第140話 ダンジョン化の真実
「一つ聞きたいんだが、今意識はちゃんとあるのか?」
「たブん……? きゅうにメがさめタ?」
「本人的にも、かなり曖昧みたいだけど大丈夫かな」
あまりにもフワフワした答えに不安を感じ、いくつか少女に質問を繰り返してみる。
まず自分自身がダンジョンの個であったことは、『おそらく、そういう存在であった』程度の認識。
これまで意識というものはなく、今さっき急に話せるほどに自我が戻ったが、その理由は不明。
自分が何をしていたのか、何かしていたのかも、ちゃんとは理解していない状態。
ということが、なんとなく察することができた。
「おそらくー、というよりもーほぼ間違いなくー、タツロウさんが魔法で圧縮したのがー、意識を取り戻すきっかけになったのでしょうねー」
「そんなことで、何年もなかった意識を取り戻せるのか?」
「普通の魔法でしたら無理だったんでしょうけどねー。けど今回の場合はー──」
竜郎が膨張した6体の魔物の混合物を、重力魔法で圧縮したときに消費した『エネルギー』が、うまく作用したらしい。
あのときの竜郎は《分霊神器:ツナグモノ》を発動し、本来人間たちが持っているような力ではない、皆から集めた特殊なエネルギーを使っていた。
その非常に高い質を持ったエネルギーによって発動した重力魔法は、ただ物理的に圧縮するだけにとどまらず、あらゆるエネルギーをも巻き込んで圧縮していた。
使用者である竜郎ですら意図せず行ったことではあるが、6体の魔物の混合物の中に入っていた、変質したダンジョンの個の欠片という特殊なエネルギーも同時に。
「つまりは薄まっていたものをギュッと凝縮したことで、より本来の性質が強まったってことでいいのかな♪」
「そういった感じですねー。ただ事前の質問でー、ある程度揺さぶりをかけて凝縮しやすい状態にしていたから、というのもあったんでしょうけどー。
一瞬取り戻せたように聞こえた声もー、あのままではただの揺らぎで終わっていたでしょうしー」
竜郎が投げかけた質問で一瞬だけ、元の存在が出かけていた。
なので別に、『少女』の意思が全くなかったというわけではない。
けれどあのときはあまりにも薄く、強い言葉に引っ張られる形で出てきただけ。続けていても数分後には元の状態に戻って終わりだ。
しかしそうなる前に竜郎の魔法で、偶然ではあったが固定させることができた──ということだろう。
「たしかにそれなら、急に意識を取り戻したことも合点がいくな。
それじゃあ君がダンジョンの個であるとしてだ、最初に言っていた『私が全部悪い』といった言葉の理由を教えてくれないか?
今の君は、その6体に捕らえられているわけではないのか?」
「チがうッ! このコたチは、ゼッたいニ、そんナことシないンダかラ!」
「だから、なんでそう思うのかを説明してほしいな。
あなたとその魔物さんたちが、今どういう状況なのか理解できないと、私たちもどうしていいか分からないんだから。ね?」
「そ、ソうネ……」
聞き取りづらいながらも、ちゃんと意志の感じる声で、元ダンジョンの欠片である少女の顔が口を開く。
曰く、この魔物たちと魂ごと繋がっているからこそ、なにを思っているのか、どうしてこんな形になったのかが、意識を取り戻した今、なんとなく理解できるようになったのだとか。
そしてそこから伝わってきたのは、自分たちの利己的な意志ではなく、全て少女のためというもの。
「そこダけは、かくシんをモってイえるノ」
「まー、そうなのでしょうねー。私がはじめあなたを見たときはー、この世界に縋りつきたいがためにー、自分が生み出したダンジョンのボスたちの魂を無理やり器にして生き残ったのではないかー? とも考えましたー」
「そンぁわケ──」。
「──でも明らかにあなたの意思は感じられませんでしたからー、逆にダンジョンという自分たちを納めるための世界が崩壊したことでー、存在が消えてしまうのを恐れたボスたちがー、ダンジョンの意思の欠片を取り込むことで維持しようとしたのではないかー、という考えに変わりましたー」
「俺も、彼女の意思が出かけたときに暴れるものだから、てっきりそうだと思っていたんだが……」
「あれはきっとー、タツロウさんが終わらせる存在だと思ったからではないでしょうかねー」
「終わらせる存在?」
玉藻も最初は竜郎と同じ意見だった。けれど魔物たちの混合体が暴れたときに、伝わってきたのだという。
『母の願いを邪魔しないでくれ』という感情が。
「私が特殊──というよりもー、ダンジョンであるからこそなのでしょうねー。
