第155話 ヴィント王国へ
イルバとアルバが生まれてから、また少しだけ日数が過ぎた。
立て続けにやっても竜大陸側の対応も大変だろうと、自分たちのダンジョンのボス竜を使っての竜王種創造実験はお預けにして、いよいよヴィント王国に出発のときがやってきた。
今回向かうのは竜郎、愛衣、カルディナたち魔力体生物組。そして楓、菖蒲、ヴィータ、アヴィー、イルバ、アルバ。
ニーナの存在はまだ竜王種たちにも秘密にしているらしいので、今回はお留守番せざるを得ない。
「ニーナも行けたらよかったのに」
「ごめんな。代わりになにか、お土産でも買ってくるから我慢してくれ」
「うん。ニーナ、楽しみしてるね」
少し寂しそうにするが、ニーナは素直にお留守番を受け入れてくれた。
「それにエーゲリアお姉ちゃんと訓練して、それからアルムフェイルおじちゃんのところにも行く予定だから、ニーナちょっとだけしか寂しくないよ」
「ニーナちゃんは、いい子だねー」
「ぎゃう~♪」
愛衣が頭を抱えるように抱きしめ、ごしごしとニーナの頭を撫でまわせば、彼女は嬉しそうに笑顔を浮かべた。
そうこうしていると、海のほうに時空魔法の反応が発生し、一部空間が歪みはじめる。
まっさきに気が付いた竜郎やカルディナに続いて、他の面々もつられるようにそちらに視線を向けていると、まずはエーゲリアがにゅっとその歪みから顔を出す。
さらにそれに続くようにして、竜郎たちが見たことのない大きな竜も空間のゆがみをくぐってやってくる。
「おはよう。今日は、この子が案内をするからよろしくね」
「ウィルアラーデです。よろしく、お願いしますね」
ウィルアラーデと名乗った竜は、大きさ30メートル近く。
まだらに赤が混じった緑葉のようなフサフサした羽毛に全身覆われ、背中には1対の巨大な体をすっぽり覆えそうなほど大きな翼をはやした、腰の低そうな印象を覚える柔和な男性の声で挨拶をしてくる。
「竜郎・波佐見です。こちらこそ、よろしくお願いします」
それぞれ軽く挨拶を交わしていき、名前と顔くらいは一致するようになったところでさっそく本題へ。
「ではひとまず、ヴィータくんとアヴィーくんの姿を認識阻害で隠してください。
さすがにこの子たちは、ヴィントの民なら誰もが知っている姿と酷似しすぎていますから」
「そりゃあ、そうですよね。ヴィータ、アヴィーこっちにおいで」
ヴィント王国まで行く道中、正規のルートを通っていくので、当然その国の誰かには目撃されてしまうはず。
自国の王と瓜二つの見覚えのない幼竜2体が、エーゲリアの側近眷属と共にいたところを見た一般人はどう思うのか。
人の口に戸は立てられぬというように、いらぬ尾ひれまでついた妙な噂が広がってしまう可能性とて捨てきれない。
その点、楓と菖蒲、イルバとアルバは見ただけで竜王種だと分かるような竜などそうそういないので、開き直って堂々といく。
《強化改造牧場》内に一時的に入ってもらう、という手もあるにはあるが──。
「せっかくの遠出だし、一緒に行ったほうがこの子たちも楽しいだろうしな」
「「キュ~?」」
そういうわけもあって、竜郎は認識阻害の魔道具であるペンダントをヴィータとアヴィーの首に下げて起動する。
なにかしらの力がペンダントから発せられていることに気が付いたようだが、とくに違和感もないのでヴィータもアヴィーもすぐ興味をなくして、今からどこに行くんだろうとソワソワしていた。
「それじゃあ、私はニーナちゃんといるからよろしくね。ウィルアラーデ」
「はっ」
ウィルアラーデは竜郎たちに対しては温和で腰の低い青年といった雰囲気だったが、エーゲリアに対してだけは、きりっとした返事を返す。
対してエーゲリアは公然とニーナと一緒にいられると、口元がにやにやしているので対比が凄い。
しかし彼女に気軽にツッコミを入れられる娘もいないので、誰も止めたりはしない。
「では私たちも行きましょうか。私の後ろに、ついてきてもらえますか?」
「はい。それじゃあ俺はせっかくだし、カルディナ」
「ピュィ」
竜郎が手を差し出すと、その上に《成体化》状態のカルディナがポンと乗る。
するとカルディナがするんと竜郎に吸い込まれ、彼の背中から竜翼と鷲翼の4枚の翼が生えてきた。
それは初めて知ったと、エーゲリアは目を丸くする。
「あら? そんなに簡単にできたのね」
「もっと気軽にできないかとここ最近練習してたら、カルディナたち限定で直接触れることで分霊神器の効果を発動できるようになったんですよ」
カルディナと繋がることで、竜郎は飛行能力が常態で身につく。
この状態でなら、いつものように重力魔法で体を浮かせたり、月読とのスライム翼での飛行よりずっと楽に飛べる。
ただし練習不足のせいなのか、簡易発動での『ツナグモノ+魔力体生物組』は、1組しかできていない。
なので今はカルディナと繋がっているので、ジャンヌたちと繋がるには前と同様に全開で《分霊神器:ツナグモノ》を発動する必要がある。
「今回も練習をかねて、この状態で飛んでいこうと思います」
「それは……大丈夫でしょうか? エーゲリアさま。
タツロウさんのこの状態は、一般的な竜では刺激が強いような……」
たった1人、カルディナとだけ繋がっている状態といっても、普段の竜郎にプラスしてカルディナの力に《人竜神》の称号効果も少しだけ発揮し、ある程度そういった気配が読める竜がみれば圧倒的な力を持った人竜と認識される。
