第139話 美しい場所
全ての戦いが終わった。全員がそれぞれ素材を回収し、光る線の内側に戻ってくる。
すると線から外側が真っ白い靄に包まれて、何も見えなくなった。
解魔法で調べても、線を境目にしてその先を調べることはできない。
「あの先が終着点と思ってよさそうだな」
「これで満足してくれてたらいいんだけど」
出口? に行く前にと、ジャンヌたちから素材を回収していく。
「これ、すんごく美味しいってわけじゃないけど、ちゃんと下処理すれば癖が全然ないから料理の素材として向いてると思う♪ 養殖してくーださーいな♪」
「フローラがそう言うなら、確かなんだろうな。帰ったらさっそく、魔卵を作って増やしてみるよ。
脳と心臓も腑分けして綺麗に取り出してくれたみたいだしな」
美味しい魔物は大歓迎だと、竜郎はしっかりと頭のメモ帳に記載しておく。
──と、最後にしょんぼりしているキー太がやってくる。
「われじゃっだ。ごめんなざい……」
「それはいいんだ。これくらいなら、あとで直せるしな。ちゃんと取ってきてくれて、ありがとうキー太。
だが、あんまり危ないことはしないでくれ。分かっているだろ? 自分でも」
「うん……」
弟をめでるように、ただし甘くならないようにたしなめながら、キー太から割れたゴーレムコアを受け取った。
パチローも駆使してそれとなく全体のやり取りは把握していたが、あの戦闘でキー太がした最後の技は危険としか言いようがないものだった。
あの行為は種族的恩恵以外に《百折不撓》と《死中求活》があったとしても、もしもがありえたのだから。
注意すべきところは注意してから、キー太の頭をクシャッと撫でると、竜郎はその場で受け取ったコアを《復元魔法》で修復してしまった。
ちゃんと直ったことで、キー太も少しホッとした顔になった。
「これで、この場でやり残したこともないな。それじゃあ、行ってみるか」
「「うー!」」
ちゃんとした戦いができたことで満足したのか、楓と菖蒲はいつもより機嫌がよさそうに玉藻と一緒にジャンヌの手の平に乗りこんでいく。
他の面々も最後とあって完全武装したまま、竜郎もいつでも転移で逃げられるように愛衣と手を繋ぎ、称号効果も使って自身をブーストする。
頼れる仲間を連れて、光り輝く線の先──靄の中へとせーので足を踏み入れた。
そこは美しい場所だった。
常人では息をするのも辛いほど暑苦しいジャングルにいたこともあり、唐突に切り替わった心地よい気温に寒さすら感じてしまう。
踏みしめる地面もベタベタとぬかるんだ場所はなく、毛足の長い絨毯のように広がるフワフワの草原が広がっている。
その草原に生えている木々は先ほどとは違い、きちんと手入れされているかのように枝葉を上品に伸ばし、美味しそうな木の実がなっていた。
解魔法で確かめてから試しに食べてみれば、美味しい魔物シリーズには及ばないが、フルーツとしては最高級品といえるほど程よい甘さと酸っぱさが口の中に広がっていく。
「種もあるから、お父さんに頼めばもっと美味しく改良できるかも」
「じゃんじゃん貰ってこー♪ ヘっちゃんも喜んでくれそー♪」
近くには澄み切った小川が流れ、毒など一切ないであろう脂ののった川魚たちが何匹も元気に泳いでいる。
耳をすませば小鳥のさえずり、柔らかで涼し気な風が吹き抜けていく音が聞こえた。
それらを全て一言で表すとすれば──。
「まるで、絵の中の世界だな」
「そう。ぎれいすぎる。きらいじゃ、ないげど」
この場所自体がまるで美術品かのような、この場の環境全てが作り物のような、そんな気持ちにさせる人工的な美しさを感じる場所。
ただハジムラドのように極限な状態でここに来た者たちにとっては、まさに桃源郷のような場所だともいえる。
あの時に聞いた最後にたどり着いた場所は、ここだと断定してもいいだろう。
けれど何か起きる気配はない。
ならば少しくらい待ってみようかと周囲への警戒はそのままに、成り行きに任せてひとまず全員、草原の上に腰を落ち着かせた。
そのまま静かに待つこと十数分。
「なーんも起きないね。ねぇ、玉藻ちゃん。これって今、どういう状況か分かる?」
「これで終わりなー、はずなんですけどねー。先ほどの6体の魔物たちはー、どうみてもボスの魔物でしたしー」
「ハジムラドさんから聞いた話でも、すぐに出てこなかったみたいだし、もう少し待ってみ──いや、もう来るみたいだな」
竜郎は時空魔法を普段から使っている影響もあってか、誰よりも敏感に空間の揺らぎを察知し少し離れた場所に向かって指をさした。
するとそこの空間が数秒遅れて波形のように波打ちはじめ、ソレはこちらに出現した。
「黒い少女……?」
「んー確かに、そうとしか言いようがないよねー♪」
ソレは薄っぺらい、少女の姿を切り抜いたかのような黒いシルエット。