よそのダンジョンのボスのこともー、ある程度分かるようですー。
まず他所のダンジョンに行くことなんてできないわけですからー、知りようがない真実だったわけですがー。
ですからなんとなく状況を理解できましたよー。そして彼女の口から直接話を聞くことでー、確信を持てましたー。つまりですねー──」
魔物たちが恐れたのは、この特殊な空間が失われてしまうこと。
なぜなら『少女』が最後まで抱いていたのが、どこにもないような凄いダンジョンを作り上げ、立派に運営することだったから。
ここは魔物たちからしたら理想の場所だった。他からしたら破茶滅茶で存在しえない世界だが、ここなら叶えることができるのだから。
そしてそんな空間を繋ぎ止めるのに必要なのは、欠片とはいえ元ダンジョンという特殊な存在。
けれどただ欠片だけを残したところで意味はない。
本当に必要なのは、その欠片がダンジョンを運営しているという『意志』を持っているということ。
ダンジョンという大きな存在の意思は欠片でも馬鹿にならず、実際にこのような形でエネルギーとダンジョンの残骸さえあれば成り立ってしまえたのだ。
「ボスたちはですねー。質問によって『死』を欠片が認識してしまうことでー、その意志がなくなってしまうと思ったんですよー」
「あー……。玉藻ちゃんの話からすると、それだとこの世界は保てなくなるわけだしね」
「他よりも高度な存在ではありますがー、言っても魔物ですからねー。力で訴えかけるしか方法はないわけですしー、暴れてしまったのも分かりますー」
「だがここの魔物たちは、ダンジョンの欠片を囲うことでこの環境を得られると思ったわけだろ?
それだけの知性があるなら、もう少しやりようはあったと思うんだが」
「それも、ぞう。もっと、りせいできに、できたはず」
「いえいえー、この環境になったのはー、ただの偶然だったのだと思いますー」
玉藻が言うには、6体の魔物たちが本来望んでいたことは、『母』とも呼べる存在をこの世界に繋ぎとめることだけだった。
だからこそ本当なら妖精たちの張った結界のおかげで場が安定したことで、自分たちがこの世界で完全な生を得られていただろう可能性も全て使って互いに混ざり合い、漂う母の意思の受け皿となることを選択した。
そのときの魔物たちは、ただ一緒にいられれば良かった。
その結果もの言わぬ置物のような存在になったとしても、皆で一緒にいられるのならそれでいいと思っていた。
しかし予想外なことに母は死んだことにすら気が付いておらず、この世界に定着させたことで勝手にその場が新たに構築されはじめた。
ボスたちも混ざり合った魂と体から、元の情報を抜き出して仮の体を生み出すことだってできるようになってしまう。
ここでボスたちは、それが母の意思ならば自分たちがそれを守ってみせると、望むままにダンジョンのボスとして、欠片をこの世界に維持するための受け皿として、生きていくことを決めたのだ。
「運営方法に問題はあったかもしれないけど、生み出した子たちには、すっごく愛されてはいたんだね……」
「もウあまリ、オボえてないケど、そうミたい。
このコたチは いまモ、ミンな、ジブんのこトよりも、ワタしのことシかカンガエてイナいから」
思えばあの黒い豚の悪魔が竜郎や愛衣に向かって怒りの視線を向けていたのも、本来の性質もあったのかもしれないが、自分が守っている少女のような母と、楓や菖蒲を重ねていたのもあったのかもしれない。
それだけ、この魔物たちは彼女を好きだったのだ。
生前の『少女』は、ボスたちを生み出したときに大層かわいがっていた。
あなたたちがいてくれれば、きっと凄いダンジョンになるよと、はしゃいでいた。
ボスたちもきっとそうに違いないと、来たる挑戦者たちを待ち望んでいた。
それは叶うことなく、終わってしまったわけだが。
「けれど今回それが叶ったことでー、気が緩んでしまったようですねー。
本来ならもっとうまくー、本体は隠れられていたでしょうにー」
「確かに。それに、あれだけの力があった割には、かなり簡単に黒い少女の足元から引きずり出せたしな」
魔物たちの仮の体も死にはしたが、全力を出したうえで役目を果たせたことで満足感が出てしまっていた。
少女としての意思が揺らぎとして一瞬出てしまったのも、その緩みの影響があったともいえる。
「じゃあフローラちゃんたちが、真正面から攻略してきた意味もあったみたいだね♪」
「まあ、そうじゃないとここまでこれなかったってのもあるけどね。それで…………これからどうする?」
