第150話 未来を思うアルムフェイル
美味しい魔物シリーズの大半が、腹ペコドラゴンたちによる仕業で絶滅したという衝撃の事実を知った竜郎たち。
もしそこで絶滅させていなければ、わざわざ復活のために近縁種などから素材集めをしなくても済んだかもしれないのではないだろうか──などと思わずにはいられない。
そんな竜郎の心情を表情だけで察した愛衣は、苦笑交じりに彼に念話を送る。
『イフィゲニアさんたちが何かしなくても、別の種族に狩られていなくなってた可能性も高いよ、きっと』
『そうなぁ。武器の素材欲しさに、狩りつくされた魔物もいたらしいし。
食材なんていう、誰もに需要がある魔物ならなおさらか』
『そうそう。それに今までのことを考えたら、下手したら素材集めのほうが楽かもよ?』
『ああ、それな……』
ララネスト、チキーモ、メディク、レティコル。それらが今もまだ生き残っているのには、それなりの理由があったから。
ララネストは成り行きで手に入った感はあるが、他の3種はその土地のごたごたに巻き込まれたりしてきた。
それを考えれば、普通に生き延びている魔物の素材を方々から集めて再生成するほうが楽な可能性も否めない。
とはいえ、そんなことを今更どうこう言ったところで仕方がないので、竜郎もフローラが美味しく仕上げてくれた鍋料理を堪能することにした。
調理済みの大きな土鍋を複数用意していたのだが、竜郎たちやイシュタルたちで、ぺろりと全て食べきってしまった。
最初に人化させられたときよりも、いくぶんか顔色がよくなったような気がするアルムフェイルは、幸せそうにしてくれていた。
「いやはや、これほど食事を楽しんだのは本当に久しぶりだったよ。タツロウくん、ありがとう。
これを作ってくれた方にも、お礼を言っておいてくれないか?」
「はい、彼女も喜びます」
「エーゲリア様も、私のためにありがとうございます」
「私がしたことなんて、大したことではないから気にしないで。これであなたが少しでも長生きできるのなら、安いものよ」
ふふふ──と笑うエーゲリアに、アルムフェイルはもう一度深々と頭を下げた。
その後、今回使われていなかった食材の話に移り変わっていく。
「なんと、ではあれらと並ぶ食材となる魔物をもう1種確保しているのか」
「ええ、そうなんです。今回の料理にはバランスも考えて入れていませんでしたが、また来たときはそちらを使った料理を持ってきますね」
「今の料理もまた食べたいが、そちらはそちらで楽しみだ」
もう食事という概念すら忘れかけていたというのに、新たな食材の話になるとさらに嬉しそうにアルムフェイルの口元がほころんだ。
「アルムフェイル様がこうもお食事に対して前向きになってくれるとは、美味しい魔物の力には驚かされるな」
人化ではなく縮小化していたレーレイファが、思った以上にアルムフェイルが食事をしてくれていたことに感動していた。
美味しい魔物自体は口にしたことはあったが、そこまでの効果を発揮してくれるとまでは思っていなかったようだ。
「私とたつろーの友達にゼンドーさんっていう、おじいちゃんがいるんだけど、その人とその奥さんも『食欲が落ちたー』なんて言ってたのに、たっくさん食べてくれたからね」
「やはりそうなのか……。これならアルムフェイル様に、もう少し元気でいてもらえるかもしれないな」
「美味しいものいっぱい食べると、長生きできるの? パパ」
「まあ、食べすぎは良くないかもしれないが、元気な体には食が欠かせないだろうからな」
「そーなんだ! ならニーナが、これからアルムフェイルおじちゃんに、お料理届けに来てあげるよ!」
「なに!? 本当かい? ニーナ」
「うん! だっておじちゃんには、ずっと元気でいてほしいもん」
「うぅ……なんて、なんていい子なんだ……」
アルムフェイルはニーナの言葉に感動し、目頭が熱くなって手で顔を覆った。
「それは……」
しかしここは禁足地。ニーナがふらっと迂闊に近づけば、事情を知らないものからしたら侵入者でしかない。
レーレイファとてエーゲリアの側近眷属という、最高位に近い尊い身分があるから気軽にここへ来ることができるのだ。
ニーナという存在は竜大陸において、望めば竜王にも負けない地位に就くことだってできる。
そうなればアルムフェイルに会うのだって、フリーパス状態で行き来も可能だ。
けれど現状、彼女の存在はあまり大っぴらにしたくないので、公の場で特別な地位や贔屓もしづらい。
そういった事情もあるので、レーレイファは歓迎したい気持ちはあれどアルムフェイルほどに素直に喜ぶことはできなかった。
