第157話 亜種という存在
神格持ち2人と、まだ成人はしていないが竜王種という幼竜から見たら大人の竜たちに、ぎらついた目を向けられれば普通の竜ならば成竜でも背筋を凍らせてしまいそうなものなのだが、それでもヴィータは不思議と恐いという気持ちにはならなかった。
もちろん竜郎たちに囲まれて生活しているからというのもあるのだが、それ以上に竜王に対して親近感を覚えていたからだ。
それゆえにヴィータは臆することなく翼を広げ、竜王をもっと近くで見てみようと空を飛ぼうとする。
「こらこら、今は大人しくしててくれな」
「キュ~?」
すかさず竜郎が抱っこしてそれを阻むと、ヴィータは「ダメなの?」とばかりに大人しくなった。
けれど親近感を覚えたのは、向こうも同じだったらしい。
「俺はかまわないぞ。むしろ、もっと近くで顔を見せてはくれないか」
「そちらがいいなら、いいのですけど。ヴィータ、いいか?」
「キュ~!」
眷属のパスを通じて聞いてみれば、「あのおっちゃん見てみたい!」と乗り気な様子。
ならばと手を離すと、元気にヴィータは姫のペーメーには目もくれず竜王グレウスに突撃していく。
そこいらの竜なら即死しそうなタックルも、グレウスは嬉しそうに受け止める。
「なかなかに、やんちゃなやつだ。俺の小さいころに似ているな」
「お父様は今でもやんちゃでは?」
「そんなわけがあるか。いったい、いくつだと思っているんだ。
しかし見れば見るほど…………というより、俺がこれくらいのころより強いような気も……」
「確かにまだ生まれて間もないと聞いていましたが、竜王種とはいえ体も立派ですね」
なんでという視線を向けられるが、竜郎はわざとらしく視線をそらした。
理由は竜郎の《強化改造牧場・改》によるパワーレベリングで、どんどんヴィータたちのレベルを上げていったら体もそちらに引っ張られ、普通の竜王種0歳よりも体が成長してしまったというだけのこと。
けれどそれを軽々に外部に漏らしてもいいものかと、竜郎は思ったのだ。
自分たちも、もしくは家臣たちをそれでレベリングさせたいと言われたら、それこそ面倒になりかねない。
竜郎の動作だけでやんわりと言う気はないという意志を、空気を読んでグレウス一家は察してくれて、それ以上の言及はしてこなかった。
──と、グレウス一家がヴィータに夢中になっている間に、竜郎は気になっていたアヴィーに視線を向ける。
彼は兄と同じように目立つ場所に立っていたのに、その兄も離れた場所にいってしまい、身の置き場がなさそうにソワソワしていた。
そこで竜郎が眷属のパスを通じて無言でこっちに来るように伝えると、どこかトボトボと元気がない様子で近寄ってくる。
竜郎は1メートル程もあるアヴィーを軽々と持ち上げ、優しく頭を撫でた。
すると甘えるように竜郎の頬に、自分の頬をこすりつけてグレウスたちから視線を外す。
まだシステムすらインストールされていない幼竜でも、あの自分によく似た竜王たちにとっては、兄の添え物でしかないんだと珍しく拗ねてもいるようだ。
アヴィーだって凄いんだぞ~という感情をこめて、竜郎はめいっぱい彼を甘やかす。
いつもそうしていると近寄ってくる楓や菖蒲も、アヴィーとは生まれてからの付き合いなので元気がないことくらい分かったのだろう。
大人しく愛衣の近くで、弟のイルバとアルバの相手をしてくれていた。
「竜王種の親、という存在が新たに生まれたと聞いたときは、本当にそいつは大丈夫なのかと思っていた。
──が、その様子を見ると俺も君ならいいと思えてきたぞ。タツロウ」
「えっと? そうなんですか?」
いつの間にかヴィータだけに注がれていた視線が自分たちに向いたと思えば、いきなり先のようなことを言われ、いったいなぜ竜王種の親に相応しいと急に認められたんだと竜郎は首を傾げた。
竜郎にとって、当たり前のことをしていただけなのに。
「竜王種というのは、自分で言うのもなんだが、かなり強い」
「それは、そうですよね。ただでさえ上級すら軽く飛び越えた竜が、成長したら神格まで得られるっていうんですから」
「その通りだ。だからこそ俺は、そんな竜王種を6種、いや今は8種か。
8種も保有する存在が、妙な野心を抱くのではないかと不安になったのだ」
成人した神格持ちの竜王が8人。それだけの力があれば、竜に次ぐ種族とされている天魔種、妖精種の国が連なっても蹴散らせる。
