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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十章 エデペン山編
188/451

第187話 神父とドデドバ

 ──時は少しさかのぼる。


 竜郎たちがラペリベレの情報を求めやってきた町で、ドデドバ一行に絡まれ、エルウィンに気配を隠しすぎだと諭された少し後のこと。

 これまで巧妙に隠すことに専念しすぎたために、いい塩梅での気配の出し方の調整を間違え、本当に一瞬とはいえ一時的に強力な気配を漏らしてしまった──というおっちょこちょいな事件があった。

 それにより竜郎たちは人波を割って、盛大に注目されることになってしまう。


 だがこのときの竜郎たちは、それが1人の男の目覚めを呼び起こすことになっていたとは思いもよらなかっただろう。


 そんな偶然によって、遺跡の中にいた男は強力な気配を呼び水に目を覚ます。



「…………………………ワタシハ──ワタしは……そうだ。わたしは私だ」



 その場所にいた男は妙にクリアでありながら、どこか俯瞰で眺めているような奇妙な自分の感覚に首を傾げながらも、壁に寄り掛かるようにして寝ていた体をゆっくりともちあげ立ち上がった。


 ガリガリという音が部屋に響き渡る。

 何だろうと男が視線を音の方へと向ければ、そこには自分の左ひじから先の前腕部に嵌められた銀色の手甲のような義手が付いていた。



「私は義手だった? ああ、そうだ。義手だったんだ」



 そこでようやく自分が昔、1人の子供を守るために魔物に食いちぎられてしまった左手のことを思い出した。

 そしてそのときの自分が、毎日のように願っていた思いも──。



「この世界全ての人が、幸せになりますように」



 決して左手を失くしたというのは、男にとって苦い記憶ではなかった。

 それで未来ある子供を救うことができたというのなら、自分の手が犠牲になることなど大したことではない。むしろ誇りにすら思う。


 男はその顔に柔らかな笑みを浮かべ、光すら届かぬ真っ暗闇の部屋の中で、静かに天井に向かって祈りをささげるのであった。






 それからもう少しだけ時が経つ。



「くそっ──くそっ──クソクソッ──クッ──ソッ!!」



 その男の名前はドデドバ。そこいらのゴロツキをまとめ上げて、弱者から金品を巻き上げ生活をしていたチンピラだ。

 普段はクールを気取って余裕な表情を見せているが、世の中には自分よりも強い存在がいることも冒険者時代に嫌というほど見てきたので、その心根は臆病者でもある。


 そんな男は引き連れていた子分たちが見たら離れてしまいそうなほど、みっともない顔で悪態をつきながらも、見えない何かに追われているかのように必死で走っていた。


 顔中涙と鼻水にまみれ、息はすでに上がっている。

 けれど疲れて足を止めようとしたら、竜郎たちのうっかりで強烈な気配が漏れ出し、過敏になっていた彼の防衛本能がもっと逃げろと囃し立て、臆病な彼は無理でもなんでもそれに従って走り続けるしかなかった。



