第173話 ゼムフスの考え
婚姻の話になったものの、本人的にはまだ消極的なレノフムスは切り出し方が分からずまごついていると、しびれを切らしたゼムフスが切り出してきた。
「このままでは埒が明かない。私が王に代わって発言させてもらおう。
まず、この度は貴重な機会を設けてくれたことに感謝を」
ただの若造ではないことくらいは分かっているというのもあるのだろうが、自分の人生の欠片も時を生きていない竜郎に対し、ゼムフスは心から誠意の籠った言葉を送ってきた。
「はあ」
少し前まで客の前で息子ともめていた存在とは思えないほど、かしこまった物言いに目を丸くした竜郎は、思わず気の抜けた返事をしてしまう。
身分的にもそのような生返事をされたことなどないゼムフスだが、それでも気を悪くした様子は一切なく、むしろ機嫌がいいようにすら思えた。
「突然こんなことを言われて戸惑っているのかもしれないが、私は本当にこの機会を待ち望んでいたのだ」
それを言うのなら、これまで会ってきた竜王たちも変わらないのだろうが、なんというのかこのゼムフスという竜。先ほどから竜郎への好意的な視線が、どの竜よりも高い気がした。
だが理由もよく分からないので、当たり障りのない言葉だけで返すことにする。
「それは大事な種の存続にかかわることですしね」
「それはそうなのだが、私はそれ以上にレノに同じような辛い目に遭っては欲しくないのだ」
「辛い目……ですか? それは一体」
「見てわかるだろうが、息子はまだ王にしては若いのに対して、私は年を取りすぎている──」
いわゆる晩婚だったからなわけなのだが、ゼムフスも望んでそうなったわけではない。
ただ運命づけられているのかというほどに縁という縁が繋がらず、繋がりそうになっても他と繋がり切れてしまうなど、不運も重なったこともあって、そうなってしまった。
「若いころは私も、今のレノのように楽観的に考えていた。まだ、そこまで真剣に考えずともいいだろうと。
けれど我々竜王種という存在が、どれほど相手を探すのが難しいのか、本当の意味では分かっていなかった……」
「最低条件が、神格持ちの竜っていう条件ですしね」
「そうなのだ。そこからさらに相性だのなんだの選り好みなどしていたら、余計に見つかるわけがなかったのだ」
そういった意味では、前に話したラマーレの女王──マルトゥムは、リーガァという存在をそれなりに早く見つけられたのは本当に幸運だったと言っていいだろう。
なにせ今、話しているゼムフムは、より良い血統を後に残そうとして何度か縁を棒に振ってしまったことがあったから。
それがなければ、もっと早いうちに王妃を迎え入れることもできただろう。
「けれどそれに気が付いたときには時すでに遅し。まだ余裕があるからと楽観的に考えていられる時期も過ぎ、セテプエンイフィゲニア様がお創りになられた竜王種という特別な種の一種を、もしかしたら自分の代で途絶えさせてしまうのではないかという恐怖におびえる毎日を過ごすことになってしまった……」
それがどれほどの恐怖だったのかは、正直当事者でもない竜郎たちには分からない。
それはまだそんな危機とは縁遠いレノフムスも同じだろう。
けれどそのときのことを語るゼムフスは、こちらが心配になるほどの悲壮感を浮かべていた。
けれど隣にいた前王妃──ターニスのほうを見ると、すぐにそれは和らいだ。
「とはいえ、そのおかげでターニスと出会え、レノフムスという息子を持つこともできたわけなのだが」
「あなたったらなにを。もう」
満更でもなさそうにターニスはそう答えて、口元を手で覆った。夫婦仲は今もまだ円満なようだ。
「父上でもそうなのだから、私も成り行き任せでいいじゃありませんか。別に婚姻を誰とも結ばないと言っていないのですから」
だがレノフムスが言ったように、そのおかげで今があるというのなら、その恐怖を抱えていた時代も意味はあったのだろう。
そういう意味を込めて、急いで相手を決めさせようとするゼムフスの勢いを弱めようと口に出す。
「何を言っている! お前はアレを味わったことがないから、そんなことをっ──と、このままでは先の二の舞になってしまう」
また親子喧嘩をジギルゾフや竜郎たちに見せるわけにはいかないと、すぐにゼムフスの勢いは止まるも、意見は止まらない。
「お前は今の自分がどれほど恵まれた環境にいるのか分かっていない。
これほどの良縁は、歴代のご先祖様方にもいないと断言できるのだぞ。
まさにタツロウ殿は、セテプエンイフィゲニア様が各王国にもたらした、奇跡の存在であるとすら私は思っている。
それなのに、その機会を前にして、そんな態度でいられると歯がゆくて仕方がないのだ」
「それはまあ、突然降ってわいたように現れたタツロウ殿が、なにかしらの意味を持って生まれたのではないかと思う気持ちも分からなくはありません」
「そうだろう」
意味というか、竜郎たちがこの世界に来たのは事故のようなもの──というのが正解なので、竜郎も愛衣も「えー……」と微妙な顔をしてしまう。
「けれどよく考えてください、父上。父上が苦労されたように、竜王の伴侶というのはまず見つけるのが困難です。
そしてそれは我々だけでなく、あの子たちにも言えることではありませんか?
