第170話 ソルエラ王国の話
剣を受け取ったスッピーに、リアは背中に背負えるようにと斜め掛けできるベルトの着いた鞘も一緒に進呈した。
さっそくその鞘に剣を納め背中にかけてみれば、リアが彼のために作りデザインしただけあって、よく似合っていた。
その場で軽く手や足の爪を振りぬき、その連携に合わせて一瞬で剣を抜き放ち振り下ろす。
そのまま竜力を消費し聖力を剣にまとわせると、これまでただスッピーが作った魔法の剣とは比べ物にならないほどに強い力を宿し、振り下ろした切っ先に光の鱗粉が綺麗に舞った。
その光景にスッピー自身が目を見開き驚きながらも、続けざまに斜め上に切り上げ、左右に素早くジグザグに動かし最後にカンッと背中の鞘に納めた。
「使ってみた感じはどうですか?」
「これは……最初はズルなのではないかと思うほど力の純度が増していたでござるが、気が付かぬ間に某の竜力が枯渇しそうになっていたでござる……」
「使い手を必要以上に補助するような造りにすることもできましたが、スッピーさんは自力で使いこなしたいでしょうし、かなり癖のある性能にしてみました。
その分、嵌まればかなり力になってくれるはずです」
「その嵌まるという状態に至れるかどうか不安になりそうな剣でござるが、ひとまずやってみようと思うでござる。
武器を持っていることで、あの父は何か言ってきそうではあるでござるがな」
「相手は一対一以外ルール無用と言っていたですし、武器でも何でも使って勝てばいいんですの。
まずはやりたいことをやれる道筋を確保することが肝心ですの」
「そう、でござるな。それにこの武器を完全に使いこなせるようになる過程だけでも、強くなることができそうでござる」
剣術が使える仲間は竜郎たちの中にもそれなりに存在するので、そういう人たちにもう少し真面目に扱い方を教わってみると言って、スッピーは新しい武器を背に去っていった。
「あの武器を使っても圧勝は難しそうだけど、どこまで強くなれば合格なのかなぁ」
「定義が主観的すぎるからな。けどあとはスッピーのやり方で行くしかないんだろうな」
改めて去り行く背に向い、竜郎たちは上手くいくように願うのだった。
それから数日が過ぎた頃、イシュタルがまた別の王国の話をもってやってきた。
「次はどこなんだ?」
「次はソルエラ王国に決まった」
そう言いながらいつものように巻物をポンと渡される。
いつもの物だろうと開いてみれば、やはりそこにはソフィアと会いたがっているという竜王の絵姿が描かれていた。
竜郎の肩から覗き込むようにして愛衣も、その愛衣の背中をよじ登り、さらに彼女の背中から首を伸ばす楓と菖蒲も、その絵を鑑賞していく。
「ん~なんだか、こういっちゃなんだけど、他の竜王さんと比べて威厳? 的なものがこの絵だと感じられないね。いい絵師さんがいなかったのかなぁ?」
「「うーう」」
よくも分かっていないのに頷く楓と菖蒲と愛衣のその言葉に、イシュタルは思わず苦笑を浮かべてしまう。
「それは絵のせいではないだろうな。むしろその絵師は腕がいいとすら言えるかもしれないな」
「あー、そう言えばいつだったか、ソルエラ種の現竜王はかなり若いって言ってた気がするな。つまりはそういうことか」
「その通りだな。前王はかなり嫁探しに苦労して、長命種においても晩婚だった。
だからこそ息子、つまり現王の『レノフムス』は急かされるようにして神格を継ぎ次第王位についたんだ」
「そっか。言ってたね、そんなこと。たしか前の王様はまだ付きっ切りで補佐してるんだっけ」
「ああ、完全に老い切る前に継がせて、自分が培ってきた王としての知識や経験を叩きこもうとのことらしい」
アルムフェイルほどの老体ではないが、それでも竜の時間感覚においても前王はそれなりに老いていると言っていい。
自分がなかなか伴侶を得られず焦っていた頃があっただけに、息子には早めに相手を見繕っておきたいと考えていたときに、竜郎のところでソルエラ種のソフィアの話をイシュタルからきかされた。
これは是非もなしと、ご多分に漏れず誰よりも相応しい格を持つ嫁候補と会わせてほしいとイシュタルに熱望してきた──というわけである。
「あれ? でもそれだと、実は前の王様のほうが乗り気だったり?」
「まあ、な。それどころか私がレノフムスと面談した限りでは、本人はそれほど乗り気ではないとすら言えそうだった」
「おー、乗り気じゃない竜王は初めてだな。みんなグイグイきてたが、今回はそういうのもなさそうで精神的に楽そうだ」
「言っておくが無関心というわけではないぞ。
ただ今は毎日が覚えることばかりで目が回ってるときに、嫁だのなんだのと考えている余裕がないといったほうが正しいだろう」
神格を得てすぐ即位となるケースは、それなりに珍しい。
なので本来ならばまだ王子としていられる期間であったこともあり、本人ももう少し猶予があるだろうと思っていたところで、いきなり即位。
レノフムスも怠惰な性格ではないが、準備不足もあって四苦八苦という状況だ。
「それじゃあ、イシュタルちゃんとそこまで即位してから変わんない?
