第148話 次代の皇帝
竜郎たちはもちろん、エーゲリアたちにとっても衝撃的なことの運びとなったわけではあるが、本人たちの──アルムフェイルと蒼太の意思は固い。
ここまできたらもう何も言わず、よりよい未来が来るように動くことを考えるほうが建設的だろう。
さてそのためにはどうすることがいいだろうかと、世界最大の帝国の女帝という重責を担っているイシュタルが、今後の展望に思いをはせる。
「──そうだ。アルムフェイルの座を継ぐ者が、タツロウたちの側にいるとなると、また両勢力の力量差が狭まってしまうことになる。
これは側近眷属は後にして、早い段階で私の子を生み出す準備に入ったほうがいいかもしれないな」
誰であろうとエーゲリア1人で全ての盤面をひっくり返せるのだから、その心配は必要なのかとも思われるが、もともとはエーゲリアがいなくても圧倒できる戦力を有していたのがイフィゲニア帝国だ。
完全な優位状態で常に栄えてきた帝国に、傷をつけられる新勢力が生まれたとなれば、警戒する人々も出てきてしまうものなのだろう。
そういう人々たちを安心させるためにも、真竜という最強の存在を増やしておくことで安定を図ろうという狙いもあって、イシュタルは何気なく呟いただけだったのだが、思いのほかアルムフェイルが食いついてきた。
「なんと! それではもしや、私が生きているうちに、イフィゲニア様のひ孫様のご尊顔を拝むことができるかもしれないのですか!?」
「本当なら側近の眷属をもう少し増やして、周りをもっと強固に固めてからと思っていたんだがなぁ。今回の件で前倒しも見えてきた。
それに今回はタツロウたちの力をもらい受けられることになっているから、私が真竜の卵種さえ生み出せれば孵化まではそう時間はかからないだろう。ここ最近だけでも、私自身かなり成長できているしな。
そう考えるとアルムフェイルに私の子をみせることも、できそうだな」
「おお……、今日は本当に嬉しいことことばかりですね。まさかイシュタル様のお子をこの目で見る機会が訪れようとは……。これはまた、あの世へのいい手土産になりますね」
アルムフェイルにとって、イシュタルは人間でいう中学~高校生あたりの感覚だった。
そのため子供を産むのはまだまだ先のことと考え諦めていただけに、喜びもひとしおだった。
けれどさらに思いもよらない計画が、アルムフェイルの耳に届いてくる。
「あら、その後は私の子も生み出す予定だから、どうせならそっちも見ていってからにしてくれないかしら?」
「……………………は……い? エーゲリア様が、またお子をお産みになられるのですか……?」
「別に1人につき子供1人までなんて決まりはないのだから、2人目を私が生んでも悪いなんてことはないでしょ?」
「……なるほど、言われてみればそうでした」
アルムフェイルからすればイフィゲニアがそうであり、新たな真竜を生み出すためにかかる労力なども考えれば、1人につき子供は1人──というのが当たり前だと思っていた。
だがそうでなければいけない理由もなく、気軽に卵種を真竜卵にするために必要な外部からのエネルギーも調達しやすい状況になっている。
そう考えると確かに2人目もありなのではないかと、ようやくアルムフェイルにも実感が湧いてきたようだ。
ポカンとして濁った目を丸くしていたが、次第に体をプルプルと震わせ今日、何度目かの感動に打ち震えはじめた。
「まさか、ひ孫様だけではなく、2人目のお孫様までこの目で見られるかもしれないとは……。
仲間たちに置いていかれるばかりで、末に生まれたことを呪ったことすらありましたが、今日はそのことを感謝したいと思います」
「まったく、あなたはいつだってお母さまのことになると大げさねぇ。
もしあなたが望むのなら、私の眷属に無理やり変えて再び若さを取り戻させることだってできるのよ?
