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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第九章 竜の王国・前編
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第172話 ソルエラ王家

 竜郎はジギルゾフと王族たちが挨拶を交わしているのを聞きながら、ちらりとソフィアとアリソンの様子をうかがってみる。


 これまでの竜王種の子たちの傾向は、少なからず自分の将来の姿に興奮したり、自分もああなるのかと好意的な印象を受けていた。

 そういうこともあって、どちらも注目するのは親である強いほうに対してでもあった。


 しかしソフィアとアリソンが注目していたのは、いわゆる強いほう──前王ゼムフスではなく、今までの竜王と呼ばれていた存在たちよりも明らかに劣っている若き王──レノフムス。

 けれどそこに向けている感情は、決していい方向ではなさそうだ。



「「ギャゥ……」」



 一言で表すのなら、その感情は落胆か。


 そうこうしているうちにジギルゾフへのかしこまった挨拶が終わり、竜郎たちとの挨拶がはじまりだした。

 竜郎が直接挨拶を交わし改めて感じたのは、あたりが非常に柔らかく、威圧感も竜郎たちも強いからというのも少なからず起因しているのだろうが、ほとんど感じられない。

 まさに話をするには、非常にとっつきやすい相手と言っていいだろう。印象としても好印象だ。


 しかし彼はイフィゲニア帝国に属する、世界屈指の王国の王。それにしては、あまりにも接しやすすぎる。

 こちらへの気遣いや優しさは感じられるが、威厳というものはほぼ感じられず、王というよりは親切な上司といったほうが近いだろう。


 ソフィアたちは言葉がまだ完全に理解できているわけではないが、先に会っていたヴィータやラヴェーナたちに自分たちが成長した姿を見たんだと、あれは凄い。などということは遊んでいるときに聞いていた。


 それだけに将来の自分と同じ竜に会えることを、とても期待していた。

 けれど絵で見てみれば実際にそうではないのだが、背筋が曲がったような疲れた印象を抱く残念なもの。


 それでもいくばくかの期待を込めて本人に会ってみれば、絵姿と変わらず力強さを感じさせない、よく言えば柔らかな、悪く言えばなよなよした印象を受けてしまった。



『あれなら、後ろのおじいちゃんのほうがいいね。って感じのことを思ってるみたいだな』

『そっかぁ。ソフィアちゃんたちは、ワイルド系が好みなのかもね』

『育った環境もあるかもしれませんの』

『あー、それはありそうっすね』



 表向きはちゃんと対応しながら、竜郎たちはそんなことを念話でやり取りをする。


 育った環境とは、竜郎たちが周りにいる状況のこと。

 まず目の前の竜王は、竜郎たちと一対一で勝てるほどの力強さは感じられない。

 けれど、それでもレノフムスは成人した竜王種。この竜だけが住まう大陸でも、上位に位置する戦闘能力を持った恐ろしい竜。

 比べる存在が竜郎たちでなければ、あたりの柔らかさを足したとしても、目の前に立たれれば腰を抜かしてしまう存在といえよう。


 しかし、いかんせん生まれた頃から竜郎たちが周りにいた。もっと言えば、竜郎たちしかいなかったとすら言っていい。

 そんな彼女たちにとっての一般基準は、世間の一般基準とは大きくかけ離れすぎてしまった。

 竜郎たちと戦って争いになる時点で、十分異常な力の持ち主と言っていいのに、それを少し疲れた雰囲気を見せているだけで、自分たちの未来はこんな姿じゃないと苛立ちすら覚えることこそおかしいのだ。


 けれどその苛立ちのおかげで──とでもいうのだろうか、今までの中で一番将来の相手になるかもしれない存在を強く意識してくれている、ともいえるのかもしれないのが。



『これはこの子たちも、どこかで世間一般を学ぶ機会を設ける必要がありそうだな……』

『ヒヒーーン、ヒヒン、ヒヒーン、ヒヒヒーーン。(けどそうなると、やっぱりルシアンはどこかの学校に入れたほうがいいかもしれないねー)』

『────、──、──────。(むしろルシアンの場合は、この子たち以上にその必要がありそうですね)』



 竜郎、ジャンヌ、月読の念話に、全員が同意の言葉を送る。


 竜王種と原種にかなり近い亜種というソフィアやアリソンたちなら、いずれ竜郎たちと並び立つようになるのは想像に難くない。

 なので最悪竜郎たちのような存在たちに囲まれていても、それほど違和感を抱くことなく生きていけるかもしれない。


 けれど縁あって育てることになった、カルディナ城で今もすくすく成長中の赤ちゃん──ルシアンは、片親がクリアエルフという特級の存在ながら、片親は普通の人種ということもあり、中位のエルフとして生まれてきた。