ニーナにも分かるように竜郎がその事情を話すと、アルムフェイルと一緒にがっかりしてしまう。
「いいわ。なら私が一緒に行ってあげる」
「ほんと! おねーちゃん!」
「ええ、ほんとよ。さっきのお稽古で、もう少しニーナちゃんにその体の使い方を、今のうちに教えておいたほうがいいかもしれないな、とも思っていたから。
そのついでに、ちょっとアルムフェイルのところに寄るくらいわけないわ」
アルムフェイルもレーレイファも、エーゲリア自身を動かすわけにもいかないと固辞してきたが、結局はすぐに彼女に押し切られてしまった。
とはいえアルムフェイルも、ニーナがエーゲリアとの稽古のときに、そろそろ本格的な訓練も必要になってくるだろうと思っていたのもあるし、レーレイファはニーナとお出かけする口実ができて嬉しそうな主に、水をさすことはできなかったというのもあってのこと。
そこまで見越しての、エーゲリアの発言であるということも折込済みである。
「エーゲリア様にまたご迷惑をかけることにはなるが、もう一種の食材というのは本当に楽しみだ。ニーナ、その時はよろしく頼むよ」
「うん、まかせて! それにパパたちは、絶滅した美味しい魔物も復活させるみたいだから、おじちゃんの言ってた『どぅあもす』? とかいうのも、また食べられるようになるかもしれないよ!」
「──!? そんなことまで計画しているのか!?」
グルンとこれまで竜郎が観た中でも最速の動きで、アルムフェイルの顔が竜郎をとらえる。
興奮からか威圧も漏れ出し、竜郎は思わず後ろに一歩下がってしまう。
「え、ええ。とりあえずは現存している美味しい魔物を絶滅する前に集めておきたいので、そちらを優先していますが、いずれは全てをそろえたいと思っていますので」
「そ、そうなのか……。あのドゥアモスが、もう一度食べられる機会が巡ってくるかもしれないのか……」
何も映さないはずの瞳を空に向け、アルムフェイルは恋焦がれる男子のように、自分を含めた3人で絶滅させてしまった魔物に思いをはせる。
「そんなに美味しかったの? おじちゃん」
「ああ。美味かった。最初に食べた、タツロウくんたちでいう美味しい魔物だったからというのもあるのだろうが、あの時の衝撃は今も忘れられない。
その美味しさゆえに、自制すらきかずに欲望のままに食らって、気が付いたら絶滅していたくらいだ。
そしてもう食べられないと知ったときは、3人で絶望したものだよ」
「なら、そっちも食べられるくらい長生きしなきゃね。アルムフェイルおじちゃん」
「そうだね、ニーナ。もういつでもと思っていたが、イシュタル様やエーゲリア様のお子に加えて、ドゥアモス──まだまだ死ぬにも死ねなくなった。
あの世でオラリカ、クランジェに自慢してやらなければならないからな。ふふふ、あの2人の悔しそうな顔が目に浮かぶ」
最後のものは冗談も混じっていたが、そのときのアルムフェイルは威厳を携えた老龍ではなく、気心の知れた友と馬鹿なことをする無邪気な子供のように笑っていた。
海面に映る太陽もだいぶ傾き、もうすぐ水平線に沈みゆくころ。
時間も頃合いだと竜郎たちは竜郎たちで、イシュタルはイシュタルたちで、それぞれ転移で帰ることになった。
行きはまずいが、帰りは問題ないからだ。
ニーナや竜郎たちと別れのあいさつを交わし終わり、さて転移しようかという矢先、アルムフェイルは最後にソータに声をかける。
「ソータ。私は、すぐに死ぬ気はもう欠片もない。だから急いでやれとは言わない」
「ハイ」
「だが、のんびりしている暇もないだろう。
時が来るまでに、お前が私の、いや、私の物だった槍を使いこなせることを願っているぞ」
「ソノ キタイニ コタエラレルヨウ ガンバリマス」
まだあの荒れ狂う気性の激しい槍を扱えるようになる、具体的なビジョンは一切思い浮かばない。
けれど何とかしてみせると、ソータは改めてアルムフェイルに誓った。
その答えに満足げにアルムフェイルが大きく頷くのを確認すると、竜郎は転移を発動させてカルディナ城へと帰還した。
「それじゃあ、私たちも帰るわ。またニーナちゃんも連れてくるから、元気でいてね。アルムフェイル」
「はい。楽しみもできましたし、もう少しこの世にしがみつこうと思います」
「ええ、そうしてちょうだい」
続いてイシュタルたちも軽く別れの挨拶済ませ、エーゲリアの転移でイフィゲニア帝国の城に帰還した。
その状況になって、イシュタルがふと思い出したかのように横にいる母親に話しかける。
「そういえば母上もタツロウのあの姿を見るのは、はじめてだったよな?」
「あの姿っていうと、人竜神の姿のこと?」