相手はまだ赤子。そして向こうも成長したところで、格の合う相手を見つけるのは難しい。
であるのなら、自然と収まるところに収まるとは思えませんか」
ようはレノフムスにとって良縁であるように、竜郎のもとに生まれた竜王種の子たちにとっても良縁なのだから、今から急かすように決めずとも竜王たちとくっついてくれるだろう──と言いたいらしい。
「その考えは甘いぞ……レノ」
「甘い……ですか?」
しかしその考えは、ゼムフスどころか竜郎も甘いなと思ってしまった。
なぜなら別に竜郎の元にいる竜王種の子たちは、王国を守る竜王種たちと違い種を残すという選択すら自由。
一代限りで途絶えてしまっても、竜郎はそれが本気で考えてその子たちが選んだ道だというのなら否定はしない。
ゼムフスは、これまでの竜王たちへの竜郎の解答がどういうものだったのか聞いていたため、その選択肢すらあるだろうという考えに至っていた。
そもそも種を残すのが当たり前だと思っていたレノフムスは、その言葉を聞いて絶句してしまう。
「それにだ。種を残すことを前提にしていないのなら、相手などいくらでもいる」
「あっ」
完全に竜王種という系譜を繋ぎたいというのなら、ある程度の格を合わせるのは必須。
けれどその必要がないのなら、格が違う見劣りする相手を伴侶として生きていくという選択肢も出てくる。
その場合は竜王種という種とは違う種の子供が生まれてくるだろうが、それでも種を残すことが絶対ではない竜郎たちのもとにいる子たちは選択したっていい。
また──。
『格を~って話なら、うちには同格とか沢山いるっすからねぇ』
『将来的にヴィータくんとソフィアちゃんが──ってなっても、別にいいわけだしねぇ』
神格持ちの竜なら竜郎の眷属の中にも、それなりにいる。
さらに同じ竜王種同士なら、格の違いなどないと思っていい。
そうなってくると、ソフィアたちをはじめとするこちらの子たちの選択肢は、王国の竜王種たちよりもずっと広い。
わざわざ他国の王族などという地位に就く必要など、まったくないのだから。
『けど別種の竜王種同士の子供というのは、どうなるんですの?
おとーさまのように、二重神格持ちになるのでしょうか?』
『さあなあ。俺に聞かれても分からないよ、奈々。
けど確かに気になるが、実験のためにくっついてもらうなんてする気もないからな。
そればっかりは、まさに成り行きのままにそうなったら結果が分かる程度に思っておこう』
好奇心はあるが、竜郎もそこまで強要する気はない。そんなことを竜郎たちは念話で話し合っていると、レノフムスも自分の常識が崩れた後で改めて竜郎の、ソフィアたちの周りにいる神格持ちの竜の多さに気が付いてくれたようだ。
これだけいるのなら、他にもいるかもしれないと思いいたるのも難しくないだろう。
そしてそれだけ相手が選べる中で、赤子の状態の彼女たちですら落胆する自分を選ぶ可能性は、果たしてどれほどのものなのだろうかとも。
「分かったか。だからこそ、私は早いうちにまとまってほしいのだ。
これほどの良縁を別の誰かに逃すことだってあり得るのだぞ。
なあ、タツロウ殿」
「はい、なんでしょう」
「正式にお願いしたい。このレノフムスとそちらのソフィア嬢の婚約を、今ここで結ぶことはできないだろうか」
あくまでお願い。高圧的なものは一切感じられない。けれど切実さは、ひしひしと伝わってくる。
だがそれでも竜郎は、定型文のようにこれまで通りの返答をした。「できません」と。
「そうか……。とはいえ、その答えが返ってくるだろうことは分かっておったがな」
イシュタル経由でこれまでの竜郎たちの対応なども聞き及んでいたのだろう。地位にも名誉にも興味がなく、自力で自分の道をいくらでも突き進める力があることだって理解していたこともあり、ゼムフスはさしてショックを受けた様子もなく苦笑を浮かべただけだった。
息子のほうはあまりにもスッパリと断ったので、多少なりともショックを受けていたようだが。
「ならば教えてほしい。私はそちらと強い縁を持ちたいと考えている。
これについては、レノも同じだろう?」
「それはそうです。個人的にも、王としても、彼らとの縁は大切にするべきですからね」
「うむ。だからこそ、こちらの国により来たくなるようなものはないだろうか?
