第181話 ラペリベレの試食会
ルティは囲いの中にいるラペリベレを追加で何匹かひっつかみ、竜郎たちの試食分を用意しながら、その魔物について講釈してくれた。
「このラペリベレという魔物は、植物なのだがその実態は虫に近いんだ。
だから基本的な植物系魔物と違って種のようなものはなく、普通の魔物と同じように雌雄が明確に分かれてもいる。
もちろん繁殖方法も、互いの魔力を混ぜ合わせて魔卵をつくる──という一般的な魔物と同じだね。
ただなぜか、この場所でしか繁殖をしないということを除けばだけれど」
「テイムして命令した場合でもダメなんでしょうか?」
「それもダメみたいだね。私がテイム系のスキルを取得して、実際に試してみたことはあるんだ。
けれどそもそも根本的にそういうふうに設計されているとでも言うかのように、拒否ではなく不可の感情が返ってくるだけだったね」
「なるほど……」
そうなってくるとテイムより上級の眷属にしてしまっても、結果は同じ可能性が高い。
ここでしか繁殖させられないというのも、転移が使えるにしてもなかなかに不便だ。
『もし本当にここでしか繁殖できないという魔物だった場合、マスターの《強化改造牧場》内で似たような環境を整えて──というのも無理なのだろうか?』
『まだ原因が究明できていないから何とも言えないが、ただ見た目の造形を似せただけじゃ無理だろうな』
竜郎もランスロットが念話で言う、環境の再現については考えていた。
しかしたとえそれができたとしても、《強化改造牧場》内で繁殖させた作られた魔卵では、また微妙に味が変わってしまう。
なので最も大衆受けのいい品質のものを作ろうと思うのなら、どうしても外で繁殖を促せる場所が各所に作れた方が将来的にも効率的なはずだ。
「あと他に分かったことといえば、食せる部分、いわゆる果実の部分はこの植物にとっての脳や心臓に該当する臓器に近いようだ。
あの外側にある筋も血管のように養分を通す管のようだしね」
「えぇ……。その情報はあんま知りたくなかったかも」
「ん? そうなのかい? しかし今後ラペリベレを取り扱おうと思うのなら、いろいろ知っていたほうがいいと思うぞ」
根っからの研究者気質のルティにとっては、内臓だろうが何だろうが結果美味しく食べるのならなんでもいいという考えなので、愛衣の気持ちはよく分からないようだ。
また愛衣の方もあまりにもルティが平然としているので、生レバーやホルモンを食べるような感覚だと思えばいいのかなと勝手に折り合いをつけた。
また補足として説明されたのは、このラペリベレという魔物は素早く逃げ足はピカイチ。
体組織全体にある程度の弾性があるので、壁などにぶつかった際の衝撃には強い。
しかしその他には脆く、ルティがやったように掴んで引っ張るなど、打撃以外の攻撃には耐性がほとんどない。
ただそもそも高高度の空の上でラペリベレを捕まえられるような外敵は、そうそういないので、あまりそこは野生で生きる分には弱点となっていないのかもしれないが。
「だが平気で千年単位生き続ける魔物が多く存在するなかで、このラペリベレは寿命が短い。
長く生きても5、60年がやっとだろう」
「そんなに短いんですね……」
基本的に魔物は生命力が強く、寿命も普通の人をはるかに凌駕するほど長いとされている。
今はこちらの仲間となってくれている魔物たちもそうだし、今は人間に至ったキー太も竜郎や愛衣とは比べ物にならないほどの時間を生きてきた魔物だったのだ。
そんな魔物でありながら、この世界の人間の中で短命とされている一部の獣人や蟲人種族など並みに短いというのは、なかなかに目立った特色といえよう。
「そして死ぬときは必ずここに、繁殖場に戻ってくる習性ももっている。最後に子孫を──という本能がそうさせるのだろうね。
だから君たちが下の町で聞いた、おそらくラペリベレだと思われる果物は、私が捕まえることなく天寿を全うした成れの果てだろう」
「でも空から落ちたら実は潰れちゃいそうだね、パパ」
「そうだな。かなり高いところから落ちるだろうし」
「それが案外そうでもなくてね。ほら──」
ルティが手に持っていたラペリベレの1つを、床に向かって軽く投げる。
全員が「なにをっ」とラペリベレの果実が潰れる光景を想像したのだが、それに反してボールのようにポーンと弾みルティの手のひらに戻っていった。
「これはけっこうな高さから落ちても、弾んで潰れないんだ。もちろんかなりの高さになるから、落ちた先の状態が良くなければ普通に潰れるだろうけれどね。
