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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第十章 エデペン山編
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第177話 町長からのお願い

 少しやらかしてしまったせいで人の視線が痛いまま、竜郎たちは素直に町が情報を売っているという場所へと行くことにする。

 入町のさいに言葉を交わした門兵の男性の話では、町に入って少し進んだところにあるとのことなのでその通りにまっすぐ歩いていく。


 すると人込みの中でも分かるようにか、高い場所に大きな看板が立てかけられていた。



「えーと、なになにぃ……『幻の果物!? 発見の手掛かりはここにある!? 情報が欲しいならすぐさまここへ! 町長ハモイ・ルロン』だって」

「個人的に『!?』を使って断定してないあたり、信用性が低そうに思えてならないんだが……」

「しかし断定してしまえば、それはそれで問題が出てきそうではあるのだ」



 門兵の話では見つかると思って情報を売っているわけではないのに、断言などできるわけもない。

 そんな状態なのだから冷静な人は、その情報が必要かどうかは自己判断ができるだろうし、ならばゴシップ誌のようなあおりで注目させたほうが釣りやすいと思ったのかもしれない。


 しかしそんなあってもなくても良さそうな情報だとはいえ、やはり何もないよりはと考える人も多いのだろう。かなりの人数がそこに列をなしていた。

 情報提供していると思われる場所は、町の中でもひときわ大きな会議場のようなところ。

 列の最後尾につくと、情報屋の従業員らしき男性が数人プラカードを掲げて列の横を歩いて周っているのに気が付いた。


 そのプラカードには情報の提供方法の流れが記載されているようだ。



「入場口で3つの提供コースから好きなものを選んでお金を払い、選択した大部屋へ定員まで入らせる。

 あとは俺たちの世界でいう学校の授業みたいな感じで、一気に大人数を相手に情報を話して、終わったらさっさと出ていかせて次の団体へ──って感じの方法みたいだな」

「この人数を1人1人相手にしてたらー」

「町の人が何人いても足りなさそーだしね」



 しかしそのおかげで、人がはけるのは早かった。

 それなりの待ち時間はありそうだが、この様子なら一時間もかからず自分たちの番になるだろう。

 それまでのんびり待つかと、遊んでほしそうに竜郎の袖を引っ張ってくる楓と菖蒲を抱き上げ遊ぶこと数分。

 とくに何事もなく平和にしていたら、なにやら鎧を着た町の若い兵たちがキョロキョロと周囲を見渡しながら歩く姿が目に入った。


 一体何を探しているのだろうと、竜郎たちも気になっているとそのうち1人と目が合った。


 目があってもすぐに視線を逸らすのもなんだと、竜郎は軽く「どーも」と会釈をしてから目線を切ろうとしたのだが、「あっ!」と大きな声をあげながらどこかへ走り去っていく。



「なんなんだ?」

「さぁ? パパの顔を見たら、何か忘れものでも思い出したーとかかな?」

「そんな感じではないように見えたのだ」



 町の治安を守るはずの存在の奇行によって、竜郎たち以外の近くに並んでいた人々も何だろうと少しざわつきはじめる。

 すると今度は先ほどの若い兵を引き連れた、50前半ほどの鎧に他とは違う徽章がついた男性がこちらを目指して早歩きでやってきた。



「失礼します。もしやあなたがタツロウ・ハサミ様でございましょうか?」

「はぁ。確かに名前はそうですが、何か僕に御用でしょうか?」

「はい。実は町長のハモイ・ルロンがぜひ、お話をしたいということでして、少しばかりお時間をいただけないでしょうか?」

「話したい……と漠然と言われても、こちらとしても困ります。いったい、何を話したいのでしょうか?」

「件の果物のことについて──でございます。もしご一緒いただけるのなら、ここで話している情報以上に、さらに細かなお話をすることもできるかと。

 こちらは最上級の情報でも、時間内に的確に大勢の人へ伝わるよう、ある程度まとめられた内容となっていますので」



 最後のあたりは周囲の並んでいる人たちに聞こえないくらい小さなものだったが、竜郎たちの耳にはしっかり届いた。

 そこでさらに詳しく聞いてみれば、竜郎たちがもし話を聞きに来てくれるのなら、ここで話している情報の元となった資料や、必要ならば実際に果物を食べた人物と会えるように話を通してくれるらしい。


