第146話 おせっかいな、おじさん?
アルムフェイルは九星の中でも温和な性格だったこともあり、すっかり好好爺然としてニーナの語る話にニコニコしながら頷いていた。
彼がニーナ自身の話を聞きたがったからだ。
その話の流れでニーナの具体的な生い立ちや、ニーリナの座に収まった経緯などを細かく知り、話題は竜王種──ニーナの可愛い弟、妹分たちの話へ移っていく。
「あそこで、パパの近くにずっといるのが一番ちっちゃい子たちだよ。右側がカエデ、左側がアヤメっていうの」
「カエデにアヤメ……。レーレイファから話は聞いていたが、やはり近くで存在を感じると驚きだな。
私も知らぬ竜王種がイフィゲニア様がお隠れになられた後に生まれるとは、ニーリナもなかなかに面白い種を蒔いていってくれたものだ」
「アルムフェイルさんは、この子たちの種はご存じなかったんですか?」
エーゲリアよりも長く生き、竜王種を生み出した創造主イフィゲニアの眷属ならば、全員が知っていると思っての竜郎の言葉だったが、別にそういうわけでもないらしい。
「竜王種について完全に知っているのは、イフィゲニア様を除けば、あとはニーリナと2番目に生を受けたエアルベルくらいだろう。
ましてこの世に生まれていたかもしれない存在しない種とまでなると、ニーリナだけだったかもしれない」
「「う~?」」
すっかりアルムフェイルの存在感になれたのか、意識をこちらをむけてきたことを敏感に感じ取った楓と菖蒲が、「なあに、おじいちゃん?」といった声で興味深げに首を傾げた。
それに対してアルムフェイルは穏やかに笑うと、そよ風を起こして2人の幼子の頬をくすぐった。
こそばゆい感覚に楓と菖蒲は「きゃっきゃ」と笑う。
「かわいいでしょ。ニーナの妹なんだ」
「そうか。なら、お姉さんらしく立派な竜に成長させる手助けをしてあげるといい。
それこそニーリナが私にしたようにな」
「うん!」
ニーナの妹と言われると余計にかわいく見えてきたのか、そよ風を、海水を巧みに操り楓と菖蒲と戯れだした。
が、すぐに他に気になっていたことを思い出し戯れながらもニーナに再び声をかける。
「ああ、そうだニーナ。エーゲリア様からニーリナの装備を貰ったと聞いていたが、つけているところを見せてはくれないか?」
「いいよー」
「なら私がまた少し、稽古をつけてあげましょうか。
見た目では分からなくても、実際に使っているところを感じ取れれば分かりやすいでしょう? アルムフェイル」
「それは助かります。エーゲリア様」
ニーナが装備までちゃんとつけて、稽古ですむ相手などそういない。
真竜を除けば現在最強とされるエーゲリア最古の眷属、黒竜人──セリュウスでさえも、今のニーナ相手では肉弾戦だけと制限されてしまうと稽古では済ませられないほどになってしまっているのだから。
今くらいはとアルムフェイルにニーナを独占させていたが、ようやくかわいがれると存外乗り気で、ニーナとともにやや高い空の上で、エーゲリアにとっては『じゃれあい』がはじまる。
ニーナはあらゆるスキルを駆使し、姿もいつもの小さなものではなく通常の状態。
さらに得意な近接戦でニーリナの遺品でもある装備品──ブリューナクまで持ち出して本気で戦っているが、エーゲリアは何も持たず人化状態のまま徒手空拳で、一般的な上級竜ですらかすっただけで死にそうな攻撃を児戯だと言わんばかりにニコやかに受け流す。
それに怒るでもなく「おねーちゃん、やっぱり凄い!」と、満面の笑顔でニーナも無邪気に向かい合う。
自分の近くでニーナが全力を振るうのが感じ取れるのか、アルムフェイルはその若々しいニーリナという存在を受け継いだニーナに眩しいものを感じた。
しかし、それと同時に違和感も少しだけ感じ取った。
「あの若さでニーリナと似た動きができているのは大したものだと思ったが、どこか動かされているようにも感じるな。どういうことだろうか? タツロウくん」
「ああ、それは。あの子のスキルに関係していまして──」
ニーナは《体覚戦記憶》という読んでの字のごとし、肉体が覚えている戦いの記憶をトレースし再現するという特殊なスキルを所持している。
