第15話 最初のターゲット
「「「「「いただきまーす!」」」」」
「おかわりもあるから、たっくさん食べてねー♪」
全員の「いただきます」に、調理にメインで参加していたフローラがそう声をあげた。
彼女はいわゆるドライアドなどと呼ばれる木の妖精に近い外見をした、外見年齢は15、6歳くらいの美人と言うより可愛らしい顔立ちの少女。
基本的に人型だが、足は木の太い根っこが絡み合ったようになっている。
ただドライアドとは違い、腰まで伸びた長い髪は一本一本が水で出来ているような水色の不思議な質感。
服装は水色を基調にしたフリフリのワンピースに身を包み、頭には花冠を乗せている。
「わーい! おいしそー!」
リビングに戻れば大量の料理が大きな机の上に並べられ、からの皿がそのわきに積まれている。
今回はビュッフェ形式で、各々好きに取り皿に盛って食べていくようになっていた。
料理の追加は先に食べ終わったジャンヌの眷属──小天使の魔物と、奈々の眷属──小悪魔の魔物が数体、爺やの指示で動いてくれているので、フローラも今は食べる側だ。
魔物たちは入りきらないので、そちらの分は外に用意してあり、ここには人間と呼ばれる者たちの分だけとなる。
人数が多いので、このような形になったのである。
愛衣がもう我慢できないと言った様子で取り皿を持ち、さっそく沢山そこへ盛り始めた。
竜郎はその姿を微笑ましそうに見つめながら、自分も料理を口にするべく動き始めた。
そんな風にして始まった食事会は、両親たちも楽しそうに参加し、他の面々とも問題なくやれているようだった。
時間も少し経ち空腹も和らいできたことで、全員の食事のペースが緩くなり始める。
それを確認した竜郎は、いよいよ今後の自分たちの方針を話し合っていくことにした。
「皆、食べながらでいいから聞いてくれ。今から今後の方針について話していきたいと思う。
けどその前に、俺の眷属たちには念頭に置いておいて欲しいことがある」
「念頭に置いて欲しいことと言うのはなんでしょうか、マスター」
竜郎の言葉に真っ先に返答したのは、金髪灼眼で純白の軍服の様な服装に身を包む20代手前くらいの美青年──アーサー。
彼の背中には赤い鱗に水でできたような皮膜の一対の竜翼と、天使の翼がその上下に2対生えている、人竜と呼ばれる竜種の中でも極めて珍しい竜である。
そんな彼も竜郎に生み出され、アーサー王伝説から名を貰った存在の一人だ。
「それは俺に生み出されたからと言って、自分のやりたいことを犠牲にしないでいいということだ。
だから俺たちのやりたいことに付き合ってもらいたいとは考えているが、もし今、もしくは今後、他にやりたいことがあったのなら、俺に遠慮せずに自分のやりたい事をやってくれ。
人様に迷惑をかけるようなことじゃなく、俺にサポートできるようなら、全力でサポートもするから。
俺は自分の眷属だからと言って、その人生を縛るつもりはない」
眷属とは従魔の契約などよりも、より深く繋がり合った主従関係が結ばれた存在。
反旗を翻すなどありえないし、竜郎が命令すれば全員が盲目的にそのとおりに動いてくれるだろう。
だが竜郎はそれをよしとしない。
この世に生まれ自我を持ったからには、将来の選択は自由にしてほしいと思ったのだ。
その意思がちゃんと伝わってくれたのか、眷属たちも黙って頷いてくれた。
最初に伝えたかったことを眷属の皆が理解してくれたようなので、竜郎も一度言葉を切って、改めて口を開いた。
「えーそういうわけで、何かしていても、途中でやりたいことがあったら言ってくれ。
じゃあ、本題でもある今後について話していこうか。
色々とやりたいことはあるんだが、俺自身が最初にやりたいと考えているのは、ララネストと同級の美味しい魔物をもう一体確保しておくという事だ」
「「おいしいもの好き~」」
双子のようにも見える金髪金目の少年天使と黒銀髪黒銀目の少女悪魔が、万歳して喜びの声をあげた。
少年の方は彩人。少女の方は彩花と竜郎たちは呼んでいる。
──が、実はこの二人は同一人物であり、本来は少年とも少女とも区別がつきにくい非常に整った中性的な顔立ち。
背丈は小学五年生くらいで黒髪、やや眠たげな印象を与えるぼーっとした左が黒銀で右が金の瞳。
そんな鈴の音のような美しい中性的な声で話す天族でも魔族でもない、その双方の特徴を持つ天魔族という特殊な種族だったりする。
この子はスキルによって天使の少年になったり悪魔の少女になったりと好きに性別を変えることもできれば、男女に分化して双子のようになることもできる。
そしていつもだいたい二人の状態で一緒に、竜郎がペットとして生み出した巨大な子狼──豆太といる。
外見が幼いせいか性格も子供っぽく、今も美味しいものが食べられると素直に喜んでいた。