それに美味しいものには魔物や鳥、動物だって敏感に反応するだろうし、落ちた衝撃で傷めばそこから腐敗していく。
たとえ落ちたとしても、人が見つけるのはよほどの幸運の持ち主でなければ難しいだろうけれど」
「じゃあやはり幻の果物と呼ばれていたのは、このラペリベレということで間違いないみたいですね」
「私もそう思うよ。複数落ちていたというのも、複数同時に繁殖を行えるから、団子みたいに固まったまま卵を孵化させて死んでいったからだろうしね」
「複数同時に繁殖を……ですか?」
なかなかに興味深い単語に竜郎はすぐに食いつき、説明を求めた。
どうやらラペリベレは1匹のオスに対して複数のメス。またはその逆──という状態でも、魔卵を生成し孵化までもっていくことができるのだとか。
ただし魔卵をつくるには、同種の雌雄が互いに魔力を消費しあう必要がある。
保有している魔力の関係で1対多数の同時魔卵生成をするには、強い個体でなければなかなか成立はしないようだが。
「それでは一体、非常に強い個体を用意し、その個体とは逆の性別の個体を強さ問わず複数用意できれば、一遍に魔卵を生成することができるということですか」
「まあ、そうだね。けど私も実際にやったことはあるけれど、速度に偏り過ぎていて戦闘能力は皆無。
だからレベルを上げるのも一苦労なくせに、周期的なものもあるのか魔力に余裕があっても、立て続けに繁殖しようともしない。
それなのにせっかく育てた強個体が、たった数十年で死ぬんだから苦労に見合わないという結論に至ったね」
竜郎ならそのあたりもいくつか融通が利くようにできそうなものだが、そこまで効率を求めなくとも、繁殖できる場所は限られているがルティのように一か所に集めて放置しておけば勝手に増える。
いったいどういう育成方針で繁殖し生産するのが、一番いいのだろうかと竜郎が頭を悩ませていると、甘い果実の匂いが鼻孔をくすぐりはじめた。
「どうだい? いい匂いだろ? 死後少し経つと果実から香りが広がるようになるんだ。
う~んここだと少しうるさいし、見学もこれくらいにして一度家に戻ろうか」
「「はーい」」「「あーう」」「キャンキャン」
彩人、彩花。楓、菖蒲。豆太がそれぞれ返事をし、ルティの手に持つ果物から目を離さないちびたちを彼女は連れて家の方へと戻っていく。
竜郎たちも遅れないように、彼女についていった。
また椅子を置き直してから、ルティが自ら魔法で綺麗に分割したラペリベレの果実をお皿の上に並べていく。
メロンのような筋が入った外皮から香わっていた匂いも良かったが、いざ切って広げてみればそれはもう比ではなく濃厚なものになる。
「ねえ、たつろー。普通こんだけ甘ったるい匂いがすれば、逆に気持ち悪くなりそうだよね。なのに……」
「まったく、というより、むしろ早く口に入れたいって気持ちになってくるな」
「そうそう」
「……そうはいうが、意外に冷静だな君たちは。私がはじめてこの果実を拾ったときは、もっとむしゃぶりつくような感覚だったのだが」
「我らはそれと同格の美味しい魔物を有している。それがまだ冷静でいられる原因なのだ」
真面目腐った顔でランスロットは、とても冷静ですよと、我先にと「いただきます」の合図をソワソワしながら待つチビたちとは違い、身を乗り出すことなく椅子にきちんと座っていた──が。
「真面目な顔してるけど、よだれが少し垂れてるランスロットくんはあまり冷静ではなさそうだね」
「う、うぬぅ……」
彼が待ち望んでいた果物ということもあってか、やはり完全に感情を制御しきることは難しかったようだ。
自分でも気が付かずにいたよだれを、彼はそっとハンカチで拭った。
そんな可愛らしいランスロットに頬を緩ませながら、ルティはどうぞと言って全て切り分けたラペリベレが乗った皿をそっと竜郎たちの方へと押し出した。
「「「「「「いただきます」」」」」」「「あうあうあ」」「キャン!」
竜郎はいつもは出す側なのに、今回は逆なことに新鮮さを覚えながら、すでに手に持っていた自前のフォークで一切れさして口の中へと運んでいく。
豆太はあげたがる彩人、彩花に任せてあり、楓と菖蒲も自分でフォークを扱えるので問題ない。
「んっ!」
第一印象はとにかく甘い。けれど匂い同様、甘すぎるのにくどく感じない。それどころか、その甘さが癖になるほど。
噛めば噛むほどその甘い果汁は口の中に溢れ出て、その一切れのどこにそれほどの水分を隠していたんだと驚いてしまう。
また外皮。かみ切れないほどではないが、そこそこ硬いそれをカリッと噛み砕いてみれば、こんどはそこから甘酸っぱい味が口の中に広がりはじめる。