 一般的なエルフよりも恵まれているし、レーラいわく最近の成長具合からしても中位エルフにしては伸びが高く、確実に一般水準を超えるというお墨付きも貰っている。

 もっと言ってしまえば、力だけなら上位のエルフにも手が届くかもしれないとも。

 これも普通に中位エルフ同士の子供としてではなく、片親だけでも長く生きたクリアエルフだった影響だろう。


 そういう意味では健康にこのまま過ごしていれば、十分にこの世界で強者としてやっていけるだけの才は秘めていると言っていい。

 けれどそれだけでは、竜郎たちに育てられている環境が一般と化してしまうと、自分がどれだけ強いのか理解できず外に出たとき、自分は世間的には弱いと思ったままでは大きな事故に繋がってしまうことだってあり得る。



『さすがにそれは、預かった身としては避けたいっすよね』

『とはいっても、幼竜たちにもある程度の教育は受けてもらったほうが、将来的にもいい気はしますの』

『それはそうだけど特別な種の子たちだし、ルシアンくんが通えるような学校に一緒に行くのは難しそうだよね』

『そのあたりも一度、イシュタルとかエーゲリアさんに相談したほうがいいかもしれない。

 竜にしか分からない、竜だったら知っておいたほうがいい常識みたいなのもあるかもしれないしな』

『────、──────。(竜王の伴侶として考えられているのなら、いずれ向こうからお誘いはありそうですけどね)』



 イシュタルやエーゲリアなら、むしろもうそのための準備すら進めていそうだと天照は思ったようだ。

 仮にも王家に加わる可能性があるのなら、最低限の教養はあったほうがいいに決まっている。

 天照もいうように、既に何かしらの準備を整えている可能性は高い。



『そのあたりも確認したほうがいいかもしれないな』



 竜郎がスキルの多重思考を駆使して念話をしつつも、器用にみんなの紹介をしていき、最後にソフィアたちの紹介をしていった。



「ははっ、小さくて可愛らしいお嬢さんたちだ。こんにちは、私はレノフムス。よろしくね」

「「…………」」

「えーと……」



 レノフムスが優しい笑みを浮かべながら、ソフィアとアリソンに声をかけてみるも、彼女たちはぷいっとそっぽを向いてしまう。


 そこに幼児に対して不純な思いがあり、彼女たちに気取られた──なんてことはもちろんなく、ただ小さな赤ちゃんを素直に可愛いと思ったからだけのこと。

 なのに思ってもみない不機嫌な反応に、また今までそんな反応をされたこともないレノフムスは、どうしていいかも分からず視線を泳がせる。


 さすがにそのままではずっと無言の空気が流れそうだったので、竜郎が助け船を出すことにした。



「ほらソフィア、アリソン。挨拶して」

「「……ギャーゥ」」

「は、ははは……」 



 だが竜郎パパが言うから仕方なく挨拶しました。感が滲み出る愛想のなさに、レノフムスは頬を引きつらせ空笑いでさらに空気が沈んでいく。

 お世辞にも良好な関係が築けるようには思えない。


 これにはさすがに、この場で誰よりも乗り気だったゼムフスも焦り出す。



「た、タツロウくん。父親としての意見を聞かせてもらいたいのだが、これはどういう……?」

「どういうと言われましても……」



 あなたの息子さんが、この子たちの未来像としては弱弱しく見えてしまったからです。などとドストレートに返答するわけにもいかず、言葉を濁す。

 けれどレノフムスにも何故なんですかと切実な視線を向けられ、そのまま何も言わないわけにもいかなかったため、かなりオブラートに包んで説明することに。



「要するに私が、彼女たちの未来像を穢してしまったと……」

「はぁ……。我が息子ながら情けない……」

「レノも頑張っているのですから、その言い方は可哀そうです」



 話を聞くにつれてレノフムスはどんどん落ち込んでいき、ゼムフスは呆れたようにため息を何度もつき、前王妃のもう一人いた地と闇の竜──ターニスは息子を元気づけ、夫を嗜めた。



