第188話 遺跡の中へ
エルウィンたち一行も離れ、周りにも人気がなくなったことを改めて確認し終えた竜郎たちは、遺跡の入り口の周りに集まった。
「それでどうやって開けるの?」
竜郎の話によれば、この扉は表側の鍵が壊れ、内鍵でしか開けない状態になっている。
壊すというのが一番手っ取り早いが、できるだけ現状保存したい竜郎たちにとっては悪手。
ならばどうするかとなってくるわけだが、当然ながら竜郎はすでに幾つかある開ける方法のうち最善だと思うものを決めていた。
「ここは《浸食の理》を使って、向こう側の鍵をハッキングしたいと思う」
「鍵をマスターの制御下に強制的に書き換えるという感じなのだろうか?」
「それに近いかもな。けどどこでどんな影響が出るかわからないから、とりあえずは開けたらすぐに元に戻すが」
普通の方法で鍵を壊さず開こうと思うのなら、解魔法での解錠がすぐに思い浮かぶ。
しかしこちらの場合、魔力などを内側に通しにくいよう遺跡が作られているので、一般人がこれをやるには難しい。
なにせ高い抵抗力を持つ遺跡の分厚い天井を通すだけでも、そうとうの労力がかかるというのに、さらにその先で繊細な解錠作業を行わなければならないのだから。
こちらでも竜郎ならば、わざわざ《浸食の理》などという大仰なスキルを使わずともごり押しでできないことはない。
けれどごり押しするには、それ相応の力をここで使うことになるため、中にいる者たちにも「今から入りますよー」と大声で宣伝するようなもの。
できるだけ中を荒らされずに突入するのならば、できるだけ静かにことを進めたいので竜郎は却下した。
一方で《浸食の理》ならば、解魔法での解錠よりも隠密性は非常に高い。
けれどこちらは鍵そのものを竜郎の強力なエネルギーで満たしてしまうことになるので、骨董品であろう遺跡の魔法鍵自体への負担は実はこちらの方が大きい。
耐えられるかどうかが分からなかったので、竜郎はこちらを躊躇していたくらいだ。
しかし先ほど直に解魔法で調べる機会があったため、中の鍵は十分に竜郎の力を受け入れられるだけの状態を保てているということが判明した。
ならばこちらでやった方がという結論に至ったわけである。
「それじゃあ、さっそくやっていこうか。このくらいなら天照たちの補助がなくても、俺だけでできるしな」
鍵自体は推察される年代からしたら相当に先進的なつくりだが、それでもまだまだ洗練されていない。
自前のライフル杖についている魔力頭脳だけで十分だ。
認識阻害を全員が再度展開したのを確認してから、竜郎が杖をかざして《浸食の理》を発動させれば、遺跡の一部を浸食しながら鍵を解くのに必要な部分だけを自分の制御下においていく。
今回の鍵は魔法と物理の一体型の鍵で、物理キーを嵌めた状態で特定の人物が魔力を流すことで開くようになっている。
なので今回は物理キーに当たる部分と、登録者にあたる魔力回路を浸食して誤作動を起こさせた。
「あ! 開いたよ! ママ」
「「あーう!」」
「なんたって、たつろーだかんね」
無邪気に喜ぶニーナに楓、菖蒲に対して、自分のことのように誇る愛衣の視線の先には、あっさりと開いた遺跡の扉の姿があった。
あまりにも簡単に開いたものだから、彩人と彩花やランスロットなどは先ほどまでの入念な周辺調査は何だったんだろうかと思いたくなるも、開いたのだからいいかとあえて口にしない。
「きゃんきゃん!」
「「こら、マメタ勝手に行っちゃダメー」」
その間に豆太が先行してぽっかり穴のように空いた入り口に飛びこもうとしたので、急いで彩人と彩花が首根っこを掴んだ。
豆太も竜郎たちの下で異常とも呼べるレベルをしているが、それでもこの中では弱い。
何があるかも分かっていないので独断先行はさせたくなかったのだろう。
けれど一番最初に入りたがっていたので、まずは彩人が最初に入り安全を確かめてから、豆太を抱っこした彩花が先に入っていくことになった。
もし万が一にも彩人を殺せる存在がいたとしても、《分体不滅》のスキルを持っているので、この子たちの場合、2人に分かれている状態においては両方同時に殺されない限り死なない。
得体のしれない遺跡に安全に入るには、かなり有効なものなので安心だ。
「「なんにもなーい」」
離れていても同一存在である彩人と彩花は、お互いが何を見ているのかも同期できる。
中に入った彩人が一通り見まわったのを確認したのち、彩花や竜郎たちもその後に続いた。
「ほんとに何にもないね。いったいなんのために作ったんだろ?」