レノフムスが許可をすれば、こちらへの転移拠点を用意はするだろうが、その転移の頻度が上がるような何かをだ」
婚姻の約束が今結ばれずとも、会う機会があればその可能性も上がっていくだろう。
なのでゼムフスは他の竜王たちよりも先に、竜郎たちがいつきたくなるようなものを用意できればと考えていたようだ。
『いや、もうそれってさ』
『……まるでお膳立てされたかのような流れだな』
『──、────。────。(前王はすでに、そちらに持っていくつもりだったのでしょうね)』
『ヒヒーン(天照も、やっぱりそう思うよねー)』
竜郎たちが食に関して関心を持っていることはイシュタルから聞き及んでいた。
今回の婚姻に熱を入れきれないレノフムスは置いておき、ゼムフスは少しでも可能性を上げる方法を考え続けた結果、この長年ソルエラ種の繁栄と共に育ってきた世界でも唯一の土による作物に興味を持つのではないかと読んでいたようだ。
そしてここで、現王レノフムスも父の意図に気が付いたようだった。
別にここで考えを読まれたのが悔しいから意地悪をしよう──などと思うわけもなく、それなら都合がいいと竜郎はあえて乗ることにした。
それでどちらもハッピーならば、いいじゃないかと。
「畑があれば、嬉しいですね。王都に近ければ近いほど、頻繁にこちらに寄りそうです」
「畑……ですか。王都に近いというのは、それなりに難しいことは分かってもらえるでしょうか」
どういう流れに持っていくことが正解なのか気が付いたことで、話す相手が本来の相手──レノフムスに戻った。
「それはもちろん」
ソルエラ鉱石の純度が上がるように、作物の質も竜王が住まう王都が一番高くなる。
どうせなら畑としての一等地が欲しいというものだろう。
「であるのなら──」
竜郎たちは王城近くに用意される転移用の拠点に、目立ちすぎるのは良くはないという理由もあって、小さいながらも畑として使える土地も用意してもらえることになった。
これでその畑を活用するようになれば、竜郎たちはその世話もかねてこの国に訪れるのは必定。
おのずと王家と竜郎たちの縁も、時間と共に太くなっていくことだろう。
そうしてソルエラ王国とも、ひとまずの決着をつけることに成功したのだった。
その次の日のこと。ソルエラ王国から帰ってきた竜郎たちは、残りの竜王たちとの面会に備えて遠出もせずに美味しい魔物の生産業にいそしんでいると、イシュタルが毎度のごとくやってきた。
昼食にも早い時間だったので、十中八九竜王種関連の話だろう。
しかしそれにしては、昨日の今日というのは早いのではとイシュタルを迎え入れてみれば、そちらの表情があまり芳しくないことに気が付いた。
一体何事だろうとイシュタルの話を聞いてみれば──。
「すまないが、残りの竜王たちとの会談を少しだけ延期させてもらいたい」
「それはいいんだが……、何かあったのか?」
「実は残りの3国が次は自分だろうと譲らなくてな。思っていた以上に調整に時間がかかりそうなのだ」
残りももう後半に差し掛かり、次はわが国へという申し込みが強くなってしまったようだ。
それにより、少しだけ竜郎たちに待ってほしいという話にやってきたようだ。
「なら次の食材探しに行っても大丈夫な感じ?」
「そうなるな。少し時間を開けてほしい」
「了解した。こっちは急いでるわけじゃないからな」
こうして竜郎たちは、期せずして予定を切り上げ次の食材探しに焦点を移すことになるのであった。
これにて第九章 『竜の王国・前編』は終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました。
本当は一気に6国をやってしまうつもりだったのですが、思っていた以上に長くなりそうだったので前編として終了し、一度別の話を挟むことにしました。
そして第十章、第174話なのですが、3月20日(金)より再開予定です。よろしくお願いします。