「ぐっ!?」



 しかし限界はおとずれる。

 そこまでレベルもステータスも高くない彼の足は町から大して離れていないあたりで、頭ではちゃんと動かそうとしていても疲労や焦りによって、もつれてしまう。

 なんとか反射的に顔を守るように腕を前に出すが、ずざざざっ──と硬い岩の混じった地面に体をこすりつけてしまう。



「ぜー──はぁ──ヒュー──ヒュッ」



 多少の痛みはあったが、その程度で大怪我を負うほどのステータスでもなかったので、転んだからドデドバが動けなくなったわけではない。

 ただ限界を超えて動きすぎたせいで酸欠状態になり、目を開けているのに視界が暗くなる。

 耳鳴りも酷く、必死で酸素を取り込もうとヒューヒューと喉がなった。



「はぁ……はぁ……」



 気絶というほどではないが、半分眠るような形で横たわっていたおかげで体調も戻ってきた。

 そうなってくると、また黒い感情が湧き上がってくる。



「くそっ──なんで──なんでだっ! 不公平だっ。

 あんなガキみたいなやつがあんなに強くて、なんで俺はこんなに弱いんだよっ!!」



 不公平。それはドデドバがずっと、この世界で感じていたことだった。

 彼は上に兄が1人いる。その兄にシステムがインストールされたときに授かった初期スキルは、一般人からしてみればかなり当たりの部類に入るもの。

 一方ドデドバはといえば、その真逆ともいえる誰でも頑張ればスキルポイントの消費すらなしに取得できる、なんの変哲もないものが初期スキルだった。


 どちらが大成するかなど火を見るより明らかで、彼はずっと優秀な兄とダメな弟という目で周囲に見られ続けた。

 運がいいだけ。自分だって初期スキルに恵まれていれば兄と同じように──。

 それは僻みもあったのだろうが、正しいともいえる。実際にお互い逆のスキルを授かる可能性だってあったわけなのだから。


 しかしそれがどれほど正しい意見であっても、今生きている現実は変らない。ドデドバは兄と比べられる自分が嫌で故郷から逃げ出した。


 逃げ出した先で彼は冒険者となった。着の身着のままで身分が得られる職業などそれくらいしかないとはいえ、自由なその気風はドデドバに合った。

 だから彼は彼なりに頑張った。一生懸命自分なりに強くなろうと努力した。

 そのおかげでそこいらのゴロツキには負けないくらいの力を手に入れた。

 けれどその上に行くことは、なかなかできなかった──。


 そんな彼が冒険者時代に味わったのは、初期スキルの差以上に種族の差。

 自分と大差ない初期スキルを授かっていそうなものでも、例えばエルフ、例えば獣人、例えば天魔。彼ら彼女らはその種族にあった大きな種族的特性で、その不遇なスキルすら押しのけて一定の強さを身に付けることができた。


 それは同種からしたら大したことがなくとも、ただの人種でしかない、しかもその中でも恵まれなかったドデドバにとっては、自分と同じくらいの努力であっさりと自分よりも上に行く存在に、不公平を感じざるを得なかった。


 あるいは貧富の差。自分と同じように大したことのない普通の人種でも、お金があれば人を雇いレベリングすることでドデドバより強くなることができた。

 そんな依頼を出しにくる親子を、冒険者時代にドデドバは何度か見ている。

 綺麗な手をしたまま、自分よりもあっさりと強くなったお坊ちゃん、お嬢ちゃんたちを。


 結局彼は自分の劣等感をさらに膨らませながら、自分よりも強い魔物に追い回されたトラウマから冒険者を辞め、ただのチンピラに落ちていった。



「いつだってそうだ。世の中不公平すぎるんだっ。

 俺だっていいスキルに恵まれていたら、いい種族に生まれていたら、いい家に生まれていれば、絶対に大成できたはずなんだっ!! くそっ! くそっ! くそがぁあああ!!」



 今の惨めな自分に、自分を優遇しない世界に対し、彼は怒り地面に八つ当たりをするかのように拳を叩きつける。

 それは誰も見ていないと思っていたからこそできた、素直な彼の感情の発露だった。


 けれどそれを見ている存在が1人──。



「おやおや、いけないよ君。そんなに叩いたら手を痛めてしまう」

「──は?」



 いきなり聞こえた声にドデドバは間抜けな声を出しながら、顔をあげる。

 するとそこには、ややボサボサながらも長く青みがかった金髪をした碧眼の、エルフの男が立っていた。

 左手には前腕部が手甲のような義手が嵌められ、服はボロボロ。そのボロボロな服のせいで露わになっている胸元には、魔物か何かに襲われたかのような、大きなひっかき傷が痛々しく残されていた。


 そんな男は目が合ったドデドバに、とても優しい笑みを浮かべながらその手をそっと、ギュッといたわるように握りしめた。


 ひんやりとした義手の感覚にはっとなり、ドデドバはそのエルフの男を押しのけようとしたが、その前に暖かさを感じて体が思わず止まる。



「これで傷は治ったね」

「え……あっ」



 感情のままに地面に叩きつけていた拳は、血だらけだった。けれど今はそれが嘘だったかのように、癒えているではないか。


 普段ならさわんじゃねーよと、恩人だろうが何だろうが他人を寄せ付けることはない。

 けれどすさんだ生活をしてきたドデドバは、こんなふうに心から自分を心配しながらも、包み込むような優しい笑顔を向けられた記憶がほとんどなく、思わず言葉を詰まらせてしまう。

