第162話 スッピーのお家事情
かなり復調してきましたが完全ではなく、まだ少しだけ短いです。すいません(泣
次の行き先が決まったので、出かける準備を整えながらレティコルの増殖に励んでいた竜郎。
今日ものんびり作業しながら1日を過ごし、夜食後に散歩がてら海岸線沿いを竜郎、愛衣、楓、菖蒲の4人で散歩をしていた。
すると今日も今日とてボロボロになった蒼太が、ふらふらと砂浜に着陸し寝転んだ。
そしてまた近くには、スッピーが心配そうな顔でたたずんでいた。
彼は本来なら竜郎たちの領地内でサバイバルをしながら自分を苛め抜き、竜郎の眷属たちに模擬戦を挑んだりとせわしくなく生活し、甘えになるからと竜郎たちのところで長居はしないものなのだが、最近はよく蒼太を心配してこちらにいることが多くなっていた。
竜郎も心配なのは同じなので、様子を見に蒼太へ声をかけにいく。
「蒼太、大丈夫か?」
「アア、ダイジョウブ……。スコシ、ツカレタダケダ」
もともと回復能力に優れ、さらに今や神格龍ともなった蒼太が疲れた。
それは並大抵のことではおきえないことだけに、相当な無茶をしたのだろう。
「それならいいんだが……」
やろうとしていることを考えれば、いつも死に物狂いに頑張っていることを知っているだけに、無理をするなとは今更言えずに竜郎は口ごもってしまう。
だが友として、そして何故そこまでして巨大な槍を使おうとしているのか理解していないスッピーからしたら、一言でいいから主である竜郎から無理を止めるよう言ってほしかったようだ。
珍しく不満げな視線をこちらに向けてきた。
「なあ、タツロウ殿。某がよく分かっていないというのもあるのかもしれないでござるが、もう少し無茶を止めるようソータ殿に言ってほしいでござる。
あれをやっていたのが某なら、もう数万回は死んでるでござるよ」
「オオゲサダナ、スッピー ハ」
「おおげさではござらぬよ……」
スッピーは自分のことのように蒼太の身を案じ苦しそうな顔をするものだから、竜郎たちの胸もズキリと痛んでしまう。
「ごめんな、スッピー。これは今後の蒼太の人生にとって、やらなくてはいけない、越えなくちゃならない試練のようなものなんだ。
俺も反対したい気持ちはあるが、蒼太の人生は蒼太のものだ。その決定を横から口出しはしたくない。分かってほしい」
「それはそうなんでござろうが……」
スッピーも自分が口出しすることではないと、蒼太の意気込みからも伝わってきてはいるだけに、竜郎すら止められないなら──と、それ以上は何も言えずに口ごもり、ただただその場の空気がよどんでしまった。
『こればっかりは、私たちが止められるものじゃないからね……。
期間だって、そう長くないってアルムフェイルさんも言ってたし』
『けどアルムフェイルさんたちの感覚での、そう長くないだからな。
実は10年以上ぐらい猶予があるんじゃないかと思ってたりもするんだが……さすがにそれは希望的観測が過ぎるか』
さすがの竜郎も「具体的にいつ死にますか?」などと本人やイシュタルたちに聞けるほど、面の皮は厚くない。
蒼太もまだ生まれてそれほど経っていないので、感覚は竜郎たちと大して変わらないので分からない。
だからこそが我武者羅に今、頑張るしかないと本人も思っているのだろう。
これ以上は空気が悪くなるだけだと、竜郎は話題を変えてみることにした。
「そういえば話は変わるが、今度俺たちはラマーレ王国に行くことになったんだ。スッピーは、その国について知ってるか?」
「…………ラマーレ王国でござるか?」
適当に世間話程度に振った話題だったのだが、思った以上にスッピーの反応が大きいことに竜郎たちは気が付いた。
「ああ、そうなんだが……、なにか思い入れのある国なのか?」
「思い入れというかなんというのか……、ラマーレ王国には某の生家があるでござるよ」
「へぇ。じゃあ、スッピーさんはラマーレ王国で生まれ育ったんだ」
「もうずっと帰ってはいないでござるがな」
「あー……ずっと閉じ込められてたわけだしな。家があるなら、帰ったりとかしなくていいのか?
