第154話 新たな竜王種?
「こんばんは、イシュタルちゃん。すっごく、いいところに来てくれたね」
「こんばんは、アイ。全竜神さまに新種の竜王種が生まれるかもしれないと聞いて、いつもより早く来たんだ」
竜王種鑑定士ことイシュタルは、すでに大体の状況を全竜神から聞いてここまで来てくれたらしい。
さっそく竜郎に抱っこされている幼竜に近づき、顎の下の印を確認してくれる。
「…………これはまた、見たことのない種だな。どれどれ……」
「クォン?」
顔に手を伸ばしてきたので、少しだけ警戒しながらも竜郎が何も言わないのでされるがままに顎を上にあげられる。
そこに描かれた『∞』のマークをじっと見つめ、イシュタルは小さくため息をついた。
「この子も竜王種で間違いないだろうな。以前、楓や菖蒲が生まれた後に聞いておいた、生まれていない竜王種たちの特徴や神印が一致している」
「じゃあ、この子は新しい竜王種なのね! それで、なんていう種なのかしら!」
レーラが生みの親の竜郎よりも興味津々で、イシュタルに詰め寄る。
彼女は自分の目の前にまで寄せられたレーラの顔を、人化している人間状態の手でグイっと押しのけた。
「縛呪のイルイス種と呼ばれる種で、対象の動きを阻害したり封じたりするのが得意なようだ。
これは帝国防衛のために足止めをして時間稼ぎをしたり、弱体化させて味方の支援をしたりと、戦闘よりも補助を目的として考えられた種らしいのだが……」
「だが? なにかこの子に、おかしなところでもあるのか?」
何か問題があってはいけないと、竜郎がイシュタルに慌てて聞いてみると、彼女は難しい顔をしながら改めて幼竜の体を隅々まで見まわしていく。
万歳させたり足の裏をみたりと、普通にしていたら見えないところまで。
「全竜神さまいわく、イルイス種は特殊なスキルを発動できる目を3つ持つと言われていたんだが、この子には2つしかない」
「じゃあ、もしかしてイルイスっていう種族じゃないのかな?」
「しかし、その他の特徴は聞いていた通りなんだ。
それにこの顎の下にある記号は、間違いなくイルイス種が授かる神印だ。この子は将来確実に神格竜に成長するぞ。
そんな特殊な種でここまで特徴が酷似しているのに、違うというほうが変というものだ。リアには、どう観えている?」
「う~ん、徐々に情報が確認できてはいますが、具体的なところはぼんやりしてますね」
世界が知っている知識を視覚で捉えることで理解できる《万象解識眼》は、はじめてこの世界に生じた存在においてはリアに反映されるまで時間がかかるようだ。
そのせいでリアの目でも、まだ見分けることができない。
そこで彼女は竜郎にこんなことを提案してみた。
「兄さん、その子にもう一つ目がないか聞いてみてくれませんか?」
「それが早いか。なあ」
「クォ~?」
<もう1つ目があるのなら見せてくれないか?>
眷属のパスを通して、直接質問のニュアンスを伝えてみる。
最初は「なんのことだろう?」と不思議そうな顔をしていたが、すぐに竜郎の意図を理解したという感情が返ってきた。
すると幼竜は大きな口をパカっと開け、べろんと人間のものに近く、けれどそれよりも細長く分厚い舌がでてきた。俗にいう「べー」をしている状態だ。
その姿が面白かったのか、近くにいた楓や菖蒲、ラヴェーナとアマリアがマネをして舌を出す。
フォルス種のフォルテとアルスは、眠そうにしているだけだったが。
竜郎たちは何をする気だろうと、ちびっ子たちの様子を微笑ましく思いながら幼竜に視線を向けていると、その舌の先のあたりに切れ目が入りだす。
なんだなんだと舌に注目が集まる中、その切れ目からボコッと盛り上がるようにして、縦に細長い赤い目がせり出してきた。
そして特にこちらには変化は感じられないが、なにかその目からは明らかに他人に干渉しようとする力が微量に漏れ出していることに竜郎はすぐに気が付いた。
けれどそれには何の効果もなく、幼い故に扱いきれていないようだと察する。
それでも本人的にその状態は疲れるのか、数秒ほど舌の目を見せるとすぐに中へと引っ込めてしまう。
切れ目など初めからなかったかのように、綺麗な舌の表面に戻った。
「なるほど、それが縛呪と称される所以となった目か」
「どんな効果があるんですの?」
「それはだな、ナナ。効果は相手の動きを止めるだけという、至って単純明快なもの。
