第178話 空の探索中に
町長ハモイとの話し合いを終えた竜郎たちは、役場を後にし目的の場を目指す道中、今後のことについて話し合いをはじめた。
「けっきょく受けちゃったね」
「時間はおいてもらうんだがな」
ハモイに頼まれた竜郎たちを広告塔にという話を、今回は引き受けてきた。
あまり大っぴらに言いふらすのは好きではないが、それでも将来的にいい悪いにかかわらず勝手に噂として広まっていくのは、以前200年以上未来のこの大陸に訪れたときに知ってしまった。
正直今は世界最高ランクが新しく塗り替えられたという情報も、大々的に冒険者ギルドなども告知するわけではないので、まだまだ世界的に見ればちらほらと広がりだしている程度でしかない。
けれどそれは火をつけたばかりの下火のような状態であり、近い将来一気に各所へ竜郎たちの情報が燃え広がっていくだろう。
それは元世界最高冒険者ランクのパーティの知名度を思えば明らかだ。
さらに食品関係の分野においても、出荷元が竜郎たちという情報も知れ渡るのは時間の問題だろう。
なので今回の話は、本当に竜郎たちがその果物を手にすることができて、こちらの知名度が世間一般的になったら、広告塔に名前を使ってもいいと言う条件でOKをだした。
「ちゃんとこちらにも利はあるのだから、問題はないはずなのだ」
「「そーだねー。ランスロット」」
今回ランスロットや彩人、彩花がいっているように、もちろん竜郎たちにメリットもあったからこそである。
まず1つ目としては情報が再び必要になったら、何度でも聞きに来てもいいというもの。
2つ目は破壊行為や人々を不必要に脅かすものでなければ、町の中や上空でも魔法などの行使を大々的に行ってもいいというもの。
3つ目は、町の関所を空から素通りしてもいいというもの。
十中八九空の探索になるはずなので、いちいち町の中や外に行く際に降りていては面倒なところを、このおかげで町の上空を町長のお墨付きで自由に飛び回れるようになった。
そして4つ目は、その果物がこの町の特殊な場所でしか育たない。もしくはこの町周辺でしかとれないようななにかが、何らかの形で必要であった場合、その場所の購入権、もしくは採取権を国単位で保証できるようにしてくれるというもの。
これはなぜかこの地にだけ落ちている、おそらくラペリベレと思われる果物が、もし特殊な環境でのみ生存できるというものだった場合の保険として必要な条件だろう。
基本的に竜郎たちはこれらの条件をのんでもらえるということなので、これからの捜索においてこそこそすることもなく町公認で大っぴらに探し回ることができるようになった。
「それで今は、一番最近に見つかったところに向かってるんだよね。パパ」
「まあ、そうなんだが、これは……」
「「うー?」」
その現場の近くに向かえば向かうほどに人の数が増えていく。
当然ながら一番有名な、そもそも今のブームに繋がる場所なのだから、本気で探している人も、興味本位で覗いている人も気になってきているのだろう。
しかしそのせいで、このまま行ってもまともな調査ができそうにない。
ある程度は予想していたが、あまりにもその上を行く人気スポットぶりに竜郎たちは思わず口を開けてしまう。
「無理やり調べられないこともないが、この人数から睨まれるのも面倒だな」
「他のところも回って、必要そうなら見に行くことにしよっか」
「「さんせー」」
わざと威圧を放って人込み割りをしても、町長権限で全て許してもらうことはできるだろうが、遠目に軽く闇属性を混ぜて他者に探知されにくくした解魔法で探った限りでは特に珍しい反応はなさそうだ。
なのであそこに固執する必要もなかろうと、歴史をさかのぼるように年数の近い場所から順番に回っていくことにした。
近代に近ければ近いほど人は多く、古代に近づくほどに人は減っていく。