甘さになれはじめていた口の中に、ほどよい酸味が新たに加わったことで、また新鮮な味わいとなって口内に広がっていく。
「こ、これは至上の果物なのだ!」
「ぎゃう♪ ほんとに美味しー!」
大人しく座っていたランスロットも思わず立ち上がり、二切れ目へとフォークを伸ばす。
「美味いのだー!」
「ちょっとランスロットー」
「ボクたちとマメタのもちゃんと残してよー」
「はっ、す、すまないのだ……。うーむ、この果物は魔性の果物すぎる……」
3つ、4つと食べつくす勢いのランスロットに、彩人と彩花は頬を膨らませて抗議する。
自分の兄?姉?にあたる2人だが、精神的には自分のほうが上だろうと思っていたランスロットだったが、今の自分を客観視して実はそうではないのかもしれないと、フォークに突き刺さった果物を見つめながら反省したのだった。
そんなやりとりがありながらも、だいたい平等な数だけラペリベレを食べ終わった竜郎たち。
未だに口の中に残る甘い香りが、よけいにまた食べたいと思わせてくれた。
「どうだい。食べてみて余計に欲しいと思っただろう?」
「はい。とても。ぜひ、あとでうちの食材と交換していただきたいですね」
「うんうん、私もそちらの食材が楽しみだよ」
「なんなら今すぐ、お出しすることもできますよ? 試食させていただいたお礼としてどうですか?」
「うーん。それは非常に楽しみではあるが、今は私もラペリベレを食べたばかりだ。
君たちがそれほど太鼓判を押すものなら、もっとちゃんとお腹がすいたときにでも味わいたい。
だから先に、私が気になっている場所について説明させてほしいな」
「例の何故ここ一帯でなければ──というカギを握っているかもしれない場所のこと、ですね」
「ああ、それだ」
「僕らはそれで構いません。それで、その場所とはいったい?」
「実はエデペン山の岩場に囲まれた場所に、隠されたように存在する遺跡の跡地のようなものがあるんだ。
一瞬そこへ私は着地して、ほんの少しだけ調べてみたのだが、おそらく人為的な細工で奥へと続く扉があるようなんだ。それに奇妙な力の流れも感じた」
「……人為的なということは、古代の人が作った遺跡ということでしょうか」
「だと思う。ダンジョンの残骸かとも疑ったが、そんな感じもなかったからね」
だがルティはウゴーのこともあって、地上にはそれほどいられない。
なのでそれ以上の調査はできず、空の上に戻るほかなかった。
「本当なら貸しもあるベルケルプに手伝わせようと思っていたんだが、いっこうに消息がつかめなかったしなぁ。ああ、ベルケルプっていうのは私と同じ──……どうした?」
「あの、そのベルケルプというのは……もしかして解神の?」
「なんだ! 君たちは彼と知り合いなのか!
それなら昔の貸しを返せと伝えてくれないか? 彼ならウゴーくんの状態ももっとちゃんと調べられるかもしれないしね」
「……それは」
セテプエンベルケルプ。その男は今この時代には、確かに生きている人物であり、竜郎たちのカルディナ城で暮らすルシアンの父親。
「できません。というより、彼を探すこともやめてくれませんか?」
「……それはいったい、どういうことだい? タツロウくん」
「あなたと出会うことで、彼の今後の生き方を変えられては困るんです。それはこの世界の歪みに繋がります」
もし竜郎たちとセテプエンベルケルプが未来で出会う前に、彼女がベルケルプに会ってしまったら、ルティは必ず彼のしていることを止めようとするだろう。
そして今はもうクリアエルフではない彼に、彼女を止めるすべもないはずだ。
ならばこの先、竜郎たちが自分たちの世界に帰るために行った未来転移で出会ったベルケルプは、ルティと会っていないとみて間違いない。
だが大きなこのグラミニスク大陸の端のあたりと中央あたりと、居場所も高度もかなり離れた場所にはいるが、2人は同じ大陸にいる。
もしこのまま彼女が探しベルケルプと出会ってしまったら、せっかく掴み取った今の世界を、未来までの流れが壊れてしまうかもしれない。
だからこそ竜郎は、真剣な表情で彼女に端的にやめるよう伝えた。
「……何やらベルケルプも忙しいようだね。道理で私の連絡も届かないわけだ。
わかった。彼のことを探すのはやめよう。それでいいかい?」
「はい。ありがとうございます」
クリアエルフでもある彼女は、竜郎のいった世界が歪むという言葉だけで理解したようだ。
どういう理由かは不明だが、ベルケルプと自分が会うことで、ウゴーを失うような事態に発展しかねないということを──。
次話は水曜更新です。