第152話 ヴィントに行く前に
「この絵に描かれている人を見て、なにか思わないか?」
あまりにも想像通りだったため、それではこの絵を描いた人にも悪いだろうと、もう一度ヴィータたちに問いかけてみる。
「「キュ~?」」
返ってきた感情は、竜郎が何を聞きたがっているのか分からない。というものだけ。
別段描かれたペーメーに対して思うところはなく、すぐに興味を失って近くにいた楓と菖蒲と何やら「キューキュー」「あうあう」と語り合いはじめてしまうしまつ。
これはもうだめだと竜郎も諦め、絵を巻きなおして《無限アイテムフィールド》にしまいなおした。
その夜。ヴィント種の竜王に会いに行くことを報告がてら、皆で一緒に夕食を取ることになった。
「竜王っすかぁ。いかにも凄そうな名前をしてるだけに、きっと強いんすよね。会うのが楽しみっす」
「俺も会ってみてぇな。アテナさんが羨ましいぜ」
竜王種との顔合わせというよりも、アテナやガウェインは強さのほうが気になるようだ。
今回カルディナたち──魔力体生物組はついてくるが、ガウェインにその予定はないので悔しそうにする。
「いや、別に戦いに行くわけじゃないからな?」
「戦わずとも竜王と比べて今の私がどの程度の位置にいるのか、くらいは興味がありますね」
「それは確かに気になるのだ」
アーサーもランスロットも、ガウェインほどではなかったが、竜王という存在に興味津々の様子。
「とはいえ竜王とも繋がりを持ち、これから関わる機会が増えてくるかもしれませんし、アーサーたちも対面する機会などいくらでも訪れるのではないかしら」
「だからっていきなり勝負を仕掛けたりはしないでくれよ」
「それくらい俺にだって分かってるぜ、マスター」
ウリエルの言葉に「なるほど」と頷きながらニヤニヤしている、一番心配そうなガウェインに竜郎が念のため釘を刺しておく。
イシュタルやエーゲリアたちのように気さくに接してくれる竜王もいるかもしれないが、相手は帝国を支えるべく一国を治める王なのだから、下手なことをされても困る。
「ヴィント王国の次は決まっていないのですか? 主様」
「今のところ調整中だそうだぞ、ミネルヴァ」
「竜王さんたち全員が会いたがってるらしいから、順番決めなんかも大変らしいよ」
「なるほど……、ありがとうございます」
イシュタルの話からするに、竜王たちは確かにこちらにいる竜王種たちに興味を持っているが、それと同じかそれ以上に竜郎にも興味を持っている節が見受けられた。
それはもちろん竜王種を生みだせ、竜にもなれる少年という意味と、イシュタルがどこからともなく出してきた美味しい魔物の養殖を一手に引き受けているという意味で。
そういったことも、竜王たちの順番決め争いが難航する要因となっているのだろう。
今回ヴィントが最初というのに納得したのも、一番結婚適齢期に近く、一番最初に竜郎たちの元で生まれた竜王種でもあるという点で、しぶしぶ納得したからという点が大きかったりもする。
「そういえば、そのときにヴィント王国まで誘導してくれるというエーゲリアさんの眷属は誰なんですか? 兄さん」
「ピィッ! ピィーピュィ!?」
リアの言葉に、リラックスした状態で椅子にちょこんと乗っかっていた、成体化状態のカルディナが声を上げる。
訳するのなら「はっ! あいつじゃないわよね!?」だろう。
ファイファーが来る可能性があることに、今更ながら気が付いたようだ。
「安心してよ、カルディナちゃん。今回は確か……確か…………うぃる……ほにゃららさん」
「ウィルアラーデさんだったかな。いわゆる古参の側近眷属ではないみたいだが、それでも俺たちよりもずっと長く生きてる側近眷属だそうだ」
「ウィルアラーデさんですの? わたくしたちも、お初の方のようですの」
「そうなるな」
以前竜郎たちがエーゲリア島に行ったときにも、あの島にいて、会いそうになるタイミングもあったらしいのだが、すれ違いで会うことはなかった眷属の1人である。
「ちなみにカルディナちゃんたちが、エーゲリアさんとこの眷属さんたちと模擬戦したときに、めちゃくちゃになった土地を直してくれたのもその人だったらしいよ」
「ヒヒーン」
ジャンヌも「へ~、そんな人があのとき近くにいたんだ」と、当時の状況を思い返す。
