ができるくらいの精神性は残っているのだろう。
また油断や慢心でもなく、あのアンデッドでは竜郎たちをどうこうできる力はない。
しいて言えば豆太が種族的に下位にあたる魔物がベースだったので心配ではあるが、それでも馬鹿みたいにレベルは高いので問題はないはずだ。
そこで念のため彩人と彩花に豆太を任せつつ、竜郎は自分だけひとまず認識阻害を解いて話しかけてみることにした。
「おや? 招いた覚えのないお客がいるね。
けれど不思議だ。ちゃんと扉は閉めたと思っていたんだが、どうやってここまで来たんだい?」
さすがというべきか、こちらが声をかける前に向こうは竜郎の存在を敏感に察知した。
けれど驚いた様子もなく、発せられる声音も幻術で張り付けている表情も穏やかなままだ。
どうやってここまで来たのかという質問も、まるで世間話の延長線上のように聞いてくる。
「たまたま鍵を開ける方法があったんで、勝手に上がらせてもらったんだが、お邪魔だったか?」
だから竜郎も悪びれた様子などみじんもなく、開き直って不法侵入したことを告げた。
さてこの後どう動くかと、見た目では分からないが、いつでも動けるように密かに竜郎は身構える。
しかしアンデッドは竜郎の言葉に対し、ぱぁっと花が咲いたように喜びの笑みを浮かべた。
「邪魔だなんてとんでもない! わざわざ扉をこじ開けてまで、私を訪ねてきてくれるなんて嬉しいよ!
なぁに、てっきり不用心にも扉を閉め忘れてしまったのかと心配になっただけなんだ。気にしなくてもいいよ」
「……そうか。そう言ってもらえると助かるよ」
無断で入ったことなど本当にどうでもよかったらしい。生者以上にお人よしと呼べるほど、寛大にいつの間にかいた謎の少年を受け入れ喜びすらする。
竜郎はそれが逆にしゃべっていて薄気味悪く感じた。
「そうだ。君も──ああ、名前を聞いていなかったね。私はクリアエルフ様を祀る地を預かる場所で、神父をしているギヨームだ。よろしくね」
「ギヨーム?」
竜郎はその名前をどこかで聞いたことがあるような気がして首を傾げる。後ろをさりげなく確認してみれば、愛衣や彩人、彩花もどこかその名前に引っかかりを覚えているようだ。
けれどすぐに4(3)人はすぐに思い出すことができず黙っていると、向こう──ギヨームも不思議そうに首を傾げた。
「ああ、そうだよ? 何か変かな?」
「いや、そうじゃないんだが……」
「なら、君の名前も教えてくれないかい?」
「竜郎だ。よろしく、ギヨーム」
「タツロウくんか。いい名前だね。よろしく」
不気味ではあるが友好的。ひとまず話し合いという土俵に立つことはできそうだ。
さりげなく向こうが握手をしようと伸ばした手を気づかないふりをしてスルーしながら、竜郎は今度はこちらから話を振ってみることに。
「なあ、ギヨーム。さっそくで悪いんだが、教えてくれないか」
「うん? なにをだい? 私が答えられることならいいのだけれど」
「それじゃあ率直に聞かせてもらうが、あの人たちは今どういう状態なんだ?
