第144話 話を聞こう
いつもより早い時間に訪ねてきたイシュタルが言った、「ニーナをアルムフェイルに会わせたい」「竜王たちと竜王種の子供たちを会わせたい」という言葉。
前々から聞いてはいたし、いつかそんな話が来るだろうと心構えも持っていたが、最近のイシュタルは忙しそうだったこともあり、もう少し先のことだとばかり思っていた。
それだけに少しばかり、竜郎と愛衣も驚いてしまう。
短くとも濃い時間を過ごしたイシュタルはそれにすぐ気が付き、ふっと微笑をこぼした。
「こちらもやっと落ち着いてな。世界力の循環のほうも、大分なれたというのもあるが」
「言われてみればイシュタルちゃん、私たちと別れたときより、また強くなってるね」
「ああ、それも世界力の循環に、より多く関われるようになった恩恵だ」
真竜に神が望むのは世界力の循環。そうすることで、真竜は無限に強くなっていくことができる。
それは最近になってエーゲリアの補助なしで、比較的余裕をもって世界力の循環がこなせるようになってきたイシュタルにも言えること。
出会った頃は竜郎たちとどっこいどっこいだったイシュタルも、今では数段上の力を身に着け真竜の名に恥じない存在となっていた。
「アルムフェイルさんのほうは、もういつ行っても大丈夫なのか?」
「早く会わせろ会わせろと、うるさいくらいだ。いつ行ってもいいと本人からも了承を得ている」
「そんなに会いたいんだ、アルムフェイルさん」
「アルムフェイルからしたら、敬愛していた姉の隠し子がいきなり見つかったようなものだからな」
アルムフェイルはニーリナと同じく、初代皇帝──セテプエンイフィゲニアを近くで支え続けた9体のドラゴンの内の一体。
そしてその最後の生き残りでもある巨大な老龍。
生前のニーリナと、最後まで共にしていたのも彼だった。
それだけにニーリナという彼が尊敬し憧れた姉とも呼べる存在を受け継いだニーナが、気になって仕方がないようだ。
「一応聞いておくが、別に怒っているわけじゃないんだよな?」
「当たり前だ。ニーリナの意思なくして存在を継ぐことなどできないと、アルムフェイルに分からないわけがない。
ニーリナが見込み力を託した若き竜が、いったいどんな娘なのか。純粋に興味が尽きないらしい。
それにだ。たとえ怒っていたとしても、母上があれだけ気に入っているニーナをどうこうできるわけがないだろう」
たとえ初代皇帝の側近だからといって、その娘にして二代目皇帝を勤め上げたエーゲリアに否が唱えられるわけがない。
その点においても、たとえ会いに行ったところでニーナに危険が及ぶことはないと言っていい。
「あはは、それもそうだね。そのときはエーゲリアさんも、ついてきてくれるの?」
「ああ、それに私も共に行くつもりだ。ただし、竜王たちに会いに行くときは、ついていくのは難しそうだが」
「そうなのか? というか、やっぱりこちらから出向くことになったのか」
「ああ、さすがに王族がそろって外出するのは目立つし、私や母上が向こうに出向いても目立ちすぎる。コソコソして、もし誰かにばれても面倒なことになるしな。
できるだけ竜王種の存在を民衆に隠しておきたいと思ったら、それが一番安全だろう。それでは不味かっただろうか?」
「いいや。イシュタルたちがいないってのは少しばかり不安だが、話は通してくれてるんだろ?」
「ああ、もちろんだ。それに母上のほうから側近を1人だすことにしているから、入国時の面倒なアレコレも全てこちらで手をまわしておける」
「ならこっちは、珍しい竜の王国とやらを観光がてら覗きにいく~くらいの気持ちで行かせてもらうよ」
「こちらや竜王たちにとってはかなり重要事項なのだから、あまり気軽にいられても困るのだが……まあ、いいか」
ことは帝国に属する6つの大国の行く末に関わると言ってもいい、イフィゲニアの竜王種たちと、竜郎の竜王種たちの半ばお見合いのようなもの。
イシュタルの雰囲気から察するに、竜王たちはかなりそわそわしはじめているようだ。