しかし当時はエーゲリアの眷属たちに倒されボロボロの状態であったし、傷が癒えた後も気疲れして周りにそこまで意識をまわせていなかったせいもあって、気づけなかったのかもしれない。
「なんにせよ。当日になれば会えるさ。それじゃあ、この話はこれくらいとしてだ。
ちょうど集まってるし、次の美味しい魔物をどれにするのか決めておかないか?」
「おっ、いいわね! 魚介、お肉、水、野菜と大分そろってきてるし、楽しみだわ」
「なあ、竜郎。今生き残っているのはあと、果物とスパイスだったよな?」
「そのはずだよ、父さん」
竜郎の母や父も次のターゲットに興味を強く引かれているようではあるが、それ以上に静かに目を光らせている存在が1人……。
「ん、果物果物果物果物果物果物果物果物……」
「ヘスティアさんは、ほんとうに甘いものに目がないようですわね」
念仏のように果物と唱え始めるヘスティアに、フレイヤが少し呆れたような顔でその姿に視線を送る。
ちなみに現在、彼女の膝の上には聖雷のドルシオン種であるドロシーと、その亜種アーシェが乗っていて、その2体の頭を撫でている状態。
以前に楓と菖蒲のお守りを任されて以来、ちょくちょく幼竜たちをかまっていたら懐かれたらしい。
「俺的にはそろそろスパイスをゲットして、本格的に研究していってもらいたい所なんだが……まあ、そのへんは多数決で決めていこう」
果物は普通に食べてもいいだろうし、加工するにしても想像しやすい。
なので竜郎的には未だによく分からないスパイスを手に入れ、なるべく早く使えるようにしておきたかった。
そんなこんなで多数決。決まったのは──。
「果物の魔物、ラペリベレか」
「いえーい」
「ん、いえい」
今回は女性陣全てが果物に回り、男性陣からもランスロットや愛衣の父──正和がそちらに手を挙げていたので、圧倒的に果物多数での可決である。
愛衣が嬉しそうに両手を出せば、ヘスティアも嬉しそうにその手に自分の手をパチンと当ててハイタッチしていた。
竜郎としては少し残念な結果だが、愛衣たちが喜んでいるのならそれでいいやと気持ちをすぐに切り替えたのだった。
翌日。数日後にヴィント王国に行くことになっている竜郎は、その前にとある実験をすべく、カルディナ城の前にある開けた砂浜の上に立っていた。
今いるメンバーは竜郎、愛衣、ニーナ、楓、菖蒲という最近よくいるメンバーに加えて、カルディナたち魔力体生物組全員、リア、レーラという大所帯。
「というわけで、今日は新しい竜王種創造計画その1をはじめたいと思う」
「それなのだけれど、必要な素材なんてあったかしら?
あ、そういえば、うちのダンジョンのボス竜でも条件は満たしていたわね。今日は、そちらを試すということ?」
「いいや、今回はそっちじゃなくて、迷宮神さんに貰ったばかりの竜の魔石を使ってみたいと思ってる」
「ですが、兄さん。迷宮神さんからもらったのだって、魔石だけでしたよね?」
「まあ、そうなるな」
「もしかして一度魔石で魔卵を作って、孵化させてから殺すということですの?」
「さすがにそういうのは嫌だから、する気はないよ」
今この世界で公に知られている竜王種は6種だが、楓のようないたかもしれない種を含めればもっといる──というのはエーゲリアが以前語ってくれたこと。
なのでこれまで分かってきている素材を使えば、新しい8種目の竜王種が生み出せるかもしれないのだ。
だがその素材として必要なのは、ニーリナの心臓。
それに加えてレベル10ダンジョンのボス竜の魔石、心臓、脳、骨、鱗、牙、爪、眼、肉。それも全て同じ竜の素材でそろえる必要がある。
だが妖精大陸での行いで迷宮神から貰ったのは、ボス竜の素材ではあるが魔石だけ。
肉体のほうがないので心臓を作り出すどころか、他の爪や鱗などという入手しやすいものも含め手に入れられていない。
それこそ食べるでもなく、竜王種が生み出せるかもしれないという、好奇心のために生み出して殺すという行為をするほかない。
けれど竜郎は、偽善かもしれないがその手を取りたいとは思わなかった。
「それじゃあ、どうやってやるんすか? とーさん」
「それはだな、これを使ってみようと思ってる」
竜郎が出したのは、5メートルほどで、全身に棘のように尖った分厚い漆黒の鱗を身にまとい、背中に4枚の竜翼をもつ大蜥蜴のような竜の死体。