 ここでは情報源となっている噂の町人は、直接押し寄せたりされないよう町ぐるみで緘口令が敷かれているので、情報屋で最大限まで料金を支払った人たちでもどこの誰かまでは分からないようになっている。

 しかし来てくれるのなら、その内密な部分も無料で根こそぎ教えてくれるという。


 お金に関しては有料でも無料でもどちらでも構わないのだが、細かい資料や実際に食したことのある人の話が聞けるというのは魅力的だ。

 町長が待っている応接室までの距離もそう遠くはなく、ここで待っているより早く情報を入手できるかもしれない。

 ただ気になるのは、向うがこのような動きをしたのは純粋に竜郎たちに情報を教えたいから──というわけでは絶対にないということ。


 そこにどのような思惑があるのかと考えるくらいなら、公開されている情報から独自に探っていったほうが楽な可能性もある。



『皆はどっちがいい?』

『とって食われるわけでもないだろうし、私は行ってもいい気がするな』

『我も言ってはなんだが、町長というだけ(・・)の身分の人間が、こちらに利が少ない話を持ち掛けてくるとは思えない。

 だから話とやらを聞きに行くのもいいと思うのだ』

『パパがいきたいならニーナも行くよー』

『『ボクも同じくー』』



 竜郎自身としてはどちらでもいいというのが本音だったので、賛成も多いということもありその話を受けてみることにした。




 町兵の中では身分が高そうな男性に案内されて、年季の入った木造建築の役場のような所にまでやってきた。

 ただ最近は羽振りがいいのか、内装は新しい家具や調度品が目立っていた。


 その中でもそこそこ高そうな椅子や机が並べられた応接室に、竜郎たちは通される。

 待っていたのは秘書らしき細身のエルフの男性と、中肉中背よりはふくよかな体型をした60代そこそこの馬系統の耳を持つ女性獣人がいた。



「この度はお呼びたてして申し訳ございません。わたくしは、この町を取り仕切っております、ハモイ・ルロンと申します。

 この度はまさか、最高ランクの冒険者の方々とお会いできるとは夢にも思っていませんでした」



 社交辞令なのか本心なのか分からない挨拶を受け、竜郎たちも簡単に自己紹介をしていき互いに机をはさんで席に着くと、無駄話をはさむことなく本題へと移っていった。



「まずはじめに、この町に来てすぐに果物の情報をお求めになられたということは、今回この町に来たのは──」

「──はい。お察しの通り、噂に聞く果物を探しにです」

「ですよね! ではやはり、その果物は存在するのですね!」

「えーと……、それはこれから調査するところなのですが……」

「えっ? ああ、そうなのですね」



 わざわざこんな田舎町に、世界的にも大きな後ろ盾を持つ団体が幻の果物を探しにおとずれた。

 そこになんの確証もないとは、町長のハモイは思ってはいない。

 実際に竜郎たちは、その果物に思い当たる節があるからこそやってきたのだから、その考えは正解といえる。


 だが竜郎たちがそういうということは、こちらにそのことを言う気はないということ。

 すぐにそれを理解して、この町がある山のどこかにあるであろう果物の存在に弾む胸を押さえ、冷静な素振りで椅子から浮いたお尻を元の場所に戻した。


 相手が落ち着いてくれたところで、今度は竜郎から口を開く。



「はい。なのでこちらで頂けるという情報を目当てに、やってきたというわけです。

 それはほんとうに僕らに見せてしまってもいいのですよね?」

「ええ、もちろんですとも。リェフ、資料をお持ちして差し上げて」



 リェフと呼ばれた男性エルフは無言でうなずくと、事前に《アイテムボックス》の中に用意していたであろう紙の束を机の上に置いていく。



「こちらは我々のほうで見つけた新旧の情報を、時系列順に事細かくまとめた資料となっております。

 お望みならば元となった資料も持ってこさせますが、書体が崩れていたり古くて少し乱雑に扱っただけで崩れてしまうようなものもありますので、そちらを見ていただいたほうがよいかと」