最古の情報あたりでは、もはやこの町を擁する国すらなかったほどに昔ということもあり、その情報の必要性も低いせいか、果物が落ちていた場所と認知してきている人間はほとんどいなかった。
「特に何かあるわけじゃないっと」
「ここもハズレだったね~」
「そうだねぇ、ニーナちゃん」
竜郎たちは一通り、それなりの時間をかけて回ってきたというのに有益な情報は得られなかった。
これで門兵の男性が言っていた通り、町の持っている情報を知ったところで大して役に立たないという証明になったわけである。
「やはり空の探索に切りかえるしかなさそうなのだ」
「大っぴらに飛んでもいい許可は取ってあるが、それでも変に目立ってもやりづらい。
認識阻害の魔道具を各自つけた状態で、この辺りの空を探索していこう」
楓と菖蒲以外は全員空を飛ぶ術を持っているので、その2人は竜郎が両脇に抱えて空を飛び、他のメンバーたちはそれぞれ担当になった高度と区域へと散っていった。
『うーん、目視でも見当たらないし、気配もゼロー』
『こちらも同じく目標らしき魔物はなしなのだ』
『『こっちもー』』
『ニーナのほうにもいないよー、パパ』
『こっちにも反応はないな……』
5人は全体的に散らばって、竜郎はさらに広域で薄く広く空高い場所に向かって探査を飛ばしているのだが、違う生物の反応がぽつぽつある程度で大した成果は得られない。
ちなみに豆太は大人しく彩花に抱っこされている。
『うーん、でもそれらしい情報が確かにあるんだよね。もしかして数年に一度だけここを通るとか?』
『その場合でもここまで来る経路で重なる場所も出てくるだろうし、このエデペン山と呼ばれる場所に集中して話が出てくるのはおかしいと思う。
…………とりあえず、皆はもう一度同じ要領で探してみてくれ。
俺は一度に把握できる範囲を狭めて、もっと精密な探査を飛ばしてみることにするから』
みんなの念話での返事を聞きながら、竜郎は何らかの探査妨害の能力を持っていることを想定して、時間はかかるが狭いが詳細な情報が得られる探査魔法に切り替え空を飛び回ることにした。
──それから舐めるように空高い場所を、竜郎たちが探しはじめて数十分後。
『……なんだこれ?』
『どったの? たつろー』
『もしかして見つけたの!? パパ』
『いやぁ、そういう反応とは違うんだが……』
「「う~?」」
竜郎が見つけたのは、なかなかに不可思議な反応。念話は聞こえていなくとも、竜郎の怪訝そうな雰囲気に、脇に抱えられた楓と菖蒲も首を傾げた。
『では何があるのだ? マスター。はやく教えてほしいのだ』
『いや、さっき探したときには反応がなかった……というより、見つけられなかった空飛ぶ巨大なゴーレム? みたいなのが超上空に浮かんでる』
『『なにそれー! みたーい!』』
「きゃんきゃん!」
彩人と彩花は純粋に興味を持って抱っこしていた豆太を振り回し、豆太は遊んでもらっていると勘違いして嬉しそうに吠えはじめる。
しかし愛衣たちはそんな大きなゴーレムを、視認できなかったこと。竜郎が先ほど見つけられていないことに疑問を抱き、漠然と広がる空を全員が見上げる。
『かなり高い認識阻害に姿の透明化能力まで持ち合わせてるみたいだ』
『いくら範囲に振って精度を下げていたとはいえ、マスターの探査から逃れられるゴーレム……。それはもはやテイムしてしまったほうがいい気がするのだ』
『たつろーの大好きな珍しい魔物っぽいしね。どうする? 目標とは違うけど捕まえちゃう?』
『確かに珍しいだろうし、今すぐテイムしに行くか! と言いたいところだが、……それはできないな』
『え? なんでできないの? もしかしてニーナたちより強いの!?』
『いや、そうじゃない。たぶんあれは──と、向こうも気が付いたみたいだな』