そんな姿に竜郎も弟や妹をみるように目じりを下げて微笑んだ。
他の面々もララネストが衝撃的な美味さだっただけに、その期待値も高いように見受けられる。
「とくに反対もないようなので、話を進めるな。
俺がみんなを集めて聞きたかったのは、その美味しい魔物の中でも最初は何の魔物がいいかについてだ。
ただ一番最初は、現代でも生存している美味しい魔物にしたいとは考えている。
それが一番手っ取り早いからな」
「確かに、手間のかかりそうな魔物は後に回した方がいいかもしれませんね。
普通に現代に生きる魔物だって、出荷できるようになるまでには時間もいるでしょうし」
そう言って口を開いたのは、これまた竜郎に生み出された眷属の一人──ミネルヴァ。
今の彼女は公立高校によくあるセーラー服を身にまとい、肩まで伸びたショートボブのオレンジ髪とオレンジの目をした、真面目な顔つきの身長150センチ程の少女。
けれど実際は全長5メートルはあるキラキラと輝く薄オレンジ色の鱗を持つ竜種。
竜郎たちと話しやすいようにと、今は人化してくれているのだ。
彼女の言うとおり、現代にいない絶滅種を復活させるとなると、それを生み出すための素材集めから始める必要がある。
となると時間もかかるので、とりあえず現代にいる『美味しい魔物』を先に揃えてしまった方がいいだろう。
その意見に皆も同意してくれたのようなので、竜郎はスキル──《大魔物辞典》を使用し、自分にだけ見えるモニターを見ながら、現代に生きる『美味しい魔物』たちが大よそどんな食材なのか説明していくことにする。
「まず第一候補は鳥──『チラーキアモ』。
現地では伝説の鳥──チキーモと呼ばれ、普段は砂漠の奥底で生息し、自分から地上に出てくることは滅多になく、まず出会うこと自体が困難な魔物らしい。個体数も少ないみたいだしな」
「肉だー! 私は断然これだね!」
「私も鳥肉好きなのよね」
愛衣とその母──美鈴は、既に肉に食指が動いているようだ。
「第二候補は葉物野菜──『レティコル』。
ジャングルのようなほとんど人が踏み込まない魔窟で、ひっそりと植物に擬態して暮らしているらしい。
人間でこの存在を知っている者自体が稀だとか」
「野菜かー♪ 知り合いのおばちゃんたちが、ララネスト級の野菜が食べてみたーいって言ってたんだよねー♪
これを持っていったら絶対喜ぶよー♪」
「私もサラダとか好きだし、これがいいかも」
フローラと竜郎の母──美波は、野菜に反応し始めた。
ちなみにフローラの言う知り合いのおばちゃんは、妖精郷にいる女性妖精たちのことだ。
妖精なので見た目は少女のようなのだが、やはり言動にどこか貫禄があったりする。
「第三候補は果物──『ラペリベレ』。
超が付くほどに高い空の上に生息する、空飛ぶ植物系の魔物で、戦闘能力自体はあまりないらしいが、飛行速度がありえないほど速く個体数も少ないので探して捕まえるのは極めて難しいんだとか」
「果物か……。我は果物が好物なのだ。是非それを食べてみたいのだ」
「ん。パフェに乗せたら美味しそう」
ランスロットと、竜郎の眷属が一人──ヘスティアが、果物の名前に目を光らせていた。
ヘスティアはアーサーと同じ人竜種で、外見年齢は15、6歳で、身長は大体155センチくらい。
灼熱色で絹糸のように細く滑らかな長髪、紫の瞳。整った北欧系の顔。
背中から生えたカラスのような濡れ羽色の翼2対4枚、それに挟まれる様にして生えた1対2枚の漆黒の竜の翼をもつ。
基本表情はあまり動かず無表情だが、その背中に生えた翼が嬉しいとバサバサと動き、悲しいと垂れ下がるので感情は分かりやすかったりする。
また彼女の服装は露出が激しく、豊満な胸元しか隠れていない様な黒のキャミソールに、少し風が吹けばショーツが見えそうなくらい丈の短い紫のミニスカート。
ダボダボの黒銀のジャケットを前全開で、袖は通しているが肩に引っ掛け着流した格好で、はた目から見るとヘソ丸出しで寒そうに見えるが、本人は寒さなどへっちゃらなので気にしていない。
そしてそんな彼女はとにかく甘いものに目がなく、フローラが作ってくれるパフェが大のお気に入り。
今回その果物をパフェに入れることで、どれほど美味しくなってくれるのだろうと、興奮で既に翼が荒れ狂っていた。
近くにいたウリエルが「埃が舞うでしょ。やめなさい、ヘスティア」と注意をすることでようやく止まってくれたが、それでも『ラペリベレ』がいいと強い眼光で訴えかけていた。
「第四候補はその他に属する『メディク』──水の魔物だ。
秘境ともいえる山岳部の間にポツリとある小さな湖にいるらしい。
ちなみに俺はこれを推したいと思ってる」
「えーなんでー。一緒にお肉食べよーよー。それに水なんて味ないじゃーん」
「いやいや、愛衣。美味しい魔物で検索して出てきた魔物だぞ?