「少し読ませていただいてもいいでしょうか?」

「ええ、お好きなだけお読みください」



 ならば遠慮なくと竜郎は紙に書かれた文字を解魔法で一気に読み込んでいき、多重思考のスキルで同時に複数枚分速読していく。

 そこに書かれたのは、いつ頃、この地域のどこのどこで、どういう人物がどういう状況で見つけるにいたったのか。

 具体的に分からない部分は当時のこの地方の状況と照らし合わせた確度の高い推測で、分かりそうなものは具体的な参考資料の写しが記載され、竜郎たちが思っていた以上に精密な情報が並んでいた。



『確かに聞いていた通り、空から落ちてきたという記述が数件見つかったぞ』

『その果物の形とかはどんな感じ? この町のある山で見つかっているのは、全部同じ果物っぽい?』

『この資料を参考にするのなら、おそらく全て同じ果物だったんじゃないかと思う」



 その資料に書かれていた果物の特徴は、大人の女性の拳ほどの大きさで、地球でいうメロンのように網目状の濃い赤の筋に覆われた橙色の実。


 外皮はそこそこ硬いが、歯でかみ切れる程度。中の実ほどではないが、外皮までも美味しいようだ。

 果物自体に種の類はおそらく存在せず、かなり果汁が多いらしく、豪快に齧って口に頬張ると、端から甘い汁がこぼれてしまうほどだとか。



『多少の大きさの違いだとか、外皮の筋の入り方の微妙な違いだとか、そういった小さな相違点はあるが、おおよそ今話した内容の果物で間違いない』

『でも、パパ。種がないってことは、どうやって増えてるの?』

『魔物だとしたら何かしら特殊な繁殖方法があるんだろうな。そのあたりは探してから調べていけばいいさ』

『そのとおりなのだ。しかし思っていた以上に、この付近での目撃例があったのに驚きなのだ』

『『なにか特別なものがここにあるのかなぁ?』』



 竜郎もなぜこの地域だけ──もしかしたら他の地域にもあるのかもしれないが、長い年月をかけてとはいえ、これだけ多くの目撃情報が集まっているのか気になった。


 けれどそれについての推測は皆無で、それこそ甘いものが嫌い、果物が嫌いな人までもが、その果物の香りに負けて口に入れてしまい、見つけ次第大概食べてなくなってしまうものでもあったので、研究のしようもなかったのだろう。