イフィゲニア帝国以外なら、容易く征服できてしまうだろう。
ただその矛先がイフィゲニア帝国に向くようならば、イシュタルと帝国軍の神格者も有する屈強な竜たち。
また竜王やその一族たち、九星の一族、さらにエーゲリアやセリュウス、アンタレスたちまでも動くので、どれだけ竜王種を率いろうとも小火で終わる程度だろう。
なのでイフィゲニア帝国や、それに属する王国の危機を憂いている竜王たちは誰もいない。
それだけイフィゲニア帝国の総力は、群を抜いていると自負しているからだ。
ならなにを不安に思っていたのかといえば──。
「俺たちの新たに生まれた同胞たちが、くだらない思惑の道具として使われ、不幸な未来を歩むのではないのか──と。ただそれだけが心配だったのだ」
「それは──ありえませんね。この子たちの未来は、この子たちが決めること。
僕はこの子たちが自分で決断できるようになるまで、親として見守る以上のことをしようとは思いませんし、道具のように扱うつもりもありません」
「だろうよ。そこにいるアヴィーや他の幼竜たちを見ていれば、竜王種としてではなく、ちゃんと1人1人を一人の人間として見ていることがよく分かる」
「そう、なんですか?」
「俺がどれだけの歳月、この玉座に座りいろんなやつを見てきたと思っている。
腹芸は得意じゃないが、目の前の人間が嘘つきか、そうでないかくらいは、嫌でも分かるようになったもんよ」
竜王相手に平気で嘘をついてくるような相手はそうそういなかったが、それでも甘い汁を吸おうと近寄ってくる愚かな竜はそれなりにいた。
グレウスも玉座につく前から、そういった他者との関係でうんざりしていたので、他人が隠している思いには敏感になっていた。
だからこそ、この少しの間でヴィータだけに興味津々な様子を見せ、こっそりと竜郎やその周りのことも終始観察したことで、こいつは大丈夫なやつだと判断したようだ。
「なるほど。ですがそこまで分かってくれているのなら、話が早いです」
「ほう、なんだろうか。なにか我々に要求でもあるのだろうか」
「要求といいますか、なにやらすっかりうちの子を婿養子気分で眺めていますが、その子が婿に行きたいと言わない限り、こちらはそちらのその要望を呑む気は一切ありません。そこだけは分かって頂きたいです」
「えっ、そうなの!?」「……それは」
竜郎のはっきりとした言葉に、ペーメーとペイトはそれぞれ声を上げる。
前者は純粋に驚いたから。後者は「不敬では?」と少しだけ嫌悪感を混ぜて。
とくにペイトは神格を賜ってすぐに、竜王との婚姻の話があれよあれよと決まっていった竜。
本人もそれが当然のことだと思ったし、拒否するという選択肢すら思いつかなかった。
だから余計に、彼女にとって竜郎の言葉はおかしなものに感じたのだろう。
しかし、グレウスだけは満面の笑みを浮かべていた。
「それでいいんだよ、タツロウ。他の竜王たちがそれを言って怒ってきたのなら、俺の名前も出していい。俺が間に入ってやる」
「……その役目は私たちなので、あまりことを大きくしないでくださいね」
「はっ!? そうでした……。申し訳ありません、ウィルアラーデさま」
「かまいませんよ」
竜王たちが喧嘩などされてはイフィゲニア帝国としても、看過できることではない。
グレウスならこう言うだろうことも読んでいたからこそ、エーゲリアも先帝の側近眷属という竜王たちよりも上の立場の存在を竜郎たちにつけていたのだ。
発言のために一時的にウィルアラーデが入ってきたが、それだけ言うとすぐに空気ですといわんばかりに後方に下がっていった。
それを見て少しだけグレウスはバツが悪そうに空咳をしながら、改めて竜郎に向き直る。
「……まあ、そのあたりのことは、ウィルアラーデさま方にお任せするとしてもだ。 このヴィント王国の未来の女王の義理の父という地位があれば、うちの国でなくとも大抵のことはなんとかできるだろう。
それを捨て去っても我が子の気持ちを尊重するっていうのは、俺が竜王種の父にそうであってほしいと思えるもの。
だからそのことについて、あれこれ文句を言うつもりは一切ないと保証しよう」
「ありがとうございます。そのお言葉が聞けて、ホッとしました」
「まあ、うちの娘は誰もが振り返る器量よしだからな。そこの小僧も色気づいてきたころには、そちらから婚姻を迫ってくることだろう」
「も、もう。お父様ったら」