味は想像できないが、絶対美味しいに決まってる。それに水ってのは、基本的に料理には欠かせないものであり、他の加工食品や飲み物を作る上でも極めて重要な要素になるはずだ。
だから早めに手に入れて、色々な所に使えるように準備しておきたい」
「そうだな。酒を作るにしても水は大事だし、美味い酒が飲めるってんなら俺もそれに賛成かな」
「おっ、それを手に入れられれば美味い酒が飲めるのか?
なら俺もマスターの親父さんに賛成するぜ」
竜郎の父──仁と、ガウェインが水に興味を持ったようだ。
ガウェインは身の丈2.3メートルで、がっしりとした筋骨隆々の赤目の大男。
髪型は黒銀色のロン毛をドレッドヘアにして後ろに流すスタイルで、中東系で浅黒い肌の整った顔立ち。白く長い犬歯が笑った時にちらりと顔を出す。
背中には1対の漆黒のコウモリのような翼が生えていて、吸血鬼と魔族双方の混合種のような特徴を持っている。
そんな彼だが、最近酒の味を覚えた。
酒造りをするなら俺も手伝わせてくれと、自分から言って来るほどに。
今までは戦いにしか興味を示さず、他のことには目もくれなかっただけに、そう言われた時は竜郎も驚いたものだ。
ただ彼の場合はいくら飲んでも酔わないので、酔いを楽しむことはできないらしいが。
「そして最後、これもその他に属する魔物で『スペルツ』──香辛料の魔物。
特定の生息地はなく、海だろうが山だろうが、空だろうが地中だろうがどこにでも適応できるらしい。
そのくせ隠れるのが上手いらしくて、かなり昔からいるのに、歴史的に見てもほとんど人間にその存在を知られていないそうだ
……これに関してはよく分からないな。カレーとかに入れると美味いのかもしれない」
「カレーかぁ。いいね。なんだかんだ言って、僕はカレーが一番好きなんだよ」
「長いこと生きてきたけれど、『スペルツ』なんて存在、噂でも聞いたことないわ……。
興味深いわね。その魔物を探しに行くなら私も手伝わせて!」
カレーと聞いて愛衣の父──正和が。未知の存在に心躍らせレーラが、スペルツと呼ばれる謎の魔物に心惹かれたようだ。
「以上、この五種が今回の対象となる。何だか意見が割れているみたいなんで、多数決を取りたいと思うがどうだろう?」
「それでいいんじゃないですか? 兄さん。
最終的には全部集めることになってるんですから、自分の意見が通らなくても遅いか早いかの違いでしかありませんし」
リア以外の面々も異存はないようだ。
「えーでは決を採る。今から魔物の名前を順々に言っていくから、自分の希望するところで手を上げてほしい。
ただし俺は水の魔物がいいと言ったが、眷属たちは自分の意見を絶対に優先させる事。ではまず──」
竜郎が代表して先ほど挙げた魔物の名前を発して、皆には手を上げてもらう。
──そしてすぐに結果がでる。
「果物の魔物と一票差で、鳥肉の魔物『チラーキアモ』に決りだ。
……みんな肉好きだなぁ。俺も好きだけど」
「わーい! やったね、お母さん」
「やったわね、愛衣」
愛衣と美鈴がハイタッチをしている姿に、自分の意見は退けられたが彼女が満面の笑みを浮かべているので、これはこれでいいかと竜郎は満足げに笑う。
「それじゃあ、まずはチラーチ──チラーキアモ……呼びにくいな」
「現地の人はチキーモって呼んでるんでしょ? 語感もいいし、そっちでいいんじゃない? たつろー」
「それもそうだな。それじゃあ、まずはチキーモを捕まえに行くということで一つ」
「メンバーはどうされるのですか? 主様」
ウリエルにそう言われ、竜郎は少し天井を見上げ考えてから顔を前に戻した。
「俺なら場所も分かるし、今更負けるような相手でもない。
ということで少人数で行きたい思う。誰にするかは……その時の流れで適当に決めていこう。誰が行っても足を引っ張ることはないだろうしな」
近いうちに出発するつもりだが、まだ具体的にいつ行くかは決めていないので、そのとき暇そうな人材を見繕っていく方向で落ち着いた。
「それじゃあ今度は、このカルディナ城のある領地の開拓と、この先ここで作りたい物、やりたいことについて話していこうか」
「はーい!」
元気よく返事をくれた愛衣に笑いかけながら、竜郎は次の話題に移っていくのであった。
次回、第15話は1月23日(水)更新です。