 時間にして数分で必要な情報を集め終わると、竜郎はそっとその資料を机に置いて、そっとハモイのほうへと押し返した。



「貴重な情報ありがとうございました。これをもとに、これから探してみたいと思います」

「あら? もういいのですか? しばらくお貸しすることもできますが」

「それには及びません。必要なところは全て読ませていただいたので」

「まあ、この数分で。さすがですわ」



 エルフの男性などは何らかの魔法を使って読んでいたということは気づいていたようだが、特に何かを言う気配はない。

 ハモイも特別な手段を使ったのだろうと思い至り、納得して資料を下げさせた。


 それから数年前に果物を発見したという男性についての話題になると、すでに隣の部屋に待機してくれているという。

 ならば話は早いと直接話して質問をしてみたのだが、とくに資料に書かれていた以上の話を聞くことはできず、具体的な個人の味についての感想が聞けたくらいだった。


 それでもその味の感想はかなり期待が持てそうなもので、竜郎たちも早く食べてみたいという気持ちになったのでまったくの無駄ではなかっただろう。

 手厚く礼を述べてから、竜郎はお礼にと贈呈用、もしくは試供品として持っていた酒竜製の小さな酒瓶を渡した。

 異国のお酒ですというと、男性は嬉しそうに受け取り上機嫌で去っていった。



「あの、先ほどのお酒はとても貴重なものだったのでは?」



 世界最高ランクの冒険者がそこいらの酒を礼の品に渡すわけがない。いったいどれほどの価値を持つものを渡したのだろうかと不安そうにハモイは問いかけてくる。



「いえ、まだたくさん持っていますので、貴重というほどのものでもないですよ。

 よろしければ、ハモイさんたちもどうぞ」



 ここで受け取っていいものかと悩んだようだが、好奇心には勝てずハモイは秘書の分も一緒に貰った。



「それで、僕らはこれで目的を果たせたわけなのですが、ハモイさんもなにか話したいことがあるのですよね?」

「はい。そうなのです。私はあなた様がたがこの町に来たと聞き、長年幻と謳われていた果物を見つけてくれるのではないかと思ったのです」

「見つけたいとは思っていますが、僕らでも失敗することはあります」

「それは……はい。絶対というものはありませんからね」



 ご謙遜を──とは思いつつも、ハモイは竜郎の望むであろう言葉を口にした。

 まだできていないことを、絶対にできると期待されても動きづらいのだろうと。



「ですがそれでもいいので、ぜひお願いしたいことがあります」

「…………要望をきくかどうかはさておき、内容をまず聞かせてもらえますか?」

「はい。ですがその前に一つ質問をさせてくださいませ。もし見つけることができたのなら、タツロウ様がたはどうするおつもりでしょうか?」

「正直に言ってしまうのなら、自分たちの家に持ち帰って、栽培できるのなら増やして自分たちで食べたり、他の欲しがる人たちに売ったりしたりするでしょうね」



 正直に言うかどうか悩みはしたが、どうせいつかはばれることなのでストレートに考えを口にした。

 けれどそれはこの町の幻の果物での観光客を釣るという作戦が、意味をなくしてしまうことになる。

 決していい顔はされないだろうな、と思いながらの竜郎の発言だったのだが……ポーカーフェイスどころか喜びの表情を浮かべられて少しだけ目を丸くしてしまった。



「ですよね! 栽培できるのなら、しようと思いますよね! けれどそれを他所様に技術提供するということは……?」

「今のところは一切考えてはいませんね。その代わり自分たちで見つけて、栽培方法を確立したとしても、一切文句をつけるつもりもありませんが」

「素晴らしいお考えですわ! そこでお願いなのですが、もしその果物を見つけた際には、是非タツロウ様がたのお名前をお借りできないでしょうか?」

「えっと? 果物の名前を僕らの名前にしろ……ということでしょうか?」

「いえいえ、違います。もし見つけて栽培に成功し、それを販売するまでに至れるのであれば、ここには確かに幻の果物があったということになりますね?」

「はい。そうなるのだと思います」

「であれば、『世界最高ランクの冒険者様は、この地で幻の果物を見つけた!』という感じのうたい文句を付けさせていただきたいのです」

「あー……そういうことですか」

『どういうこと?』

『つまり──』



 ──つまりは見つかったのなら、ここに確かにその果物はあったという証明になる。

 そしてそれを竜郎たちも認めたということは、その瞬間でたらめな情報ではなく確かな情報だと世界中に認めさせられる。

 また竜郎たちが栽培して増やし世界中に売れば売るほど、その果物は知名度をあげ、町の知名度も上げていってくれる。


 さらに竜郎たちは自分たちで生産できる基盤を作れるのなら、同じものを栽培して競合相手になっても文句はないと言う。

 ならその果物を見つけて自分たちも竜郎たちのように栽培できれば、一攫千金も夢じゃない──と、今度は幻ではなく実在する果物を見つけるために人がやってくることになるだろう。



「正直このままただの幻の果物では、どこかで人々の熱が冷めてしまうのは目に見えてました。

 ですが実在する証拠があり、それで実際に利益を上げている人がいると知れ渡ったのなら、この町へ訪れる人はさらに増えるかもしれません」



 実だけの栽培ができないことは調査済み。実を竜郎たちがいくら売っても栽培はできないのなら、同じものを生産したいと思うのならここまで探しに来るほかない。



「なのでタツロウ様がたには是非、この町の広告塔になっていただきたいのです!」

「うーん……」



 思ってもみない方向からのアプローチに、竜郎はどうするのが正解なのかと頭を働かせはじめるのであった。

次話は日曜更新です。

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