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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第八章 ジャングル迷宮編
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第143話 レティコル

 レティコルという魔物の姿を一言で表すのなら、番傘が近いだろうか。


 具体的には全長1.7メートルほどで、色は全て向こう側が透けて見えるほど透明度の高い薄緑色。

 逆さにした玉ねぎ型の核を中心に、花弁のようにキャベツや白菜のような一枚一枚が大きな葉がグルリと周りを囲っている。

 そして玉ねぎでいう尖った頭の部分から、芽のようなものが長く地面に向かって伸び、傘の柄のように地に触れた部分がくるりと曲がっている。


 この魔物はカメレオンのようにその半透明な体の色を変化させ、視覚でとらえにくくするほか、存在感を薄くしたり、臭いを消したりと、様々な隠れることに特化したスキルを所持している。


 また花弁のように広がっている葉っぱをバサバサと動かすことで、遅いながらも空も飛べる。

 地面に長く伸びる芽は器用に地面を這い、するすると蛇のように静かに地を移動することも出きたりもする。



「こいつが美味しい魔物だとされる所以となっているのが、この葉っぱの部分らしい」

「この玉ねぎ型のやつと、芽は食べられないの?」

「食べられないってことはないはずだ。食べてもそこそこ美味しいかもしれない。だが、そこらの野菜と大差はないと思う」

「でも食べられる部分ではあるなら、味見くらいはしてみたいかなーって、フローラちゃんは思うな♪」

「ああ、ちゃんと食べられるのなら全部食べてこそだと思うし、そのつもりだ」



 今回捕獲したのは、4体。数としては少ないほうだろう。

 けれどレティコルという魔物は、殺さずに食材が回収できる魔物でもあったので問題はない。

 実は玉ねぎ型の核の中にアボガドの種のようなものが4~5個ほど入っており、その種さえ残しておけば、元の状態に再生してくれるのでそれでも問題ない。


 また全部の種を密接させたまま放置しておけば、5日程度の期間で元の成体の状態に再生。

 分けた状態で放置した場合、密接している種の数が少ないほど成体に戻るまでに時間はかかるが、株分けのようにそれぞれがまた1つのレティコルとして増殖してくれるので、栽培方法もかなりお手軽という点も大きい。



