第147話 蒼太の決心
突然のアルムフェイルの発言に、何を言っているんだと蒼太が呆けるなかで、まっさきにエーゲリアが反応を示す。
「そんな簡単に九星の座を譲られても、こちらとしても困るのだけれど。あなたの子孫だって、混乱するはずよ。
ニーナちゃんはそういうのがいないから、比較的受け入れやすかったというのもあるのだから」
九星の子孫たちの直系の一族は、星九家と呼ばれ民衆に尊ばれている。
アルムフェイルの直系の子孫も、竜大陸では有名な家柄として存在している。
しかしニーナが該当するニーリナの家柄だけは存在せず、実際には九家と言いつつ白天家をのぞいた八家で構成されていた。
だからこそニーナの存在が露見したとしても、どちらが正当な当主なのか──などなど、そういった方向の面倒なお家事情が生じる可能性はなかった。
たとえニーナやいつか生まれるかもしれない彼女の子や孫たちが、白天の星九家として現れても誰も反対などしないだろうから。
しかしアルムフェイルの場合は実際に子孫の1人が当主を務め、完全に竜大陸のイフィゲニア帝国に根差している大家中の大家。
蒼太が今後、アルムフェイルの心臓を受け入れ、見事その座を受け継げた場合、血を継いだ者か、座を継いだ者かで将来的にもめごとが起こる可能性すらでてくる。
そうなるとそのしわ寄せは確実に真竜、イシュタルやエーゲリアのもとにやってくるだろう。
星九家の当主には竜王ですら、一方的な裁定や命令はできない状態なのだから。
そのあたりのこともちゃんと考えてほしい、自分の子孫たちもポッと出の外様の龍に、自分たちの根幹をなすアルムフェイルという座を奪われたとなれば、少なくともいい気は絶対にしないはずだろうと、エーゲリアは諭しにかかる。
ニーナに会えて浮かれた頭で、適当に答えているんじゃないのか──とも。
しかし普段はエーゲリアやイシュタル、主の娘と孫を優先してきたアルムフェイルも、今回ばかりはひかなかった。
「アルムフェイルという座も、その家格も、全ては私が主と仲間たちと築いたものでございます。
いくら子孫とはいえ、それをどうしようと口出しなどさせませぬとも。なんでしたら、明日にでも呼び出して言い聞かせておきましょう」
「確かに、あなたが言って逆らえるわけもないでしょうが……」
アルムフェイルの子孫の一族として脈々と緑深家を守り、その名に恥じぬよう全てのドラゴンたちの模範として生き、イフィゲニア帝国を支え続けているという功績はある。
けれどそれは全て、アルムフェイルという伝説的な存在ありきのことでもある。
アルムフェイルが自分の座をどうしようと、イフィゲニア以外に止めていい存在など誰一人としていないはず。
だが曲がりなりにも家を守り続けたものたちにとっては、不満くらい抱くのは当然ともいえる。
「というか、ソータ自身はどう思っているのだ?
母上もアルムフェイルも勝手に話を進めているが、そもそも本人がやりたいかどうかを聞いていないだろう」
「あっ、それもそうね」「ああ、それはそうでした」
竜大陸の住民からすれば、アルムフェイルの座を継げる可能性を貰えるというのなら、是非にと押し寄せてくるものは大勢いる。
なのでそもそも断られることは考えもしていなかったが、蒼太は外部の龍。こちらとは認識も考えも違う可能性は、十分に考えられた。
そのことを2人からしたらまだまだ年若いイシュタルに指摘され、大人たちは少し恥ずかしそうに蒼太に視線を向けた。
今まで呆けたままに話を聞いていたが、突然自身に水を向けられたことで蒼太もようやくそのことについて考えはじめた。
そして、出した結論は──。
「デキルコトナラ タメシテミタイ。ダガ ソレハ、オレノ イチゾン デ キメテイイ コトデモナイ。
オレハオレデ、タイセツナ アルジガ ソンザイ スルノダカラ」
「そうだったな。私もソータの立場であったのなら、イフィゲニア様にお伺いを立てていただろう。
タツロウくん。君はどう思う。彼に私の座を継がせるのは反対かい?」
先ほどから黙って難しい顔のままの竜郎に、今度は話しが回ってきた。
そうなるだろうと思っていたので、竜郎は慌てることなく自分の考えをまとめ、ゆっくり口を開いた。
「まず僕としては、蒼太にアルムフェイルさんの座を継がせるというのは反対です」
「ほう、そうなのか。自分の眷属が九星の座を継ぐというのは、君にとっても悪い話ではないと思ったが」
「確かに厄介ごとも舞い込んできそうではありますが、そんなことはニーナやここにいる楓や菖蒲、他の幼竜たちを生み出してから覚悟はできていますし、蒼太があなたのような龍の因子を受け継げたのなら、誇らしくもなるでしょう」
「そうは思ってくれていたのか。ニーリナには劣るからいらないと言われたら、さすがに私もショックを受けてポックリ逝っていたところだ。安心したよ」