だがそれゆえに成長しきったこの竜の縛呪の目から、完全に逃れられる存在はほぼいないという強力さをもっていると聞いている」
「動けないっていうのは、どの程度のものなんすか?」
「完全に嵌まってしまえば、心臓すら止まって死ぬほどだ」
「うわ、えぐいっすね~」
「だがまあ、そこまで嵌まってしまうものは明らかな格下だけだろう。
けれど完全に嵌まらなくとも思考の回転も鈍くなり、スキルの発動だって遅くなる。
成長しても私たちからしたらではあるが、単体での殲滅力は大したことはない。
けれど強力な攻撃を持った者と組めば、厄介極まりない存在となるはずだ」
「なんだか凄そうな子だったんだね。けどイフィゲニアさんは結局、生み出さなかったんだ。いたら心強そうなのに」
未だ片鱗しか見えてはいないが、幼竜であってもヴィータたちの能力には舌を巻く。
そんな存在たちが完全に大人になったのであれば、火力としては十分ともいえる。
ならばこういう子がいたほうがいいのではと、単純に愛衣は疑問に思ったようだ。
けれどその答えも実に単純なものだった。
「イルイス種が必要とされないくらい、火力は十分だったということらしい」
「あー」
もともと存在していた竜王種たちで、事足りてしまったというのが一番の理由。
そう言われてしまうと、もはや何も言えなくなってしまった。
だが好奇心旺盛なクリアエルフは、そんなこともない様子。
「そのあたりのことは分かったわ。とにかく、この子は、竜王種ということでいいのね? イシュタル」
「ああ、間違いない。この子は縛呪のイルイス種だ」
「そうなのね! ねぇ、タツロウくん。私にも抱っこさせてもらえないかしら?」
「いいか?」
「クォー」
返ってきた感情は、どちらでもいい。楓と菖蒲をドン引きさせたレーラの異様な雰囲気も、この子はまったく気にしていないようだ。
ならばとレーラに渡すと、彼女は撫でまわしたり臭いをかいだりとやりたいほうだい。
けれどその幼竜はどっしりと構え、それがどうしたといわんばかりにされるがままにさせていた。
特に嫌がっている様子もないので、竜郎もそちらは放置して亜種を生み出すことにした。
「この子だけ兄弟がいないってのも、可哀そうだしね」
「そういうことだな」
やがて生まれたのは、神印のない先に生まれた幼竜と瓜二つの子。
だがこの子にも3つめの目が舌にちゃんと存在していた。
その代わり、竜王種となる幼竜の子より効果は劣るようであると、リアがようやくはっきりと見えるようになった《万象解識眼》で解析してくれた。
「クゥォ~」
「こっちの子は、さっきの子より素直そうだね、パパ」
「みたいだな」
ニーナが新しい幼竜に手を伸ばすと、向こうからちょこちょこ歩いてやってくる。
先ほどの子はそっちから来てよという様子だったので、あまり性格は似てなさそうである。
「そんじゃあ、名前を決めなきゃね。男の子だから、カッコいい名前にしてあげないと」
竜郎は見た目がかわいい系だったので、勝手に女の子だと思っていたのだが、気づかれていないのならいいと、黙って真剣になっている愛衣の顔を見つめることにした。
そうして決まった新たな竜王──イルイス種の名は、兄を『イルバ』、弟を『アルバ』と名づけることにした。
共にこれまで決めてきた竜王種と、その亜種の子たちと同じ法則での名づけである。
「イルバの分の認証書類も作って持ってくるから、あとで受け取ってくれ」
「分かった。ありがとう、イシュタル。ちなみにこの子たちは、ヴィータやアヴィーと一緒に連れて行くか?」
「そうしてくれるなら、そうしてほしい。今回の竜王たちとの会合は、新しい竜王種を見せる意味もあるからな」
基本的にヴィント王国に連れていく必要があるのはヴィント種のヴィータだけなのだが、それに加えてその亜種であるアヴィーと、新種の楓と菖蒲が今回要望のあった子たち。
他の竜王種の子たちは、最初に会わせるのは同じ種の竜王がいいからと、今回行く予定はないのだ。
なのでいちおう聞いてみれば、案の定イルバとアルバも今回の旅路に同伴することに。
本人たちに聞いても、どこにいくかはまったく理解していないが、竜郎が連れていきたいならと肯定してもらうこともできた。
「「キュ~!?」」
「「ギャゥー!」」
「「「ガウッガウッ!」」」
「「グルル……」」
