第159話 グレウス陥落
体の大きさを縮小化させ、竜郎たちとほぼ同じサイズになったグレウス、ペイト、ペーメーの3人。
竜郎が出したフカフカ座布団に座ってもらい、用意したちょうどいい高さの丸テーブルをその目の前に用意する。
座っている3人は、竜の顔の見分けがろくに付かない竜郎であっても期待に満ちているように見えた。
そんな3人に見せるように、竜郎は《無限アイテムフィールド》の中で時間が止まった状態で保存され、今まさに作り立ての状態のものが乗った皿を置いていく。
「これは……軽食か?」
「はい。とりあえずお試しということで、摘まみやすいほうがいいかなと。お気に召しませんでしたか?」
正直なことを言ってしまえば、グレウスたちは豪華な料理が出てくるものだと思っていた。
けれど今回竜郎が出したのは、縮小化しても大きいドラゴンにとっての一口サイズにカットされた、ホットドックに使われるような細長いバンズに食材をはさんだだけのもの。
俗にいう、ファーストフードと形容してもいいだろう。
ただ普通のホットドックと違い、バンズの側面を切り落とし、軽く焼き目がついていて、パン自体の香ばしい小麦の匂いも周囲に広がっている。
それらが大きな皿の上に敷き詰められた状態で、1つ1つにプラスチックの色とりどりの串が刺さっており、摘まんで食べられるようになっていた。
思い描いていたものとは違ったことで、思わず3人とも目を丸くするが──。
「いや、そういうわけではない。なにより、先ほどから漂ってくる匂いだけでもたまらない……」
グレウスのように強固な精神を持っている竜であっても、素直に欲望を口にしてしまうほど食欲を刺激する。
他の2人は思わず手を伸ばしそうになるのを我慢するのに必死で、こちらの話などほとんど聞こえていないようだ。
竜郎たちのほうのちびっ子たちも、自分たちにも食わせろとキューキューあうあうクォークォーとうるさくなってきた。
愛衣もすでに味見と称してつまみ食いしているにもかかわらず、よだれがたれそうな顔をしている。
また後ろのほうで空気のように存在を消していてくれたウィルアラーデも、こちらに来たそうに足がプルプルと震えていた。
「1つ1つどのようなものが使われているのか説明してもいいのですが……、実際に試してみたほうが早そうですね」
「そ、そのほうがいいと俺も思う。こういうものは、まず実際に試してみるのが一番だ」
まだか? まだなのか!? というギラつく視線を向けられ、竜郎は思わず苦笑してしまいながら「どうぞ、お召し上がりください」と口にする。
するとグレウスが先に1つ串を摘まんだのを見届けた後、ペイトとペーメーも我先にと皿の上のそれに手を付けていく。
そしてグレウスが一番に、されどほぼ誤差と言っていいタイミングで3人はそれを口の中に放り込む。
そこには王族という威厳はほとんど感じられない。
「「「──っ!?」」」
「ウィルアラーデさんの分も用意してあるので、こちらをお召し上がりください」
「あ、ありがとうございますっ」
竜郎がもう1つテーブルと、料理の乗った大きなお皿をウィルアラーデの前にも出していく。
自分の分はないのだろうかと目がキョロキョロしていたので、彼にも出さないわけにもいかないだろう。
ウィルアラーデはすぐさま縮小化し、料理に手を付けていく。
最後に自分たちの分も出すと、ちびっ子たちが群がってくるので、慌てて食べないように注意しながら渡してあげた。
その間、竜王たちのほうは食べるのに忙しそうなので、竜郎もどさくさに紛れて1つ摘まんで食べてみる。
愛衣たちなどは、ちびっ子たちに配っている間に勝手に食べはじめていたが。
「──うまっ」
「やっぱ、おいしぃー!」
今回用意した具材の中身は2種類。
メディクの水を使い茹でて味付けしたララネストの切り身を、レティコルの葉で包み、特製マヨネーズをかけたもの。
こんがり焼いたチキーモの肉をレティコルの葉で包み、こちらも同じマヨネーズをかけたもの。
非常にシンプルだが、その分素材の味をしっかりと味わえ、なおかつ気軽に食べられる品と言っていい。
竜郎が食べたのはララネストのほう。
ぷりっぷりで弾力のあるララネストの身とレティコルの葉、マヨネーズが絶妙にマッチし、上品さをかなぐり捨てたジャンクな味の濃さがたまらない。
一方、愛衣が食べたのはチキーモのほう。
カリッとした鳥の肉からじゅわっと零れる肉汁に、レティコルの葉とマヨネーズが混ざり合い、こちらも手が止まらない癖になる味付けだ。
「なんだこれはっ! こんな手軽そうに見える料理なのに、今まで食べてきたどの料理よりも美味い!」
