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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十章 エデペン山編
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第186話 あのナイフ

 認識阻害を解いて遺跡の扉の上にゆっくりと飛び降りた竜郎たちは、エルウィンたちの前に姿をさらす。

 敵襲かと身構えた彼らだったが、竜郎たちだと分かると手に構えた武器を下におろした。



「昨日ぶりですね。今更になりますが、僕の名前は竜郎・波佐見といいます」

「え、あ、ああ。俺はエルウィン・ディカード──って、そうじゃない!

 早くそこをどいてくれっ。すぐに行かなければ手遅れになるかもしれないんだ!」

「なぜあなたたちが急いでいるかも知っているので、まず落ち着いてくれませんか。

 ……それにしても、ディカード。ということはやはり、あなたは"あの"エルウィンさんでしたか」

「……あの、とは?」



 竜郎たちがゴロツキたちの仲間ということは考えにくい。

 そのうえで彼らが大丈夫だというのなら、大丈夫なんだろうと落ち着きを取り戻したエルウィンは、ひとまず最初に気になった自分の名前への反応について疑問を投げかけた。


 竜郎の言い方からして、エルウィン自身がそこそこ名の知れた冒険者だから知っていた──というようには感じられなかったからだ。



「その前に確認なのですが、あなたの──エルウィンさんの母親の名前はマリオンという名前であっていますか?」

「えっ? た、たしかに俺の母親の名前はマリオン・ディカードだが……なんでそんなことを知っているんだ?」



 突然出てきたエルウィンの母親の名前に、彼自身どころか、パーティメンバーたちまで不思議そうに顔を見合わせた。



「実はマリオン・デイカードさんと面識がありまして。

 たまたまご実家のあるオブスルに寄ったときに再会して、もし息子と会うことがあるなら、よろしく言っておいてほしいと約束していたんです」

「君たちが俺の母親と……? いったいどんなことがあって知り合うんだ?

 ああ、いや、別に悪いと思っているわけじゃないんだが、純粋に繋がりが分からなさ過ぎてだな」



 一般的に強者の部類に認識される自分たちからしても、人外クラスの化け物としか思えない竜郎たちが、一般的な田舎町に住む主婦の1人でしかなかった母親とどうやったら知り合うことができるのだろうか。

 それも息子に伝言を伝えてくれと頼めるくらいの仲にだ。


 あまりにも繋がりが読めなさ過ぎて、今母親は何か自分が予想だにしないことに手を出しているのではないかとエルウィンは不安すら覚えた。


 そんな彼の心情を知ってか知らずか、また竜郎たちから予想外な答えが返ってくる。



「実はあなたが持っている、そのナイフに縁がありまして」

「な、ナイフ? というと……もしかしてこのうちが代々家宝として長年用いてきたっていうこのナイフのことだろうか?」



 そういって彼が竜郎たちに見やすいように手のひらの上に軽くのせて見せてくれたのは、竜郎たちが彼の亡き父ディカードの遺言にしたがってマリオンに渡したナイフ……に似たもの。

 しかし


「おそらくそれだと思うのですが……、僕らの知っているものとは少し違います。

 なにか改造など後から手を加えたりしたのでしょうか?」

「おどろいた。疑っていたわけではないが、本当にこのナイフについて知っているんだな。

 確かにこれは、俺の力にあわなくなったから改良してもらったんだ」



 聞くところによればリアの故郷でもある職人の町ホルムズには、他人の作品に手を加え強化することを得意とする職人もいるらしく、エルウィンは自分の実力に追いつかなくなったナイフをその人物に依頼して改良してもらったらしい。


 その際には今の──それなりに名の知れるようになった彼でさえも躊躇する金額が必要になったせいで、多額の融資を冒険者ギルドに頼み込んだりと苦労もあったようだが、そのおかげで今も父から受け継いだナイフを使い続けられるようにできたようだ。



