第17話 酒竜誕生
いろいろとその後も食事をしながら、のんびりと今後について話し合い、おおよそ全員の交流と意見交換ができた。
そしてこれで今日話しておきたいことはないかな──というときだった。不意にレーラが口を開いた。
「そう言えば、タツロウくんはクマ牧場や畜産用の魔物を育てたりと、大量の魔物を扱う予定なのよね?」
「ああ、そのつもりだが……なにか不味かったりとか?」
「いいえ、不味いことはないわ。ただ、それならパルミネの飼育に手をだしてもいいんじゃないかしらと思ったの」
レーラの言葉に竜郎と愛衣は聞いたことがあるような、ないような名に小さく首を傾げた。
「ぱるみね? どっかで聞いたことがある気がするけど……なんだったっけ、たつろー」
「……今の言いかただと俺が知っていることが前提みたいだった。
ということはレーラさんと一緒にいる時に知った名前だってこと。
そして再会してからその名前を聞いた覚えがないということは、最初に出会ったころに聞いた存在………………そうかっ、あのネズミみたいなやつだよ、愛衣。
魔物にとっては美味しいと感じて、繁殖力がやたらと高いあいつだ」
「あー! あのウジャウジャいた、でっかいネズミちゃんね」
生態系の底辺に属し、他の魔物に食べられるために存在していると言っても過言ではない非常に弱く、全長三十センチほどの大きさの茶色いネズミ型魔物。
この魔物は魔物にとって、ごちそうのように感じるらしく、パルミネがいるだけで他の魔物が寄ってきて、新たな生態系を築き魔物が根付くのを助長する。
なので一匹でも都市の近隣でみつけたら、すぐに周辺捜査が始まり駆逐しに向かわなければならないほど厄介な魔物である。
「えっと、つまりレーラさんは、そのネズミちゃんを育てて、たつろーの魔物たちの餌にしちゃおうってこと?」
「ありていに言えばそうね。普通の食材に混ぜてあげるだけでも大喜びしてくれるし、腹もちがいいのか食事量も減るの。
そしてその肉をあげることで、より懐いてくれるようにもなるものだから、テイマー間では最高級の餌として知られているわ」
「繁殖力が高いなら大量に生みだせるっすから安く済みそうなもんすけど、高級肉なんすか?」
「ええそうよ。自分で取って来るなら魔物がたくさんいる場所に出向かなくてはいけないし、飼育は審査が厳しくて、取り扱うには国もしくは冒険者ギルドからの特別な認可を得た専門の業者でなくてはいけないの。
それでいて数をキッチリと管理し、問題があった場合は責任問題に問われる難しい仕事よ。
だからやれる人も少ないし、やろうと思う人も少なくて、需要は高いのに供給が追いついてない。だから値段も高騰してるの」
「じゃあ、俺がやるとしてもハウル王か冒険者ギルドに認可を得る必要があるのか」
「そうね。でもタツロウくんたちなら問題なく認可を得られると思うわ。
ハウル王とは良好な関係で、冒険者ギルドにも貸しがあるでしょ?
