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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十章 エデペン山編
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第180話 ルティのゴーレム

 ウゴーと呼ばれる浮遊ゴーレムは、本来ならばクリアエルフの相棒になれるような魔物ではなかった。

 現にセテプエンルティステル──ルティと出会ったときは、少しだけ体を浮かせられ、少しだけカメレオンのように周囲の色に擬態することができるだけで、そこそこ強い魔物に殴られただけで簡単に砕け散るか弱き存在。


 大きさだって人1人が頭に立って乗れる程度で、クリアエルフであるルティにとっては取るに足らない魔物の一体でしかなかった。

 そんな出会っても互いに何かあるような者同士ではないルティとウゴーだが、たまたまウゴーが濃厚な風の魔力に引き付けられて、ルティが狩りのために建てた簡易拠点で過ごしていた場所までやってきてしまう。



「普段は警戒心が強いから無防備に近づくことはなかったんだろうけど、風の鉱石で構成されているウゴーくんからしたら、私の魔力は私でいうラペリベレのようなご馳走に思えたんだろうね」



 そうして研究材料を求めて暇を持て余していたルティと、甘い蜜のように濃厚な風の魔力が欲しいウゴーは邂逅を果たした。

 はじめルティは「なんだこいつ?」くらいにしか思っていなかった。

 けれどゴーレムのくせに体は脆く、特徴といえば浮遊ができて自身の色を周囲に馴染ませることだけ。



「正直、なんでこんなのが生きていられるんだ? と、当時は本気で疑問に思ったものだよ」

「あはは……、それはさすがに言い過ぎじゃないかな」

「UGO~~~」



 愛衣が思わずウゴーを擁護する言葉を発したそのとき、今いる場所が微かに揺れて地鳴りのような音が耳に届いた。



「うわっ、なんか聞こえた!?」

「ああ、驚かせてすまないね、アイちゃん。これはウゴーくんの声だよ。

 彼の知能はすでに人間の域に達しているうえに、私が世界中の言葉を教えたらその全てを理解できるようになってね。 だからここで話していることはウゴーくんにも筒抜けなんだ」

「えっ、そんなに頭いいんだ。ちなみに、今はなんて言ったの? ルティさん」

「昔の話は恥ずかしいからしないで~ってところだね」



 人間に至れるほどの知能があるとはいえ、ゴーレムが恥ずかしがるのかと驚いている間にも、ルティの話は進んでいく。



「まあ、とにかく逆にそれが私の興味をそそったんだ」



 ウゴーは物言わぬゴーレム。普通の人間のようにクリアエルフを崇めたり、畏怖の視線を送ってきたりはしない。

 そこもまた気に入って、いつしか彼女はペットに餌を与えるような感覚で、ウゴーが求めるままに魔力を渡していった。


 それと同時に暇つぶしの種にとウゴーの研究も同時に進めはじめる。

 そしてその研究で分かったのは、このゴーレムは力のある鉱石を核に食べさせるたびに強くなれる性質を持っているというもの。


 けれどそれは万能ではなく、自身の体を構成する脆い風の属性を含んだ石以下のものでなくてはならず、そんな弱い鉱石は逆に見つけるほうが難しい。

 さらに見つけたとしても、そんな弱いものを食べたところで強化される割合など雀の涙程度あれば御の字といったところ。


 その結果にルティは、いったい何がしたくて怪神はこのような弱い魔物を創造したのだろうと、むしろその理由を研究してやろうかと思ってしまうほどに、ウゴーはどこまでいっても脆弱な存在だった。