「あ、そうだ。蒼太くんを連れて行っていいかどうかは聞いておいてくれた? イシュタルちゃん」
「ん? ああ、それか。こんな老骨を見たいという若人がいるのなら、好きにしてくれて構わないと言質はとったぞ」
「やったー。これで蒼太くんも喜ぶよ」
ニーリナが『九星白天』と呼ばれ竜たちから崇められたように、アルムフェイルもまた『九星緑深』と呼ばれ崇められている。
そんな彼の尊顔を直接拝めるなど、竜大陸の住民からしたら垂涎ものの権利なのだが、そのあたりの事情など知らない竜郎たちはあっけらかんと喜んだ。
とはいえ、イシュタルからしてもいつでも会おうと思えば会える存在なので、民衆の気持ちを完全に理解しているとは言い難いが。
「それで、ニーナは今どこにいるんだ? てっきり、タツロウたちにべったりだと思っていたんだが」
「今は──」
竜郎はニーナ不在の理由を知らないイシュタルに、今現在とある画家を救うべく別行動中だということを話した。
「では、まだしばらくかかりそうか?」
「妖精大陸から帰るときに連絡をしたら、あっちも帰れそうみたいなことを話していたし、すぐに帰ってくるはずだ」
「ならよかった。では次の風属の日なんてどうだ?」
「風属っていったら、え~と……」
こちらの暦事情になれない愛衣が、一生懸命に曜日の順を頭に思い浮かべはじめるが、先に竜郎が答えを出した。
「今日が生属の日で、呪、解、光、闇、火、水ときて風だから、7日後だと思うぞ」
「そうか。タツロウたちの世界だと曜日の数え方も違ったんだったか。7日後であっている。それでどうだろうか」
「ニーナも別に会いたくないとは言っていなかったし、それだけあるなら大丈夫だろ」
竜郎はニーナだけなら、もっと期日を早めていいと言っていただろう。しかし蒼太には少し時間が必要だろうと、その提案を受けいれた。
彼からすればニーナと共にいることを望むのなら、いやでも目指さなければならない到達点とも呼べる存在。
じゃあ明日会いに行くぞ、では心構えも何もできないはずだ。
それからも雑談を交えつつ今後のことについて話していると、ニーナとアーサーが帰ってきた。
「ただいま! パパ。ママ」
「「おかえり」」
飛び込んでくるニーナを抱きかかえながら、竜郎はそっと彼女を愛衣に任せつつ、ついていってもらったアーサーに礼を言う。
「ありがとう、アーサー。助かったよ」
「いえ、これしきのこと、わざわざ礼を言われるまでもありません」
「それで、あの様子から見るに?」
「はい。成果は上々でした……が」
「が?」
「娘さんが言うに、前以上に情熱的になったという言いますか……激しくなったと言いますか……」
「ああ……」
魔物に魅入られた絵師は、めったにお目にかかれない竜を見たことで竜に魅入られスランプに陥った。
しかしそこへ竜の中でも真竜を除けば最上位に位置するニーナの、それも普段のミニサイズではなく本当の姿を見せたことで、完全にネジがぶっ飛んでしまった。
それはもう、アーサーから見ても狂気じみた様相でキャンパスに向かっていたのだという。
「それ……大丈夫なのか?」
「ええ、まあ……おそらく大丈夫かと。最初は倒れるまで絵筆を握って離しませんでしたが、次第に休息をとるようになりましたし、そのときは普通の男性といった感じでしたので」
逆にそれが二重人格のようで恐いとも感じたのだが、今ほどでないにしろ前からスイッチが入るとのめり込み、疲れると勝手にスイッチが切れるタイプで、その強弱が激しくなった程度だと娘は笑っていたらしい。
「なにも描けずにうつむいている父を見るより、ずっといい。らしいです」
「そうか。力になれたようなら、ニーナが行ってくれたことにも意味があったみたいだな。あとで沢山、褒めておくことにするよ」
「はい。それがいいと思います。それと現在描きかけの作品は、是非ニーナに受け取ってほしいとのことでしたが、どうしましょうか?」
「ニーナはなんて?」
「くれるならちょうだい。だそうです」
「俺に似て貧乏性になってしまったんじゃないだろうな……。まあ、いいや。それなら、できあがったころにまた貰いにいこう」
