第16話 今後の開拓予定
「まず最初にやらなきゃいけないことは、俺たちが貰った領地内全域を調査して、どこに何があって、どんな魔物が生息しているのか把握しておくことだと思うんだ」
「カルディナ城周辺以外は、まだ未開の土地に近い状態ですからね。私も兄さんの意見に賛成です。
なにか珍しい物がみつかるかもしれませんし」
「それなら、調査は私に任せてください。主様」
「ミネルヴァか。確かに適任だな」
彼女は竜種の中でも探索に向いた種族なので、そういった調査はお手の物だ。
「けど広いからな。無理しないようにしてくれ。それと人員も必要な場合は、遠慮なく俺も含めて皆の協力を仰いでくれ。
それと、思いのほか白太がクマ牧場に期待してるみたいなんだ。
だからクマ牧場を作るのに適した、よさげな土地があったら報告してくれると嬉しい」
「分かりました」
白太とは、一見シロクマにみえるが、魔王種よりも格上の半神種の魔物のこと。
彼は本来、群れを好む性格らしく、たくさんのクマに囲まれて生活するのが一番落ち着くらしい。
そんな白太に竜郎がなんとなくクマ牧場でも~なんてことを伝えてからというものの、しきりにいつ作ってくれるのかなぁ? といったつぶらな瞳で竜郎を見つめてくるようになったのだ。
そこで竜郎は本格的に白太の同系統であるクマをたくさん生み出し、クマ牧場を作ってみるかと思い至ったわけである。
「それと海の方も調査しておきたいんだが、そっちはカルディナと月読。頼めるか?」
「ピィュィー」「────」
カルディナは水魔法と解魔法による水中探査。月読は水魔法が得意なので、水中での対応力も高い。
海中調査もこの二人なら、なんなくこなしてくれるだろう。
「というか、竜郎は海まで持ってるのか?」
「ああ、この国も持て余しているみたいだったし、この辺りの土地を含めて欲しいって言ったらハウル王──ここカサピスティ国の王様がくれたんだ」
「持て余していた? いい所なんだから、王様のリゾート地にでもすればいいのに。
そうでなくても海に面している所なんて、海産資源の宝庫じゃない」
「それがそーでもないんだよー、美波さん」
「え? どういうこと愛衣ちゃん」
竜郎たちがもらった土地は、草原や森などの大自然広がる魔の領域ソルルレシフ。そして魔の海と恐れられるソルルメシア。
この領地と海域は、平均的に強い魔物が、そこらじゅうにいる人外魔境。
イシュタルの帝国ほど戦力を有しているのなら大した問題にもならないだろうが、普通の国家がここを開拓しようとすれば、資金はもちろん、有益な人材まで大量に必要になってくるうえ、少なくない被害がでるのは間違いない。
さらに魔物を掃討し終わっても、土地的に強い魔物が生まれやすい力場になっているため、永遠に魔物の対策にリソースを割き続けなくてはならない。
海洋資源に広大な自然から取れる資源も魅力的だが、莫大な費用と人員を投入し続けるデメリットと比べてしまうと、開拓するという選択はカサピスティ国はとりづらかった。
けれど竜郎たちは、人外魔境に暮らす魔物たちすら足蹴にできる強者ばかり。
お散歩中に襲われても、その魔物は晩御飯になるかな? くらいの感覚でしかない。
「そ、そんな危ない所だったのね……ここって」
「まー、今のお母さんたちだったら大丈夫だろーけどね。そのためにレベル1000以上にあげたってのもあるんだし。
ああでも、仁さんは自分の護衛してくれる魔物を手に入れるまではフラフラ出歩いちゃだめだよ。誰かに声をかけて、ついててもらってね」
「あ、ああ。分かったよ、愛衣ちゃん」
今の仁でも恐らく逃げることくらいはできるだろうが、特殊なスキルを持っている魔物だっているので、防衛手段ができるまでは竜郎たちの仲間の誰かと一緒にいた方が安全だろう。
「それで、おとーさま。それが終わったらどうするんですの?」
「それはだな、奈々。まずは領地内と海域内を通る列車を通したい思ってる」
「あれ? 領地だけじゃなくて、海にもっすか? 水上列車とかいうやつっすか?」
「いいや、アテナ。俺やリアが考えているのは、海中を走る列車──海中列車だ。
その列車に乗れば、俺たちの領地内を水陸ふくめて全部を周ることができるようになる予定だ」
ただの移動ならば、まだ改良の余地はあるもののリアの作った転移装置がある。
だがせっかく風光明媚な土地があるのだから、景色を列車の中から楽しむのも一興だ。
それに領地内の一部を管理してくれている竜郎の従魔たちへ、物資を送ったり送ってもらったりするのも容易になるだろう。
また停車駅は何らかの危険な事態が起こったときの避難場所にもできれば、線路を全土に敷いて、それを同時に地球でいう電線のようなエネルギーの送信路としても用いれば、そこからエネルギー供給をどこにいてもできるようになる。