「あ! ニーナ、こいつ見たことあるよ!」
「「あう!」」
「そりゃあ、ニーナたちもこいつが死ぬ瞬間に立ち会っていたわけだしな」
「カルラルブでゲットした魔竜よね? これって」
レーラが綺麗に復元されている竜の死体に近寄って、ぺしぺしとその身に触れる。
そう、その竜はかつてカルラルブの王家によって、ダンジョンの残骸として残ってしまった宝物庫に封印され恐れられていた竜。
そして竜郎たちに、あっさりと殺されてしまった竜でもある。
「ああ、そうだよ、レーラさん。こいつなら格的にレベル10ダンジョンのボスにだって負けてない」
「でもさ、たつろー。この竜ってダンジョンとは縁もゆかりもない、言っちゃえば野良竜だよね? 条件に全然あってない気がするけど」
「確かにこれまでの条件でいう、ダンジョンボスであるというのは満たしていない。
けどそれは魔石という存在があるかないかだけで、レベル10相当の同じ竜の心臓と魔石がそろえられればいいとは思わないか?」
「ですが、それは難しいのではありませんの?」
実は魔石から心臓が生み出せるのなら、またその逆もできるだろうという発想は前からあった。
だが実際にやりやすい普通の魔物の死体で何度か試してみたが、うまくいくことはなかった。
そこでリアにも頼んでいろいろと調べて分かったのは、魔石持ちの心臓を得ることはできても、心臓持ちの魔石を得るのは根本的に不可能だということ。
というのも魔石持ちの魔物には、その体に心臓の情報がちゃんと残っているのだ。
イメージ的には『心臓』を削除して、『魔石』に置き換えたときに残ったデータの残りかすのようなもの。
そこから断片的に掘り起こしデータを補完することができたからこそ、竜郎の魔法で無理やり心臓を生み出すことができたのだ。
けれど魔石を最初から持っていない魔物や魔竜からすれば、そんなものは欠片もその身に情報が残されていない。
魔石というダンジョンに住まう存在だけが持ち得るものは、厳密には少し違うが後付けで上書きされるものと思っていいからだ。
さすがに竜郎も、無から有を生み出すことはできない。
だからこそ、この方法には無理があると早々に放棄された実験だった。
出力の問題なのかとカルディナたちも、そのときに呼んでいたので当然そのことは知っている。
「そうなんだが、ちょっとこれを見てほしい」
「んん?」
竜郎が次に見せたのは、《強化改造牧場》による魔卵のシミュレーター。
その虚空に表示された画面には、今目の前で転がっている魔竜の死体と酷似した点が多い竜の姿が映し出されていた。
「これって、この竜から作った魔卵を改造したの? タツロウくん」
「いいや、この前、迷宮神さんからもらった魔石から作った魔卵を、そのまま孵化させたときに生まれる魔竜の姿がこれなんだよ、レーラさん」
違う点といえば翼の枚数が2枚少ないこと。
全身が棘棘しいわけではなく、腕や足、首回りだけに棘があること。
あとは少々こちらのほうが頭が大きい──それくらいで、他はほぼこの魔竜と同じと言っていい見た目をしていた。
「調べたところによると、これはこいつの近縁種で間違いない。
さすがに全く関係ない種だったら無理なんだろうが、これなら貰った魔石を使って少し手を加えれば、条件に見合った竜ができるんじゃないかって考えたわけだ。
それに迷宮神さんは俺に魔石を渡したときに何も言ってはいないが、他にも沢山あるであろう魔石の中で、わざわざこれを渡したのも、なにか意味があってのことなんじゃないかって思ったんだ」
それはただ無作為に選んだら、たまたまそれだっただけ、竜郎は考えすぎかもしれない。
だがいっては何だが竜郎は自分の籤運が悪いと自信を持って言えるほど、引きが強くない。
無作為に選んだ魔石がたまたま都合のいい魔石だったなんて、そんな引きのよさなどありはしない。
ならばこれは必然だ。
「だから今回、この魔石をこの死体の心臓と置き換えて、もともとこの魔竜の魔石だったように変質させられないか試していきたいと思う」
「面白そうね! ぜひ見せてほしいわ!」
新たな未知に目を輝かせるレーラの姿に、最初に会った頃の記憶が呼び起こされ、楓と菖蒲はびくっとなって、彼女の視線から隠れるように竜郎の足の後ろに回るのであった。
次話は日曜更新です。