第176話 絡まれる
人が大勢訪れて過密な状態になっているはずの町の一角が、上から見ると台風の目のように丸く切り取られた状態になっていた。
そこにいるのは、だらしない服装に不衛生に感じるボサボサ髪、無精ヒゲを生やしたチンピラらしき男たち。
そしてそんな山の中で出くわせば山賊か何かだと勘違いしてしまいそうな、いかにもな男たち7人に囲まれている竜郎たち。
面倒事に関わりたくないと通行人のほとんどは離れていき、野次馬たちがどうなるのだろうかと好奇の視線を向けながら遠巻きに見学しに来た結果である。
しかし本来なら成人には満たない少年、少女に、小さな子供たちだけという、美味しい果物目当てに物見遊山にやってきた世間知らずのお坊ちゃん、お嬢ちゃんの集団。
むしろ罠なのではないかと言わんばかりの彼らは、強面の男たちに囲まれれば怯えてしかるべき状況に置かれているというのに……そんな様子は微塵も見せず呑気に仲間たちと談笑をはじめだす。
まるで声をかけたチンピラたちの声など聞こえない、姿など見えない、とでもいうかのように。
そのあまりにも思い描いていたイメージと違う光景に、違和感を覚えた男たちの中で一番身長が高く体格もいいリーダー格の男は、取り囲ませている男たちの後ろで嫌な予感がよぎった。
「おい、周りに護衛とかいないよな?」
「えっと…………いないみたいっすよ、ドデドバさん」
「えーと……こっちも、それっぽいのはいないっす」
「……だよな」
自分の手下に声をかけさせる前に、護衛らしきものを連れていないか自分の目でも確かめた。
どこぞの貴族や有力者の子息たちなら、必ず護衛を用意しているからだ。
けれど目の前の子供たちは、そんなものを連れている様子は一切見受けられない。
ただ純粋に世間知らず丸出しでやってきた、小金持ちのカモにしかみえない。
だからこそGOサインを出した──というくらいには、慎重さを持ち合わせていた。
(だが、なんだ? あいつらを見てると、胸がざわつく……)
どう見てもカモにしか見えないのに、なぜか竜郎たちをじっと見ていると嫌な汗がうっすらと額に浮かんでくる。心なしか動悸も早くなり、呼吸も上がっていく。
冒険者を辞め、ただのごろつきに落ちる前、格上の魔物に追いかけられたことがドデドバという男にはあった。
今このときに、その光景が脳裏に浮かび上がってくる。
(や、やめたほうがいいのか……?)
相手が自分よりも強いのか弱いのか、それくらいは経験上なんとなく分かると思っていた。
その自分の経験は、竜郎たちならいけるという。けれど動物的本能が止めろという。
周りの手下。そこらで管を巻いていた男たちを拳で分からせ引きつれてきた馬鹿たちの様子を見るも、自分とは違い余裕そうな顔でドデドバのサインを律儀に待っているだけ。
むしろまだ強請ったらいけないのかと、不満すら感じる表情をしている。
それを見ていると、自分だけが臆病になっているのではという気持ちになってしまう。
その一方で──。
『ねー、たつろー。話しかけてきた人がチラチラ後ろみるだけで、なんにも言ってこないんだけど、どーしたんだろ』
『あー……たぶんだが、あの一番後ろで偉そうに高みの見物してる人がリーダーなんだろうけど、その人が固まって何も言わないから下っ端は動けないんじゃないか?』
『我が思っていた以上に、意外と上下関係がしっかりしているのだな』
『でもリーダーの指示がないと動けないんじゃ、たかがしれてるね。パパ』
『おー、ニーナちゃん辛辣だねぇ』
『もーさ、マメタも暇そうだしー』
『あの人たちマメタに食べさせていい? たつにぃ』
『ばっちぃから、食べさせちゃいけません。豆太のぽんぽんが痛くなっちゃうぞ』
『『えーー、ならないよー』』
──竜郎たちは呑気に念話をしながら、豆太と一緒に暇そうにしている楓と菖蒲をあやしていた。
けれどこのまま話が進まないというのは、さすがに時間の無駄でしかない。
『まあ、固まっているのは多分こっちの力に薄々気が付いたからのようだし、もう少し脅せば勝手に引いてくれるだろ。
そのついでに迷惑料として、彼らが今得ている情報とかがもらえたらなおいいって感じでいこう』
『それがいいかもね』『うむ、了解したのだ』『『『はーい』』』
(な、なんだ?)