「はやぐ、たべてみだい」

「ヒヒーーン!」

「皆我慢できないみたいだし、今いるメンバーだけで先に味見しちゃおっか」

「頑張ったんだし、それくらいの恩恵はあってもいいよな。よし、それじゃあ1体食べてみるか。もちろん、お前たちも一緒にな」

「キイィイィーーー」「ヲォオオーーーン!」「ズモモーン!」「キュキュー!」



 清子さんは基本的に雑食でなんでも食べ、ヒポ子は食べられるものなら何でもおいしくいただける食欲の鬼。

 ウサ子も大好きな野菜の美味しい魔物だと、竜郎からイメージで聞かされているので大興奮だ。

 肉食がメインなはずのウル太も、本能でレティコルの美味しさを感じ取って尻尾を無意識に振っている。


 そんな眷属の魔物たちに対して、用は済んだから《強化改造牧場》に帰ってくれなど竜郎が言えるはずもない。

 なにより竜郎たちと同じように頑張ってくれたのだから、貰う権利はあるのだから。


 そうと決まればいざ実食。

 一番美味しいところは最後に食べるとして、まずは核から伸びている長い芽を食べてみることに。


 その部分をスパっと斬魔法を付与した風魔法で切り裂き、水魔法でよく洗って土や汚れを落としていく。

 解魔法で綺麗になったことを確認したら、フローラが自分の包丁を出して人数分にカットしてくれた。


 それぞれに行きわたったところで、キュウリのような感覚でガリっとかぶりついてみる。



「……んぐんぐ、ん~? ちょっと苦味があって、ゴーヤ……? じゃなくてピーマンに近いかな。ピザとかにのせたら美味しそうかも」

「「うー……うぇー」」「グォ~ン……」



 楓や菖蒲は幼い故か、渋い顔をして残りを竜郎に押し付けてくる。

 ウル太も苦手な味だったのか、ヒポ子にそっとあげていた。



「子供にはまだちょ~っと早い味かもね♪ フローラちゃんは結構好きだな♪」

「キータも、げっこう、すき」

「俺は単体で食べるのはそんなに好きじゃないが、他の料理と組み合わせれば悪くなさそう──って感じだな」

「ヒヒーーン」



 ジャンヌも竜郎と同じような意見らしい。



「う~ん、普通ですねー。あなたはどうですかー? ヨーコ」

「美味しくな~い! 人間はこういうのを食べてるの?」

「まあ、そういうのも食べるな」



 玉藻は食卓に出れば食べる。陽子は出ても食べたくない。そんな感想を抱いたようだ。



「芽の部分は好き嫌いが分かれそうだけど、料理にはちゃんと使えそうで嬉しいな♪ それじゃー次いってみよー♪」



 お次は核の部分。花弁の様についている葉を切り取ってから半分に割り、種をくりぬき、そちらは保存。

 半透明の薄緑色の果肉をフローラが綺麗に切り分け、皆に配ってくれる。

 各々お礼を言いながら、行きわたったところで口に放り込んでいく。



「ん~ちょっと甘味があるけど、青っぽくてそんなに味はしないね。

 食感は洋ナシみたいで結構好きだけど、味はそんなにって感じかも」

「これも何かに合わせて食べるのがいいのかもね♪ 濃い味付けのものと合わせたりとか♪」



 ほんのり甘く、青臭さが若干鼻に抜ける薄味の果肉といった感じで、こちらは芽の部分よりも評判は良くなかった。

 だがフローラ的には、これはこれで食材として有りだと評した。



「そのへんは俺じゃあ疎いし、フローラに任せるよ。──では、最後のメインに手を付けようか」

「いよいよだね」



 これを食べるために、ここまでやってきたと言っても過言ではない。

 そのうえで回り道まで乗り越え、今ここに全員で立っている。。