身分証的な問題で帰れないなら、なんとかできるかもしれないが」
長年帰っていないことで、帰れなくなったのではないかと思っての竜郎の言葉だったのだが、どうやらそういう問題ではないようだ。
スッピーは、帰ろうと思えば帰ることができるとはっきり口にした。
「帰ればどうせ某に嫁をあてがい、家のために生きることを強いられるのは必定。今更、帰る気など、さらさらないでござるよ」
「家のためって、どゆこと?」
「そういえば、話したことはなかったでござるな。某の家は──」
スッピー事スプレオールの家は、元をたどればイフィゲニアがまだ生存していた時代に武勲をあげ、貴族位を得た由緒正しいお家柄。
今現在はラマーレ王国の竜王から大軍を任されており、国防の一助を担っている。
そしてスッピーは、そんな家柄の長子。家を継ぐのが当たり前といわんばかりに育てられ、それが嫌で両親に啖呵を切って家出した。
「別に某も、お国のために働くことが嫌なわけではないでござる。けれどあの家は、某にとっては窮屈すぎたでござる」
幼いころに読み聞きした真竜たちや、その側近眷属たちの英雄譚。
自分の祖先も裸一貫から武勲を立てて、竜王の側に仕える大家にまでのし上がった誇れる存在。
そんな世界に憧れたスッピーは青年になってもその思いを捨てきれず、昔の祖先が築いた功績で、自分は何の功績もあげずに、ただその家を継ぐだけの人生が嫌でならなかった。
周りも夢を見すぎだと、家を継ぎ国を守るためだけに生きていく術だけを身に付けさせようとしてくる。だから彼は家を出た。
「そうだったのか。まあ、俺たちはスッピーのお家事情に口出しするつもりないし、好きなだけここで修行に励んでくれていいからな」
「ありがたいでござるよ、タツロウ殿。ここは自分よりも強い者ばかりで、鍛えがいがあるでござる……ただ」
「ただ? なにかあるの? スッピーさん」
「いや……、その……、某の我儘のせいで家がどうなってしまったのかと、少し気になってしまったでござる。
弟に継がせればいいものを、あの父はなぜか某に継がせようとしていたでござる故……」
「なんなら、そのへんのことを少し調べてくるか?
そういう話に詳しそうな人と会う予定だしな」
「詳しそうな人……でござるか?」
竜郎の言う詳しい人というのは、もちろん女王マルトゥム。
王ならば身近な家臣のお家事情くらい、それなりに把握しているはずだろう。
けれどスッピーは誰だろうかと思考を巡らせ、これだという人物にいきつかずに首を傾げる。
「誰かは知らぬでござるが、タツロウ殿たちの負担にならぬというのなら、少し頼みたいでござる。よろしいか?」
「うん。任せといて。それくらいなら全然オッケーだよ。
ちなみにスッピーさんは家を継ぐ気は、全くないってことでいいの?」
「ないでござる。ともすれば絶縁もいとわぬほどに」
「そんなにか……」
「もしも某が人の上に立つことになるとしても、それは自分の手で勝ち取りたいでござる。過去の祖先の威光など不要」
あまりにもバッサリと切り捨てられるものだとも思ったが、スッピー自身も少しばかり寂しそうな眼をしているあたり、積極的に縁を切りたいとまでは思っていないようだ。
『うーん。でも弟さんが家を継いでれば……あれ? もう継いでるのかな? まあ、なんにしても、誰かに決まってるなら別にもういいってことでいいんだよね?』
『スッピーさんの家の中で、スッピーさんが今どういう扱いになっているか──にもよるだろうけどな。とにかく一度、竜王さんに聞いてみよう』
『だねぇ』
あまりこみいったことに踏み込むのは遠慮したいが、少し会話の中で聞いてみるくらいなら問題ないだろう。
そうして竜郎たちは、スッピーの件も少しだけ抱えてラマーレ王国へと向かうことになったのであった。
次話は水曜更新です。