画家の件も上手くいったようで、その話をして愛衣に目いっぱい撫でられニーナは幸せそうに目を細めている。
そんな姿を横目に、竜郎は念話で蒼太を呼ぶことに。
『蒼太。話したいことがあるんだが、こっちにこられるか?』
『スグニ、イケル。スコシ、マッテホシイ』
『あんまり急がなくても大丈夫だからな』
『リョウカイ』
カルディナ城のある領地のどこかにいるであろう蒼太との念話が切れたところで、ニーナにも話があると呼び寄せ甘やかす。
蒼太が来るまでの間、のんびりとニーナの話を聞いていると、巨大な蒼い鱗の龍が空からその身を現した。
「マタセテ スマナイ」
「「ギャウ、ギャゥー」」
「かまわないよ。いつもすまないな」
蒼太が大きな手をパッと開くと、その中から竜王ソルエラ種──ソフィア。そしてその亜種アリソンが仲良く飛び出してきた。
この2体は成長してからというものの好き勝手に領地内を冒険しては迷子になり、たびたび蒼太が迎えに行くということを繰り返しているのだ。
ソフィアとアリソンは、帰ってきてたんだと竜郎に軽く頭突きをかましてスキンシップをすると、妹分と認識している楓と菖蒲をかまいに愛衣のほうへと駆けだしていく。
自由気ままなその姿に、蒼太は苦笑交じりに息を吐いた。
「モウ、ナレタカラ、ダイジョウブ。ソレデ、ハナシトハ?」
「ああ、それなんだが、今から7日後、アルムフェイルさんのところに行くことになった」
「あるむふぇいる さんって、確かニーナのおばあちゃんの弟さんだっけ?」
たった数日ながらも離れていた分を取り戻すように、竜郎の頭にへばりついていたニーナがすぐに反応を示した。
「まあ、そういう認識で合ってるな。ニーナの顔が観たいって言ってるみたいだから、一緒に会いに行ってくれないか?」
「いいよー! ニーナも会ってみたい!」
「よし、なら決まりだな」
アルムフェイルの名前が出た瞬間、緊張で身を固くしている蒼太に竜郎は視線を向ける。
「それに蒼太もついてきていいと言ってくれているみたいなんだが、どうする? 行きたいって言ってたよな?」
「……アア、モチロンダ。アッテミタイ」
「そうか。なら一緒に行こうな」
「ソータも一緒なんだ! 楽しそう! アルムフェイルさんって、どんな人なんだろうね」
「オレモ ヨクシラナイガ、スゴイ リュウ ラシイ」
「おばーちゃんの弟だもん。凄いに決まってるよー」
「ソレモソウダナ」
ニーナと話したことで少し意識がそれたのか、蒼太の緊張もほぐれたようだ。
口調の硬さも取れて、いつも通りニーナに向ける優し気なものに戻っていた。
「それじゃあ、ニーナの大伯父さんに会うまでに、なにか珍しい手土産でも用意するとするか」
「珍しいものって、どんなものなの?」
「そりゃあもちろん、今回の戦利品を使った新しい料理とかだな」
「新しい料理!? すっごい楽しみ!」
「オレモ、タベテミタイ」
蒼太もニーナも、新しい美味しい魔物のことを思い出し、よだれをたらしそうになりながら目を光らせる。
「そうだろ、だから残りの時間でできるだけ増やして、フローラに研究してもらおう」
「フローラちゃん! お願いね! ニーナにも手伝えることがあったら言って!」
さっそく新しく手に入れた食材を手に厨房に立つフローラに向かって、ニーナが大きな声で呼びかける。
するとフローラはノリよく、ウインクで返してくれた。
「はいはーい。フローラちゃんに任せてねー♪」
そうして竜郎たちは、アルムフェイルに会うまでの期間、魔物の繁殖と料理の研究に明け暮れるのであった。
なんとか年内に滑り込ますことができ、よかったです!
しかし現状リアルのほうのバタバタが終わっておらず、通常状態に戻るにはもう少し時間がかかりそうです。
なのでおそらく次の更新日は3日(金)、もしくは6日(月)あたりになりそうです。
6日を過ぎれば落ち着くはずなので、もうしばらく不規則な状態で我慢いただけると幸いです。
それでは、良いお年を!!