それがまるで人のように立って歩き、こちらへとやってくる。
顔も目も口も分からない。シルエットから長髪で、ひざ丈のスカートをはいているだろうことは分かるが、実際は影のように平面。そんな不気味な存在。
下手をすればあれはスカートに見える何かで、長髪に見える何かで、本当はまったく別の、少女とはかけ離れたものではないかとすら見た目だけでは思えてしまう。
けれど何故か、竜郎たちはあれが少女であると感じる。
雰囲気から──などという曖昧なものではなく、存在そのものが少女であると訴えかけてくるように、頭が勝手に少女像を補正してくる。
そんなことを玉藻に伝えると、なるほどと小さく頷いた。
「おそらく生前のーこの次元でのー、ここのダンジョンであった個の姿がー、小さな少女だったということなのでしょうねー。
腐ってもー元ダンジョン。あのようになってもー、そう印象付けられるだけの存在感を保っていると思ってもらえればいいはずですー」
「じゃあ、げんじゅつ じゃない? キータたち、ふづう?」
「そのはずですー。はてさてー、なにをしに来たのでしょうねー」
楽しそうに事の成り行きを見守る玉藻とは相反して、竜郎たちの間ではピリピリとした緊張感が流れはじめる。
黒い少女が竜郎たちからほんの1メートルほど離れた場所で、ピタリと立ち止まる。
そしてニコリと笑った──ように竜郎たちは感じた。
「ミなさン は、こンかい、ハじめ──のコうりゃrほうぃrh0いwrんぎ」
「えっと……なんて?」
その声はひどく耳障りで、無理やり金属同士をこすり合わせて音程を合わせたような、聞き取りづらいものだった。
さらに途中から意味をなさない、またはこちらが認識できない言語まで混ぜはじめてしまい、何を言っているかも不明。
思わず愛衣が聞き返すが、相手はこちらの反応を一切無視して勝手に話を進めていく。
「ツきまし──、hげぽjrgえr、しジtttttttttいこm、んデも答えてへおpへじょ」
あまりにも意味不明。だが無理に耳を頼りに聞き取ろうとするのではなく、感じるままにその言葉を受け入れてみると、その意味が自然と理解できるような気がした。
これも強制的に少女だと思わされてしまっているのと、同じ原理なのだろう。
「要約すると、はじめてクリアした人物に与えられる質問の権利を与えてくれるということで、いいんだろうか」
「そのようですねー。もっともー、今のこの元同僚さんではー、それを叶えるだけの力も繋がりもないですからー、まったくの無意味な行動ともいえますがー。
やはりー、もうまともな思考はできてないと思ってー、いいようですねー」
ダンジョンでの初攻略で与えられるのは、どんな質問でもこの世界がその真実を教えてくれるというとんでもない権利。
使い方によっては莫大な富を、その質問1つで得ることもできるほど確かな真実を。
だがそれはダンジョンという存在が統括神に繋がって、人間との間に入ることでなせる権利。
もはやダンジョンとは呼べない、ただのその破片、成れの果てでしかない黒い少女では、それはかなわない。
けれど竜郎は質問をしていいのならちょうどいいと、そうと分かったうえで問いを投げかけた。
「じゃあ、聞きたいことがある」
「ハい。お好キ──gけぽgろkゾ」
相変わらず発している言葉は意味不明だが、内容は理解できる。
訳すると、お好きな質問をどうぞということらしい。
「なら聞こう。君はなぜ、どうやって死んだんだ?」
「は──イ? 何をオッシ────ワカりrrrrrrrrrrrrrrrrr────────げこpgjrgぽ@hrjぽえjhs────ぽえjrhbsぽえじょsじぇりおじょいsれjbしえおrbmb────」
「うわっ、バグっちゃったよ!? どうすんの!? たつろー」
意味不明な、言葉というよりもはや異音と化したものを吐き出すシルエットが、ぶるぶると震えだす。
「どうするもこうするも──こうするんだよ!」
だが竜郎は慌てることなく、そのシルエットの足元に杖を突き付けると、時空魔法を発動させる。
するとシルエットの足元にあたる空間がグワン──と歪み、ズルズルとナニかが引きずり出された。
「あー、そういう方法でーあなたは残ったのですねー。
そこに至る経緯によってはー、好きにも嫌いにもなれそうですー」
「えっと、玉藻ちゃん? それって、いったいどういう……」
出てきたナニかは、シルエットと全く同じ形をしていた。
だがこちらは薄っぺらくもなく、ちゃんと立体的な物体といえる……のだが、どう見ても少女とは呼べない存在。
それはまるで──。
「先ほど戦った6体の魔物の存在を使ってー、漂う個としての断片の器としていたということですかねー」