冗談まじりにそういうアルムフェイルに、竜郎は苦笑する。
「そんなことは思いませんよ」
「ならなぜ、君は反対する?」
「そんなの決まっています。蒼太が死んでしまうかもしれないからです。
今回の状況は、ニーナのときとはまるで違います。
蒼太を生み出した親として、子が危ないことをしようとするのを止めるのは当然なことではないでしょうか」
「それもまあ、一理あるわね」
ニーナのときは、そうしなければ死んでいたからこそ、苦肉の策として最終的にニーリナの心臓を移植することになった。
だが蒼太は立派な自分の心臓を持っているし、他人の心臓と入れ替えなくても元気に生きられる体を持っている。
アルムフェイルの座というのは非常に魅力的だが、個人的には危険なことはしてほしくない。
「今の自分なら、ニーナのときよりも極力拒絶反応も反動も抑えて移植する自信はありますし、あなたの座を受け継ぐためのサポートもすることはできるでしょう。
そうすれば限りなく死の危険性から、遠ざけることだってできるはずです。
けれどそこまで万全な補助態勢を敷いて、あっさり継がせることを、あなたの心臓は了承してくれるでしょうか?」
「…………しないだろうな。移植作業くらいはどうしようとかまわないが、座の継承まで他人の力を借りるような者に、イフィゲニア様が創造してくださったアルムフェイルという唯一無二の存在を継がせるなどできようはずもない」
蒼太の元々の龍としての格は、一般的に見れば高い水準であり、十分に上級竜と呼ばれる強者ではあった。
だが上級竜どまりの種族でもあり、神格を得たところで九星の一角という超級の格をすんなり受け入れるだけの器は持ち合わせていない。
もし受け入れようとするのなら、ニーナのときと同じか、またはそれ以上に、死が隣り合う状況を経験しなければならないのは目に見えている。
ほんの少しでも悪いほうに向こうものなら、蒼太は確実に死ぬ。アルムフェイルの座の継承とは、まさに命がけの行為なのだ。
そこまで聞いて、蒼太も浮かれていた頭がサッと冷えていくのを感じた。
残念な気持ちもあるが、そこまで自分のことを思っていてくれるというのなら、無理でも何でも自力でなんとかしてみせようと新たな熱が心に宿りはじめる。
ここは自分から断ろうと蒼太がアルムフェイルを見つめ、その気配から蒼太がなにを言おうとしているのか察して彼も少し残念そうに息を吐く。
──が、それはまた、竜郎の言葉によって砕かれる。
「けれどそれは、あくまで僕個人の気持ちでしかありません。
もちろん蒼太と同じ眷属でもある仲間たちも、蒼太に危険なことはしてほしくはないと思うでしょう。
けれど蒼太の人生は、あくまで蒼太のものです。
僕は眷属たちに自由に未来を選択してほしいと以前言ったことがありますが、これは蒼太にとってどんな結果になろうとも、彼の人生全てに影響する大きな分岐点になるでしょう。
であるのなら個人的には反対させていただきますが、蒼太が最終的に選んだ自分の未来を否定することは絶対にしません。
だから、蒼太。これからどうしたいのか、今俺が言ったこともよく考えて、もう一度考えてみてほしい。
その上で出した答えなら、俺はどんなことでも蒼太を応援するよ」
「マスター……」
「私の主には及ばないが、いい主ではないか。ソータ」
「フケイ カモシレナイガ。オレハ マスター コソ、イチバンノ アルジ ダト オモッテイル」
「ははっ、そんなのは当たり前のこと。ここでおべんちゃらを使われていようものなら、先の話もなしにしていたところだ。
ではソータ、今一度、考える時間をやろう。お前はどうしたい。私の課題をやってみる気はあるか?」
「…………」
「まあ別に、必ずしも心臓を受け取ったからといって継ぐ必要もない。どうするかはソータの自由だ。
課題だけをクリアして、心臓を貰うだけ貰うという手もあるぞ」
素材としても価値が付けられないほどに貴重で希少なもの。
受け継がないと選択したうえでも心臓を貰うことができることを、アルムフェイルはきっぱりと約束してくれる。
だが蒼太としては、貰ったからには、受け継がないという選択肢はない。
そのときは、確実に行動に出ると自分自身で断言できた。
そのことも十分に考えたうえで悩みぬき、最後に蒼太はニーナに視線を向けた。
彼女も危ないことはしないでほしいと、如実にその表情が語りかけてきている。
ニーナは蒼太が『ニーナが番を求めたときに、自分がなりたい』と言った気持ちを、その思いにかける熱量を、まだ理解できていない。
だからこそ、そこにあるのは、ただただ兄のような存在である蒼太に、経験者であり危険性もよく知っているからこそ、『そんなこと』のために死んでほしくないと思っていた。
今回は露骨に気持ちを伝えたつもりだったが、未だ脈の一つも見当たらない彼女のその顔に、蒼太は思わず笑ってしまった。