「いやぁ、そこまでして使い続けてくれるなんて、届けた私たちもなんだか嬉しいよ~」

「えっと、え? 届けたとは?」

「ああ、そういえばエルウィンさんは知らないんだっけ。実はね──」



 今より37年ほど前といえばエルウィンはまだまだ子供。

 竜郎たちが目の前のナイフを持っていったなどとは、知る由もない話。

 愛衣は当時のことを話せる範囲で、短くまとめて語って聞かせた。



「そんなことが……」

「というか、エルウィンが子供の頃ってことは、やっぱり見た目通りの年齢じゃないってことなのね」



 竜郎と愛衣に限って言えば10年もすれば見た目通りではなくなるだろうが、今の年齢は見た目相応。けれどそれをここで説明する必要もないので、そのまま聞き流す。


 しかしエルウィンだけは竜郎たちの年齢のことなどは興味なさげで、どことなく居心地が悪そうな表情をしていた。



「エルウィンさん? どうかされましたか?」

「あ、いや、その……だな。まさかこのナイフを届けてくれた、少年と少女の若い冒険者が君たちだったとは思わずね。

 だからさっきの"そこまでして使い続けて~"という言葉が、途端に耳が痛く感じてきてしまったんだ」

「と言いますと?」

「……届けてくれた君たちにこんなことを言うのもはばかられる話なんだが、実は最初、俺はこのナイフを使うのやめて、別のナイフを新調しようと考えていたんだ。

 もちろん売り払ったりせずに、父さんの形見として母さんに渡そうとしていただけなんだがね」



 実のところ、エルウィンがこのナイフを今もまだ使い続けているのは、父親の遺品だから、代々伝わる家宝だから──などという事情はないとは言わないが、それほど重要視されていないと言っていい。

 なぜなら竜郎たちが届けた形見のナイフを改良強化するよりも、まったく新しいものをオーダーメイドで作ってもらうほうが資金的にも優しく、今の自分に適した物で戦えるようになるという利点すらあった。

 それなのにこのナイフに固執するのは、彼なりの打算があってこそ。



「俺にもよく分からないんだが、俺が今の力を持てているのは、このナイフのおかげと言っても過言ではないんだ。

 なにせこのナイフを使うのをやめてしまうと、俺は剣神さまからそっぽ向かれてしまうみたいでな」

「剣神さまがそっぽを向く?」



 竜郎たちの仲間のうちの誰よりも剣神と馴染みの深い愛衣が、そんなことでそっぽを向くだろうかと首を傾げた。


 けれど話を聞いていくうちに、竜郎はそれがどういうことなのかおおよそ理解ができた。


 エルウィン曰く、そのナイフを母親から譲り渡され使うようになってから、なぜか嘘のように《剣術》のスキルがメキメキと伸びていったのだそう。

 当時まだ幼かった頃の彼は、まさに自分は天才だと自画自賛した。

 だが油断すれば簡単に死ぬ世界なのだと、母親から耳にタコができそうになるくらいいい聞かされてきたエルウィンは、決して驕ることなく鍛錬を続け、その勢いのままに冒険者として活躍していった。


 気獣という《体術》や《剣術》などの、さまざまな武術系スキルを司る個々の神体の部位を、己の気力で再現する気獣技の発現。

 これはスキルレベル10以上が最低条件となっているが、そこからさらに対応した神──《剣術》ならば獅子の姿をした剣神に、たとえばお前は私の牙を再現することを許可すると認められなければ、発動すらできない武術家にとっての高等技術。


 それもエルウィンはなんなく認められ、今現在できるのは犬歯にあたる一番鋭い左右の牙2本、左右にある中指の爪2本、タテガミと、一部位だけしか認められないものも大勢いる中で彼は5部位も気獣技として再現できる状態。