それにどちらも、いざとなったら集まった魔物ごと殲滅できる力を持っていることは承知しているでしょうし、審査もなしで了承してくれるのではないかしら」
「けっこう適当ですの。他のところも大丈夫なのか、ちょっと不安になりますの」
奈々がそんなんで本当にいいのかと呆れたように言葉を発したが、それだけ竜郎たちの力がぶっとんでいると認知されているというだけのこと。
本来なら飼育する施設やその立地場所、関わっている人員全員の細かな審査などなど、他にも多岐にわたって基準があり、運営するには非常に面倒な準備と手順を踏む必要があったりする。
また一月ごとに報告書を許可した機関に提出したり、抜き打ち検査もあるので、運営できるようになってからも大変だ。
なので正式な認可を受けた所では、まず間違いはおきないといってもいい。
「それじゃあ、チキーモが食べられるようになったら、セールスがてらハウル王の所に行って聞いてこようかな。
こっちは頑張って出荷してる人に悪いから、自分たちで使う分だけのつもりだが」
「王様の所に訪問販売かよ……。うちの息子たちはどうなってんだ?」
「どーなってるもなにも、あそこの王様はうちのお得意様の一人だからね。
毎月ララネストを大金叩いて買ってくれてるし、チキーモも定期購入してくれるはずだよ」
「食べ物で破産しないでしょうね、ここの国は……」
傾国の美女ならぬ、傾国の美食。それだけ衝撃的な美味さだけに、少し心配になった美鈴。
ただそのあたりは、さすがに自制できる王ではあるので心配ないだろう。
「ところで魔物が美味しいって思うのは分かったけど、人間が食べても美味しーのかな? レーラさん」
「いいえ、愛衣ちゃん。アレは魔物専用で、人間が好むような味ではないのは有名よ。
実際に煮ても焼いても食べられるようなものじゃなかったし……」
「その言いかたから察するにレーラさん……不味いと知ってて食べたのか?」
「だって気になるじゃない。魔物だけが美味しいと感じる味は、いったいどんな味がするのかって。
そしてもしかしたら人間でも食べられる調理法があるんじゃないかってね……まあ、だめだったけど」
「そうなんすか?」
「ええ……。自分でどう頑張って料理しても激マズだったから、専門家ならいけるかなと思って試しに料理人まで数日雇って様々な調理を試してもらったけれど、どれも臭いしエグイし触感も気持ち悪いし……あの時は何度吐いたことか」
「そこまでする根性が凄いですの……。クリアエルフの中でも相当な変わり者というのも頷けますの……」
奈々の言葉に、そこにいた全員がコクリと頷いた。
食うに困っているのなら竜郎や愛衣は、なりふり構わず食べるだろうが、わざわざそれを食べようなどとは思わない。
なのにゲ○を吐きながらでも探求しようとするレーラに対し、あらためて彼女の探究心の強さを思い知った。
そして見目麗しい女性のものとはいえ、ひたすら彼女の吐き気を催す姿を見せられ続けたかもしれない料理人に合掌した。
そんな話もありながら食事会も終わり、後片づけも済ませるとひとまず解散した。
そして現在、竜郎はカルディナ城からすぐの砂浜までやってきていた。
他に一緒にいるのは、両親たちと地球に行っていたメンツ。それに加えて蒼太とガウェイン、四体の幼竜たち。
「それじゃあ、まずは酒竜を生み出していこうか。父さん、今から魔卵を作って孵化させるところまでみせるから、よくみててくれ。
魔卵作りまでは俺がやるが、自分の魔物は自分で孵化させなくちゃいけないんだからな」
「ああ、分かった。自分の時のために、しっかり見学させてもらうな」
竜郎のもつスキル《魔卵錬成+5》は、対象の心臓、脳、魔石の中から五個素材を用意する事で、その魔卵を錬成することができる。
なのでさっそく、竜郎は酒竜の脳を三つ、魔石を二つ、砂浜の上に敷いたシートの上に乗せていく。
それからスキルを発動させれば、その素材が混ざり合っていき、大きな琥珀色をした水晶のような魔卵が錬成された。
「綺麗な卵ね……。魔物とかの卵って、皆そんな感じなの?」
