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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第九章 竜の王国・前編
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第164話 王子の不満

 とりあえずは子供たち同士で触れ合わせてみようということになり、ラヴェーナ、アマリアとデリエンテスに同じプールのようになっている水路の先に入ってもらう。

 大人たちが見守る中、デリエンデスは少し緊張した様子で改めて挨拶をはじめた。



「はじめまして、ぼくはデリエ──」

「クォ~」

「あの──」

「クォ~ン」

「だからですね──」



 しかし挨拶を終える前に弟たちを取られ手元が寂しくなったラヴェーナとアマリアの標的となり、挟み込むようにしてデリエンデスを取り囲み、その頭を撫でまわしはじめた。


 他人にこのようなことをされたのが初めてだったデリエンデスは、どうすればいいのか分からずうろたえるばかり。



「あら、ずいぶんと懐かれたのね。うちの子も隅に置けないわ」

「少々雄々しさが足りない故に心配していたのだが、俺の杞憂だったか……」

「だから言っていたでしょ、あなたの時代とは違うって。今の時代は優しい子がもてるのよ」

「時代か……。俺も年を取ったものだ」



 いやその子、基本的に敵対しない限り誰かれかまわず、それこそお宅の皇帝陛下のことも撫でまわそうとしますよ──などとは、まんざらでもなさそうに我が子が女の子(0歳)たちに囲まれているのを見つめる夫婦の姿を見せられては言えず、竜郎はノーコメントを貫いた。



 しばらく幼いじゃれあいを生温かく見守っていると、何気ない様子でマルトゥムが言葉をこぼした。



「それにしても、まだ生まれたばかりと聞いていたのだけれど、この子たち──ラヴェーナちゃんとアマリアちゃん、既にうちの子よりも強いのではないかしら?」

「え?」

「確かに。それは俺も気になっていたんだ」



 それにデリエンデスは何を言っているんだと母のほうに振り向き、リーガァは難しそうな顔をしてうなる。

 母どころか父もそういったことで、さらにデリエンデスは驚愕の表情を浮かべた。



「何を言っているのですか。いくら同じ種といえど、まだ言葉も話せない幼いこの子たちに負けるわけはありません」



 マルトゥムとリーガァは困ったような顔をしながら、互いの顔を見合わせた。息子が、そう言いたい気持ちも分かるからだ。


 竜郎の元で育ったラヴェーナとアマリアは、領地内の海で頻繁に狩りをしたり、最低限《強化改造牧場・改》によるレベリングもしているので、実際そこいらにいる竜よりレベルは高い。

 それはもちろん、王宮の中で穏やかに暮らしていたデリエンデスよりも。


 けれど竜郎たちの何倍も生きているとはいえ、デリエンデスは竜にとってはまだまだ児童に類する子供。

 他人との力の見極めも甘く、自分よりも小さな赤ちゃんのほうが強いなど到底認められるものではない。

 それは赤ちゃんにすら、お前は負けると言われているようなものなのだ。


 不満ですと竜郎ですら分かるほど、あからさまな表情をするデリエンデスに、ついにマルトゥムはため息をついてしまう。

 そして竜郎のほうへとゆっくり視線を向けてきた。



「タツロウくん。申し訳ないのだけれど、この子とそちらのラヴェーナちゃんとの手合わせを願えないかしら?」

「軽く手合わせ程度なら、おそらく大丈夫だと思いますが……」

「いいですよ! やりましょう!」



 デリエンデスは鼻息荒く、自分は竜王マルトゥムと自力で神格を得たリーガァの息子なのだぞと、挑戦的な視線を竜郎に向けてくる。

 しかし竜郎は男児と言われる年齢にしては礼儀正しい子だと思っていたのだが、やはりまだまだ子供らしいところを持ち合わせているのだなと少し微笑ましく感じてしまった。


 だがそれ以上に、竜郎の感覚もまずデリエンデスでは勝てないだろうと告げていく。

 この小さき竜の幼い記憶に、赤ちゃんに負けたという記憶を残してしまってもいいのだろうかと不安になってしまう。


 その意味もかねてマルトゥムたちにも、うかがうような視線を向けるのだが、どちらも致し方なしと目を伏せるだけ。

 負けることが分かっているからこそ、せめてもとあえて亜種ではなく原種のほうのラヴェーナを指定したのだ。


 こちらにとっては大した労でもないので、とりあえず眷属のパスを通してラヴェーナに何をしてほしいかイメージを伝えてみれば、別にいいよとプロレスごっこ感覚の感情が返ってきた。