ここで「あなたと大して見分けがつきません」と正直に言ったら、ぶっ飛ばされそうだなと竜郎は思ったりもしたが、そこはポーカーフェイスで乗り切っているなか、ペーメーは恥ずかしそうに父親の肩を叩いていた。
地響きが聞こえるほどの破壊力を持っていたようだが、グレウスはびくともしていない。
「それに、もう1人婿候補が増えるかもしれないからな」
「もう1人? えっと、こっちのイルバのことを言ってるのですか?」
「他の竜王種同士では、セテプエンイフィゲニア様がお考えになった種が変わってしまう可能性が高い。
それだけは絶対に避けねばならぬことであり、種を守るというのは我々にとっては絶対だ。
その子だけは俺も、絶対に婚姻は反対しなくちゃならないだろう」
「クゥオ~」
イルバはグレウスに少し強い視線を向けられるが、特に気にした様子もなく、菖蒲に頭を撫でられ呑気にあくびをしている。
「では誰が?」
「誰も何も、そこにいるだろう。下手をしたら原種すら超えてしまう、無限の可能性を持っていながら、我々の種の根幹は絶対に変えない亜種がそこに」
「キュ?」
「亜種って、もしかしなくてもアヴィーのことですよね。この子も対象になっているとは初耳です」
もともとヴィータという竜王種がメインのようにイシュタルたちも言っていたので、竜郎も寝耳に水だと目を丸くする。
「そのあたりの話は確実ではないからな。ヴィータを婿に迎え入れることを決めてしまうのが、一番手っ取り早くもあるわけなのだから。
だがアヴィーも含めたタツロウの亜種の子たちは、亜種というのが不思議なくらい原種に非常に近しい存在となっている。
俺とペイトでペーメーの弟や妹を作ったときに、生まれるであろう亜種とは比べ物にならないほどにな」
「そうなんですか?」
「ああ、ここに来る前に案内させたラトー。あやつは俺の弟の息子だが、アヴィーと同じ竜王種の亜種といっていい存在だ。だがアヴィーとは随分と違うだろう?」
「それは……はい。そうですね」
グレウスの弟の息子と少し系譜が離れてしまったとはいえ、亜種と呼んでもいい存在。
けれどアヴィーと比べてしまうと、格落ちしていると言わざるを得ない。
今見る限りでも、ヴィータとアヴィーでそこまで力の差はないからだ。
聞けばグレウスの弟であっても、アヴィーほどには竜王種に近くはないらしい。
「いずれ神格を得て、それに追従する恩恵で得られる力を得ることで俺たちはそれぞれの代名詞、ヴィント種でいう『狂嵐』にふさわしい能力も完全に得られるようになる。
だがそれがなければ、俺から見てもタツロウが生み出した竜王種の亜種の子たちは、原種とほぼ遜色がない。なさすぎる。
直接竜王種を生み出した存在が生み出した亜種は、こうなるのかと、実はヴィータの存在よりも驚いたくらいだ」
ここまで言われれば、竜郎もグレウスの言いたいことが分かってきた。
竜王からみても、ヴィータとアヴィーの違いは確実な将来性──神格を得るかどうかのみ。
だとするのなら、この先アヴィーがヴィータとは違う神に気に入られ、竜王とは違う別の能力を持った近縁種になる可能性があるということでもある。
「無限の可能性といったのはまさにそこだ。神格によって得られた力によっては、亜種が原種を食うことすら十分にあり得るぞ」
「もしそうなって、仮にうちのアヴィーが婚姻した場合、種が変わったりはしないのですか?
竜の子は強いほうに引っ張られてしまうと思うのですが」
「確かにそうだが、このヴィント種という種は絶対に変わることはない。竜王種に限っては、原種の優先度のほうが高いからな」
竜王種は全竜神の権限でそうなっているらしい。だが竜王種同士だとそれが狂ってしまうので、忌避されているというだけ。
「ここまで酷似した亜種が神格を得たのなら、それはもう1人の竜王種といっても過言ではないだろう」
「だってさ。アヴィー」
「キュー!」
竜郎が眷属のパスであれこれ伝えてみたが、まだ完全に理解した様子はない。
けれど憧れているだけ、ただ後ろについているだけの自分が、いつかその横に並べるかもしれないということだけは、なんとなく理解できた。
そんな可能性すらないと、置いていかれるだけの存在だとしょげていたアヴィーの心に、今までにないほど火が付いた。
それは竜王の婿になるためではなく、大好きな兄といつまでも肩を並べて飛べる自分に憧れて──。
次話は金曜更新です。