「そうですね。それにメインに使われている食材も素晴らしいですが、このマヨネーズも普段私たちが口にしているものよりも、味が濃いのにスッキリとしていてくどくなく、本当に口に合う……」
「お母さま! 私もそれは思いましたわ! ……もしかしてこのマヨネーズには、何か特別な製法が用いられているのですか?」
秘匿のレシピか何かだと思ったようで、ペーメーが聞いてもいいのだろうかと伺うように竜郎に聞いてくる。
だがこれは料理を作ったフローラの腕は一人前だが、制作過程は普通のマヨネーズとほぼ同じ。
なのでそれを素直に伝えてみれば、信じられないと目を丸くされてしまう。
「では使った材料が特別だということか? それはうちでも大量に仕入れることはできるだろうか?」
「使った材料が特別、というのは正解です。ですが、大量に仕入れられるかという問いに対しては、現状では無理ですとお答えするしかありません。
なにせそれは、製造元の僕らでも非常に希少なものとなっていますので」
「なんと! この料理には、そんなものが使われていたのか! それで、いったいそれはなんなのだろうか!?」
ララネスト、チキーモ、レティコル等の食材の情報は、どこぞの皇帝陛下からそれとなくリークされていたので知っていた。
だがこれは知らないぞとばかりに、グレウス一家は目を血走らせて竜郎に熱い視線を送ってくる。
そしてそれは、背中側──後ろで先ほどまで爆食いしていたウィルアラーデからも。
ここまで引っ張っておいて話さないのは、意地が悪いと思われても仕方がない。
竜郎はもったいぶらずに、ここまでマヨネーズが美味しくなった理由を口にした。
「答えは、油です」
「あぶら?」
「はい、油です。ですがただの油ではなく、レティコルというその料理に使われている葉の元となっている魔物の種を、いくつも圧縮してようやく一定量取れる、レティコルシードオイルとでも呼ぶべき代物です」
「そんなものが……」
今回使った卵もジャンヌの眷属でもある、強力な聖属性を持った黄金の軍鶏というべき姿をした魔物が産んだ、黄金の聖なる卵の卵黄を使っている。
竜郎たちは簡単に手に入れられるが、それだけでもこの世界ではかなりレアで美味しい部類に入るもの。
だがそれ以上にレティコルシードオイルは稀少。
なにせ、まだレティコル自体の保有数が少ないのだ。その身の葉の需要は高いのに、その本体を増やすために必要な種を大量に使って生産される油。
もっともっと大量に増やすことができれば、その悩みも解決していくだろうが、現状ではそうそう簡単に、それも料理ができるほど多くの量を確保するのは難しいと言わざるを得ない。
だからこそ竜郎たちの中でも、レティコルシードオイルを使ったマヨネーズは贅沢品。
見た目はただのファーストフードだが、それだけでも竜の王に出すにふさわしい一品なのだ。
ちなみにレティコルシードオイルの特徴としては、チキーモから鶏油のようにして得られる強い風味のあるものとは違い、非常に癖がなくサラサラとして油の香りもほとんどない。
それでいて口にすればギトギトすることなく、すっきりと舌に溶け込み、味もほとんどない。
けれど料理に使うと驚くほど他の食材のうま味を引き出し底上げし、それを入れるだけで数段上の美味しさに昇華してくれるとんでも油となっている。
「そんなに稀少なものだったのね……。もっと味わって食べるべきだったわ」
「そうね、ペーメー」
美味しさのあまりポンポンと口の中に入れていってしまい、今やどのテーブルにも1つたりとも残ってはいない。
次はいつ味わえることになるのだろうかと、ペーメーもペイスもゆっくりと噛み締めながら食べられなかったことを後悔し肩を落とす。
グレウスもそこまであからさまではなかったが、明らかに残念そうにパンのカスだけがポツポツと散らばった皿の上に、物欲しそうな視線を向けていた。
「ご安心ください──とまでは気軽に言えませんが、先ほども言ったようにあくまで"現状"は手に入れにくいというだけ。
この先めだった問題が起きることなく、美味しい魔物の生産業に集中できれば、こういったものも出荷できるようになるはずです。
そのときは是非、こちらにもお声がけさせていただきます」
さりげなくうちに問題ごとを持ってくる、もたらすのはやめたほうがいいよ、という牽制もかねて言っておく。
だがグレウスはそんな竜郎の思惑など関係なしに、今は食材のことしか頭にないようだが。
「それは本当か!」
「ええ。それと先のメインの具材にもなっている、ララネストやチキーモなども順調に数を増やしているので、そちらなら少量とはなりますがすぐに取引をはじめることも可能です」
「おおっ、そちらは手に入れられるのか!」
