第158話 竜王種の親という存在
しょぼくれていたアヴィーも元気になり、なんだかあいつ元気ないなと思っていたヴィータも少し嬉しそう。
竜郎にとってもアヴィーが元気になってくれたのは嬉しいし、自分が生み出した竜王種だけでなく、その亜種たちも竜王たちにとって無視できないという情報が得られたのもよかった。
これで竜王たちからの圧力も、多少は分散してくれるということでもあるのだから。
「キュ~」
「おかえり、ヴィータ」
「あー、行ってしまいましたわ……」
ヴィータは竜王見学も年上のお姉さんと遊ぶのも飽きたのか、竜郎の元へと戻ってくる。
お気に入りのぬいぐるみを持った少女のように可愛がっていたペーメーは、少し不満そうに口を尖らせた。
もしこの場にペーメーしかいなかったのなら、もっと彼女にも興味を示していただろうが、ここにはそれよりも強烈な印象を撒き散らすグレウスがいる。
そのせいでヴィータの眼中に、ペーメーはほとんど映っていなかった。
将来自分の伴侶となるかもしれない相手が、自分の父親にしか興味を示さないというのは可哀そうな話なのかもしれないが、母親の「しゃんとしろ」という視線もあって、幼すぎるゆえだとペーメーも無理やり納得させおすまし顔に戻る。
それを見計らったわけではないだろうが、そのタイミングでグレウスは首をひねりながら竜郎へと話しかけてきた。
「そういえば……タツロウ。最初から気になって聞けなかったことがあったのだが、いいだろうか」
「はい。なんでしょう」
「俺はイシュタル様より、タツロウのことを人種だが竜種にもなれる人間だと聞いていたんだ。
それもセリュウス様やアンタレス様ですら、侮れないほどの竜にな」
そのあたりは竜郎自身ピンとこず、生返事をしてしまう。
「はあ」
「だが今のタツロウは、どう見ても強力な神格を得た竜種。
俺でも正直勝つのは難しいと言わざるを得ない、人竜だ」
その一言で王妃のペイト、姫のペーメーが「え……」と小さく言葉を漏らす。
竜郎がかなり強力な竜なのはわかっていたが、それでもグレウスが戦いもせずに負けを認められる相手とは思っていなかった。
それは竜郎ができるだけ強さを隠そうと抑えているのと、身内びいきもあってのことだが、にわかに信じられるものではない。
この2人にとってグレウスとは、強さの象徴のような存在だったから。
けれどそれを察してもなお、グレウスは家族2人を無視して話を続ける。
「だがな。セリュウス様やアンタレス様が、侮れないと言えるほどの竜ではないと断言できる。
あの方々は真竜様を除けば、まさに最強。俺ですらあの方々の前では、かすんで見え──あ、いえ、決してウィルアラーデ様のことを……」
「言いたいことは分かりますし、私も同感です。
なので、こちらにかまわなくて結構ですよ。お話を続けてください」
ウィルアラーデをないがしろにするような物言いだったかもしれないと、すぐにグレウスが後方に視線を向けるが、向けられた彼は苦笑しながらどうぞと手でジェスチャーをする。
ホッと一息をつきながら、グレウスは少し乾いた喉を鳴らし竜郎との話に戻ってきた。
「とにかく、聞いていた情報と違っていたのだ。それが何故なのか、俺は知りたい」
そうなのだ。事前に聞いていた情報とは食い違っているが、イシュタルたちが虚偽の情報を掴まされていたとも思えない。
ではどういうことだと思考を巡らせた際に、グレウスはイシュタルたちに、なにかを試されているのではないかと考えた。
そのせいで余計に竜郎たちのことを慎重に観察する羽目にもなったのだが、それでも情報が食い違っている理由には至れなかった。
竜郎のように竜に至れる人種というのもよく分からないし、吸収する人数によって段階的に強くなることもできるという状態は、長年生きてきたグレウスもはじめてのことなのだからしょうがないことなので、気にする必要もないのだが。
何が言いたいのかちゃんと理解した竜郎は、そういうことかと小さく頭を下げた。
「混乱させてしまったようで、すいませんでした。
最近できることが増えたので、イシュタル──様、たちにも情報がいってなかっただけです。
ちょっと待ってくださいね──と」
「ピュィー」
「なんと──」
これは実演したほうが手っ取り早いだろうと、竜郎はカルディナを解放して自分から分離する。
翼の消失と共に竜種の気配が竜郎から完全に消え、代わりに別の飛竜が姿を現した。
その光景にさしものグレウスも、妻や娘と共に目を丸くする。
「とまあ、こんな感じです。この子や竜王種関係の種族以外の子のほとんどは、元は僕だったものです。なのでこのように──」
カルディナが手を伸ばした竜郎の中に吸い込まれ、背中から立派な翼がまた生えてくる。
「自分の中に戻し、取り込むことができるんです。ですのであとは──」
ここで本格的に《分霊神器:ツナグモノ》を発動し、ジャンヌ、奈々、アテナ、天照、月読に糸をつないでいく。
そして同時にそれぞれに対応した分霊神器を発動させれば、竜郎はグレウスが聞いていた通りの竜になる。
「「「────」」」
グレウスすら絶句して、声すら出ない。
グレウスよりも強いと言われ驚いていた母と娘も、さすがにこの状態でうちの人のほうが強いとは言えず驚くばかり。
「これなら聞いていた情報と一致しますか?」
「──────…………………………ぁ、ぁあ──ああ、間違いない。
そしてタツロウが、竜王種を生み出すに値する竜だということも、よくよく理解できた」
さすがは成熟した竜王種と言ったところか。まだ呆けている2人よりもいち早く正気に戻り、王としての威厳を放ちながら竜郎に臆することなくまっすぐ視線を送る。
「元は自分というのも、今のでなんとなく理解できた。