それに早く即位したってのも、似てるね」
「まあ、そうかもな。それに向こうのほうが即位は先だが、あまり変わらないと言えば変わらないか。
ただ私は十分に心構えを持てた状況での即位だったから、そこだけは違うが」
そう言ってまたみんなで絵姿に視線を送る。
するとそこにはソフィアたちをそのまま成長させたような、けれどどこか元気がなさそうなレノフムスと呼ばれる若き竜の姿があった。
「けどこの人なら、落ち着いて話して帰ってこれそうで安心できるよ」
「あっ、それに奥さんもいないから、出す予定だったあのパンも余っちゃうかも!」
「「うー!」」
何やら食の話の匂いだけは敏感に感じ取り、美味しい展開が来たとばかりに楓と菖蒲も目を光らせた。
が、その盛り上がりはすぐに水を差されることとなる。
「妻はいないが、補佐として前王──ゼムフスは一緒にいるからな。
だから提供量は変わらないだろうし、今回の話し合いにも熱量の高いやつはいるからな」
「ああ……、そうなのか……」「ああ……、そうなんだ……」
「「うー……」」
「すまないな」
美味しい話はなくなったと愛衣と楓、菖蒲は肩を落とし、竜郎もまた嫁くれ嫁くれ光線を浴びることになるのかと悟った顔になった。
それからソルエラ王国について話を聞いていく。
「ソルエラはヴィント、フォルス、ドルシオンに挟まれるような形である国で、フォルスと共に竜大陸の食糧庫とも呼ばれている非常に豊かな大地と豊富な植物が生い茂るところでもある」
ソルエラ種が大地を肥沃にし、フォルス種がそこに植物をはやす。双方に影響しあい、作物を育てるのに最高の場所となっていった。
「あの地で取れる農作物は、この世界でも屈指の栄養と美味しさを兼ね備えている。
だから私や母上の口に届く野菜なんかは、大概がソルエラかフォルス産のものだったりもするのだ」
「「おー」」「「うー」」
なんだか美味しいものの話になってきたぞと、再び竜郎たちの気分が上昇していく。
「それは興味深い。いっそのこと、どこかに農地を作らせてもらえないか?」
「こっちの土地で育てるより、美味しいお野菜が作れそう!」
「どのみち話がこれまで通りに進めば、どこかに行き来できる土地を用意することになるのだろうし、そのあたりを開拓させてもらえばいいだろう。
いちおう、私から話を通しておくよ」
「助かるよ」
そうしてイシュタル帰還後、竜郎たちはさっそくレノフムスの絵姿を見せにソフィアとアリソンを探しはじめる。
「おっ、珍しく近場にいるな」
「大概この時間は大冒険中だもんね」
ヴィータは悪戯であちこち動き回るとするのなら、ソフィアたちは刺激を求めての冒険で、領地内のあちこちを駆け回っている。
さて今日はどこにいるのかと、まんべんなく探す気でいたのだが、今日は冒険気分じゃなかったのか少し離れた砂浜でゴロゴロと転がっていた。
「「ギャゥ~」」
竜郎たちがやってきたことに気が付き、むくりと起き上がると水を払う犬のように体を震わせ砂を落とす。
そして何しに来たの? と、こちらに近寄ってきた。
「実は見てほしいものがあってな。これを見てくれ」
「「ギャウ」」
興味深げに竜郎が広げた巻物の絵に視線を送る、ソフィアとアリソン。果たしてその感想は──。
「「ギャオ~? ギャウ~ゥ」」
「……初めての反応だな」
「そうなの? ソフィアちゃんたちは何だって?」
「私たちと似たような姿をしてるのに、なんだか弱そうな男だ──って感じかな……」
「おぉ……、意外に辛辣だね」
「別に弱いわけじゃないんだが、忙しさとかでいろいろと疲れてそうな雰囲気はあるかもなぁ」
そのくらいは多少美化してきてもいいのにという気持ちもあるが、それ以上に竜王自身はまだこの嫁入りの話に乗り気ではなさそうというのが、あらためてうかがえる。
そしてこの子たちも、これまでのヴィータやラヴェーナたちのように異性として興味はないが、存在としては興味があるといった気持ちも微塵も感じ取れない。
それどころか、この子たちにとってはマイナスなイメージが植え付けられてしまったようだ。
「いちおうこの人に会いに行くことになったから、もう少しマイルドな感じで頼むな?」
「「ギャウ!」」
そんなやつのことはいいから私たちと遊んで!と、竜郎へタックルしてくる。
最近は蒼太が忙しくあまりかまってもらえないことで、2人も大冒険にやる気をなくし暇をしていたようだ。
そんな2人に分かった分かったと竜郎はタックルを魔法でやんわり受け止めながら、その日はソフィアたちと目いっぱい遊んですごした。
今までにない双方の感情のありかたに、どんな展開になるのだろうかという思いを抱えながら。
次話は日曜更新です。