第169話 スッピーのこれから
ラマーレ王国から帰ってきた翌日のこと。蒼太を心配してなどでもなく、お昼ごろにスッピーが自らカルディナ城へ訪ねてきた。
昨晩は帰ってきた時間も遅かったので、翌日にでも伝えに行こうと思っていたのだが、探す手間が省けた形になる。
出会い頭に竜郎や愛衣と軽く挨拶を交わすと、単刀直入に本題を切り出してきた。
「それで、レタルの件はどうなっていたでござるか?」
「それなんだが──」
竜郎たちが話題に出してしまったせいで、かなり大ごとになってしまったことをまず謝罪した後、できるだけ丁寧にことの次第を伝えていった。
「敗北者か……。言ってくれるでござるな、親父殿は」
「スッピーさん自身も分かってると思うけど、あからさまな挑発だかんね?
私が言うのもなんだけど、あんまり短絡的に決めないほうがいいと思うよ」
静かな闘志の炎がチラチラと感じられたので、愛衣が冷静になって考えてみるように助言する。
「心配してくれて、ありがとうでござるよ、アイ殿。
しかし自分の父親にすら辛勝しているようでは、結局はレタルという名を受け継ぐ道筋をたどった父祖たちと大差はないでござる。
それよりも不可能とされる道を歩むというのなら、先人たちを超越しなければならないというのは某にとっても分かりやすいというもの。
むしろ漠然と強くならなければと見えぬ目標に向かって走るよりも、今目指す道筋が見えてきた気がするでござる」
「前向きだな、スッピーは」
逆境においてもそう言い切れるスッピーに、竜郎は素直に感心した。
それと同時に一切できるかどうかという心配すらしていない顔に、意外と竜郎たちが何をしなくてもスッピーなりの今後の展望があるんじゃないかとも思えてきた。
そこで好奇心に任せ、竜郎は直接聞いてみることにした。
「それでこれから、どうしていくかって考えはあるのか?」
「とりあえず今より頑張るだけでござる!」
「…………えーと、もしかしてそれだけなの? スッピーさん」
「うむ! 今のままでダメなら、今よりもっと自分を鍛えるだけでござるよ」
思わず竜郎と愛衣は顔を見合わせ、「この人なんも考えなんてないぞ」とスッピー本人よりも、こちらが心配になってきた。
「いや、さすがにそれは厳しいんじゃないかな?
あとどれくらいの期間があるか知らないけど、我武者羅にやればいいってものじゃないと思うよ」
「そうでござろうか? 今以上にもっと強くなり、種族の領域すら超えるのなら、それこそ今以上に修行に励めばいいと思ったのでござるがなぁ」
「スッピーも蒼太に無理しないでほしいって言っていただろ?
スッピーだって今まで本格的に修行に励んできたのは知っている。それに加えてさらに修行量を増やすっていうのは、さすがに過剰すぎると俺は思うぞ」
「……そうでござったか。自分がその立場になってようやく、ソータ殿の気持ちが理解できた気がするでござるよ。
ソータ殿も同じように、いやもしかしたら某よりももっと、頑張らねばならぬ時だったのかもしれぬな……」
「いやいや、理解する方向性が期待していたのと違うんだけど……」
蒼太を心配していたスッピーだからこそ、竜郎たちの心配もすぐに理解してくれるだろうと思いきや、まさかの蒼太のほうに理解を示してしまい竜郎たちも困ってしまう。
「とりあえず、アテナがスッピーの親父さんと戦ってみて、どんな技を使うかとか、どれくらい強いのかは見せてもらってきたから、いろいろ聞いてみてくれよ」
「アテナ殿も、わざわざ某のために……。ありがたいことでござるよ」
「他にも何かしてほしいことがあったら言ってよ。私たちもスッピーさんのこと、応援したいんだからさ」
「うーん……そう言われてもでござるな。アイ殿たちも忙しそうでござるし、今でも十分、某のために模擬戦やらなんやらと世話になっているでござるし」
強い敵と戦う経験を増やしてあげることなら、竜郎たちならばいくらでもさせてあげることはできる。
残りは方々のダンジョンに連れていき、スキルポイント稼ぎを加速させてあげるくらいか。
「ダンジョン巡りでござるか。たしかにタツロウ殿の転移の力を借りられるのなら、それもはかどりそうでござる!