念話の内容など一切聞こえず知らないはずのドデドバだが、竜郎たちの雰囲気が変わったのを感じ取った。
それは今までドデドバたちを認識すらしていなかったのが、はじめてこちらを意識してくれた──程度のものでしかなかったのだが、それだけで彼の敏感な本能が悲鳴を上げた。
今まで培ってきた弱者と強者の目利きの経験など捨て去って、即座に本能に忠実に従う選択をすることに決める。
「ぉ、おい。もういい、ひきっ──ひぃっひひっ──ひくぞ」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
唇は渇き上手く動かすこともできないかみかみの命令に、怯えの色があるのを手下たちは敏感に感じ取った。
「はぁ?」に宿った感情は、こいつはこんなガキどもにビビってんのか。といったところだろう。
(馬鹿がっ。変なところで鈍感なくせに、こんなときだけっ。も、もういいっ)
「あっ、おい! ドデドバさんよぉ! どこ行くんだ!」
「──っ!! うぅうるせぇっ! どけっ!」
「うわっ」「きゃっ」「お、おいっ」
ドデドバは手下たちのことなど放置して、さっさと1人全力で野次馬たちにぶつかることすらお構いなしに、人の波をかき分け逃走していった。
あまりの逃げっぷりに、手下たちは全員顔を見合わせ呆然とする。
『あー、情報を聞き出す前に逃げられたか。まだ何もしてないんだがなぁ』
『マスター。どうせあのようなものが知っている情報など、たかが知れているのだ。それに──』
「待たせてすまねぇな?」
『──愚か者はまだまだ残っているのだ』
リーダーがいなくなったらどうなるか。その答えは、次のリーダーが生まれるということ。
せっかくドデドバが逃げるという選択肢を提示してくれたというのに、竜郎たちに最初に声をかけてきた新リーダーは弱虫めと謗って自らことを進めるほうを選んだ。
こちらは竜郎たちが意識を向けた程度では引きそうにない。
「すまないと思うのなら、かわりにここで得た果物の情報などをいただけますか?」
「はぁ? お前たちは本当に馬鹿みてぇだなぁ。まだ自分たちの状況が分かってないのか」
「ん~、それはまさしくそっちのことなんだけどなぁ」
「んだぁっ、このガキっ────………………ん?」
短絡的に愛衣へと近づき、その胸ぐらを掴もうと体を動かす──はずだった。けれどその場から一歩たりとも、体を動かすことはできない。
それどころから顔をほんの少し横に向けることすらできず、まるで全身金縛りにあってしまったかのようだった。
そしてそれは他の男たちも等しく同じ状況で、わけも分からず必死に体を動かそうともがく。
けれど動くことなどなく、それどころか今度は徐々に体が冷えていくのに気が付いた。
「お、おまえっ」
「おまえもっ」
「こ、凍ってるっ!?」
自分の状況が分からず他の仲間たちを何とか横目で捉えてみれば、全員の顔面だけを除いた体の表面全てが、薄っすらと黒色が混じった氷で覆われていた。
そしてその氷ははじめ常温だったのに、だんだんと温度がマイナスへと傾き男たちの体温を奪っていく。
新リーダーの後ろから仲間たちの慌てる声が聞こえる中、彼は感情の籠っていない瞳でじっと見つめてくる少年から感じる圧に、声すら上げられずにいた。
「僕らは、できるだけ穏便にいこうと思っているんですよ。その意味わかりますよね? 分かるなら首を縦に振ってください」
「──っ!? ──っ──っ!!」
首など振れないじゃないかと思ったが、その瞬間に首だけ動くようになっていた。
自分が全力を出しても壊せない、一ミリの厚みもない膜のように薄い氷を作り出し、その温度すら自由自在。
そんな常軌を逸した馬鹿げた力を、まるで指先を動かすかのように完全に制御できていることに驚嘆し、それと同時に明らかに自分より弱そうな気配をしているのに、圧倒的な強さを内包しているという不気味な対比が余計に恐怖心を煽ってくる。
男は必死に首を縦に振った。
すると手足の感覚が分からないほどに冷え切っていた氷が勝手に溶けて、男たちはだらんと地面に横たわった。
誰もが立つ気力すらなく、寝ころんだまま竜郎へと視線を向ける。
すると竜郎がしゃがんで、新リーダーの目をのぞき込んできたことで男たちの体がまた恐怖に縛り上げられる。
「では迷惑料ついでに聞かせてもらいたいのですが、あなた方が知っているこの町で噂になっている果物の情報を教えてもらえませんか?」
「そ、その……」
「はい。なんでしょう」
「……な、なにもし、しししっ知らないんです」
「はあ……? ここには来たばかりだったとかですか?」
「来たのは3日前からですが、ほんとうに知らないんですぅ!」
大の大人たちが地面に横たわりながら涙すら流して許しをこうその姿に、さしもの竜郎もやりすぎたかと思うと同時に、本当に知らないんだと理解する。