美味しいものに魅了され、竜王という名誉ある地位に位置する竜も形無しだ。自分の思いを素直に口にしていく。
ここまで落ちてくれれば簡単にいけるだろうと、竜郎は決めにかかることにした。
「──ただ、それもこちらの要望が通るなら、ですがね」
「はっ、そうだった」
今までここまで露骨に交渉された経験はほとんどなく、すっかり自分なら無条件で取引してもらえるものだという認識が抜け切れていなかったグレウスはようやく目が覚める。
相手は将来親戚になる可能性があり、竜王を恐れるような相手でもない。
竜王であっても、こちら上位で取引できる相手ではなく、あくまで対等──むしろこちらが下といっていい状況だ。
もちろん竜郎がいう要望とは、ヴィント鉱石の入手。
それもお金があっても手に入れづらい、最高純度のものも含めて。
それはこの国にとっても重要な資金源ともなる物なのだが、王個人の裁量で動かしていい量はあるにはある。
妻と娘はグレウスの判断に任せるという体は取っているが、それでも視線は早く「うん」と言ってくれとばかりに光らせている。
グレウスも先ほどの味を知ってしまったからには、このまま多少下手に出たとしても、竜郎たちとできるだけ仲良くすることが最良としか思えない。
グレウスは最後の最後に王としての矜持だけはその身に取り戻し、重々しくゆっくりと口を開いた。
「分かった。俺が自由にできる裁量の範囲内で、これから取引させてもらおうじゃないか」
「ありがとうございます。こちらもいい物が手に入れられそうで、嬉しい限りです」
縮小化したままのグレウスと竜郎が、そこでがっしりと握手を交わす。
その後、ウィルアラーデに契約の証人として立ってもらい、しっかりとした書面でも取引の約定を交わした。
これで竜郎たちは美味しい魔物食材と交換で、ヴィント鉱石が手に入れられるようになった。
「今日は思っていた以上にいい日となった。これからも仲良くやっていこう、タツロウ」
「はい。よろしくお願いします。ああ、そうだ。取引成立のお祝いというほどのものではありませんが、よければこちらをお受け取りください」
何だろうとグレウスたちが見守る中で、竜郎は大きな樽を《無限アイテムフィールド》からとりだした。
「これは?」
「こちら美味しい魔物を使用したものでして、最近できたお酒です」
「酒か! それは嬉しいぞ」
事前に竜郎がイシュタルから聞いていた通り、グレウスは酒好きのようだ。
それもとくに辛口のものを好むらしく、そこそこお酒を嗜む竜郎や愛衣の両親たちが辛すぎると言い、ガウェインも飲めるがここまで辛くなくてもいいと言って、今後改良することになっているほど強烈な酒の匂いを敏感に感じ取り喉を鳴らす。
「本当に貰ってもいいのか?」
「ええ、どうぞ。そちらはまだ改良途中のものなので、感想だけ聞かせてもらえれば見返りは結構です」
「そうか。ならば少しだけ今頂こう。感想が聞きたいということだしな」
早く飲みたいだけだろうことは誰もが察して余りあることだが、そこは誰も口を挟まず樽についていた蛇口をひねり、少しだけグラスに酒を注ぎ込む。
そしてコクコクとがっつかない程度に嚥下していく。
「──っ!!」
クワッと目と口が開き、思わずグレウスは天を仰ぐ。
そしてゆっくりと口を閉じ、後味を確かめるように噛み締めると、また残りを嚥下し天を向く。
それを数度繰り返して、たった一杯の酒を飲むのに充分な時間をかけると、大事そうにその酒樽を自分の近くに抱き寄せた。
「これが改良途中? 信じられない」
「どちらかというと、もう少し大衆向けの味に変えられないかという方向での改良ですので、もしかすると一部の人にとってはそれが最高の酒なのかもしれません。
そんなに、そのお酒が口に合いましたか?」
「ああ。同じような刺激のある酒は飲んだことがある。だがここまで美味いと思える酒は初めてだ……」
「なら改良できた暁にはそちらも持ってきますので、そういったお酒を好む人の意見としてどちらがいいかなど聞かせてもらえませんか?」
「そういうことなら、お安い御用だ。いくらでも持ってきてくれ」
この世界にはいろいろな種族がいる。種族が違えば味の感じ方も少しずつ違ってくる。
そういった意味では、普通の人間相手では受け入れられそうにないものも、このように好まれることもあるのだろう。
ならばそういうものを好む人の意見が聞けるアドバイザーの存在は、今後また様々な国で様々な種族と出会ったとき役に立つかもしれない。
竜郎はそんなことを考えながら、念のためこのお酒を一定量だけ確保するようガウェインへと念話を飛ばすのであった。
次話は水曜更新です。