 それでもルティは情が移ってしまい、ウゴーを見捨てることはなかった。

 むしろどうにかして強くしてやろうと、やっきになって世界中をウゴーと巡って力を持つ鉱石を集めた。


 そんなことを何年も何十年も続けていると、やがて大きな変化が訪れた。

 なんとウゴーの大きさが初期の三倍ほどにまで増し、力や硬度も最初とは比べ物にならないほどに成長を遂げた。



「ってことは、おねーさんが沢山鉱石を──」

「──見つけてあげたってこと? それってすごいねー」


 無限に時間があるとはいえ、よほど頑張ったのだろうと彩人と彩花は素直に感心した声を出す。

 けれどそれに対して、ルティは苦笑しながら首を横に振った。



「そうだよ。と言いたいところだけれど、実はそうじゃない。

 このウゴーくんに私が頑張って食べさせた鉱石は、大した効果をもたらすことはなかったんだ。

 けれど私が意図せずウゴーくんに分不相応な質の魔力を与え続けたことで、彼の体が変質し強くなることができた」

「おおっ、ならばよかったのだ!」

「いいや、ランスロットくん。この話はそんな、めでたしめでたしで終わるようなものじゃないよ。

 だってその代わりにウゴーくんは、私から魔力の供給が途切れ、内包する私の魔力が尽きたとき、自己崩壊するようになってしまったわけなんだからね」

「そういうことか……。それが原因で、ルティ殿は離れられなくなったと」

「ああ、そうだよ」



 しかも体を維持するだけで、バケツの底を抜いたかのように大量の魔力を消費していく。

 クリアエルフとして長く生きたルティだからこそ平然と供給し続けられるが、常人なら一時間も持たすこともできずウゴーを崩壊させてしまうだろう。


 さらに厄介なことに、風の魔力なら誰でもいいというわけですらなく、ルティのものだけ。それは特殊な方法で魔力を保存して、与えるということも受け付けないほど繊細に。


 よってルティとウゴーは離れることができなくなった。



「だから私はもうクリアエルフとしての任は、本当に私が行かなくてはいけないとき以外は頼まないでほしいと風神には伝えている」

「じゃあ、風神さんはいいって言ってくれたんだ」

「ああ、そうだよ、ニー──ナ。今までそれに見合うだけの仕事をしてきたおかげもあって、あっさり頷いてくれたよ。

 ただまあ……強く成長したといってもウゴーくんは隠密能力が異常に高いだけで、戦闘能力はそこそこだ。

 古参の私が出張らなくちゃいけない戦いに連れていったところで、邪魔になるだけ。

 だからもし本当にその時が来たら彼には死んでもらうしかないが、そのときは私も用を済ませ次第、後を追って死ぬと伝えたせいもあるかもしれないけれどね」



 ルティの瞳に映る感情はどこまでもまっすぐで、後追い自殺も辞さない覚悟というのは本気なのが知り合って間もない竜郎たちにでさえ、ありありと伝わってきた。

 本当に小さく、竜郎たちの足の下から響く「死なないでほしい」とでも言うかのような悲しい鳴き声と共に。



「けど今のご時世、そんな状況になんかそうそうならないだろうけれどね。

 私の後に生まれた風神の巫女も他にもいるんだろうし、他の後輩たちやエーゲリア、イシュタルだっている。あと君たちみたいな子もね。

 どうしても私じゃなくちゃいけないことなんて、起きっこないと君たちを見て余計に確信を持ったよ。それだけで、君たちと出会えてよかった」

「僕らも率先して危ないことに突っ込むことはありませんが、多少安定のお手伝いをするとは約束していますからね。

 微力ながらルティさんが出なくちゃいけないようにならないよう、頑張ります」

「ありがとう。タツロウくん。──さて、少し湿っぽくなってしまったね。

 ウゴーくんと私の事はこれくらいにして、そろそろニーリナとその子──ニーナについて教えてほしい」

「あれ? さっき言ってた気になるところっていう話は?」

「アイちゃん。そんなものは後でかまわないんだよ。急いでいるわけでもないからね。

 とりあえず今は先の理由で私はいけない、手助けできるのは情報だけということだけ理解してくれればいいよ」



 竜郎たちとしてもどちらでもよかったので、こちらも彼女の話のお礼というわけではないが、お茶とららせんを口に入れながら簡単に経緯を説明していった。



「なるほど。心臓の移植でそんなことが……。面白い結果だ。

 それにあのニーリナを、おばあちゃんと呼ぶ孫のような存在がこの世界にいるというのも実に面白い!

 やはりまだまだこの世界には未知があるのだと、私はワクワクしてきたよ」



 だが彼女はもう、その未知を探しに地上に降りることは叶わない。

 だからずっと空の上から、これからもあるかもしれない不思議を探し続けるのだろう。



「ねー、ルティさん。ニーナからも聞いていい?」

「ああ、いいよ。ニーナ」

「ルティさんはおばあちゃんと、どういう関係だったの?」

「関係か。確かに"孫"である君は気になるところなのかもしれないね。

 だが申し訳ないことに、別にこれと言って面白い関係だったというわけでもなくてね。

 ただ何度か一緒に戦ったことがあって、イフィゲニアやエーゲリアが娘を欲しがったときに少しばかり手伝ったときに何度か、彼女と世間話をした程度の間柄でしかないんだ」

「なんだぁ。おばあちゃんのお話沢山聞けるかなって思ってたんだけど、それじゃあムリだよね」

「そうだね。一緒に戦った時も乱戦状態で、ニーリナのほうを見ている余裕なんてなかったし、私から話せることはただ繊細なくせに豪快なやつだったということだけだ」



 普段は最年長として周りに気を配り、イフェゲニアを誰よりも陰ひなたにと支え続けたニーリナは、非常に細かなところまで目が行き届く繊細な女性竜であったが、いざ戦いになればその拳で敵を粉砕する豪快な戦い方をする力強い女性竜でもあった。