するとスッと心が和らいでいき、自分なりの答えにあっさりとたどり着いた。
「アルムフェイル ドノ。ソノ カダイ ゼヒ ウケサセテホシイ」
「ほう。そう決めたか」
「アア、ソシテ ソノアカツキニハ カナラズ アナタノ ザヲ モライ ウケテ ミセル ト ココニ チカオウ」
「お前の主が先ほど言ったように、死んでもおかしくない行為だが、本当にいいのだな?」
「カクゴハ モウ デキテイル」
その気配に迷いは一片も含まれていないことを、アルムフェイルははっきりと感じ取った。
死ぬ前に面白い若者に出会えたものだと、口には出さなかったがニィッと大きく口角が上がり鋭く大きな牙が剥き出しになる。
「その心意気、気に入った。やれるというのなら、やってみせよ。ソータ」
「アア。ヤッテミセル。マスター……、スマナイ」
竜郎の意思に反することになったのは確かだ。蒼太は律儀に竜郎に謝罪するも、彼は大きく首を横に振った。
「謝る必要なんてない。そう決めたのなら、俺は全力で応援すると言っただろ? 心臓移植は任せておけ、完璧にやってやる。
だから絶対に来たるその日までに課題をクリアして、心臓を受け取り、生き残ってくれ」
「ワカッタ。ソノ ヨウボウニハ カナラズ コタエテミセル」
「なら俺からは、これ以上何も言うことはないさ。
けどここまで啖呵を切って、槍が振れませんでした──なんて結果だけはやめてくれよ?」
「はっはっは! それもそうだな。励むといい、ソータ」
「ワ、ワカッタ」
正直、今の状態ではどう扱っていいものか完全に持て余している状態だ。
今更ながらに大丈夫なんだろうかと弱い心が顔を出すが、ニーナの顔を見てぐっと押さえつけ、今も自分の手を溶かそうとしているのではないかというほど熱を帯びている巨大槍ならぬ、もはや塔槍とでも称すべきものをギュッと握りしめた。
青春しているなぁと、イシュタルは若い龍に生温かい視線を送りながら、ふと頭の中にとある存在が思い浮かぶ。
「しかし当主に説明すると、あいつにもその話がいくだろうな。確実に一回は自分にもやらせろと言いに来るぞ?」
「あいつって、だあれ? イシュタルちゃん」
「それはな、アイ。先ほど少し話題に出た、アルムフェイル直系の子孫の神格龍のことだ。
あれほどに熱狂的にアルムフェイルを崇拝しているのなら、なんらかの形で絡んでくるのは確実だろう。
ばあさまの作った伝説に謳われた槍どころか、心臓までくれてやると言っているのだしな。
そうなった場合、あいつにも試練をやらせてみるのか? アルムフェイル」
「はっ、ご冗談を。あれに試させたところで、確実に死ぬのは目に見えております。
誰が好き好んで自分の子孫を死なすものですか」
「確実に死ぬ──ですか? もしよければ、無理だと断言できる理由を教えてもらえませんか?」
アルムフェイルの直系ということは、蒼太より素の格は確実に上。それに加えて同じ神格持ちでもある。
さらにアルムフェイルと血の繋がりまであるというオマケつき。
客観的に鑑みて蒼太のほうが危ういように思え、竜郎は心配になって本人に問いかけた。
「格の話というのなら、我々の九星の格から比べればソータもアレも、その違いは誤差でしかないのだよ。タツロウくん。
そして私の直系だからというのも、移植の負担が少なくなる程度で、座の継承にはあまり関係ないだろう。
だからこそ、最後に命運を分けるのは『想い』なんだと私は思っている」
「想い……ですか?」
「ああ、あれはただ単純に私に憧れているだけ。
私になりたいと思う気持ちは本物なのだろうが、それではダメだ。私からすれば軽すぎる。
こういうものはもっと単純に、例え死んでも好いた女と添い遂げるために──くらい分かりやすくも熱量の高い想いでなければ、とてもとても無理というもの」
「なるほど」
ちらりと蒼太に視線を向けると、蒼い鱗がうっすら赤みをさしているように見えた。
一方でニーナはなにも思うところはないよう、「へーそうなんだ~」といつもと変わった様子はない。
気づけば愛衣も同じような思いを抱いていたのか、竜郎と目が合うと彼だけに念話を飛ばしてきた。
『これさ、たとえアルムフェイルさんの座をついで、ニーナちゃんと同格になれてもさ、道のりが長そうだねぇ』
『……ま、まあ、蒼太もニーナも時間はたっぷりあるんだから、長い目で見守っていこうじゃないか』
『私たちの孫が生まれるくらいには、どうにかなっているといいんだけどね』
それがいつのことかは知らないが、たしかに蒼太とニーナの親としては、そのくらいには決着がついてくれていると嬉しいなと、ひそかに竜郎は思うのであった。
『これは私の少女漫画を、ニーナちゃんにもお勧めするしかないかもしれないね!』
『…………夢見がちになりすぎない程度に頼む』
『はいよー』
次話は水曜更新です。