「そうだな。俺もコレクションとしてもいろいろ集めているが、色とか大きさにもバリエーションがあって、並べるとなかなか綺麗なんだ」
そんな説明を自分の母親にしながら、竜郎は酒竜の魔卵を拾って《無限アイテムフィールド》に収納した。
「あれ? 竜郎くん。しまっちゃうのかい?」
「《アイテムボックス》は、たくさん拡張していくと物質を複製できるようになるんです。
それも普通は制限があって使いにくいんですが、俺の場合は他のスキルや称号のおかげもあって複製し放題なので、今作った魔卵を複製するんです。
──ほら、このとおり」
竜郎が先ほどとまったく同じ大きさと形をした魔卵を二個とりだし、目の前に置いてみせた。
そんなこともできるのかと、また感心したような目で両親たちから見つめられた。
「とまあ、そういうわけで同じ魔物なら、簡単にたくさん生み出せるというわけです。
次は合成で等級を上げていきます」
「等級? それも魔卵に関係のある言葉か? 竜郎」
「等級てのは、魔物の質をさす指標みたいなものかな。
同じ魔卵を合成すると等級が1上がるまで0.2ずつ上がって、もう1上がるまで0.1ずつ上がっていく。それ以上は0な。
だから俺みたいに何個も複製できて、《魔卵錬成》の効果の魔卵合成ができれば、どんな魔物の卵も2等級上の存在を生み出せるってわけだ。
この魔卵の場合は等級5.9だから、一回合成すれば6.1。そこから追加で九回合成すれば7までは格上にできる」
仁に説明しながら、竜郎はさっそく手に持った二つの魔卵を合成した。
見た目的には変わらないが、これで等級が0.2上昇。同じことを繰り返し、等級7まで上げきった。
酒造りに竜自体の等級の高さが関係するかどうかは不明だが、低いよりはいいだろう。
竜郎のスキル《強化改造牧場》には、魔卵をとりこみ孵化した場合の状態を確認したり、形を改造したりする機能がある。
なのでコピーしてからスキルの中にとりこみ、この魔卵を孵化させたらどんな竜が生まれるのかを確認すべく、全員が見ることのできるシミュレーターの画面を起動した。
するとそこに見えたのは、お腹のでっぷりとした二足歩行型。だらりと体格からしたら長細い手を垂らし、巨大な翼を背に持つ美しい琥珀色をした竜。
だが竜と言っても顔は優し気に弧を描く目に、にっこり微笑んでいるようにみえる口角をし恐そうには見えない。
──と、ここまでは等級を上げる前の酒竜とほぼ同じなのだが、等級が2あがったこの酒竜の右手には、琥珀色の水晶でできたペッパーミルのような物が握られていた。
「なんだろね、これ」
「えーと……あった、たぶんこの《酒適粉》っていうスキルを発動するときに使うんだと思う。
腹の中の酒造蔵に材料を入れる前に粉を振りかけると、より美味しい酒ができるようになるんだとか」
「そいつぁーいいな! 等級を上げて正解じゃねーか! なあ、マスター」
これにはガウェインも大いに喜び、竜郎の肩に腕を乗せて組み揺すってきた。
戦闘以外でこんなにハイテンションになるのかと、竜郎は少し驚きながら「そうだな」とだけ返した。
まだ酒のなにがいいか分からない竜郎に、その喜びを理解しろというのは無理な話だろう。
「それで、たつろー。神力は入れちゃうの?」
「いや、酒竜に関しては少しでも形を変えると酒造りに支障がでるかもしれないし、普通に孵化させるつもりだ」
気力、魔力、神力、竜力と普段、竜郎がもつエネルギーは四種類ある。
だがその中で神力を孵化させるときに使うと、たいてい魔物が強化されるかわりに、その形状に何らかの変化が起こる。
強さを求めるわけでもないのに、すでに等級7もある酒竜を強化する必要性も感じられず、体を使って酒造りする竜の体を変化させることで支障がでては困るのだ。
それから竜郎は《強化改造牧場》の機能を使って、酒造りに必要そうなスキルを優先して付与していく。
それ以外のスキルを覚えさせる余裕もあったので、戦闘用のスキルもいくつか覚えさせていった。
「こんなところかな」
今回は仁に魔物を孵化させる普通のやり方を見学してもらうつもりでもいるので、竜郎は《強化改造牧場》にとりこんだ酒竜の魔卵を取りだし砂浜の上のシートの上に乗せた。