「この子も問題ないそうです。では……アマリア、こっちにおいで」

「クォーン」



 プールのようになっているデリエンデス用の水場から、アマリアだけを掬い上げ抱っこしてその場から離れていく。

 それからこの部屋の入り口側の水路にラヴェーナを、奥側にデリエンデスを配置し互いに向かい合う。



「安心してください。絶対に傷つけませんから」

「…………えーと」

「クォーーン」



 デリエンデスの心を心配しての竜郎の不安げな表情を、ラヴェーナを心配してだと考え爽やかな笑顔を向けられてしまい竜郎が返答しかねてしまう。

 両親も見ていられないと、顔をそむけてしまう。

 そんな微妙な空気が流れるなかで、ラヴェーナは特に気にした様子もなく優雅に水の上を揺蕩いながら綺麗な鳴き声をあげる。


 それを開始の合図と思ったのか、竜郎の返答を待つことなく精一杯の真面目な顔で口を開いた。



「では、そちらも準備が整ったということでいいですね。僕のほうが年上ですし、そちらから初手をはじめてもいいですよ」

「クゥーン」



 言葉は解さなくとも、状況の空気感で意味をなんとなく察し戦闘に頭を切り替える。



「え?」



 今まで赤ちゃんだと思っていた女の子から、体が硬直するほどの圧を感じデリエンデスは思わず間抜けな声を上げてしまう。

 それと同時に彼の周囲の水が渦を巻き、ぐるぐると回転させられてしまう。



「ええぇっ!? えっ!? ──ちょっ──なんっ──でっ──えぇっ!?」

「クォ~ォ~~オ~~~~ン」



 水に愛されたラマーレ種として生まれてきたデリエンデスは、生まれて初めて制御の利かない水に恐怖を覚える。

 なぜ自分のいうことを水が聞いてくれないのかと、先ほどの威勢はどこへやら、子供らしい慌てた声でもがきはじめる。


 けれどどれだけ自分の竜力を注いでも水に浸透することなく、全て弾かれ体の回転は止まらない。

 それで目が回るような軟な種族ではないのだが、あまりのことに周囲への警戒がおろそかになってしまう。



「──クォ」

「うひゃっ」



 いつの間にか下に潜り込んでいたラヴェーナに押し上げるようなやんわりとした頭突きを腹部に受け、水場からポーンと横回転しながら飛び出してしまう。

 慌てて着水する姿勢を取ろうとするも、今度はその水がトランポリンのような膜を張り、ぽんぽんとボールのようにデリエンデスはもてあそばれる。



「くっ──このっ!」



 ここにきてようやく遊ばれていることに気が付いたデリエンデスは、周囲の水ではなく自分の竜力を消費して生み出した水の弾丸を水底にいるラヴェーナに叩きこむ。



「デリエンデスよ……。それは甘すぎるぞ……」



 水の弾丸は弓なりに湾曲しながら自分を放り上げるトランポリンの水膜を避けて、ラヴェーナに向かっていく。

 だがそれはまだ相手を傷つけるかもしれないという気持ちがこの期に及んで湧き上がってしまい、完全に手加減されたもの。


 思わず苦虫を噛み潰したような顔で、低い声をリーガァがあげてしまう。その声は必死の息子に届くことはなかったが。



「クォー」



 水の弾丸が水に触れるか触れないかといった瞬間に、下から同じような水の弾丸が撃ちあがる。



「えっ!? てっ──わぷっ──わっ──ぷぷっ」



 それは相殺するどころか、打ち壊しながら貫通して空に放られているデリエンデスの顔にお見舞いされる。

 ただし絶妙に手加減されており、人間で言えば水風船をぶつけられるくらいの衝撃だっただろう。

 顔に当たった水がバシャバシャと爆ぜ、デリエンデスは顔を左右に振りながら落ちていく。


 今度は水の膜もなく、ぼちゃんと水底に沈んでいき、慌てて水面に顔を出してみれば、余裕のたたずまいで優雅に泳ぐラヴェーナの姿が。



「くぅー!」



 散々もてあそばれた挙句に、相手は優雅に水泳中。温室育ちで感情を大きく揺さぶられるような経験もない温和なデリエンデスも、このときばかりはカッとなって今自分ができる最大の技を練りはじめる。


 ラヴェーナの制御下からぬけた水はいつものように簡単にいうことを聞いてくれ、母親の姿を象った水の竜の頭が激しく水しぶきをあげながらラヴェーナに襲い掛かる。



「しまっ──」



 放ってから本気の一撃だったことに気が付き、デリエンデスは慌てるがもう打ち出した魔法は止まらない。

 けれどラヴェーナはようやく楽しそうに高らかな鳴き声を天井に向かってあげる。



「クゥ~~~~~ォーーン」

「──え?」



 マルトゥムの頭を象った水の弾丸は、ヒレのような前足にまとった大きな水のヒレで、バンと水面に叩き潰すように振り落とされた。

 するといともたやすく消え失せる。そのあまりにもあっさりと終わった一撃に呆けていると、トスンと背中に小さな衝撃を受け我に返って振り返る。



「クォーン」

「そんな……」



 気づけばデリエンデスの背中の上にはラヴェーナが乗っており、遊びはおしまいとばかりに彼の頭をよしよしと撫でた。

 これはラヴェーナとしては、いつも兄弟たちと遊び終わった後のスキンシップに過ぎない。

 けれど少なからず年上としてお兄ちゃんぶっていたデリエンデスは、自分の一撃など意に介さない赤ちゃんにいいようにあしらわれ、子ども扱いされたとしか思えなかったのだろう。


 愕然とした顔でラヴェーナの手を振り払い、ダッシュで元いた自分の水路の先のプールに戻っていき──。



「うわーーーーーーんっ!!」

『な、泣いちゃったぞ……。どうすんだこれ』

『どうすんだって言われてもねぇ。お父さんとお母さん公認だし、そっちに任せといたほうがいいんじゃない?』

『それもそうだな。とりあえず──』



 竜郎はこれ以上刺激しないようにとラヴェーナを水面から回収し、抱っこする。

 そしてデリエンデスから距離を取りながら、全てを両親に任せることにするのであった。

次話は日曜更新です。

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― 新着の感想 ―
[一言]  どうやら赤子に手をひねられたようですなw  竜王種の原種とはいえ修練も実戦も不足している幼い温室王子には、生まれてから1年さえ経ってないものの実戦経験もそこそこ豊富な幼女竜の相手は荷が重か…
[一言] 可愛げがあっていいですね
2020/02/21 14:54 退会済み
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