そうこうしていると、この場にいなかったはずの竜王種の子たちも、同種の存在を感じ取ったのかこちらにやってくる。
普段はそれぞれ1人でポツンとしていることの多い、邪炎のフォンフラー種とその亜種である兄の『フレイム』と弟の『アンドレ』も、珍しくみんなの輪の中に少しだけ離れてはいるが入ってきた。
それぞれ挨拶でもしているのか、キューキューギャーギャーなどなどそれぞれの鳴き声で合唱しはじめる。
新参の未だにレーラに観察されているイルバとアルバも、同じように鳴き声をあげ、お互いに近しい存在だと認識してくれたようだ。
「みんな仲良しでよかったぁ」
「だな」
こうして竜郎たちの仲間に、新たな竜王種が加わることになった。
その日の夜のこと。イシュタルもお腹をいっぱいにして帰国し、砂浜でニーナや幼竜たちと遊んでいた竜郎や愛衣もそろそろ寝ようかと考えはじめていると、空のほうから疲れ切った蒼太が降りてきて、海辺に横になって転がるのが見えた。
またその近くには、このカルディナ城のある竜郎たちの領地内で暮らしている聖竜──スプレオールことスッピーも一緒にいた。
おおよその理由は察せられたが、竜郎と愛衣は様子を見に行くことに。
幼竜たちも遊びは終わったんだと、ニーナと楓と菖蒲以外は満足してそれぞれ気の向くままに散会していく。
「大丈夫か? 蒼太」
「ダイ……ジョウブ……。スコシ ツカレタ ダケ」
「あんまり無理しちゃ……っていうわけにもいかないんだよね」
「アア……」
蒼太が最近しているのは、アルムフェイルの槍を振れるようになる訓練。
リアが補助器具の作成でもしようかとも提案したが、こればかりは自分の力でやらなければ意味がないと断っていた。
けれど、この様子を見るに進展はまだないようである。
「むぅ。これほど立派になったソータ殿でも扱えぬとは、とんでもない槍でござるな。
まるで本当にかの有名な、アルムフェイル様が振るったとされる伝説の槍のようでござるよ」
「ダカラ コレガソウダト イッテイルダロウ……。スッピー」
「はははっ、だから某をからかっても無駄でござるよ!
なんでソータ殿が、あの伝説の英雄──九星緑深さまの槍を持てるようになるというのでござるか。
俗世を離れ世間知らずといえど、そんな分かりやすい冗談にかかるわけないでござるよ~。はっはっは!」
スッピーには本人の同意のもとに竜郎が契約魔法で縛っているので、外部に余計な情報は漏らせない。
だからこそ積極的に情報を流すことはないが、聞かれたら答えてもいいくらいの間柄でもある。
なので蒼太も槍の練習の際にやってきたスッピーになんの槍かくらいは話しているのだが、ごらんの通りまったく信じてくれる気配はない。
『それくらい、あの大陸に暮らしている竜たちにとってはありえないことなんだろうな』
『だねぇ。私だって伝説の英雄が使ってた槍を持ってるよ! なんて知り合いに言われても、普通は嘘だーって思っちゃうだろーし』
少し考え方は古いが、スッピーは一般的な竜大陸に住まう竜の感覚をちゃんと持っている。
そう考えると、ニーナがおじちゃんと呼び、会おうと思えば会える存在となったアルムフェイルが、どれだけ凄い龍だったのか改めてよく分かるというもの。
「しかしソータ殿も冗談を言ってくれるようになるなんて、嬉しいでござるよ」
「ジョウダン ナド……イヤ、イイ」
蒼太は今日だけでも槍にさんざん腕を吹き飛ばされ、精神を削られてきていたので、説明を放棄し少しもたげていた頭も砂浜の上にゆっくりと落とす。
スッピーはそれを見て、やはり冗談だったのだなとひそかに胸をなでおろした。
比較的、常識的な感覚を持っている彼であっても、ひょっとしたらと思わせるだけの強烈な圧をあの槍に感じていたのだ。
そんなことには気が付かず、竜郎は蒼太に生魔法をかけながら近況を聞いてみれば、やはりまだとっかかりすら掴めていないらしい。
「ダガ……ゼッタイニ、ヤッテミセル」
「その意気でござるよ! 某も応援するでござる」
「アア、アリガトウ。スッピー」
気落ちしそうになってもニーナへの思いと、友の激励で蒼太は何度でも立ち上がることができる。
存外にスッピーの存在も、蒼太の力になってくれているようだ。
やはり彼をこの地に誘ってよかったと、竜郎は彼らの関係をみて思うのであった。
次話は金曜更新です。