そんな存在を連れていけば、一般竜たちは『何者だ!?』となってしまうこと請け合いだ。
「別にいいのではないかしら? アイちゃんだって、ある程度力が分かるのなら人種であっても強者だと一瞬で見抜けるでしょうし、ジャンヌちゃんたちもそうよね。
ならその中でのリーダー的な役割をしている存在が竜であると思ってくれたほうが、逆に安心できるでしょう」
竜ならば、イフィゲニア帝国に属していると思うのが普通。
それほどの強者たちが他種族で他勢力に属していると思われるより、通す側も気楽だろう。
「なるほど……、ではそのようにいたします。それでは、皆さん行きましょう」
大きな風を砂浜にまき散らしながら、颯爽とウィルアラーデが海に向かって飛んでいく。
それに合わせてジャンヌが背中に背負った空駕篭に、愛衣や奈々、アテナが楓やイルバ、アルバをつれて入っていく。
竜郎は菖蒲を抱っこして、空へと舞い上がる。あとで順番に楓、イルバ、アルバと交替して飛んであげる予定だ。
さらにヴィータとアヴィーは自前の翼で、はじめての遠出にわくわくしながら竜郎の横を並走する。
この子たちは自分で飛んでいきたいと希望したからだ。
こうして竜郎たちは、海を渡りヴィント王国へと向かうのだった。
以前はエーゲリアが住まうエーゲリア島を経由して、直接イフィゲニア帝国へと入っていったが、今回はそこからさらに海沿いに西へと進んだ場所にそのヴィント王国はある。
海を通過する過程で3度ほど止められたがエーゲリアの眷属、それもただの眷属ではなく側近の眷属で、事前に話も通っていたこともあり、ほぼノンストップで陸地までたどり着く。
そこは大きな港になっていて、全体的に薄緑色にキラキラとした砂利が混ざったような鉱物が使われていた。
この鉱物はヴィント種が治めるようになったことで、この地が影響を受けて大量に産出されるようになったからだそう。
「他の竜王が治める地域でも、そういうものがあるんですか?」
「ありますよ。そのおかげで建材に使われる鉱物がはっきり分かれるので、どこからどこまでが、どの竜王が治める土地か一目でわかるほどですから」
「なるほど……。ちなみに素材としての価値はどうですか?」
「建材としてはそれなりに優秀ですが、特別凄い力を秘めているわけではありません。
なのでタツロウさんたちにとっては、それほど魅力のあるものではないでしょう。
ただ竜王が住まう王都でなら、とりわけ純度の高いヴィント鉱石が採れますので、そちらはかなり高値で取引されてはいますね。
とはいえ、それでも鑑賞や装飾品としての利用が主ですが」
つまり装備などに利用できるようなものでないのは変わらないが、見た目は美しい鉱石らしい。
「それでも宝飾品に使えるのなら興味がありますね。
それにゴーレム系の魔物を創造するときに使ってみれば、面白い存在が生まれるかもしれませんし」
「なら竜王たちと直接交渉すれば、販売して貰えると思いますよ。
婚姻をネタに振らずとも、あの食材をちらつかせれば頷いてくれるでしょう」
ウィルアラーデもエーゲリアのおこぼれを何度も貰っているようで、美味しい食材の数々を思い浮かべて、よだれをたらすのをこらえていた。
「でもさ、ウィルアラーデさん。うちにも竜王種ちゃんたちはいるんだから、採れるようになったりしないの?」
「まともに採掘できるようになるまで数万年ほどそこで竜王種が暮らす必要がありますが、それでもいいのなら採れるようになるはずですね」
「おぉう……。それはちょっと、時間がかかるね……」
竜郎もうちでも採れるようになるんじゃと淡い期待を抱いていたが、しっかりとその地に竜王種という特別な種が何万年も根差さなければいけないと知り、がっかりしてしまう。
「でも、おとーさまが欲しいのなら手には入れられそうではあるのですから、元気を出してほしいですの」
「それもそうだな。採る手間も省けるし、売ってもらうほうが手っ取り早いか」
思いがけずいい取引ができそうだと、竜郎は前向きに考えることにした。
それから港も問題なく通り、海側から内陸へと進んでいけば、やがて竜王の住まう城が見えてくる。
「もしかしてアレが、純度の高いヴィント鉱石ってやつっすか?」
「はい。見栄えもいいので、城の建材として使っているんです」
他の場所で主に使われているヴィント鉱石とは、明らかに違う煌びやかな鉱物で作られた大きな城。
透明度は高くないが、エメラルドに似て、それでいて白い粒子が雪のような結晶となって入り込んで、光に照らされることで遠くからでも分かるほどきらめいている。
「確かに宝飾品として使えそうなくらい綺麗だねぇ」
「というか……、イシュタルの城より豪華に見えるんだが、そのへんはいいんだろうか……」
「見た目ではなく、使われている素材はイシュタル様が住まわれている城のほうがずっと優れたものですから問題ありません。
そもそもあの素材で建てるように言ったのは、セテプエンイフィゲニアさまだそうですし、誰からも文句など出ませんよ」
確かにエーゲリアでさえ異を唱えられなかったであろう竜の始祖が言ったのなら、見た目がどうのと口に出すものもいないのだろう。
「それでは、こちらに」
「はい。ヴィータとアヴィーも、こっちへおいで」
「「キュー」」
ゆっくりと降下するウィルアラーデに続いて、竜郎たちは城内の大きな中庭のような場所へと降り立つのであった。
次話は日曜更新です。