この場がダンジョンモドキ化してしまった原因は判明した。
そしてそれは悪意を持ったものではなく、母を思う魔物たちの献身が端を発っした偶然だった。
さらにここは、入らなければ害のない場所でもあった。
厳しく入場規制されている今、わざわざ入るような人間なら被害にあっても自業自得ともいえる。
ならば無理やりこの少女たちを消し去らなくても、放置という手段もあるのではないか。
もともとの目的は、レティコルの入手というだけなのだから。
そういう意味を込めての愛衣の発言に、フローラやキー太も別にそれでもいいだろうと同調するが──。
「いや、それはもう無理なんじゃないか?」
「まー、そうですよねー。なにせ要となっていた欠片がー、ここはダンジョンではないと認識してしまったわけですからねー。
あなたも薄々、この場が変化しはじめていることにー、気が付いているのではありませんかー?」
「………………ウん。わたシはもウ、ここガだんジョんだとハ、おもエない」
「えっと、それじゃあ、このまま放置するとどうなるの?」
「無意識下だったからこそー、成りたっていた奇跡とも呼ぶべき場所ですからねー。
中途半端に意思を持ってしまった以上、ダンジョンでもない彼女に御せる力ではないでしょー。
けれど使える能力は持ってしまっていますしー、放っておくと最終的に彼女は暴走するでしょうねー。
そうなるとどうなるかはまだ分かりませんがー、周辺の町にとってはー、おもしろい結果にはならないと断言できますー。
それが許容できるのならー、放置という手もありますがねー」
「それは流石に……な」
「……うん」
キー太やフローラも、そうなってくると話は違うと苦い顔をする。
ここは懇意にしている人たちの、妖精郷の妖精たちともつながっている人間も住んでいる場所なのだ。
そんな彼らと仲のいい、この2人が放っておけるわけはない。
この場所は完全に、目の前の6体の魔物を混ぜ合わせた物体と魂を器とする『少女』を起点にしている。
もはや離れることもできず、本当に地縛霊のように張り付けにされているので、今更切り離して『少女』だけを別の場所に移動させることもできないはずだ。
となると竜郎たちにとっての最善の手は、ダンジョンの欠片である彼女が消え去り、何の意志もない元ダンジョンだった場所にすること。
竜郎はじっと、ぱっくりと開いた魔物の混合物の隙間から見える少女の顔を見つめ再び問いかけた。
答えによっては強制的に成仏させることも考えなければない。だができることなら、自分から選択してほしいという意志を込めて。
「君は、このままここに残ることを望むか?」
「…………………………うウん。こコはもウ、わたシのノゾんだ セかいジャないカラ。ごめンね」
最後の「ごめんね」は竜郎たちにではなく、健気にこの場所を残してきてくれた我が子たちに向けての言葉。
彼女の意志とは関係なく、その器をなしている肉体がブルリと震えたが、それ以上何もせず、ただその答えを受け入れるようにすぐに止まった。
「あリがとう。でモ、さいゴまで、ずっト、イッしょだかラね。………………じゃア、いコっか」
もともと無理やり定着させた、不安定な存在だった。
その要となっていた彼女が消えることを望むのなら、あとは簡単に砂の城のように器と共に崩れ去っていくだろう。
そして『少女』は、消えることをのぞ────。
「いえいえー、ちょっと待ってくださいよー。私の話はー、まだ終わってませんよー」
──む前に、気の抜けた玉藻の声が周囲に響き渡った。
「私の話って、なにかまだ聞きたいことがあるの? 玉藻ちゃん」
「いいえー。聞きたいことは全部、聞き終わりましたー。だから今度はー、別件ですー」
「べっケん?」
今まさに消えようとしていた少女は、ニッコリと玉藻に胡散臭い笑みを向けられ戸惑いながら疑問を返す。
「はいー。わたしから提案なのですがー、あなたたちを私のダンジョンで雇いたいと思いますー。
私の元でー、その自爆してしまうほどぶっ飛んだ想像力を生かしてー、一緒によりよいダンジョンづくりに励みましょー」
「エ? えェ!? どうイう──」
『そうよ! 何を言っているの!』
「やっと出てきましたかー、迷宮神さまー」
『あっ』
玉藻の寝耳に水な提案に、今まで音信不通だった迷宮神まで会話に乱入してきてしまう。
本人も思わず声をかけてしまったのか、人間らしい動揺した声を上げる。
けれど玉藻は、さも聞いていたことが分かっていたかのように、ニィ──っと嫌らしく笑うのであった。
「えっと……どーゆー展開?」
「さあ?」
次話は日曜更新です。