暇なときでよいので、そのときはよろしく頼むでござるよ」
「ああ、大した手間でもないから気軽に訪ねてくれ」
だがダンジョン巡りくらいはユティリトールもしているだろうし、生きている年月も違う。
それでも差を埋めることができても、圧倒というのは難しそうではありそうだ。
スッピーも含めて、竜郎と愛衣は足元で遊んでいる楓と菖蒲を見つめながら何かほかにもいい方法がないか考えていると、リアと奈々がこちらのほうへとやってくるのが目に映る。
「こんにちは、スッピーさん」
「こんにちは、ですのー」
「こんにちは、でござるよ。なにか某に用でござるか?」
「はい。私も兄さんたちから話を聞いていたので、なにかできることはないかなと思いまして」
「それはかたじけないでござる。今、タツロウ殿やアイ殿たちも、それについて考えてくれているところなんでござるよ」
「そうなんですの。それで今はどんな感じなんですの?」
「今は──」
先ほどまで話していたことを奈々たちにも聞かせていくと、リアはそれならと1つ提案してきた。
「スッピーさん。それなら、これを使ってみる気はありませんか?」
「これは剣でござるか?」
リアが《アイテムボックス》から出したのは、純白の天使の羽を何枚も重ねて形にしたかのような、スッピーに合わせたサイズの剣。
非常に清浄な気配を放ち、いかにも聖竜であるスッピーと相性がよさそうなものである。
リアの考えは、足りないところは道具で補ってみたらどうかというものであった。
「はい。以前スッピーさんの戦いを見ていたときに、魔法で剣を作って戦っていましたよね」
「そうでござるな。かの有名なセテプエンイフィゲニア様も、同じような魔法で大量の魔物や魔竜を一瞬で両断したという話に憧れて、自分でもやりはじめたのがきっかけでござるよ」
何度かスッピーと竜郎たちの誰かとの模擬戦を見ていると、拳と魔法で作った剣の2パターンを使い分けて戦っていた。
この辺りは体術主体のユティリトールとは、違う戦闘スタイルと言っていい。
なのでスッピーは体術と剣術、両方のスキルを所有しているということでもある。
そのため剣を持ったところで、これまでのスタイルが崩れるわけではない……のだが、スッピーは難しそうな顔をして受け取ろうとはしてくれなかった。
「お気持ちはありがたいのでござるが、某はどうも武器を使うことに抵抗が……」
「あー、あの竜さんたち特有のあれかな」
「そう、でござるな。某もタツロウ殿たちと比べると古い考えの竜でござる故」
イシュタルたちの帝国内では、武器を使う竜は、自分の力で戦えない弱い竜と揶揄されることがあるらしい。
そんな無意味な風潮から、竜大陸で暮らす竜たちは見栄を張ってでも、できる限り持たないようにしている下級竜すらいる。
それなのに種族的に上級竜に位置するスッピーが、武器を持つというのは非常に体面が悪い──と思ったようだ。
「うーん? でもそれは、おかしくありませんの?」
「なにがでござるか? ナナ殿」
「だって九星と謳われていたニーリナさんも、アルムフェイルさんも武器を使っていたはずですの?