竜郎はその魔卵に素手で触れながら、魔力を大量に流し込んでいく。
すると琥珀色の大きな水晶のような魔卵が明滅し始め、竜郎の魔力をぐんぐん吸い取っていく。
そして十分な量の魔力を供給し終わると、魔卵が膨れ上がっていき酒竜の姿へと変化していった。
「ルルルル~~」
生まれたばかりの全長20メートル級の巨竜に、竜郎はすぐさまテイム契約をもちかける。
「ルゥ~♪」
魔卵から自分で孵化させた場合、生まれた魔物の懐き度合いはそれなりに高い。
まして竜郎の強さは生まれたばかりの、この竜でもはっきり分かるほど強大だ。
主に相応しいと、たいして考えることなく竜郎の従魔になってくれた。
「ありがとな。ついでに眷属になってくれないか?」
「ルゥ~~~~~? ルールルールー♪」
作った酒を飲んでくれないと暴れる習性のある竜なので、竜郎は従魔になる契約だけでは不安になり、眷属になってくれないかともちかけてみた。
はじめは意味が分からず首を傾げるばかりだったが、テイム契約を通してちゃんとどうなるのかイメージで伝えながら説明すると、すぐに理解を示して了承してくれた。
なのですぐさま竜郎はスキル《侵食の理》を発動し、酒竜の魂に干渉して自分の眷属に塗り替えていった。
「自分で創造したものは無条件で眷属になるって聞いてたけど、後付けでも眷属にすることもできるのかい?」
「うーん。あんなことができるのは、今のところ世界で竜郎一人だけだよ。お父さん。
だから基本的に創造した魔物以外を眷属にするのは無理だと思っていいと思う」
世界に一人──それは凄くないか? という両親たちの疑問はさておき、酒竜の眷属化が終わった。
「よっしゃ。これでお前は俺の弟分よ。仲良くやろーな!
…………えーと、マスター。こいつの名前はなんだ?」
「地球にいた頃に、愛衣がいい名前を考えてくれたよ」
そこで全員の注目が愛衣に集まると同時に、彼女はびしっと酒竜を指差し命名した。
「君は今日から吟一郎だよ!」
「ルゥ~~?」
「吟一郎が、お前の名前だ。いやか?」
「ルルルゥ~~ルル~~♪」
「ふふっ、姉さんの付けた名前を気に入ったようですね」
体の大きさからは想像できない可愛らしい声音で、歌うように鳴く。
そして吟醸という酒に関する言葉もあることから、二つの意味をこめて「吟」の字を付けたというわけだ。
それから吟次郎、吟三郎、吟四朗、吟五郎と、ほかに四体の酒竜を生み出し、吟一郎と同じように眷属にしていった。
こうして五体の酒造りのプロ──吟ブラザーズを生み出した竜郎は、とりあえず酒造りに適していない食材は何かと眷属のパスを通して問いかけた。個体差もあるかもしれないと全員に。
すると人が口にできるものなら、だいたいいけるといったニュアンスの感情が伝わってきた。
「え、じゃあさ。もしかしてお肉を原料に、お酒が作れたりとかするの?」
竜郎も今まさに愛衣が言ったことが気になっていたところだったので、すぐさま聞いてみると答えは全員がイエス。
「ファンタジーだなぁ……。肉だけで、どうやってアルコールができるんだろう。
たしか、でんぷんとか糖が必要なんじゃなかったっけ?」
「ルゥルゥ~」
竜郎の疑問に吟一郎が、右手に持ったペッパーミルを揺らして見せた。
どうやら《酒適粉》というスキルを肉に行使することで、肉が原料の酒も作れるようになるんだとか。
なので等級を上げる前の酒竜だった場合、それはできなかったようだ。
「なるほど《酒適粉》か。とすると異世界じゃなきゃ作れない酒が、他にも作れそうだな。新しい酒が作れたら面白いかもしれない。
父さん、ガウェイン。俺もできることがあったら手伝うから、吟一郎たちと一緒に頑張ってくれ!」
「ああ!」「おうよ!」「「「「「ルゥルルル~~♪」」」」」
仁とガウェイン、吟一郎たちも俄然やる気を出しはじめ、元気よく返事を返した。
そしてそれを聞いていたレーラも、自分が飲んだことのない不思議な酒が飲めるかもしれないと好奇心を密かに燃やし、あらためて竜郎たちに付いてきてよかったと満面の笑みを浮かべたのであった。
次回、第17話は1月27日(日)更新です。