まるであの燃え盛る木の、黒い豚の悪魔の、岩のゴーレムの、雷撃のナマズの、巨大ネズミの、アンモナイトの、それぞれの体を無理やりかき混ぜ、少女の型にはめて圧縮したかのような、キメラとも呼べない不気味な物体。
目や耳もない、口もない。そういう形をしているだけ。
ただ穴のようなものは開いていて、そこから不気味な音が、シルエットとリンクしてこぼれていた。
これが発していた言葉を、シルエットの口に見える部分から発していたということのようだ。
「君はもう死んでいる。そのことも理解していないのか?」
「────?」
異様な光景に臆することなく、竜郎が冷静にその物体へと、個であった存在へと語りかける。
すると異音がピタリと止み、首を傾げるというまともな動作をとった。
「それとも理解したうえで、そんな姿になってダンジョンのようなことを続けているのか? どうなんだ? 答えてくれ。なんでも質問には答えてくれるんだろ?」
「E?e?ェ?エ?え?──え? ──アれ? わたシは────へおpしぇじょせgjppっ!!!!!!!!!!!」
「あー、そっちでしたかー。これは好感が持てるほうかもしれませんねー」
「呑気に言ってる場合か! 離れるぞ!」
キメラとすら呼べない不気味な6体の魔物の集合体が突然、膨れ上がって巨大化していく。
伝わってくるのは質問をした竜郎への明確な敵意──いや、殺意といっても過言ではない感情。
竜郎は急いでボケっと突っ立っている玉藻の首根っこを掴み、後ろにいたフローラへとぶん投げる。
「あーれー」とこんな状況においても気の抜ける声を上げながら飛んできた玉藻をキャッチすると、フローラは清子さんと並んで防御の準備をする。
キー太は楓と菖蒲を連れてその後ろに、玉藻も併せて3人を守るように他の魔物たちと共に囲っていく。
そして竜郎はと言えば──。
「愛衣! ジャンヌ!」
「はいよ!」「ヒヒーーーン!!」
何が起きてもいいように、緊急時の行動は話し合っていた。故に準備もできている。
竜郎は《分霊神器:ツナグモノ》を発動し愛衣とジャンヌと繋がると、すぐに《分霊神器:ジャンヌ》も同時に発動させる。
ジャンヌの体が竜郎の中へと吸い込まれていき、愛衣は彼の右手に左手を重ねる。
すると竜郎の左腕に、愛衣には右腕に、それぞれ繋ぎあっている手とは逆方向の腕に、ジャンヌの腕をモチーフにした肩まである聖なるガントレットが装着された。
さらにまだ状況に時間的余裕があったので、《分霊神器:ツナグモノ》の範囲を拡大し後ろにいるフローラたちとも繋がり自分の力を最大限まで高めていく。
巨大化した、もはや少女の形すら取れていない──ギリギリ人型と呼べるような形となった6体のボス魔物の混合物が、そんな竜郎へと両腕らしきものを突き付ける。
竜郎の周辺の空間が揺らいでいき、そのまま捩じれていく。
このまま何もしなければ竜郎たちであっても、空間ごと濡れた雑巾のように絞られ無残な姿をさらすことになるだろう。
そして相手が完全な、本物のダンジョンであったのなら、今の状態の竜郎であっても抗うこともできずに死んでいただろう。
けれど目の前のそれは、そんな大層な存在ではない。
竜郎1人では本気でやらなければ捻り潰されてしまうほどの強力な存在ではあるが、そこに愛衣やジャンヌのブーストが加われば容易くひっくり返せる。
「「はぁああ!」」
全員と繋がったことで得られた気力とも、魔力とも、竜力や神力とも違う、高純度のエネルギーを使い時空魔法を発動。無理やり相手の空間への干渉を奪い取る。
周囲の空間の捩じれが逆再生のように戻っていく。
「ダンジョンの個が自分の意思で残っているのではなく、お前たちが繋ぎ止めていたと思ってよさそうだな」
「ぎきィイイイGぎrgkりssbkpk──!!!!」
今度は逆に相手を空間に埋め込むようにして縛り付け、重力魔法で圧縮して無理やり元の大きさへと縮めていった。
「あまり無理やりな方法でやりたくはなかったが、そっちがその気なら仕方がない。このまま消滅させてもら──」
「──ァめテ。そこコたちヲ、イジめナいェ……。キッと、ぜんブ、ワたシぃ、ワるいンだカぁ」
突如、圧縮された6体の魔物の混合物の顔に当たる部分が縦に割れるように裂けたかと思えば、そこから可愛らしい、ちゃんとした少女の顔が現れた。
声も発音はおかしいものの、あの耳障りな異音ではなく、幼さの残る少女の声。
竜郎が押さえつけていなければすぐにでも暴れだしそうな殺意も鳴りを潜め、先ほどまで藻掻いていた混合物も、項垂れるようにしてダランと力が抜けて大人しくなった。
「君がここの元、ダンジョンか?」
「……ウん。たブんだけォ」
何が起きてもいいように愛衣やジャンヌ、そして仲間たちとの繋がりはそのままに竜郎は、この少女と話をしてみることにするのであった。
次話は金曜更新です。