 期待度も苦労に比例して高まってくる中、先ほど切り取った葉の部分をよく洗ってから千切ってそれぞれに渡していく。



「肉厚でー、水分たっぷりって感じですねー。どんな味がするのかー、、私も楽しみですー」

「わたしはぜんぜん楽しみじゃないけど、なんでタマモはそんなに楽しみなんだろ」



 玉藻はこの体を得てまだ日は浅いが、美味しい魔物も食べている。

 それらと並ぶほどというのなら相当だろうと、期待度も竜郎たちと同じ程度に高い。


 けれど陽子は先ほどの生まれてはじめての『味』が、生でそのまま食べるような食材とは言えないものだったこともあり、期待度はまったくなかった。

 それでもはじめての『食べる』という行為への好奇心が勝って、皆と同じように小さな手に握りしめた葉に齧りついた。



「────っ! なにこれ!? ──! ──!?」



 口に入れ噛んだ瞬間に、シャキシャキとした食感と共に水分がブワッと口の中に広がっていく。

 青臭さは全くなく、野菜らしい優しい甘みも感じられる。

 それでいて噛めば噛むほど、さらに濃い味が口内を占領していく。



「これが──おいし──って、やつなんだ! 凄い凄い!」



 期待度がゼロに等しかった陽子でさえ、夢中で自分の分を食べきってしまうほど美味しい葉っぱだった。


 ララネストやチキーモを暴力的な美味しさだと表現するのなら、こちらはジワジワと美味しさが浸透していく、穏やかで優しい美味しさだろう。

 これまでとは違う新しい美味しさに、美味しい魔物に普段から触れてきていた竜郎たちでさえも感動し、言葉も発さず静かにそれを平らげた。



「正直、野菜よりも肉派だったんだけど、これはそういうのを超越してるね……」

「俺は今まで野菜は肉や魚の引き立て役くらいにしか思っていなかったが、考えを改めるよ。ここまで来て、本当に良かった……」

「──♪──♪──♪──♪」

「キータ、しあわぜ……」



 フローラは目を真ん丸に見開いて、キラキラさせながら悶えている。

 キー太の口にはララネストやチキーモよりもあったらしく、口元を震わせ涙さえ浮かべていた。



「ヒヒーン……」「「あぅー」」「ヲォ~~ン」



 竜郎や愛衣と同じく肉派だったジャンヌや楓、菖蒲、ウル太も、噛み締めるようにその美味しさに浸っていた。



「これはフローラちゃんも、いろいろ試したくなってきちゃった♪ さっそく帰ったらいろいろ試してみよっと♪

 煮ても良さそうだし、お漬物とかにしてもいいかも♪

 ご主人さま、できるだけ優先的に増やしてくださいな♪」

「ああ、分かった。あのナマズよりも先に増やしておこう」

「これを使ったフローラちゃんの新しい料理かぁ。今からとっても楽しみだよ!」

「うん♪ 楽しみにしてて♪」



 生のままでも十分美味しいのに、ここからさらに料理という工程を経て美味しくなる。

 ならば早く帰ってフローラが研究できる環境を整えなければと、「これ以上美味しくなるってどういうこと!?」と混乱している陽子を連れて、さっさと『ラガビエンタ』と恐れられていたジャングルから退散した。






 転移でジャングルから脱出し、出入り口のある柵の近くまで歩いていく。

 その姿を確認した妖精の職員の1人が、「ふげぇ!?」と素っ頓狂な声を上げてどこかに知らせに飛び去っていった。


 入り口に辿り着き、柵から少し離れたところで、まだかまだかと早く帰りたい気持ちを抑えながら待っていると、ほどなくして幽霊でも見るような目をしたラガビエンタ管理機関長──ハジムラド・グルチコフ。そして副長のハッサンが、何人かの職員を連れてやってきた。