浸食を解除すると、遺跡の扉は勝手にしまっていく。
明かり一つないので、竜郎が認識阻害をした光球を作り出しあたりを照らす。
まず最初に降りてきた場所は、本当に何もない教室一つ分ほどのスペースの部屋。
唯一天井に鍵となる魔力回路の模様が刻まれているが、そこ以外はつるんとした加工された岩肌が見えるだけ。
人が生活しているように見えないし、ぱっとみ他へと続く入り口もない閉鎖空間。けれど誰もおらず、ここは静かなものだ。
「ここから先に行けそうなのだ」
「ほんとだ。なんかそれっぽいかも」
まずランスロットが見つけ、その近くにいた愛衣が見たそれは、よくよく見なければ分からないほど綺麗に収まった壁と同じ材質の扉。
しかしそれは解魔法で調べなくてはならないほど巧妙に隠されているわけでもなく、誰でも注意深く今いる部屋をぐるりと見ていけば分かる程度の隠し扉だ。
ランスロットが軽くその扉に触れると、その表面によく分からない模様が浮かび上がる。
「これは……スライドパズルか?」
「もしそうなら、こんなのカエデやアヤメでも解けちゃいそうだけど……ほんとにただのパズルなのかな?」
浮かび上がった模様は不揃いで、タッチパネルのように指で触れてスライドすれば、その一部が動かせるようになっていた。
パネルの数は3×3-1の合計8枚という、幼児でも解けるレベルのもので、ほんとにそんなことでいいのかと逆に不安になってしまう。
けれどとりあえずやってみようと、ニーナがいうように試しに楓と菖蒲にやって見せてもらえば、そのパズルは2人でも簡単に解くことができた。
8枚を綺麗に並び替えると、9枚目が浮かび上がり、扉が自動で向かい側に開いていく。
「「うっうー!」」
「開いちゃったね」
「なんかザルだね」
パズルを解いて得意げに胸を張る楓と菖蒲をしり目に、彩人と彩花は呆れたように扉の先を見つめた。
そして先ほど同じく、今回は彩人に豆太を任せ、彩花が先行してその先の部屋と進んでいく。
「だれもいないみたい」
彩花を通して彩人が問題ないことを伝えると、竜郎たちもそちら側の部屋と移っていく。
「えっと…………なにここ?」
「インテリア……にしては少々趣味が悪いように感じるのは我だけだろうか」
「ここに動物か魔物でも収容していたのかもしれないな」
そこは先ほどの何もない部屋とは打って変わり、まるで刑務所のような場所だった。
通路をはさんだ両サイドには強固な鉄格子が嵌められ、一定の広さで区切られた檻が長く向こう側まで続いている。
そしてそこに入っていただろうものは、当の昔に死に絶えて骨と化していた。
腐敗した肉も皮もなく、臭いもしないことから、死後放置されてからかなりの年月が経っていることがうかがえる。
「けっこう色んな種類の魔物を飼ってた? みたいだね、たつろー」
「ああ。似たようなものもあるが、全部区画ごとに骨格が違う」
クマよりも二回りほど大きかったであろう巨大な生物の骨格から、中型犬サイズの生物の骨格まで様々転がっている。
「これだけの種類をこんな風に飼っていたということは、愛玩のためのペットというよりは、研究のための収容施設と考えたほうがいいかもしれないな」
「あの男の体に浮かび上がった奇妙な魔物の顔のようなものからしても、もしこれらでそのようなことをしているとしたら、なにか良からぬことをしているように思えてならないのだ」
ランスロットのその言葉に皆が頷く中、竜郎は興味本位で檻の中の骨たちを調べていく。
「骨に争って死んだ形跡はないし、傷一つない綺麗なものだ。何らかの薬物で殺されたか、あるいは自然死や餓死が死因としてあげられそうだな」
「魔物として価値はどーなの? たつにぃ」
「もしかしてマメタみたいな可愛い子とかいた?」
「クゥーン?」
豆太のようなかわいい子をいじめたのなら許さないぞとばかりに、珍しく彩人と彩花がピリついた気配を醸し出すものだから、竜郎は骨格からある程度の情報を解魔法で入手していき、《魔物大事典》のスキルで検索をかけてみることにした。
「お? これは数万年前にとうに絶滅している魔物じゃないか! こっちも、こっちは────今でもいるな。でもこっちも絶滅種の骨だ」
「なら貰ってっちゃう? 素材として使えそうじゃない? パパ」
「ほしくない……といえば嘘になるが、それ以上にこの骨にも何かしらの意味があるかもしれないから、ひとまずこのままにしておくよ」
まだ何がどんな作用を及ぼしているのか調べ終えていないので、現場はできるだけ維持しておきたい。それにだ。