この肉体が覚えている──というのは彼女の心臓にも適応されており、ニーリナの心臓が覚えていた戦いの記憶をある程度再現でき、今の動きはある意味ではニーリナの戦いを自分の体で再現しているともいえる状態。
そのことを丁寧に説明すると、アルムフェイルはなるほどと大きく頷いた。
「だがアルムフェイル。お前も気が付いていると思うが、そのスキルは使用者によってはただの猿真似にすぎないものでしかないが、あの子はちゃんとそれを利用して少しずつ自分の動きとして身に付けつつある。
近い将来、あの子はニーリナという存在を継いだ竜として相応しい実力も身に付けることだろう」
「……でしょうね、イシュタル様。それも私が思っていたよりもずっと早くに。ふむ」
「アルムフェイルさん?」
アルムフェイルがそう呟きながら、何かを考えこむように眉間にしわを寄せるものだから、竜郎が思わず声をかけた頃。
たったこれだけの時間で息を乱したニーナと、汗1つ流さず余裕なエーゲリアが魔物船──長門の上に戻ってきた。
「ふぅ……、どーだった? おじさん。ニーナ、ちょっとずつだけど、ちゃんとお稽古もしてるんだよ」
「ん? ああ。ああ、凄かったとも。凄すぎてびっくりしてしまったよ」
「ほんと!? おじさんみたいな、すっごい龍にそう言われると、ニーナも嬉しいな」
「はっはっは、そうかそうか。…………なあ、ニーナ」
凄い龍と褒められて満更でもなさそうに笑うアルムフェイルだったが、すぐに顔を引き締めニーナに向かい合う。
ニーナは「なあに?」と無邪気に笑いかけた。
「私はな、是非ニーナにはニーリナとは違い、ちゃんと子孫を残してほしいと考えている」
「しそん? ニーナの子供ってこと?」
「ああ、そうだ。だがニーナはこれからあのニーリナのように、どんどんと竜の高みへと昇っていき、見合った竜に巡り合うことも難しくなっていくことだろう」
「ふ~ん。そうなんだ」
ニーリナはまったくピンときておらず、のほほんと他人事のように聞いているが、竜郎やエーゲリア、そして蒼太は一体この老龍は何を言うつもりなんだと警戒をあらわにする。
そのことに気が付きながらも、アルムフェイルは無視して自分の話を進めていく。
「私の子孫にして直系の1人に、神格を持った龍がいる。
身内びいきではなく、あやつもそこそこ見込みはあると思っている。年齢もまあ、力の割には若いほうだ」
「へーそうなんだ」
「うむ。そこで、どうだろう。そやつと将来、番になってみるというのは」
「つがい? ニーナのパパにとっての、ママみたいな?」
「それを言うならママにとってのパパなのだが、まあ、そういうものだな。それで──」
「マッテホシイ!」
「ん? なんだ、君は」
勝手に縁談を持ちかけはじめたことで、竜郎やエーゲリアが声をあげようと口を開きかけるも、それよりも早く待ったをかけた存在が現れた。
それはもちろん、ニーナのためにここまでついてきた蒼太である。
アルムフェイルは「今、話の途中なんだが」と、少しだけ不機嫌そうに冷たい感情を声にのせて蒼太を威圧する。
冒頭で温和と称したアルムフェイルだが、それはあくまで『九星のなかで』である。
先ほどまで『ニーナのおじさん』としてふるまってはいたが、彼は乱世を駆け抜けてきた歴戦の戦士。ちゃんと心に、鬼の一匹や二匹潜ませているのだ。
そんな歴戦の戦士の、ひ弱な龍なら心臓が止まってしまいそうな威圧を一身に浴びながら、それでも全力で抗い蒼太は声を上げる。
「ニーナ ト、オナジ アルジヲモツ、ソータ トイウ リュウ ダ」
「ああ、そうであったな。ニーナに、お兄さんとして紹介されていたか。
それで? 私の話を遮ってまで言いたいこととは、なんだろうか」
「モシ ショウライ、ニーナ ガ ツガイトナル アイテヲ モトメルノナラ、ソレハ オレデ アリタイト オモッテイル。
ダカラ ヨケイナ コトハシナイデモライタイ」
「なんだと? お前が? 確かに神格持ちで有望な若者だとは思うが、私の子孫とてなかなか有望だ。
それに私から派生した、この竜の大陸において竜王にも負けぬ九星としての家格も持ち合わせている。
あれならば九星白天ニーリナという存在を継いだニーナを、内外共に支え守る後ろ盾にもなれるだろう。お前にそれができるのか?