それはつまり、いろいろな場所で気軽に生活に必要な魔道具を使用できるようになるということでもある。
「あと、こっちの領地で暮らしてる妖精郷の住民のイェレナさんや、妖精郷の女王──プリヘーリヤさんとも少し話したんだが、閉鎖的な妖精郷で暮らすちびっこ妖精たちが、違う場所を見るきっかけとして、ここに遠足しに来たらどうかという話がでてるんだ。
その時に列車があった方が安全に広い場所を見学できるし、なんらかの施設を領地内に作ることになったとしても、エネルギーの送力路が方々にあった方がインフラ設備も整えやすい。
そういう意味でも、列車は作ってみたい」
「そんな話もあったねぇ。ちびっこ妖精ちゃんたち、かわいーんだよねぇ」
そう言いながら愛衣はランスロットをチラリと見るが、彼は気が付くことなくご飯を頬張っていた。
「あ、そうだ。線路でエネルギーが送れるならさ、海の中にも拠点が作れないかな?」
「それは面白いかもしれませんね、姉さん。
外壁を透明にすれば、まるで海の中にいるみたいになって綺麗でしょうし、私も見てみたいです」
「でしょー! どうどう? たつろー。リアちゃんも、こう言ってるよ」
「いいんじゃないか? 天然の水族館みたいで、ちびっこ妖精たちも喜んでくれるかもしれない。あの子たちは、そんなの見たことないだろうしな。
それじゃあ、いずれそれもということで──」
竜郎は今後の予定をメモしていた紙を取りだし、そこへ海中拠点と書き足しつつ次の話題へと移っていった。
「あとは極上蜜の研究、酒造りの研究にも手をだしてみたい。
極上蜜の方はフローラをリーダーとして、正和さんにも手伝ってもらいたいですね。いいですか?」
「僕が蜜作りを? べつにいいんだけど、お役にたてるかなぁ。蜜なんて門外漢だよ?」
「蜜作り自体は蟻蜂女王たちがやってくれるんですが、蜜を採ってくる花の種類によって味が変わります。
なので正和さんには《種子編集》で地球産、異世界産の花の種から、いろいろな花を改良して作ってほしいんです。
そこから、どんな花を使うとどんな蜜が採れるのか~って感じで調べていきたいので」
「ああ、そういうことなんだね。それならお役に立てそうだ。一本から採れる蜜の量を増やしたり──なんてこともできるだろうし」
「お父さん。美味しいのができたら、私にもちょうだいね!」
「おっ、愛衣も期待してくれるのかい? よしっ、お父さん頑張っちゃおうかな!」
娘は恋人ができてから特に父への感心が薄くなっていたのを如実に感じていただけに、正和はここでお父さんここにありという姿を見せてやると張り切りだした。
そんな夫の張り切りように、妻の美鈴は思わず笑ってしまっていた。
「それとフローラや正和さん達には、とりあえず急ぎではないのでゆっくりでいいですから、緑チョコの栽培も少しやってもらいたいんですがいいですか?」
「別にいいけど……緑チョコ? なんだいそれは?」
「お父さん、それはね──」
それは妖精郷のシュルヤニエミ一族が独占販売している超高級チョコで、色は緑で一見抹茶チョコのようだが、その味は普通のものよりも断然美味しいチョコレート。
そしてその原材料となる植物を、特別に一株譲り受けていた。
竜郎はその植物を増やし育て、いずれシュルヤニエミ家が作る緑チョコとはまた違う、オリジナルチョコ作りにも挑戦してみようと考えている。
先ほどチョコという単語に反応し無表情なくせに目をキラキラさせている甘党のヘスティアにも、いずれ手伝ってもらうのもいいかもしれない。
「酒造りの方は父さんが関心あるみたいだし手伝ってみてくれ。
あと本人の希望もあったから、ガウェインも頼む」
「おう! ありがてーぜ、マスター」
ガウェインはもちろん、仁も自分好みのオリジナル酒が作れるとあって、かなり嬉しそうにしていた。
「こっちは酒竜に、なにを食べさせたら、どんな酒ができるのか。そういった研究をしていってほしい。
酒竜は後でさっそく数体生み出しておくからさ。それでも数が足りないようなら後で言ってくれ」
「ああ、任せてくれ」
仁も力強く頷き返してくれた。
「後は蒼太の部下となる竜たちや、その素材を使っての竜王種の創造実験もしたいし、プニ太の嫁候補もみつけたいし……やることばっかだな」
「できれば竜王種の創造実験は私がこちらにいる間にやってくれると助かる」
「イシュタルが帰る前にか。確かに竜王種かどうか確かめてもらうには、イシュタルがいてくれた方がいいし、イシュタルも生まれたことをちゃんと確認できた方がいいか」
「ああ、そういうことだ。これからは、そうそう毎日ここに来ることもできなくなるだろうしな」