今からでも考えを変える気にはならない? そうすればいくらでも、お母さまの孫の、ひ孫の成長を見守ることだってできるわ」
自分の親の眷属だからといって、普通は竜郎の《浸食の理》のようなスキルでもない限り不可能なことも、竜郎以上にチートな存在であるエーゲリアなら肉親相手の眷属であれば別の方法でできたりもする。
なので今までニーリナとアルムフェイルも含めた九星全員に、自分の眷属となって再び永遠の命を得る気はないかと尋ねたことは何度もあった。
けれど九星たちは、決まって同じ言葉を口にする。
「それだけはできません、エーゲリア様。私の主は生涯にただ1人、セテプエンイフィゲニア様だけなのですから」
──と、申し訳なさそうに。
「分かっていたことだから、気にしないでいいわ。
一番最初にニーリナに断られたときは本当にショックだったけれど、もう慣れてしまったもの」
「申し訳ございません、エーゲリア様」
聞いた自分が馬鹿だったとエーゲリアは気にした様子もなく、アルムフェイルに笑いかけた。
彼との縁も相当に深く、セリュウスよりも付き合いは長い。だからこそ、少しだけの寂しさを気取られぬように隠しながら。
しかしその場に流れる空気は湿っぽくなってしまったこともあり、アルムフェイルは自分から話題を変えることにした。
「そうだ、タツロウくん。君に是非、見せてもらいたいものがあったのを忘れていたよ」
「はい? 僕にですか? 蒼太のこともありますし、無理難題でなければできる限り叶えたいとは思いますが、いったい何をお見せすればいいのでしょうか?」
「それはもちろん、君の本当の姿だよ。聞くところによれば、タツロウくんは人種でありながら竜に至れるそうじゃないか。
真竜の孵化の期間を大幅に短縮するだけの力と勢力を持ち、新たな竜王種たちとニーリナを継ぐ者の父となった男がどれほどの竜なのか、私に見せてはもらえないだろうか」
「ああ、そういうことですか」
竜王種の親となると、どうしてもアルムフェイルにはイフィゲニアの姿が思い浮かんでしまう。
それだけに新たな父となった存在が、半端な存在であってほしくない。イフィゲニアほどではないにしろ、なにかしら自分が感じる存在であってほしいと願っていた。
だからこそ今ここでいい機会だからと、その本当の姿をせがんできたというわけである。
竜郎からしたら今の姿こそが本当であるという認識なので、その言い方には違和感があったが、それでも相手の要求は理解できる。
ここで渋ることでもなく、九星と謳われた人物に竜王種の親というのを心から認めてもらういいチャンスでもある。
イシュタル、エーゲリア、そして九星最後の生き残りのお墨付きをもらえた存在に、いったい誰が文句をつけられるというのだろうか。
それにそうするために、カルディナたちを連れてきたといっても過言ではない。
「分かりました。──カルディナ、ジャンヌ、奈々、アテナ、天照、月読。準備はいいか?」
「ピュィ」「ヒヒーン」「はいですの」「了解っす」「「────」」
「──む」
竜郎が《分霊神器:ツナグモノ》を発動。胸の辺りから虹色のロープが飛び出し、解け竜郎が名前を呼んだ6人に繋がっていく。
つながった瞬間に、竜郎とカルディナ達が同一存在となり一気に力が増大するのを感じ、アルムフェイルは久方ぶりに他人の力に圧を感じ思わずうなる。
なるほど確かに、これなら竜王種の父というのも頷けるかと考えたあたりで、アルムフェイルは竜郎にさらに変化がおとずれたことに気が付いた。
それは《分霊神器:ツナグモノ》でつながった状態でのみ使用可能な、6つの分霊神器。
《分霊神器:カルディナ》を発動すれば、カルディナが竜郎の中に吸い込まれ、彼の背中に竜翼と鷲翼の4枚の羽が生えてくる。
《分霊神器:ジャンヌ》を発動すれば、ジャンヌが竜郎の中に吸い込まれ、彼の腕に聖なるガントレットが装着される。