それともそこは自分の主やエーゲリア様、イシュタル様に全て任せておくつもりだったのか?」
「ソレハ……」
今まではただニーナが好きだという気持ちだけで突っ走ってきたために、将来的にもしニーナの存在が露見したときにどうするのかなど、まったく考えてもいなかった。
もちろんエーゲリアやイシュタル、それに竜郎たちががっちりと組んでいるので、そのあたりもどうとでもなるにはなる。
が、それはあまりにも自分の気持ちばかりで他力本願だったのではないかと、蒼太はここにきて思い知らされ口ごもる。
その態度にそれ見たことかと鼻を鳴らし、そんな目先のことしか考えられないお子様に、ニーナを嫁に出してたまるかと、アルムフェイルが諦めさせるべく口を開──こうとしたのだが、別のところで怒りの感情を感じ取り背筋を冷やして動きが止まった。
それはまるで、幼いころにニーリナに向けられた怒りを彷彿とさせるものだったから。
「ど、どうした、ニーナ。何をそんなに怒っている?」
「ソータを、いじめちゃダメ!!」
「「うっうー!」」
その怒りの感情の元はニーナ……とオマケ2人。
番がどうの、家柄がどうのとピンとこない話ばかりされていたが、先ほどから蒼太を威圧して、上からチクチクと彼が嫌がることを言っているということだけはハッキリと分かった。
それはまだ心が幼いニーナや、本当に幼い楓と菖蒲にとっては、蒼太をいじめているようにしか見えなかったようだ。
「い、いじめてなんて。これはニーナの将来を思って──」
「よく分かんないけど、ニーナのことはニーナがちゃんと決めるもん!
アルムフェイルおじさんが勝手に決めないで! これ以上言うなら、おじさんなんて嫌いになっちゃうんだから!」
「──っ!?」
つい先ほどまで威厳溢れる高貴な老龍だったのに、大口を開けて白目をむくそのアルムフェイルの姿には面影すら残っていない。
それだけニーナの『嫌い』はショックだったようだ。
竜郎もエーゲリアも口を挟もうとしていたが、その姿を見せられてはもう何も言うことはできなかった。
だがこちらに何の相談もなしに話を持っていこうとしたアルムフェイルに、同情しようとも思わず慰めの言葉もかけなかった。
すると、思わぬところでアルムフェイルに救いの手が伸びる。
「ニーナ、カエデ、アヤメ。アルムフェイル ドノヲ オコラナイデホシイ。
コレハ カンガエガ アサカッタ、オレノ セイデモアルンダ」
「ソータは怒ってないの?」「「う~?」」
「アア、ソレドコロカ、モット チャント シナクテハト、タダ ツヨクナレバイイ トイウ ワケデハナインダト オシエラレタ。カンシャ シタイ クライダ」
「え? えぇ……? 感謝したいの? なんで? ニーナ、分かんないよ。
もしかして、いじめられてたわけじゃないの?」
「アア、チガウ。ソレダケハ、ダンジテ ナ」
「そ、そうだったんだ……。あの……おじさん。嫌いになっちゃう、なんて言ってごめんなさい」
「「あう!」」
よく分からないが蒼太が嘘を言わされているようにも思えず、ニーナは素直にアルムフェイルにペコリと頭を下げて謝った。
楓と菖蒲はなんのこっちゃと、もっとよく分かっていないが、とりあえずお姉ちゃんがペコリしてるから、私たちもやるかとばかりにマネして頭を下げた。
そこでようやくアルムフェイルは正気を取り戻し、慌ててニーナたちの頭を上げさせた。
「いや、謝る必要はない。私も余命が少ないばかりに、焦ってしまったようだ。
ソータ。すまない。大人げなかった」
「イヤ、ホントウニ オレニ アヤマル ヒツヨウナンテ……」
「……それに非常にいいやつだ。本当に、本当に助かったぞ」
「ア、アア、ハイ……」
助かったとは、主にニーナの好感度的な何かのことだろう。アルムフェイルの中で、蒼太の印象がグングンいい方向へと上がっていく。
しかしなんと答えればいいのか分からず、蒼太は適当に頷くだけ。
そしてそんな蒼太を見て、アルムフェイルはまた眉間にしわを寄せて何かを考えはじめだす。
おいおい今度は何を言い出す気だよと、竜郎やエーゲリアがいぶかし気な表情をしていると、彼は一人で勝手に大きく頷き蒼太に意識を向けた。