それなのに帝国民が武器を使ってるなんてダサいなんて、そちらの方々も馬鹿にしているとは思いませんの?」
崇めるほどに有名な竜たちも、イフィゲニアから賜った武器を使い戦っていた。
現に蒼太もニーナも、その武器を貰っているのだから、それが尾ひれのついた噂話というわけでは絶対にないことも知っている。
それなのになぜそんな考えになるのかと、疑問を感じたようだ。
「いやいや、ナナ殿。九星の方々が使っていたのは、武器ではなく神器でござる。
決して某のような下々が使っていた、そこいらの武器とは違うでござるよ」
「神器って、なんだか言葉遊びみたいですの」
あれは神器だからOKなどと言われても竜郎たちにとっては、都合のいいように言葉を変えただけにしか思えない。
けれどそこからまたスッピーの熱弁を聞くに、帝国の民が神とすら崇めるイフィゲニアが手ずから作ったものが、ただの人間が作ったものと同等などとは口が裂けても言えるわけがないとのこと。
またこれはスッピーが知らぬことなのだが、もともと性能が高い体を有する竜が使える装備を作るには、作り手の技術はもちろん、使い手に見合った素材を用意する必要もあると、使うに堪えるものを作ること自体がそもそも難しい。
なのでそこまで難易度の高くない弱い竜たちが、九星のまねをして手にした武器を見て妬んだそれなりの力を持つ竜たちが、馬鹿にするようなことを言いはじめたのがきっかけの1つだったりもする。
それに加えて上級竜ともなれば使わなくとも強いというのもあって、誰もその話を止めずに今の今までそのような風習が残ってしまったようだ。
「でもイシュタルちゃんも、武器を持つようになったよね」
「あー、そうだよな。これからは武器を使うことも~なんて言っていたし」
「な、なんと……? あのイシュタル様が!?」
「そうですの。しかも今も持っているあの武器は、ここにいるリアが作ったものでもありますの。
もちろん、このスッピーに渡そうとした剣もリアが作ったものですの。
あー、惜しかったですの~。もう少しで真竜が今現在使っている武器と同じ作者の武器を持てる機会があったと──」
「リア殿! それを某にお与え願えぬか!! この通りでござるっ!!」
自分が憧れたセテプエンイフィゲニア、そしてエーゲリアの正当なる後継者──イシュタルが使っている武器と同じ作者の武器が使える。
それはまるで物語の主人公みたいじゃないかと、見事な土下座まで決めてリアに頼み込みはじめた。
そのあまりにも早い心の変わりように、竜郎や愛衣は苦笑し、奈々は元からこの展開に持っていこうとしていたらしく、してやったりとほくそ笑む。
楓や菖蒲は何をしてんだと言わんばかりに、その土下座を呆然と見つめる中、リアは頭をあげさせ、そっとその剣を差し出した。
「それは上級竜すら上回る、大天使の羽を大量に使った翼剣です。
今のスッピーさんでは正直、扱いにくさすらあるかもしれませんが、強くなればなるほど手になじんでいくはずです」
「そ、そのような大層な素材を使ったものをタダで貰うわけには──」
「気にしないでください。それよりもっといい素材が、簡単に手に入る状況ですので、今更その素材を使うことは趣味の範囲でしかありませんから。
もちろんそれも、スッピーさん用に多少手を加えましたが、私の趣味で作ったものですので、お気になさらず」
「これが趣味……?」
もっといい大天使の羽素材とは、竜郎の眷属でもあるエンターの羽を貰うことができるから。
けれどその剣に使っている素材も、一般常識から考えたら手が出るものではない。
魔力頭脳の類は入れてないとはいえ、一国の国宝として飾られてもおかしくないレベルの代物だ。
武器などとんと見てこなかったスッピーですら、手に持ってみればどれだけ素晴らしい物か肌で感じ取ることでき、それを趣味で作れるリアに驚きの声を上げてしまう。
今のリアの顔を見ても、これまで接してきた彼女の性格から考えても、今言ったことは決して嘘ではないと分かったからだ。
けれど──。
「けれど何も返さぬわけにはいきませぬ。なにかお礼ができることがあるなら、なんなりといってほしいでござる」
今の自分ではとてもそのお返しができるとは思えない──という気持ちが籠った言葉だったが、リアはそこでキラリと目を光らせた。
「えっ、いいんですか! ならスッピーさんの鱗とか、爪とか、牙とか、取れちゃったやつでいいので、研究用のサンプルとして提供してくれませんか!」
「え? そんな、某の素材などこれに比べたら──」
「そんなことはありません。これはこれ、それはそれです。種族によって微妙に違いはできてきますし、いろんな素材を扱ってみたい私からしたら嬉しいものなんですよ!」
「は、はあ……。リア殿がそれでいいのなら……」
リアの剣幕に押されるようにその条件を承諾したスッピーは、晴れて新しい力を手にすることができたのであった。
次話は金曜更新です。