かなり近い気配をしているのは親族か何かだと思っていたが、そういうことでもなかったようだな」
それぞれ持っている神格も半分は皆、違う神なので余計に竜郎と同じ質の力というようには思い至れなかった。
けれど目の前で実践されれば、仕組みはよく分からずとも、芯の部分はグレウスには理解できる。
「僕の感覚からしたら娘のような子たちなので、親族というのもあながち間違えではないのですけどね。
では、元の状態に戻りますね。これだと力を抑えるのが大変なので」
「そうしてくれると、こちらもありがたい」
カルディナだけは竜郎の中に残し、ジャンヌたちは解放する。
いざというときの保険の意味もあるが、1人だけ吸収した状態でなら、まだ力を隠すことも苦ではなくなってきていたところなので、維持の練習もかねて最初の状態にしたのだ。
そしてそれによってペイトやペーメーは、拘束から解放されたかのように肩を垂れて脱力しながら竜郎へ畏怖の籠った視線を向けはじめる。
この2人はセリュウスやアンタレスがまともに力を放出しているところなど見たこともなかったのもあって、先の力が大放出状態の竜郎は刺激が強かったようだ。
『あの2人には、少し引かれたかもしれない……』
『まあ、しょうがないっしょ。いつかは見ることになってただろうし、遅いか早いかの違いだよ、きっと』
『そうですの。それにあちらも神格を持っている、もしくは持つことになる竜なのですから、あれくらいはすぐに慣れるはずですの』
『むしろ、ヴィータを婿に欲しがるなら、いつか挑んでやる! くらいの気概が欲しいところっす』
『ヒヒーン、ヒヒヒーン(いやぁ、アテナさー。それはそれで違うと思うよー)』
『『────(同感です)』』
アテナの感性は少し違うようだが、おおむねジャンヌ、奈々、アテナ、天照、月読たちも同じ意見のようだ。
ならば息子の嫁候補とその母親に引かれた問題は、ひとまず時間が解決するのを大人しく待つことにして、今度は竜郎からグレウスに提案を持ち掛ける。
「そういえば、ここヴィント王国ではヴィント鉱石なる固有の鉱石が採れるとか」
「そうだな。だからこそ、この城の建築にもヴィントの証として、一番質のいい鉱石をふんだんに使っているわけなのだから。
なんだ、意外にそういう装飾品が好きなのか? タツロウは」
「僕自身は装飾品なんかを身に着けたりする──ということは特に好みません。
ですが個人的に珍しい鉱石素材として手に入れておきたいですし、他にも──」
他にも竜郎たちが目ぼしい職人たちを囲って、宝飾品などの売買にも手を伸ばそうとしていること──などなど話せる範囲でこちらの事情を伝えていく。
「あれだけの力があれば、いくらでも金など稼ぎようがあると思うのだが、あくまで市井の者たちと同じ目線で商売をしようとしているのか。変わっているな」
グレウスからしたら、金が欲しいならそこいらのダンジョンでも荒らしまわるだけで十分な大金が手に入る。
それなのに職人を抱え込んだり、素材を集めたり、実に回りくどく思えた。
一番の目的は地球での資金を稼ぎたいからというものなので、そのあたりを伝えられなかったというのもあってのことだろう。
なので竜郎は、用意していた2番目の理由を彼に伝えることにした。
「ご存じかもしれませんが、僕もこの先まだまだ長く生きることになります。
でしたら、いろいろと手広く挑戦してみるのも一興とは思いませんか?」
「……なるほど。確かに俺のように国を背負っているわけでもなく、自由に生きられるのだから、逆に回り道をしなければ時間を持て余すということもあるかもしれないな」
どれだけ長く生きるかは竜郎自身も知らないが、少なくとも普通の人よりもずっと生きていくことは想像に難くない。
なのでグレウスの今の言葉も、竜郎にとっては真実。面倒なこともすっ飛ばさず、やってみることも、長い人生を飽きずに生きる秘訣なのではないだろうか。
「ええ、ですので高純度の物も含めた、様々な質のヴィント鉱石を定期的に譲っていただきたいのです」
「高純度の物は、俺の国にとって貴重な収入源の1つでもあるということは、分かってもらえているだろうか?」
「ええ、この国のことも少しだけ聞きましたので知っています」
「そうか。であるのなら、そちらは何を対価に支払ってくれる?
まさか、なんの見返りもなしに──ということはないのだろ?」
「それはもちろんです。こちらも相応の物で支払いを、させていただくつもりですから。
ただ気に入らなければ、金銭でのやり取りという手でも問題ないのですが」
「ほうほう、金銭でのやり取りというのは確実性があっていいが、タツロウの言う相応の物に興味がある。
少しその"相応の物"を食べ──いや、見せてくれないか?」
竜郎が何のカードを切ってくるかなど、グレウスも理解していた。
むしろいつ話を切り出してくれるのかと、待っていたくらいだ。
そのせいでつい「食べさせて」と言いそうになってしまったのは、ご愛嬌というものだろう。
王というものが、気軽に下手に出るわけにもいかないのだから。
「お見せするためにサンプルも用意してきましたが、その前にそれを使ってできたものを試してみるということもできます。いかがでしょう」
「ほ、ほーう。まず実物を見てみたい気持ちもあるが、加工済みの物を見て、どういうものができあがるのか、先に知っておくのもいいかもしれない。さあ、見せてくれ!」
最後はじれったくなり、グレウスは思わず叫ぶように催促してしまう。
そしてその反応を見て竜郎は『これはいける』と確信を持ち、グレウスの期待以上の物を出してやろうと、今回のために用意してもらった料理を取り出すことにしたのであった。
次話は日曜更新です。