それから念のためなぜ知らないのかと聞いてみれば、果物の情報が欲しい。けれど町が出している情報料が高い。
町の住民に手を出せば賞金など出してくれるわけもなく、田舎町とはいえ町一つ相手に事を構えられる戦力もない。
ならば小金をもってそうな、ちょろそうな来訪者から金銭を奪って、その金で情報を買おう。
……といって慎重に相手を選んだうえで、最初に手を出したのが竜郎たち。
運が悪いのが、間が悪いのか、頭が悪いのか議論が尽きないところではある。
そして金銭など奪うどころではなく、無様に横になっている現在に繋がる。
もともとこのような絡み方をしてくるような相手に大した期待もしておらず、現地の人すら知らない独自の情報をもしかしたら……と一縷の思いで聞いてみただけだったので、竜郎は気にすることなく立ち上がった。
「それじゃあ、もう聞くことはないですし用はないです。立てますか? 立てないようなら立てるようにするくらいはで──」
「何もしなくてけっこうですぅ!」
「そうですか。ならあとは……」
これ以上竜郎の顔も見たくないと、甲羅に籠った亀のように男たちは丸くなる。
魔法で心を落ち着かせるくらいはできるのだが、本人たちがそれを望まないのならそれでいいだろう。
なのでそちらはこれで終わりとして、竜郎たちはゆっくりと自分たちの後方へと視線を向けた。
すると40代ほどのガチガチに装備を着込んだ冒険者の男性が、視線が合うなりびくりと体を震わせ苦笑を浮かべてきた。
「ご心配をおかけしてしまいましたか?」
「い、いや、まあ、そうなんだが、その必要もなかったようだな」
その男性は最初よりもさらに広くなった台風の目のような空間に、食い込むようにして立っていた。
さらにその後ろにも、その男性の仲間たちらしき冒険者の風体をした男女の大人たちがいる。
不穏な気配もないので、竜郎たちのことを心配し助けようと人込みをかき分け、わざわざそこまでやってきてくれたのだろう。
「いえ、お気持ちだけでもありがたいです」
「ははっ、それはなによりだよ。こちらも下手に手を出さなくてよかった」
自分よりも強い相手に向かって助けに来たなど、いい笑いものだと肩をすくめた。
後ろにいた男性の仲間たちも、緊張がほぐれ穏やかな雰囲気になっていく。
その頃になるといつの間にか地面に転がっていた男たちや野次馬もほとんど去り、人の流れも徐々に戻りはじめる。
「でも助けてくれようとしたのは嬉しかったよ! ありがとね!」
「ああ、どういたしまして、お嬢ちゃん。いちおう冒険者ランク持ちだから、同じ冒険者の前途ある若者……? に見える子たちを放ってはおけなくてね」
竜郎たちは普段まったく気にしていなかったが、冒険者のランク持ちは冒険者の模範となるような人物たち──というのも、彼らを見ているとなんとなく実感できるような気がした。
「それに君たちだけで会話をしているのがたまたま耳に入ったんだが、イルファン大陸語を話していただろ?
だから余計に気になっていたところで、すぐにあのような状況になったからというのもあるがね」
「ということは、あなたはイルファン大陸のご出身か何かなんですか?」
「ああ、もうだいぶ帰っていないが──っと、いい加減ここにいると邪魔になりそうだ。
我々は必要ないようだし、そろそろ行かせてもらうよ。また機会があれば話でもしよう」
「ええ、そのときは是非」
人の流れも完全に戻ってしまえば、道のど真ん中に団体で突っ立っているのは邪魔だろう。
「ああ、だがその前に一つだけおせっかいを」
「え? はい、なんでしょうか」
「今の君たちは巧妙に力を隠し過ぎていて、余計に諍いの種を蒔いているような気がする。もう少し分かりやすくしてもいいと思う。
もちろん俺個人の意見だから、聞き流してくれても構わない。それじゃあ」
「ええ、それでは」
竜郎たちはろくな挨拶も交わすことなく、冒険者の男性たちと別れた。
「あのおじさんたちが言うように、多少は力を漏らしたほうがいいっぽいかもねぇ」
「普通の町なら隠せるほうが動きやすいが、ここは逆に枷になりそうだしな」
楓や菖蒲ですら竜郎たちといつも一緒にいるからか、力は普段抑えるものだと認識し、隠すのがうまくなっていた。
呑み込みの早い竜種だけあって、幼竜であっても侮れないほどに。
竜郎や愛衣もこの世界での生活もすっかり慣れて、普段の状態なら力を隠すのも無意識的にできるようになっていた。
けれどだからこそ、この町では中途半端な輩に目を付けられやすくなってしまっている。
今となっては中途半端に力をこぼすほうが難しいくらいなのだが、竜郎たちはもう少しだけ威圧感を解放しながら、進むことにしたのであった。
ちなみに加減に失敗し、人波がモーゼのように割れてしまったのはご愛嬌である。
次話は金曜更新です。