竜郎が探査で調べていると、空飛ぶ謎のゴーレム側も気が付き近寄ってくる。
『『なんかぼやっとだけど見えてきたー!』』
『認識阻害と透明化を弱めてくれたみたいだな』
『弱めてくれた……? って、ことはもしかしてゴーレムの人間さんってこと?』
『よく見てくれ、そいつの頭の上を。それも違うって分かると思う』
『ん~~?』
愛衣が遠視を駆使して遠い空の上から近寄ってきたゴーレムの、それもその上の部分を集中して見てみれば──。
『なんか……お家が立ってない? それに誰かその上に乗ってない?』
愛衣の目には極太のタケノコをさかさまにしたような形の、薄緑色の岩の塊が浮遊していた。
その岩の塊の真ん中のあたりからは、触手のような細長い腕に三本の爪が付いたものが十本以上生えていた。
大きさは全長で30メートルはありそうだ。
そしてそのゴーレムの平たい頭の上からはみ出すほどに大きな、人工的に作られたであろう正方形の土台が置かれ、その上には地上にあったのなら何ら不思議には思わないであろう、しゃれたレンガ造りの三角屋根をした二階建ての家が建っていた。
そしてその家の上から、人影らしきものがこちらの様子をうかがっているように見えた。
『つまり空を飛ぶゴーレムの上に家を建てて住んでいる人物がい──………………強いな』
その人物は完全にこちらを認識するや否や、ゴーレムの上で抑えていた力を解放しながら空を飛んでゆっくり近寄ってくる。
その力は竜郎たち個人単位では油断できないほどに力強い。
呑気に何だろうと遠くを見ていたランスロットは、《アイテムボックス》から愛剣──アロンダイトを取り出し構えはしないが手に握る。
竜郎たちもそれに連動していつでも動けるように空で待機していると、その人物が完全に視認できる場所で停止した。
「私を見つけるなんて凄いじゃないか。君たちは一体どこのどちら様かな?」
そう声をかけてきたのは、とても美しい女性だった。
ドワーフよりも長い、尖ったエルフの耳。プラチナ色の長い髪。異様に整った顔立ちに、すらりと均整の取れた細い体。
身長は愛衣よりも高い程度で、どちらかといえば童顔といっていい顔立ちなのだが、その人物は竜郎たちのよく知る女性──レーラに少し似ていた。
その女性も竜郎たちが動き出したらすぐに動けるよう、警戒している様子はあるが、攻撃的な雰囲気は感じられない。
そこで竜郎は思い切って、その質問に正直に答えてみることにした。
「僕の名前はタツロウ・ハサミです。ここへは探し物があって来ましたが、それはあなたではありません。そしてこちらから攻撃をすることも」
「これはご丁寧にありがとう。私はセテプエンルティステル。風神によって生み出された風の巫女だ」
「やはりクリアエルフの方でしたか」
その女性から感じられる力は完全に神格者のもの。それも出会った頃のレーラよりも、さらに強いのは間違いない。
セテプエンルティステルと名乗った女性は、竜郎たちから警戒を解いたことで肩の力を抜いて自身の後方へ振り返ることなく指をさした。
「空の上で立ち話というのもなんだ。私の家にくるかい?」
「いいんですか?」
「どうやら君たちは全員が神格者のようだし、風神も話を聞いてやれと言ってきたからね。遠慮せずについてくる──えっ?」
「え? なあに?」
ついてくるといい──と言おうとしたようだが、ニーナの姿を見たとたん目を大きく見開いた。
突然凝視されたニーナは、いったいなんだろうと可愛らしく首を傾げた。
「あなたニーリナ? 死んだって聞いてたんだけれど」
「何言ってるの? ニーナはニーナだよ」
「え?」
「え?」
互いに互いの顔を見合わせながら、ニーナとセテプエンルティステルは同じように何言ってんだと不思議そうな顔をするのであった。
次話は水曜更新です。