 まさに剣神に愛された存在と言われてもいいレベルに、恵まれた人間だ。


 けれどそんな恵まれた状態で魔物を倒し、実績を積み、レベルが上がっていくと、ディカード家の家宝と呼ばれていたナイフでは実力に見合わなくなってしまった。

 なにせディカード家は代々冒険者としてやってきてはいたが、別段名の知れた家系というわけではない凡人の一族。

 その一族の中で優秀だと言われた祖先が頑張って買ったナイフでは、ディカード始まって以来の天賦の才を抱えたエルウィンの枠に収まるわけもなかったのだ。



「だからこそ俺は、次のディカード家の家宝とするナイフを新たに用意してもいいんじゃないかと考えたんだ。

 そして実際にオーダーメイドで新しいナイフも買ってしまったんだが……」

「ナイフを変えた途端、エルウィンは気獣技が使えなくなった。

 それどころか、《剣術》のスキルもどうみてもレベル相応の力を発揮することすらできなくなっちゃったんだよねぇ」

「……それはまた極端な」



 エルウィンが詰まらせた言葉を継ぐように、隣にいた短槍持ちのトラ獣人の女性が答えてくれた。

 それに対して竜郎は、何と言っていいか分からず短い感想くらいしか口にすることはできなかった。


 そんな竜郎にエルウィンは自嘲するように肩をすくめた。



「だろう。まさか剣神さまに気に入られていたのは、俺ではなくこのナイフだと知ったときは、これまでの人生は何だったんだろうと絶望しそうになったよ」

「けど冒険者はやめなかったんだね」

「ああ。そんなわけはないと自暴自棄になりながらも、いろいろと調べていった結果、どうやら剣神さまは単純にこのナイフを気に入っているというわけではないと知ることができたからね」



 エルウィンはそれじゃあ、このナイフさえ使えば誰でも剣術家としてやっていけるじゃないかと、パーティメンバーたちなどや、関係のない一般人に頼んで実験したのだが、なぜかそちらには何の恩恵も与えられなかった。

 しかしエルウィンが使えば、その恩恵は十分に得ることができた。



「つまり剣神さまは、このナイフを使う俺にだけ恩恵を与えてくれていたんだ。俺とナイフ合わせて一つ。なら別にいいじゃないかとね。

 それにもしかしたら、俺の子ができて、その子がこのナイフを使うようになったときに、またその恩恵を与えられるかもしれないしな」



 竜郎はおそらく、その仮説は正しいのではないかと感じたし、実際にその考えは正解だった。

 剣神は、愛衣が届けてあげたそのナイフを大事に使い続けるのなら、その一族にそこそこの恩恵を与えてやろうと決めているからだ。

 剣神の気分的には『うちのアイちゃんが頑張って届けてあげたんだから、ちゃんと代々大事に使えよ』といったところだろう。


 なのでエルウィン・ディカードの直系でまたナイフを使うものが現れ、そのナイフを手に持てば、愛衣ほどではないにしろそれなりに大成できる程度の恩恵を授かれる。

 それはまさにお金に変えられないオンリーワンな価値を持つ、ディカード家の家宝の名にふさわしい、とんでもナイフになったというわけである。



「だから形も見た目も、このナイフが持つ癖もできるだけ変えずに、最大限まで強化する方法を探した。

 そのせいでとんでもない額を用意する羽目になったが、もしも俺の子供にもその恩恵が受け継がれていくのなら安いものだろうな」



 竜郎は自分たちが、というより愛衣が武術系の人間に関わることで、こういうことも起きるのだなと改めてその影響力に苦笑した。






 それからエルウィンたちには冒険者ギルドに、今回のことを伝えるように伝言を頼んだ。

 これより竜郎たちが対処するので、誰も近づけさせないようにと。



「それと町長にも僕らの名前を出せばある程度融通をきかせてもらえるはずなので、そちらにも連絡していただければと」

「もう町長と繋がりが持てているのか……さすがだな。分かった、そちらにも話を通そう」



 エルウィンたちもランク持ちの冒険者。その社会的信用度は高いので、向こうもちゃんと聞いてくれるだろう。

 そうして竜郎たちはエルウィンたちのパーティと別れ、そろそろ向こうの警戒も薄れているだろうと、乗り込む準備に取り掛かるのであった。

次話の投稿日は未定です。遅くても一週間以内には投稿できると思います。

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― 新着の感想 ―
[一言]  前作32話を読み返す──なるほどエルウィンが竜郎と愛衣を見ても誰か分からないのも道理ですね  冒険者ギルドで二人の業績を調べてみたら、ひっくり返るほど驚きそうですw  エルレン氏は落命と…
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