随分苦しそうなんだが大丈夫なんだろうか、というか何をして──されているんだ?」
「されている……というのは誤解だよ、タツロウくん。あれは彼らが望んだことであり、彼らが幸せになるために必要なことなんだからね」
「じゃあ具体的に何をしてもらっているんだ? あの男たちは」
「ふふふっ、聞いて驚いてくれていいよ。実は彼らは人種という脆弱な種族の殻を破って、新たな種へと生まれ変わろうとしているんだ。どうだい! 素晴らしいだろ!」
誇らしげに自分のやっていることを語るギヨームは、まるで少年のように純粋無垢な顔を竜郎に向けた。
それはどう見ても彼の言っている通り、悪意からではなく善意からの行動のように思えた。
だが言っていることは、少々不穏だ。
「……新たな種か。それは人にやって大丈夫なものなのか?」
「さあ? けれど机上の計算の上では、あそこにいる彼らの種族の範囲内なら大丈夫なはずだよ」
もとより田舎のチンピラ。いわゆる上位種種族どころか、この世界的に中位に位置する種族もいない。
そしてそれは簡単なことではない種族の差を超えるというハードルが、他の種よりも低いことを指す。
まさにこの実験にうってつけの人材と言っていいだろう。
「さあって……、それじゃあ人体実験じゃないか」
「私はちゃんと危険性も説いたよ? それでもこのまま情けなく生きていくより、どんな方法でも強くなって周りを見返してやりたいのだそうだよ」
「……そうなのか」
それが本当かどうかはさておき、言葉通りに受け取るならその処置を受けるかどうかを決めるのは彼らの意思だ。竜郎たちに否を唱える権利はない。
ただそれは周りに迷惑をかけないのなら、という当たり前の大前提をはさむわけだが。
「ちなみに元に戻すことはできるのか?」
「できないね。あれは簡単に言ってしまえば、私が特殊な方法で取り出した魔物たちの因子を、彼らの体内に直接移植するんだ。
ただこの魔物の因子を取り出すといっても、ちゃんと必要な部分だけを的確に採取しないと危険なんだ。
けれどね、私はそれをしっかりと見極めて処方しているから、命に問題はないはずだよ」
「そんなことができるのか…………」
「ああ、君には必要ないだろうけどね」
「そうだな」
今の竜郎は完全に認識阻害を解いているので、カルディナと融合状態で生える背中の羽も見えている。
明らかに自分よりも強い、上位の種にしか見えない竜郎に羨まし気──ともすれば嫉妬にも近い瞳を向けられつつ笑いかけてきた。
そんな彼に対し竜郎はおざなりに頷き返しつつ、改めて彼の幻術ではない本当の体を眺めていく。
そしてこう思った。もしかしたらギヨームのアンデッド化というのは、ただの偶然に引き起った事象ではなく、彼が彼の種族を超えようとした結果引き起こされたものなのではないかと。
実際に彼は生前よりも強い力を手に入れている。
ある意味では高位のエルフという恵まれた種族を、さらに超えた存在になったと言っていい。
まさに彼が、そこで今も苦し気な声を上げている男たちにしていることと同じなのではないだろうか。
竜郎は思い切ってそこにも踏み込んでみることにする。
「それじゃあ、ギヨーム。ギヨームはなんでそんな研究? でいいのか? とにかく、それをしようと思ったんだ。
もしかしてその種族の殻を破るというのを、自分もやってみたいと思ったからこそなんだろうか」
「おや、タツロウくんは勘がいいね。その通り。私は私の種族という殻を破るために、この研究を………………はじめたんだったよね?」
「いや、聞かれても知らないんだが」
「私はなぜ、この研究をはじめようと思ったのだろうか……。絶対に必要だと思ったからこそ、はじめたはずなのだが、いったいいつ……? あのときか? いやそれとも──」
今まで朗らかな表情を幻術で浮かべていたのに、突然感情がストンと抜け落ちたかのように竜郎そっちのけで自問自答を繰り返しはじめる。
『こっちの顔のほうがらしいっちゃらしいね』
愛衣のその言葉にひどい言いようだな、とは思いつつも、アンデッドとしてはこちらのほうが似合っている。
だがこのまま放置していると延々と続けていそうなので、こちらから思考を断つことに。
「けど今はその種族の殻ってやつを破れたみたいだけど、それもやっぱり研究とやらの成果のおかげなのか?」
「え? 何を言っているんだい?」