「ああ、そうだ。レーレイファも体が固まるほど驚いていたし、アルムフェイルだってそうだった。私だってはじめて見たときは驚いたものだ。けれど母上は、まったく驚いた様子はなかったなと急に思ってな」
「ほんとに急ねぇ。けど私もはじめて存在を観測したときは驚いたわよ。私に傷をつけうる存在が現れたんだもの」
「そんなふうには見えなか──、いや、観測していたのか。あのときの戦いも」
「まあね。ちょっと心配もあったし、もし失敗したときにアレを滅ぼすのは私の仕事でしょうしね」
アレとは竜郎たちが異世界から帰るために倒した、気味の悪い、されど異常にしぶとく強い魔物。
もし竜郎たちが全滅した場合、アレを叩き潰すのはクリアエルフでも苦労する。
そのためにいつでも始末が付けられるように、気にかけ特殊な方法で観測していたのだ。
「あいかわらず広い目と耳を持っているな。うらやましくなる。だがもしや、タツロウたちのところには向けていないだろうな」
「一度だけ向けていたみたいだけど、ミネルヴァちゃんに気付かれそうになって逃げたそうよ。
あれに気が付けるなんて、あの子の索敵能力も相当よねぇ」
「おい。勝手にタツロウたちのことを、覗くようなことはしないでくれ」
「私が命じたわけじゃないし、観測しないようにとは言ってあったのよ。けどあの子は好奇心が旺盛すぎてねぇ。
タツロウくんたちみたいな特殊な存在を知ってしまったら、追いかけずにはいられなかったそうよ」
「ああ、まあ、そうだが……。とにかく、今はしていないんだな?」
「そのはずよ」
「それならいいが……、頃合いをみて、今度謝っておいてくれ」
「そうすることにするわ。でも悪気はなかったのよ、あの子にも」
「悪意がないのはまあ、分かっているさ。しかし、あの好奇心は誰に似たのやら」
「さあ?」
それから数日後。イシュタルはまた竜郎たちの元を訪ねていた。
竜郎たちもまだ、美味しい魔物を増やすほうに集中していたため、基本的にカルディナ城付近にいるので簡単に会うことができた。
「こんにちは、イシュタルちゃん。今日はまだお昼ご飯には早いけど、どったの?」
「なあ、アイ。私のことを、ただ飯を食らいに来るやつだと思っていないか?」
「えへへ」
「えへへ……ではないのだが……」
「まあ、実際ほとんどそうだしなぁ。それで? もしかして竜王の誰かと会うことが決まったとかか?」
「察しがよくて助かるよ、タツロウ」
「え、そうなの? ねえ、イシュタルちゃん。最初はどこの誰に決まったの?」
「最初はやはり凶嵐のヴィント種、ヴィータと同じ種族の竜王だ」
「ヴィント種っていうと今絶賛、婿養子募集中のとこだっけか」
「言ってしまえばまあ、そうだな。ちなみに次期女王のペーメーの絵姿も持ってきたぞ」
本当にお見合いみたいだなと、イシュタルに渡された巻物をほどいて広げてみれば、そこにはヴィータをそのまま大きく立派にした様子の、キリっとしたカッコいいドラゴンが描かれていた。
これじゃあ男女の区別もつかないな──とひそかに竜郎は思ったが、それは口に出さず真面目な顔で絵を見つめる。
「後でヴィータにも見せてやってくれ。一目惚れしてくれるかもしれないしな」
「「一目惚れねぇ」」
竜郎と愛衣はそろってヴィータのことを思い浮かべる。
最初のころより体は成長したが、まだまだやんちゃ盛り。まさに花より団子を体現したかのような悪ガキだ。
絵を見せたところで、「なにこれ? そんなのより食いもんくれよ!」といった顔をされるに決まっている。
イシュタルもそれくらい知っている程度には、幼竜たちのことを気にかけていたので、思わず苦笑してしまう。
「ま、まあ、絶対に結婚をしろとは言わないが、そのくらいしてもいいだろう? 万が一にでも、これで気に入れば御の字だ」
「見せるくらいならいいけど、期待はしないでくれよ?」
「ダメで元々だから、そこまで期待もしていないさ。
だが、なかなかに美人だろう? 私から見ても誇張抜きで描かれていると、断言していい」
「あー、なんとなく分かるかも。おめめもスラっとしていて、美人さんって感じ」
「え? まじ?」と思わず愛衣のほうに振り向こうとするのを、竜郎は必死で思いとどめた。
「だろう。タツロウもそう思うよな?」
「ああ、思う思う! 目な。うん、これはいい目をしている」
「やはり別の種族でも、いいものは伝わるのだな。よしよし、このままの勢いでヴィータもペーメーを気に入ってくれればいいのだが」
竜郎は最高の演技でイシュタルを信じさせることに成功した。
けれど愛衣だけは、「あ、たつろー絶対分かってないな」とその真面目くさった顔の奥にある慌てた顔を、見透かしていたのであった。
次話は水曜更新です。