「……ソータ。私の前に来てくれ」
「エット……」
「セテプエンイフィゲニア様に誓って、害意はないと断言しよう。
エーゲリア様、イシュタル様、そのまま静かに見守っていてくださいませ。他の者たちも」
彼が──というよりも九星の誰もが主の名を出して誓ったことを違えたことなど一度もないことをよく知っているエーゲリアが、一番最初に頷き返す。
エーゲリアが大丈夫だというのならと、竜郎からも愛衣やニーナなど他のメンバーたちも黙ってみているようにお願いする。
そうして全員が静かに見守る中、蒼太がおずおずとアルムフェイルの前にまでやってきた。
「いいか。気をしっかりと持ち、決して私から視線を逸らすなよ」
「……エ? ア、アア。ワカ──ッ!?」
何かは分からないが、気を引き締めキッ──と強い視線をアルムフェイルと向けた途端、彼から今まで感じたことのない強大な威圧を放たれた。
自分には向けられていない竜郎たちでさえ、肌がひりつくような威圧感。
エーゲリアがすぐに察して、結界のようなもので軽減してくれていなければ、楓と菖蒲は大泣きしていたかもしれない。
そんな威圧感を真正面から受けている蒼太は、全身を巨大な棘で貫かれているかのような幻痛すら感じる中で、がむしゃらにアルムフェイルに言われたように視線を離さず、屈することなく見つめ続けた。
時間にして2分ほどだったろうか。蒼太にとっては何十時間もアルムフェイルの前にいたようにも感じたが、威圧感が消え去るまで根性で耐え抜いてみせた。
その姿に、アルムフェイルは満足げな笑みを浮かべた。
「今のは浮ついた男が耐えられるようなものではない。なかなか肝は据わっているな。ますます気に入ったぞ、ソータ」
「……ァ、リァォォ……」
ありがとうございますと、ほめられたことに礼を述べようとするが、舌が痺れてまともに話すことができなかった。
だがそんなことでアルムフェイルは、先の評価を変えることはなかった。
「褒美……というと偉そうに聞こえるか。ならば詫びと礼の品とでも思って、これを受け取るといい」
そう言って彼がどこからともなく虚空から取り出したのは、巨大なアルムフェイルの体格に見合うだけの、塔のような巨大槍。
それをおもむろに蒼太に向かって放り投げた。
貰いものを落とすわけにもいかないと、気合で体のしびれを散らし蒼太がその槍を掴むと、掴んだ手が焼かれるような熱さを感じた。
思わず手放しそうになるが、こらえて握りしめアルムフェイルに再び視線を投げかけた。
「ほう、やはり持てたか。思っていた以上に、相性がいいようだな」
「コレハ?」
「私が若かりし頃に、イフィゲニア様より賜った槍だ」
「ソンナ ダイジナモノ──」
「気にするな。それは今の私が使えば命が削られるほどの暴れ槍。危険故に、しまったままにしておいたものだ。
使えぬものがいつまでも持っていていいものかと、イフィゲニア様の槍に申し訳がないと思っていたところでもあったし、ちょうどいい機会だろう。
ソータ、少し竜力をそれに通してみるといい」
竜郎や竜大陸の関係者に視線を向けても誰も止めないので、素直に蒼太は竜力を槍に通した。
すると──ボンッと握っていた手が爆ぜ、細かな肉片が海に落ちていく。
驚きながらもすぐに再生した手で水面に沈む前に、蒼太は槍をキャッチし握りしめた。
「どうだ。今のお前では、まともに振るうことすらできないだろう」
「ア、アア。ニギル ダケデ セイ イッパイダ」
槍に竜力を通した瞬間、いきなり槍が蒼太の力をむさぼり暴発したのだ。
そのせいで蒼太は手を吹き飛ばされた。竜力を流し振り回すためには、今の暴力的な槍の意思を押さえつけ、自分の言うことを聞かせる必要があるのだと、蒼太は本能で悟る。
そんな蒼太に対して、アルムフェイルは挑戦的な声音で蒼太にこんなことを言い放つのであった。
「私が死ぬまでに、その槍を振るうくらいはできるようにしておけ。
もしそれが叶った暁には、私が死んだとき私の心臓をくれてやる。そして、それをどう使おうとも構わない。
そう、例えば、自分の心臓と私の心臓を入れ替えて、ニーナがやったように私の座に座ってみせる──なんてことをしようともな」
次話は日曜更新です。