 それに不思議なことに、このエルフの男性だけは世界で誰よりも信頼できるとすら感じてしまう。



「私の名前はギヨーム。君の名前は?」

「えと、俺はドデドバっていう名前で……」

「ドデドバ君か。素敵な名前だね。それでドデドバ君。せっかく知り合えたんだ、君のその心に抱える悩みを私に打ち明けてみてはどうだろう?」

「い、いや、それは……」

「安心してほしい。私はクリアエルフ様を祭る教会で神父を務めている。そして私は、その中でたくさんの人の悩みや相談を聞いてきた。

 だからどんなことでも決して他言しないし、もしかしたら君の今後の手助けもできるかもしれないよ。どうだろうか?」

「神父さ……ま……」



 その慈愛に満ちた笑みは本当に美しく、心が洗われるよう。

 すさんでいた心もすっかりと落ち着きを取り戻し、気が付いたころにはドデドバは今までの人生と、これまで抱えてきたどす黒い感情や悩み、その全てをギヨームに語って聞かせた。


 そんな彼の話を、中には彼と同じ種──エルフをけなすような内容まであったというのに、ギヨームはずっと優しい顔で話を聞き、時には同情して涙まで流してくれた。



「辛かったんだね……。その気持ち、少し私も分かるよ」

「えっ、神父様もですか!? 信じられません」



 なんといっても彼もドデドバが妬む、恵まれた種族──エルフ。自分のような劣等感を抱くなんて考えられない。

 しかしそれは本気だとばかりに、優し気なギヨームの顔に影が差した。



「私もね。この自分の種族を呪ったことが……………………あれ?」

「どうしました?」

「いや、なぜ私は自分の種族を呪っていたんだろうか?」

「お、俺に聞かれても……」



 ドデドバのいうことはもっともな話で、自分のことなのにどこか他人事のように首を傾げるギヨームに、彼は困ったように眉間にしわを寄せる。


 だがそんな彼を見てギヨームは「まあ私のことはいいか」と簡単に思考を投げ捨てると、ドデドバの手を取った。



「ならば一緒に来てくれないかい? 君の言っていた不公平。私ならどうにかできるかもしれない」

「えっ? それは本当なんですか!」

「ああ、一度でいいから私を信じてほしい。私は自分の種族の主張が強すぎて無理だったが、ただの人種である君なら"アレ"が通用するかもしれない」

「あれ……? ですか?」

「ああ、それができれば君はもうただの人種を超えた新たな種として生まれ変わる。

 そしてこれまでにない色んな力に目覚めるはずだ」

「ま、マジかよっ!! 頼む! いやお願いします、神父様! 俺にそのアレってやつをやってください!」



 普通に聞いたら怪しさしか感じない提案だ。だというのにドデドバは心からこのギヨームを信じ、その得体のしれない"アレ"というのも真実だと疑わない。

 そんな彼を見て、ギヨームは愛しい我が子を見るような目で唐突に、ドデドバに問いを投げかけた。



「なあ、ドデドバ君。もし今言ったように、人種という種を超えられたら、君は幸せかい?」

「もちろんだ! いや、もちろんです! 神父様。それでやっと俺の人生がはじまるんです!」

「そうか。なら私も頑張らなくてはね」



 そう言ってギヨームは、本当に嬉しそうに笑った。






 ギヨームに連れられるがままにやってきたのは、あの遺跡のある場所。そこはドデドバが寝転がっていた場所のすぐそばだった。

 ギヨームが近づくとその遺跡の扉は勝手に開き、ドデドバを中へと連れていく。



「えっ!? 神父様がもう1人!?」



 中に入ってまず驚いたのは、ギヨームと同じ姿形をした存在が、その遺跡の中にいたこと。



「もう1人おいていかないと、私もこの中に帰れなくなってしまうからね」

「ど、どういう……? ──っ、消えた?」



 意味が分からずもう1人のギヨームを凝視していると、霞のごとく消え去った。

 そのことにドデドバが驚いていると、ふいに腕をギヨームに引かれた。



「そんなことはいいじゃないか。こっちにおいで。はやく新しい君に生まれ変わりたいだろう?」

「あ、ああ、そうでした」



 道中変わったものをいくつか見てきたが、そんなものよりも新しい自分になれるのだと心躍らせるドデドバは気にせず付き従う。

 そして一番奥の部屋──から左に続く大きな部屋にやってくると、そこにある台に寝そべるように指示された。


 その台に寝そべると、突然ドデドバは四肢を硬いロープで拘束された。



「な、なに……を…………」



 それと同時に体に力が入らなくなっていき、眠気が襲ってくる。