「生前の魔物自体は、その時代においてはそこまで珍しい部類じゃないし、強かったり個性的だったというわけでもない。
だからどうしてもほしい──って程でもないんだよな。ここにいるのは」
「あー、別に強かったり珍しかったから集めてたってわけでないんだね」
いうなれば今の時代の魔物素材でも、代用がきく魔物の骨。目の色を変えて集めるほどの価値はない。
けれどそれでも竜郎は律儀に通路に並ぶ全ての魔物の死骸を調べて、珍しい魔物はいないかチェックはしていった。
しばらく檻と死骸が並ぶ通路を歩いていくと、行き止まりに差し掛かる。
またどこかに入り口があるのだろうと、壁や天井を探してみれば、案の定やや奥まった場所に隠すようにして壁と同化した扉を見つけた。
こちらも軽く触れてみれば、またまた描かれた模様の形をそろえるスライドパズルが現れた。
楓と菖蒲が私がやると身を乗り出し、すぐに解いてしまった。
「「うー!」」
「相変わらず鍵の体をなしていないねぇ」
「確かにこれならないほうがいい気がするのだ。それとも古代の人間では、このレベルのパズルでも解けなかったということなのだろうか……?」
「それはないだろう。字を読み解く必要もなく、形を綺麗に揃えるだけなんだから、少なくともこの世界基準でいう『人間』であるのなら、誰でも解けるはずだ」
では一体なぜ、こんな子供だましにすらなっていない、知育玩具のようなパズルをいちいち解かせるのか。
それは多分に気になるものの、今は先に進むことにする。
「これは…………畑?」
ニーナが思わず首を傾げてしまったその場所は、地下に作られた畑地帯に山の水脈を使って通している水路が広がっていた。
規模はそれほど広くはないが、これならここで数人程度自給自足で暮らすこともできたのかもしれない。
ただ今現在、その畑には何も植えられておらず、土は乾ききっている。光合成用の人工の光を放つ魔道具はとうの昔に壊れ、修理しなければ使えない状態。
水路だけは維持されているが、かなりの年月ここも放置されていたと思っていいだろう。
さらにこちらには食用に適した魔物を囲った柵と死骸もあり、他にも何も入っていないガラスケースが複数置かれていた。
ここで魔物を家畜として育て、肉も得られるようにしていたのかもしれない。
「これだけ気合入れて生活環境を整えてたってことは、確実に誰か住んでいたのは間違いなさそうだね」
「ああ、だがどうみても、今現在は誰もいなさそうなのに、人がいるというのが気になるな」
そのまま少し調べながらも先へと進み、また隠し扉を見つけたのでパズルを解いて先へと進む。
すると今度は古びたかび臭いベッドや書棚、机が並ぶ、やはりこちらも長い年月放置されていたであろう誰かの部屋に辿り着いた。
ここも詳しく調べようかと、まずは今にも壊れそうな机の上に置かれた本に竜郎が手を掛けようとしたとき──、その部屋の右隣から複数人の男たちの苦しむ声が耳に届いた。
「あ、そういえば」
「あの変な人たちもこの中にいたんだっけ?」
彩人と彩花はすっかりドデドバたちのことを忘れてしまっていたのか、苦しむ声を聴いてようやく思い出した。
竜郎は忘れていたわけではないが、それよりも調査を優先していたのですでに何かが行われてしまっているようだ。
「自分たちで望んでいたようだから、ここで俺たちがなにかをする必要はないのかもしれないが、何が行われているのかは気になるな。行ってみよう」
これまたお粗末な隠し扉とパズルを解いてやってきてみれば、ここに来たドデドバ含むすべての男たちが台の上に寝かされ、縛られたまま暴れている光景が目に飛び込んできた。
それと同時に、骨に皮を張り付けたような義手を付けたエルフのアンデッドの姿も──。
巧妙に幻術で生前の姿を模倣しているようだが、竜郎たちの目をごまかせるほどの精度はない。
「あれが『神父様』てやつか。神に仕える人間がアンデッドとか、何の冗談なんだか」
「マスターも気づいているだろうが、あれは高位のエルフがアンデッド化している存在のようだ。
我々ならともかく、普通の人間では太刀打ちできそうにないのだ。アレはここで始末したほうがいいのでは?」
「やってることもどうかしてるしね。上で暴れる前に、ここでやっちゃおうか」
「うーん、それもそうなんだが……」
あのアンデッドが何らかのラペリベレの繁殖のカギを握っていた場合、ここで倒してしまっては不味いかもしれない。
そんな考えの元、竜郎はどうするのが一番いいかと、頭を巡らせはじめるのであった。
次話の投稿日は未定です。遅くても一週間以内には投稿できると思います。