《分霊神器:ナナ》を発動すれば、奈々が竜郎の中に吸い込まれ、サソリの様な毒針の生えた黒紫色の竜尾が生えてくる。
《分霊神器:アテナ》を発動すれば、アテナが竜郎の中に吸い込まれ、トラの足をモチーフにしたような太ももまで覆う足の鎧が装着される。
《分霊神器:アマテラス》を発動すれば、杖の中に入っていた天照が竜郎の中に吸い込まれ、彼の頭から根元はエメラルド色、先端に向かうにつれ灼熱色に輝く竜角が2本生えてくる。
《分霊神器:ツクヨミ》を発動すれば、着こんでいたコートに染み込んでいた魔道具の中に入っていた月読が竜郎の中に吸い込まれ、手足と頭以外を覆う竜水晶の鎧が装着される。
これら全てをもって、竜郎は人から人竜神へと昇華する。
その力はただ《分霊神器:ツナグモノ》で繋がったときよりも、さらに強大。
竜郎自身やカルディナたちが持つ神格も合わさって、多種多様な神からの恩恵もその身に宿る。
現在世界最古の龍であるアルムフェイルをもってしても、ここまで馬鹿げた力をもった存在は、人生で何度も見たことはない。
この相手を簡単に倒せる存在など、それこそ自分の主かエーゲリアくらいしか存在しないのではないだろうか──とも思う。
「まさか人種の身で、ここまでの竜に至れるか……。しかもその若さでだ。末恐ろしいな。
その姿でなら、今の老いた私では相手にもならないだろう」
「戦う気なんて毛頭ないですから、そう警戒しないでください」
「警戒……? そうか、私は警戒したのか。久方ぶりの強者相手に、思わず体が反応したようだ」
今の自分でも確実に負けると言い切れる相手は、真竜をのぞけばセリュウスやアンタレスくらいだろうと思っていたのだが、言ってみればその2体は身内のようなもので脅威を抱いたことは一度もない。
だがしかし目の前にはそうではない、自分を確実に殺せる外部の存在が現れたことで、若かりし頃の戦闘の記憶が蘇ってきた。
ちなみに近くにいた楓と菖蒲は、はじめて完全な人竜神状態の竜郎を見たせいで、「ぱっぱ! ぱっぱ!!」と盛大に騒いでいる。
それを訳すのなら、「うちのパパ、ちょーすごーい!!」あたりだろうか。
これは確かに、エーゲリアまでも子供を欲しがるわけだとアルムフェイルは改めて納得する。
それは自国内の心配性な輩たちへの、けん制もあるのだろうが──。
「この因子が、次代の真竜様に受け継がれるというわけか。なんと、なんと素晴らしいことだろうか。
これならイフィゲニア様が興された帝国の未来は、いっそう明るいものとなるでしょう」
真竜は真竜卵を作る過程で力を提供してきてくれた『親』たちの影響を、少なからず受けて生まれてくる。
そして最も多く力を注いだ存在の影響は、特に強く。
イシュタルの場合も土のクリアエルフの貢献が最も高かったために、土系統の相性が生まれた頃からよかったし、イシュタルだけがもつユニークスキルも、土系統に由来したものとなっている。
となると、今回一番強く影響するであろう存在は間違いなく目の前の竜郎。
その影響を強く受けた2体の真竜が生まれるというのだから、多少の脅威などどうでもよくなるというものだ。
それにイシュタルやエーゲリアとも、非常に良好な関係を築けていることはレーレイファなどからも聞き及んでいるので、敵対する可能性も非常に低いときている。
まさに次代の皇帝の主親として、これ以上の者はいないとすら思えてくる。
「タツロウくん。もういいよ、ありがとう」
「なら戻りますね」
「「うー」」
いつもの竜郎に戻ったことでカルディナたちが、彼の中から飛び出しいつもの状態へと戻っていく。
圧倒的強者となっていたパパのカッコいい姿に大興奮していた楓と菖蒲も、ようやく落ち着きを取り戻すが、それでも興奮でまだ顔が赤くなっていた。
そんな2人の頭を撫でながら、なぜか出会ったとき以上に好意的な雰囲気を出すアルムフェイルに、竜郎はどうなってんだと首を傾げるのであった。
次話は金曜更新です。