「頑張っていることは私も知っている。だが今ここで、見栄でも虚飾でもなんでも張らずにどうするのだ」

「そんなことを言われても……」



 その流れでイシュタルに渡された絵巻も見せることになったのだが、そうしたら一切美化もされていない息子の絵姿に顔を覆ってしまう。



「こんなにありのままに描かせる奴があるか。お前は今この縁を結ぶかどうかが、今後の我らソルエラ種の繁栄にどれほど繋がると思っている」

「そのことについては理解しているつもりです。ですがどうせ会えば分かるのですから、そこで美化する意味なんてないじゃないですか」

「だからと言ってこれは──」

「まあまあまあ……2人とも落ち着いて──」



 ソフィアたちの反応を発端に、竜郎たちのいる前で親子で言い合いをはじめ、ターニスがひたすらなだめるという光景を見せられる。


 そんなところを見せられて、余計にソフィアたちのソルエラ王家に対しての株価が下がっていく。

 見てらんないとばかりに視線をそらし、前に出ていたのに少し後ろにいた竜郎たちの元に戻り、楓や菖蒲、イルバやアルバと遊びはじめてしまう。


 これはもうどう収拾をつければいいのかと竜郎も考えたが、白熱する王一家の口喧嘩に割って入るのも面倒そうだ。

 これはもう一度帰って、向こうに冷静になってもらってからのほうがいいんじゃないかと思いはじめたところで、ようやくジギルゾフが動いてくれた。



「レノ、ゼム。そろそろやめねぇと、お客人が帰っちまうぞ」

「こ、これは失礼しました」「も、申し訳ありません」



 まさに鶴の一声と言わんばかりに、急速に場の空気が冷えていった。

 なだめようとしていたターニスも、ほっと一息ついてジギルゾフに目礼した。



「別に俺ぁいいんだけどよ。こんなんじゃあ、話も何もねぇよ。だから少しばかり腹でも膨らませて一服しようや。

 どうせこいつらの分も用意してくれてんだろ? タツロウ」

「それはそうですが、いきなりですね」



 これまで通り、ある程度の体面を互いに保ちつつの商談の流れにしようと思っていたところでのジギルゾフの言葉だったので、本当にいいのかと向こうにも確認の視線を投げかける。



「こんな状況になって体裁を取り繕ってもしゃーねーよ。それにまどろっこしい話を聞かされても、眠くなっちまうしな」



 なんともジギルゾフらしい強引だがさっぱりした言葉に、竜郎たちやレノフムスたちもあれこれ気をまわしていたのが馬鹿らしくなってくる。

 そこで竜郎たちは婚約云々を語り合う前に、試食をすることになった。


 結果は上々。ジギルゾフはエーゲリアの分を少しだけ包み、ほとんど自分で食べていた。

 そしてソルエラ王家の3人も、さきほどの喧嘩など嘘だったかのように感動しながら全ての試食品を平らげていった。



「うむぅ……。この野菜の魔物は、うちで取れる作物よりも美味いな」

「ですね、父上。悔しい気持ちすら浮かばないほど、圧倒的で驚いています」

「こんな美味しいものがあったなんて……」



 やはり竜大陸の食糧庫と呼ばれほど農業が盛んな国だからか、特にパンにはさんだ具を包んでいた葉っぱ──レティコルが一番気になったようだ。


 そんなこともあって、比較的スムーズに高純度のソルエラ鉱石との取引の契約をジギルゾフ立ち合いのもと取り決めることに成功した。

 こちらも試食品のお礼にと、ソルエラ鉱石の宝飾品を貰ったりもした。


 美味しいものを食べたおかげでソフィアたちもご機嫌になり、最初のころのツンケンした雰囲気もどこかへ行っていた。


 これは今しかないだろうと、ソフィアたちも含めた婚姻の話へと流れが移っていくのであった。

次話は金曜更新です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 庶民的なパパとママ、それと個性的なお友達のいる田舎に住んでいました(ルシアン)。 やばくね? どう考えても、一時期流行った、自分のこと弱いor普通と思ってる規格外ものの主人公になっちゃう…
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