「え? 何をって……だって今のギヨームはアレになったわけだろ?」
「アレ? アレって何だい?」
アレとはアンデッドのことを指してのことだったのだが、当の本人は心の底からピンと来てない様子。
「……突然なんだが、アンデッドのことはどう思う?」
「アンデッド? そうだね、アンデッドは危険な存在がほとんどだ。あまりお近づきになりたくはない存在だね」
『ねえ、パパ。この様子だと死んだことにも気が付いてないんじゃない?」
『もしくは忘れている可能性もありそうなのだ』
『さっきの自問自答からしても、記憶の一部に欠損がある可能性も高いし、死んだこと自体を忘れているのかもしれないな』
仲間たちと会話を挟みつつも、竜郎はギヨームと会話を続けていく。
「なるほど。けどその言い方だと、危なくないアンデッドもいるんだな」
「そうだね、大抵は思考能力を失ってしまうのがほとんどのようだが、まれに自我をしっかり持ったままのアンデッドもいるらしい。
そういう存在となら仲良くなれるかもしれないね。いつか会ってみたいものだ」
思わずお前じゃいとツッコミを入れそうになった瞬間、ボンッ──と鈍い破裂音が部屋中に響き渡る。
なんだとギヨームへの警戒はしつつも、音の方へと視線を向けてみれば、リーダー格と思われる、エルウィンたちと単騎で戦っていた男の体が爆散していた。
「ああっ、これは大変だ。だからじっくりやった方がいいと言ったのに。これは急いで集めないと」
「集める?」
さっきまでまるで我が子のように見ていた男が1人が爆散したというのに、平然としているギヨームは、やおら立ち上がると爆散した男──ドデドバの肉片を大きなヘラのようなものを出してかき集めだす。不思議なことに血は液体ではなく、ゼリーのように半固体で全て集めるのにも苦労はなさそうだった。
その光景に竜郎たちが思わずあっけにとられていると、今度は団子を作るようにその肉片を丸めて固めはじめる。
するとその肉団子がプルプルと震え出したかと思えば、次第にそれは人型になっていき──。
「アァ──ナンダァ……シカイィィイイ ガ オガジ……アア? ゴエ モ ヘン?」
「よかった間に合ったみたいだね」
「シンプサマァ……オレハイッダイ……ドウナッダ?」
「「「「「「……………………」」」」」」「「あぅ……」」「クゥーン……」
それはかろうじて人の形をした化け物だった。
鱗や毛皮の生えた奇妙な頭はさかさまで、目は多種多様なものが十数個。手は多足虫のように横向きに並び、もはや手というよりも足といっていいのかもしれない。
体も硬いイボのようなもので覆われ、小さな鳥の羽のようなものがポツポツと体から生えていた。
大きさどころか、その生え方からして、その羽には何の意味もないことがうかがえる。
そんなドデドバと呼ばれていた化け物は、そこまでいっても理性が残っているらしく、ギヨームに向けて困惑……していると思われる、ぎぃぎぃと耳障りな声で語りかける。
竜郎たちは思わず眉をひそめて、その光景から距離を取る。
そんな中1人ギヨームだけは嬉しそうに近くにあった鏡を一枚引っ張り出してくると、その化け物を映し出す。
そして拍手をしながら満面の笑みで、こう言い放つ。
「おめでとう! これでもう、きみは完全に人種ではなくなったよ!
どうだい、今の気分は? とっても幸せだろう?」
「アァ……ナン──コレ──ガ、オレ? ア、アアアアアアアアァアアアアアッ──!?」
「あははっ、喜んでもらえたようで何よりだよ。とっても私は嬉しいよ! あははっ、あははははははははははははははははははははははは──」
どう聞いても自分の姿に悲鳴を上げているのに、ギヨームの耳には喜びの声に聞こえているらしい。
そしてその狂ったように笑う光景に、どこか壊れてしまっている瞳に竜郎は既視感を覚え、とあるエルフの男を思い出した。
その男の名前は、アーレンフリート。
『あいつ……狂った状態で死んで、そのままアンデッド化したのかもしれない』
『それはまた……救いようがないね……』
今まで見た中で唯一狂ったエルフを見た前例が、アーレンフリートという男だった。
ギヨームという男は、その男をどこまでも彷彿とさせる狂気じみた雰囲気を醸し出す。
それは決してアンデッドだから、というわけではないだろう──。
次話の投稿日は未定です。遅くても一週間以内には投稿できると思います。