「少し遅くなりましたが、ちゃんと帰ってきましたよ。ハジムラドさん」

「お、おかえりなさいませ…………?」



 柵越しに見つめ合いながら、偽物ではないのか──などなどすったもんだもあったものの、数分後には扉を開けて再会を喜んでくれた。



「まさかっ、あそこを探索して平気で帰ってこられるなんて……」

「ヒヒーーン?」



 「私のあの姿を見ても、そう思ってたの?」という意味を込めて、ジャンヌが茶化すような声音で鳴いて問いかけると、ハジムラドは思わず小さく笑みを浮かべてしまった。



「疑っていたわけではありません……が、私にとってあの場所はトラウマだったのです。

 ですが今回のあなたたちを見て、少しだけ恐怖が薄れた気がします。ご無事の帰還に、心からの喜びを」

「ありがとうございます。こちらもハジムラドさんに事前に話を聞けていたので、はじめから慌てることなく行動できました」

「私の話がお役に立てたというのなら、何よりです。それで……その……、黒い少女には出会うことはできましたか?」

「い、いやぁ? そっちは見ませんでしたね。すみません、ハジムラドさんのお礼を伝えることはできませんでしたよ」



 今は竜郎の魔法で気配を完全に消している陽子に視線を一瞬向けながら、すっとぼける竜郎に、「そうですか……」とハジムラドは少しだけ残念そうに瞳を伏せた。



「けどね! もう1個のほうはバッチリだったんだよ!」

「もう1つ……? ということは、もしやレティコルの捕獲にも成功したのでしょうか……?」

「もっちろん! すっごく美味しかったよ」

「おおっ──!」



 ハジムラドやハッサン、他の職員たちもそこまでやってきたのかと、前人未到の偉業に素直に驚きと称賛の声を上げた。

 そこでこちらの仲間たちへのお土産分は十分に残しつつ、ハジムラドたちにも少しおすそ分けすることに。


 反応は人それぞれだったが、誰もがその味に感動し悶えてくれた。



「……ああ。若かりし頃に求めた味は……これほどの物だったのですね。

 貴重なものでしょうに、それを少しでも口にすることができたこの幸運。どう感謝していいか分かりません。

 それで我々は何を差し出せばよろしいのでしょうか? 職員の分も含め、全て私が支払わせて──」

「そんな大げさな。数年後くらいには、普通に妖精郷で買えるようになるくらい増やしておきますので、お金に余裕があるようなら買いに帰ればいいだけですよ。

 今回のは未来のお客さんたちへの、試食会ということで」

「────っは!? これが買えるようになるのですか!?」

「もともとそのために、ここに来たようなものですからね。栽培方法も分かったので、確実に近い将来実現するでしょう」



 相手は世界最高ランクの冒険者。そんな人物が自信満々に笑みを浮かべているのなら、その言葉は確実に起こりえる真実なのだろう。


 別れの挨拶もそこそこに帰っていく竜郎たちの背中を見つめながら、ハジムラドは横に同じように呆然と立っているハッサンに声をかける。



「私の休暇はだいぶ溜まっていたはずだな? 数年後、少しばかり消化させてもらうがいいな?」

「私もご一緒して、よろしいでしょうか?」

「いや、副長のお前も一緒に外出してどうするのだ。私が先に行って確かめてきてやろう」

「ぐぅ……ずるいですよ! それを言うなら部下の私が、先に行って確かめてきますよ!」

「馬鹿を言え! 私が先だ!」



 今まで真面目が服を着て歩いているとすら思われていたハジムラドと、それを真摯に支えてきたハッサンが口論している姿を見た、事情を知らない部下たちは、それこそ帰ってきた竜郎たちへ自分たちが向けていたような視線を向けられていたのだが、彼らは最後までそれに気が付くことはなかった。





 そんなことになっているとは知らず、竜郎たちは転移でカルディナ城の地下室へと帰ってきた。

 地下から地上に上りながら、リビングへと皆で歩いていく。



「ラガビエンタの状況について、ハジムラドさんに教えなくて良かったの?」

「ハジムラドさんに、どう話していいかも分からなかったしな。それに話すなら──」

「女王さまに直接話したほうが、手っ取り早いですからねー♪」

「そういうことだな。こっちの事情もある程度理解してくれているし、一番上が理解してくれているなら、いいようにことを運んでくれるだろうさ」

「ヒヒーン?」

「なんだジャンヌ? って、あれはイシュタルじゃないか。こんな時間に来てるなんて珍しいな」



 時刻は昼と夕方の間といった頃合い。食事には早いし、皇帝としてそれなりに忙しいイシュタルが来るような時間ではない。

 なんでだろうと竜郎たちが首を傾げていると、向こうもすぐに気が付き駆けよってきた。



「おお! 帰ってきたな。待っていたぞ」

「たっだいまー、イシュタルちゃん。そんでどったの? 今日はお休みなの?

 ちなみに私たちは、レティコルを無事にゲットしてきたよ!」

「やったな、アイ! って、そうじゃない。今日も仕事はあったんだが、タツロウたちに直接話しておきたいことがあって来させてもらったんだ。

 タマモのダンジョンの件で連絡は貰っていたから、そろそろ帰ってくるだろうと思ってな」

「なるほどな。それで、その直接話したいことっていうのはなんなんだ?」



 イシュタルが来ること自体は珍しくなかったが、こうも改めてやってくることはそうそうない。

 一体何だろうと、リビングの椅子に腰を掛け落ち着いて話を聞くことにした。


 互いにフローラが入れてくれた紅茶を一口飲みながら、心を落ち着けたところで、いよいよイシュタルが本題を切り出すのであった。



「近いうちに、ニーナをアルムフェイルに会わせたい。

 そしてその後に頃合いをみながら、我が国の竜王たちとタツロウの子である竜王種たちの面会も──」

これにて第八章 『ジャングル迷宮編』は終了です。ここまでお読み頂きありがとうございました。


そして第九章、第144話なのですが……、年末に向けてリアルのほうがかなり忙しくなってしまい、いつもより少し長めにお休みを取らせていただきます。

年明け前には次の章に入りたいので、希望としては12月29日(日)か30日(月)のどちらかにあげたいとは思っていますが、最悪そこであげられずに1月3日まで伸びてしまう可能性もあります。


その点を考慮していただいたうえで、気長に続きを待っていてもらえれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言]  これで美味しい魔物シリーズも4種類目  甲殻類・鳥・水・野菜と品揃えも充実してまいりましたねw  メディクは食味強化された2を作る方法が想像し難い魔物でしたが、レティコルは…どうなのでしょ…
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