 そんな彼の顔を覗き込むようにしながら、ギヨームは優しく声をかけた。



「落ち着いて。そしてゆっくりと目を閉じて眠るといい。起きたままだとこれは少々辛いからね。

 四肢を縛るのだって、無意識に体が暴れないようにするため。アレが終わったらすぐにほどくから安心してくれ」

「……あ」

「おやすみ。起きたら君はもう、新しい君だ。もしそうなったら、君は幸せなんだろう?」

「は、い。しあ……せ……す」



 そうしてドデドバは意識を手放し、夢の世界へと旅立った。



「じゃあ、はじめようか」



 安らかに眠る彼の上半身の服を破って脱がせ胸板をあらわにすると、ギヨームは手に異様なものを持つ。

 それは大きなハンコ注射のような器具だが、針の部分は針というより黒い触手のようなものが無数に揺らめいていた。



「これでまた1人。私はこの世界の人を幸せにできるんだね」



 そしてその触手の注射を、ためらうことなく彼の心臓がある左胸に容赦なくたたきこんでいった。


 ビクンとドデドバの体は痙攣し、暴れはじめる。

 けれどギヨームは気にせず、もう2つ同じものを刺していく。

 その度にドデドバの体は暴れ、その皮膚の表層には魔物の顔のようなものが浮かび上がり皮膚を突き破って出てこようとする。


 ドデドバの異様な状態を冷静にみつつ、ギヨームはポツリと誰に言うでもなく言葉を漏らす。



「もうこれか……、これでは3つが限界だね。これはあと3回くらいやったほうがいいか──」






 どれくらいの時間が経ったのか、ドデドバに分からない。

 ただ目が覚めると、四肢の拘束はなく、台の上にシーツをかけられた状態で眠っていた。


 上半身を起こし、ドデドバはゆっくりと台の上から下りて立ち上がる。

 するとその時点で大きな変化が自分の体に起こっていることにきがついた。


 まず今までの自分は全身に錘でも括り付けていたんじゃないかと思うほどに、体が羽のように軽い。

 次に溢れ出ているのではないかと錯覚するほどに、力に満ち満ちている。

 ためしに自分が寝そべっていた台の端をつまみ、ギュッと軽く力をこめると金属製だというのに指がめり込み跡が付く。

 こんなこと、以前の自分では考えられない。興奮で顔がにやけていくのを感じる。



「すげぇ……」

「喜んでくれているみたいで嬉しいけれど、まだ終わっていないんだ」

「神父様! これでも終わっていないんですかっ!?」

「ああ、明日もう一度、その次の日にもう一度やろう。それできっと、君は人種という頸木から完全に解放される」



 ぶわっと全身に鳥肌が立つ。これ以上があるのなら、もしかしたらあのガキどもにも勝てるようになるんじゃないかとドデドバは夢想する。

 それと同時に、手下たちの顔も浮かんでくる。



「な、なあ、神父様。もしよかったら、俺の仲間たちにも同じことをしてほしい。だめですか?」

「そのお仲間さんたちも、それで幸せになれるのかい?」

「ああ、絶対に! あいつらならそれを望むはずだ──はずです!」

「そうか。なら連れてきてほしい。皆一緒に、幸せになろうじゃないか」

「はいっ!」



 ドデドバは遺跡から飛び出して、手下たちの元へと向かった。

 自分だけじゃなく、あの手下たちを強化して傘下に加えれば、もしかしたら一国すら落とし、自分のものにできるのではないかと興奮しながら。



「ふふっ、ふふふっ。嬉しいな、あんなに喜んでくれるなんて。

 また私は、たくさんの人を幸せにできるようになったんだ…………ん? また? まあ、いいか」



 そしてそんなドデドバの去っていった方角を見つめながら、天使のような笑顔を……けれどどこか大事な何かが壊れてしまっているかのような笑顔を、ギヨームは浮かべるのであった。

次話の投稿日は未定です。遅くても一週間以内には投稿できると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 主人公が早期に介入してなかったら本郷猛みたいな人がが生まれてそう(´・ω・`)
[一言]  神父はクリアエルフへの憧れをこじらせてそうで、ついでに何かロクでもない研究をやらかしてそうです  また《偽身偽魂》スキルか、類似の能力は持ってそうな感じですな  ドデドバはスキルや生まれ…
[良い点] システム導入世界ならではの悩みですね。 地球視点からだと破滅的な神が居なくて、システムあるとか恵まれてると思うけどな、SPさえあれば余程の物でなければ一つか二つは望むスキル手に入れれそうだ…
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