 それがルティの抱くニーリナ像のようだ。


 少しだけでもニーリナの話が聞けただけでニーナは満足したのか、ルティにしっかりと「ありがとう」とお礼を言った。


 ちゃんとお礼が言えたニーナに竜郎と愛衣が鼻高々に親馬鹿を発揮している間に、ルティが椅子から立ち上がった。



「どうしました? ルティさん」

「お茶もなくなったしな。せっかくだ。どうせなら直接ラペリベレを見ていかないか?

 今は繁殖もだいぶ終わって、かなり増えているから壮観だぞ」

「へぇ、そうなんだ! 見てみたいかも! 行ってみよーよ、たつろー」

「ああ、俺も興味はあるしあとで交換してもらえると言っても、現物を見といて損はないからな」



 一度でも竜郎がしっかりと認識できてしまえば、完全探索マップで探すこともできるようになる。

 なのでまたなにかのときに探す羽目になっても、これで次からは右往左往する必要もなくなるというわけだ。


 ルティが自前のポットを片付けている間に竜郎たちの物を一度回収し終わると、そのまま家の外に出て最初に気になっていた謎のドーム型建築の場所までやってきた。


 扉は大きなホールなどにありそうな両開きのもので、入り口はそこだけで窓一つない。



「いきがいいから、ちゃんと閉じておかないとすぐに逃げてしまうんだよ」

「そんなに元気に動き回る魔物なんですね」

「ああ、気を抜いたらすぐに外に出て行ってしまうくらいだ。じゃあ、あけるよ」



 ぐっと力を込めてルティが扉を開いていけば、その中にはまた硬い金属製のドームがマトリョーシカのように収まっていた。二重にして脱出されないようにしているのだろう。

 ルティは最初の扉を閉めてから、魔道具による明かりを照らす。

 窓一つない暗い部屋に光がともったところで、ルティは中にあるドームの一枚扉へ手をかけ開き、中へと竜郎たちを促していった。


 そしてそこで見えたものは──。



「げっ──」

「どうだ、凄いだろ」

「凄いっていうか……これ」

「「ちょっと気持ち悪いかも……」」



 二個目のドームの先には、三つ目のドームが収まっていた。

 そしてその三つ目のドームは、硬く分厚いが透明なもので中がちゃんとよく見えるようになっている。


 そんな透明なドームの中にいたのは、羽まで大きさに入れれば大人の頭くらいある、とある虫に酷似した緑色の空飛ぶ植物……には見えない魔物たちが、所狭しと飛び回っている。


 ルティは竜郎たちの反応など意にも介さず、直径30センチほどの小さな穴を塞いだ窓をパカっとあけ、風の魔法で一匹外に引きずり出して鷲掴みすると、他のラペリベレが出てこないようにさっと窓を閉めた。



「これが君たちの探していた魔物だ」

「は、はぁ……。これが、ラペリベレ……」



 今もルティの手の中で暴れまわるそれは、まるでそう地球での嫌われ者『』に酷似したフォルムをしていた。

 そんな魔物がびゅんとびゅんと大量に透明なドームの中を飛び回る様は、なかなかに気持ちが悪い光景だ。


 けれど幸いなのは、近くで見ればフォルムだけで虫ではないことが分かるものになっていた。

 それでも動いていれば気持ちが悪いが、緑のワイヤーアートで作られた蚊のオブジェに見えないこともない。



「ああ、そうだよ。このラペリベレはね、こうやって殺すと」

「うわっ、えぐいえぐい」



 グシャっと蚊でいうと頭に当たる部分を、ルティが容赦なく手でもぎ取ると、緑の汁をこぼしながら中のものがデロンと飛び出してきた。

 そこにあるのはまさしく、竜郎たちが聞いていたメロンのような筋の入った赤い果実。


 その光景に竜郎たちが唖然としていると、数秒後には蚊のような形を成していた蔦や葉が文字通り蒸発し、赤い果実だけがルティの手のひらの上に残るのであった。



「それじゃあ、試食させてあげよう」

「は、はい」

次の話は日曜更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  なるほど。風神が竜郎達と話させたがった理由が解った気がします  対症療法で延命しているに等しいウゴーの問題を解決できるかもしれない人間は、今の世だと竜郎かリアぐらいでしょうし  ラペリベレ…
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