「えっと、竜郎くん。その……りゅうおうしゅ?ってのは、いったいなんなの?」
「竜王種というのは──」
竜王種とは、イシュタルの治めるイフィゲニア帝国の中にある六つの国々を運営する竜の王たち六種のことを指す。
王の直系以外の子は竜王種ではなく劣化亜種になり、純粋な竜王種たち以外から自然に生まれることもない。
さらに竜の祖、真竜でもあるイシュタルや、その母──エーゲリアですら生み出せないよう世界の法則が組み立てられている特別な種族。
けれど竜郎はとある特殊な方法を偶然発見し、本来なら竜王たちの子以外には絶対に生まれないはずの竜王種を創造することに成功してしまったのだ。
「皆を紹介するときに小さい竜が四体いたじゃないですか。
実は、あの子たちの中の二体が竜王種で、もう二体がその劣化亜種だったんですよ、美鈴さん」
「あーいたいた。あの子たちがそうだったのね」
竜たちからすれば歴史的大ニュースなのだが、いまいちその凄さを理解できない両親たちは、なんか凄い竜を竜郎が生み出した──程度の認識で終わった。
そのことにイシュタルは歯がゆくも思ったが、この感覚は言葉で説明するのは難しいと諦めた。
──と、そのように話していると、ふいにウリエルが「──あ」と言葉を漏らした。
「どうした? ウリエル」
「ルシアンが起きてしまったようです。せっかくですし、ご紹介するためにも連れてきますか?」
「ああ、そうだな。お願いできるか?」
「ええ、もちろんです」
そうして両親たちが誰が来るのだろうと待ち構えていると、リビングの入り口から現れたのはウリエルそっくりな女性と、その腕に抱かれた赤ん坊。
「えっと、ウリエルさんって双子なのか?」
「いいえ、仁様。あれは私の使徒──使い魔のようなモノです」
そう言いながらウリエルが入ってきたウリエル?に赤ん坊を渡してもらうと、赤ん坊を抱いていた方のウリエル?がぐにゅりと崩れ、真っ赤なスライムになってしまった。
その光景に両親たちは何度目かとなる驚きを顔にだしていた。
「ウリエルは十体の使徒がいるんだ。そのうち一体はあのスライムで、自由に姿を真似ることができる。
それで、本題はこっちの子だな」
「たー! たー!」
「なんか靴下になった気分だな……。なんだルシアン」
「きゃっきゃっ」
ウリエルの腕に抱かれていた赤ん坊──ルシアンが、竜郎に手を伸ばしてくるので、ほっぺをつついてやると喜びの声をあげた。
「リッ! リー!」
「今度は私ですか? なんですか~?」
「きゃっきゃっ」
今度はリアの方を見て手を伸ばすので、リアが頭を撫でてあげると、また喜んでいた。
愛衣の方を見ては「あー」と呼び。ウリエルには「ウー」。などと、完全に名前を理解して言葉を発する。
他にも物がある方向に手を伸ばしては、その物体の頭の一文字を繰り返して呼んでいた。
「その子……随分と小さいけど、もう言葉を理解しはじめてるの?」
「この子はルシアンと言って、普通のエルフよりは上位種であるワイズエルフという種なんです。
そしてその種族は特に賢く、生まれてから体より脳の発達の方が早いとまで言われています。
なので生後間もなく言葉を理解し、口にするようになるんですよ」
この中ではルシアン以外で唯一のエルフであるレーラが、親たちに説明してくれた。
「けどなんで、こんな小さな赤ん坊がいるんだい? ここにいる誰かの子供なのかな」
「……ううん。その子には、お父さんもお母さんもいないよ、お父さん。
だから私たちが今、育ててるの」
「いないって……」
「その父親が亡くなる現場にいたので、成り行きというのもありますが、この子が安心して生きていけるようになるまでは、皆で協力して世話をするつもりです」
子供を育てる大変さは、仁たちもよく理解しているつもりだ。
だからこそ気軽に人様の子を育てるなんて──と言いたくもなるのだが、目の前の竜郎や愛衣の目は本気で、軽い気持ちからではなく、なんらかの事情があるのだろうとそれ以上言うのはやめた。
そして美鈴と美波は顔を見合わせて、頷きあった。
「なら私たちも時間があるときは、その子の面倒みるのを手伝うわ」
「これでも一児の母ですからね。赤ん坊の世話もできると思うわ。これから他の皆は忙しくなるみたいだしね」
美波がそう言ってルシアンをウリエルから受け取って抱っこした。
ちゃんと抱き方も心得ており、ルシアンも知らない人なのにすんなりと彼女を受け入れていた。
竜郎たちの仲間の中には誰一人として子育ての経験はない。
なのでこれから成長してくルシアンを育てるうえで、彼女たちは大きな助けとなってくれることだろう。
「ありがとう、母さん」「ありがとね! お母さん!」
「「どういたしまして」」
次回、第17話は1月25日(金)更新です。